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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章33 リフレーミング①

 火曜日、午前一時四十分。

 防衛省市ヶ谷庁舎地下にある、オペレーションルームは重苦しい空気に包まれていた。


 既に所定位置についた職員たちは、卓上ディスプレイに飛んでくるデータに目を光らせ、その傍らには、腰が落ち着かない将校らが、苦い顔をして張り付いている。

 あと二十分で、外洋に展開した護衛隊の、第一次作戦の開始時刻なのである。


 本作戦の標的である、仮称『魔法船団』は、現在日本から約五千キロの彼方を航行している。

 対する、作戦を展開する護衛隊は、日本から二千六百キロの地点にあり、両者の距離は未だ二千キロ超あったが、護衛隊には衛星という天空の目があるため、その位置にありながら、既に魔法船団をロックオンしていた。(米軍から供給(サーブ)されたミサイルの射程は、カタログスペック上では三千キロ超あるのだが、両者の航行速度と位置関係を計算した際、最大射程ではハワイが戦闘領域に近すぎるという理由で作戦の修正が求められ、若干日本側に寄せるという運びとなった)


 作戦開始を待つ各艦の艦橋(ブリッジ)戦闘指揮所(CIC)の緊張たるや、推して知るべしである。


 その遙か後方で、作戦開始の時を待つ庁舎の職員は、瞳の奥に緊張の色をたたえながら、時計の秒針が動くたびに、ゴクリと生唾を飲み込む音を鳴らしていた。

 さもあろう、日本にとって第二次大戦以来、初めての軍事攻撃になるからである。

 それゆえ、職員たちはみな、蝋燭の火で尻を炙られているようなヒリついた緊張にあてられて、自然と鼓動とまばたきの回数が増え、声音の張りをも失いつつあった。

 呼吸困難や失神で倒れない職員がいないのが不思議なほどのプレッシャーだった。


 その空気をさらに加速させているのは、オペレーションルーム最奥に設置されている、全情報をモニターできる大型ディスプレイだ。

 本来ならば、この大画面に可視化処理のなされた情報が映っているはずなのだが、こいつだけ緊張感がないのか真っ黒だった。画面にはなにも表示されていない、というより画面がついていないのだった。

 情報筋によると、防衛費を削られた腹いせに、大型ディスプレイの不具合を放置していたらしい。

 これで防衛省の目論見通り、予算の見直しも検討されるだろうが、なかなかの仇になった。

 必要な部分を削ると手痛いしっぺ返しを食らうという典型だったが、そのしっぺは両成敗であることは、この失敗から教訓にすべき所だった。


 というわけで、現在、保守契約を切られた挙げ句、今さらになって呼び出された、不幸なメンテナンス会社の保守員が数名、顔を真っ青にしながら、対応にあたっているが、状況はなかなか絶望的らしかった。

 そんな彼らの背に向かって、時折「まだか!」「はやくしろ!」と怒号が飛んだが、とんだとばっちりだった。


 この他にも、一部通信機器に不調が出ているらしく、本作戦の発令は、専用回線を使って横須賀基地経由で行うことになった。

 こうした後手後手感があるのは、本作戦の指揮を、急遽、横須賀基地ではなく市ヶ谷庁舎で行うという決定が防衛省から下ったからであった。


 やはり、日本国にとって初の軍事攻撃というのが、面子を気にする官僚たちにの気に留まって、一方面に過ぎない横須賀基地ではなく、組織の中枢が指揮を執り、是非成功を成し遂げたいという思惑に走らせてしまったのだろう。

 その結果が、この準備不足だった。




 そうした中で、国魔連の尾藤だけは、一人だけ違う顔をして俯いていた。


「日本の敵は国際日付変更線(IDL)の向こう側。撃ったミサイルが日付を遡って命中するなんてな……」


 尾藤は、作戦本部の片隅で壁に背を預けながら、ぽつりと漏らした。

 普段の尾藤だったら、もう少し皮肉の入った感想を言ったりもしただろうが、今の彼には、ここで結果を待つしかない本作戦に対して、頭を裂けるほどの余裕がなかったのだ。


 国魔連はいま、本作戦とは別に、真朱(まそお)の魔女の一件を抱えている。

 その対応に当たっているのは、八和六合(シオノクニ)のツートップ、『雪白(せっぱく)』の号を持つ白狐(びゃっこ)専女(とうめ)と、補佐役の垂燈妍(しずりとうげん)なのだが――――


 市ヶ谷庁舎へ来る途中、これに関して、尾藤の頭を悩ませる問題が、電波に乗って舞い込んできたのである。


 それは、オペレーターから届いた一本の電話からだった。

 携帯電話のディスプレイを確認して、尾藤が応答ボタンを押下した途端、一も二もなく、オペレーターが叫んだ。


『尾藤さん大変です!』


 耳がキンキンするほどの声量に、尾藤は顔をしかめ、一瞬、スピーカーから耳を離した。

 それから、スピーカーには耳を付けずに、応答した。


「私はいつも大変だよ。なんだ、どうしたんだ、暇電(ヒマデン)なら切るぞ?」


『真面目に聞いて下さい! 尾藤さん、ほんとにヤバイんですよ!』


 電話越しのオペレーターの声が、いつになくピリピリしていたので、尾藤も、これは何かあったと分かって、軽口を叩くのはやめて大人しく耳を貸すことにした。


『常陸燎祐少年につけていた、国魔連(うち)の監視員からの報告です』


 これには、尾藤は直ぐにピンときた。

 防衛省が、久瀬まゆりの離反を阻止するために、彼女の身内、即ち常陸燎祐の身柄を確保するであろうことは分かっていた。

 久瀬まゆりは、このことを知ってか知らずか、本作戦に参加するに当たり、一つの条件を出していた。

 常陸燎祐の身の安全の絶対保証だ。

 そのため国魔連は、防衛省に対するカウンターとして監視員を用意した。


「さては、防衛省の黒服たちに動きでもあったのか?」


『いいえ、そちらではありません。監視員から報告が上がったのは、常陸燎祐と、イルルミ・レナンのことです』


「イルルミ……、それって、燈妍(とうげん)さんのところの。確か、久瀬の娘さんの希望で、常陸家の警護についてたよな」


 これはレナンの側の事情があっての偶然で――――実際には、親が食料を置いていかず、ただ食うに困ってただけで、一時同棲の条件に、燎祐をよろしくお願いしたくらいのつもりだったが――――またも久瀬まゆりは、それと知ってか知らずか、監視を付ける国魔連に対して、レナンのことを変に邪推されないように、断りのつもりで一つ「警護している」と言ったのだったが、この一言が、こちらも国魔連(そっち)を監視しているぞと思わせる、見えるカウンターカードになっていた。


 よって、本件を預かる国魔連は、まゆりの機嫌を損ねないように、相当気合いが入った監視態勢を敷いていた。


 尚、レナン当人は、割と真面目に、色んな意味で燎祐を頼まれたものと思っているので、ふんわりしたつもりでいたのは久瀬まゆり本人だけだった。


『そうです! 彼の警護に就いていた若い御庭番の子です! その二人が、昨日の十七時前に外出したあとに、行方が分からなくなりました』


「――――は!? 行方不明?! なんだそれは……、詳しく教えてくれ!?」


『分かっている足取りとしては――――外出後、二人はファーストフード店に立ち寄り、そのあと、商店街のあたりを歩いていたようですが……。何故か、そこから二キロほど歩いて、別の場所へ』


「あの子は確か、カリスの件で報告を上げていたよな……。誰かを追跡していたのか……?」


『その可能性はあります。現在、監視カメラの映像から二名ほど怪しい人間を見つけたので、照合にかけています』


「連れ去ったのはそいつらの仲間か?」


『監視員が言うには、いきなり現れた赤い車が二人を乗せて発進し、その後、行方が分からなくなったそうです……』


「車種は、車の追跡は!? 捜索はしているのか?!」


『監視員が直ぐに車を追跡したそうですが、振り切られたようです。現在、近隣を捜索していますが、手がかりになるようなものは何も見つかっていません……』


「赤い車のドライバーは?」


『抽出した監視カメラの映像を確認しましたが、ドライバーは魔法で姿を完全に秘匿しており、正体が判別ができませんでした……。車種も特定できません。というか、赤い車ということ以外、認識できないんです。魔法解析もダメでした』


「そこまで高度な秘匿術を使っているのか……。なら誘拐の線もありえるってことか……」


『ただ、監視員が言うには、二人は自分から車に乗ったそうです。でも御庭番の子って相当な腕利きって聞いてますから、ただの誘拐とは思えないんですよね』


「……ますます分からないな」


 オペレーターの言うとおり、ただの誘拐にしては内容スマートすぎて、どうにも腑に落ちなかった。


 解析不能の秘匿術を使って正体を欺いている時点で、ドライバーの目的が、その場から二人を連れ去ることであったのは明白なのだが、しかし、そうすると自から車に乗ったというのが分からない。

 まるで火に飛び込む夏の虫みたいじゃないか、と尾藤は思った。


 他に、男女二人が同時にターゲットとなる犯罪となれば、妥当なものはテロ組織による誘拐ぐらいのものだった。

 この場合、カリス追跡中のことなので、カリスに拉致されたとするのが自然だったが、やはり「自分から乗車した」ことの説明がつかず、尾藤にはそれ以上の考えが思い浮かばなかった。


 それでも、一つだけ、はっきしりしたことがあった。


「マジでヤバイな、それ……」


『本当ですよ! バレたら確実に首が飛びますって! リアルに胴体とサヨナラですって! 地獄にだって行けやしませんよ!』


 オペレーターは鬼気迫る声で言った。

 それは、誇張でもなんでもなかった。


 尾藤の顔に死相が浮かんでいた。彼の頭の中には、いま、全てを脅かす二つの危険な要因(ファクター)が、はっきりと浮かび上がっていたからであった。


 まず第一に、久瀬まゆりと交わした、常陸燎祐の安全を保証するという約束だ。

 もしこれが護られなかった場合、久瀬まゆりの、常陸燎祐に対する尋常ならざる依存度からして、「彼が行方不明になりました!」なんてことが耳に入ったら、本作戦を放棄して、秒で日本に帰ってくることだって十分にあり得るわけで、内容の如何によっては、なにを仕出かすかは想像に難くなかった。


 特に、能力制限術式(オー・フィフティ)を解除した久瀬まゆりは、危険度の次元が違い、魔女クラスが束になってもまともに戦えるかどうかすら怪しく、それこそ窮極の魔法使い『色号の魔女』でも引っ張り出さなければならないレベルだ。

 だが、そんな手蔓(てづる)は尾藤にはない。雪白(せっぱく)の魔女専女(とうめ)が動いているのは、飽くまで、その相手が真朱(まそお)だからである。よって、久瀬まゆりが暴れ出したら、大事は避けられない。


 第二に、垂燈妍(しずりとうげん)の養女であり、専女(とうめ)の傍仕えである、イルルミ・レナンの失踪だ。

 尾藤は、燈妍(とうげん)が相当な親馬鹿であることを、よく知っている。それどころか、専女(とうめ)を含め八和六合(シオノクニ)全体が、レナンを大切に扱っていることも、よーく知っている。


 ゆえに、もし「失踪」なんてことが知れてしまったら、八和六合(シオノクニ)のツートップは、躊躇なく真朱(まそお)の件から手を引き、全勢力を上げてレナン捜索に乗り出すだろう。

 そして、こちらも、事と次第によっては、なにを仕出かすかは想像に難くなく――――特に、トップの雪白の魔女である専女(とうめ)までもが動くとなれば、その影響度は計り知れない。

 最悪、人外と人類は戦争になるかもしれない。


 煎じ詰めると、とにかく、マジで、ヤバイのである。


(魔法船団に、真朱(まそお)の襲撃、今度は拉致って……、どんだけ面倒に巻き込まれるんだよ国魔連(うち)は……。というか、どうしたらいいんだよ、これ……!? しかも、今回のは、バレたら即終わりのやつだぞ!!)


 よって口が裂けても、身体が裂けても、この情報が漏れるのは非常に不味いのだった。

 そして現状、唯一尾藤が頼れる人物は――――


(舟山さんしかいないか……。けど、あの人、いま別件でどっか行ってるって聞いたが……連絡がつくかどうか……)


『尾藤さん、どうしましょう』


 不安そうな声がスピーカー越しに聞こえた。

 尾藤はそれでも、待たせた。


(いや、手をこまねいている場合じゃない。打てる手なら打っておく。石があるなら敷いておく。それで取り越し苦労だったら、あとで笑ってやればいい。)


 腹を決めた尾藤は、オペレーターに「すぐに対応を考える」と短く伝えて、終話した。


(是が非でも舟山さんを釣り上げる、これしかない)


 尾藤の採るべき方針は決まった。




 これが、かれこれ一時間ほど前のことだった。

 そして現在、尾藤は作戦本部の片隅で壁にもたれ、浮かない顔をしている。

 実は、舟山と連絡がついていないのだった。


「作戦の成否にかかわらず、第二次作戦は必ず行われる。今は、彼らに任せっきりでいいだろう。それよりも今は、失踪した二人のことだ。何としても舟山さんに連絡を付けないと……」


 そうは言ってみたものの、作戦開始前にオペレーションルームを離れるわけにも行かず、また戦果報告を待たずに部屋を出て行くこともできない。

 仮に部屋の外に出て行けたとしても、作戦中は原則庁舎の外に出ることはできない。あくまで庁舎内のみの移動に限られる。

 加えて、庁舎に設置されている結界には、防衛や行動監視の他にも、魔法を検知する機能があるため、尾藤の頼みの綱である認識攪乱魔法も、今度ばかりは使えない。


 よって尾藤にできることは、何もないに等しかった。


 それでも尾藤は、なんとしても、この状況を脱しなければならなかった。

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