第二章28 Monday⑤
闇夜の下、燎祐たちの共同作戦が始まる。
燎祐は通りから入り口を監視できる位置でスタンバイし、レナンはメイに合図を送るため、一つ手前のブロックまで一旦後退した。
(いいかいダーリン、いくよ)
(もちろんだっ)
暗闇の中で二人の意志が疎通した。
レナンは掌に精の火球を作り、夜空に向かって構える。
一拍後、紅の炎が直上に垂線を描き、夜の闇を二分した。
「あはっ、待ってましたーっ」
その光を目視したメイは、ニッと笑って、フットペダルを勢いよく踏み込んだ。
けたたましいエンジン音がコンクリートの谷間で反響し、通りの奥で木霊する。
瞬間、レナンは駆け足で燎祐の位置まで走った。同じタイミングで赤い車が発進する。
異変に気づいた向こうの運転手が、急かすように相羽たちを降車させるや、赤い車が突風の如く襲来。
黒い車の前に躍り出て、相手を威嚇するようにエンジン音を轟かせ、ハイビームを照射する。
「こんばんわーっ! ご挨拶にうかがいましたー! クランクションをどうぞー!」
メイは、うりうり~、とハンドルの中央をタップしまくる。
そのリズムに合わせ、耳障りな音がビービーとがなる。
「●●●●●●●●●!!」
相手の運転手から、わけの分からない言葉で怒号が飛ぶ。
それをもっと煽るように、エンジン音がけたたましく唸り、赤い車のテールが大きく揺れる。
直後、黒い車が急発進。あわや衝突という瞬間、メイの車が全速力で後退する。
「はいフィッシュ・オンーっ! バレないうちにリール巻いちゃいまーすっ!」
術者を釣り上げ探知結界を解除させたメイは、バック走行のまま車道を突っ切る。
それを、逃がすものかと黒い車が追走する。
二台の車は、走行レーンで顔を突き合わせたまま加速。燎祐とレナンの視線の先を一瞬で横切り、通りの遙か奥に吸い込まれていった。
安全マージンは十分。
レナンの前脚が沈み込むのに合わせ、燎祐も脚を溜める。
「ダーリン、いくよっ!」
「おう!」
二人は鬨をあげ、今度こそ夜風となって疾った。
***
術者を見事引っ張り出したメイは、バック走行のまま、常人とは思えぬ運転技術でカーチェイスを繰り広げていた。
「あはっ、おいでおいでー」
メイの車の数十センチ先では、引いては寄せるさざ波のように、黒い車体のバンパーが一進一退していた。さながらマタドールの如き捌きだった。
しかし、その距離からでも、両者は互いの顔が見えていなかった。
情報を攪乱する魔法を展開しあっているのだ。さっきの怒号が正しく聞こえなかったのもそれである。
この時代、武器にとって代わった魔法は、かつてのような兵器の代替とは見做されていない。
魔法攻撃とは単純な傷つけ合いではない。
魔法攻撃とは、対象の物理、精神、霊魂の自由を奪い、制圧するために用いられるツールなのだ。
それはたとえば戦艦が大砲を構えて撃ち合う時代ではなくなったように、もとの意匠や原点を残しつつも、それ自体の存在理由を変えてしまたことと同じである。
魔法攻撃もそれは同じだ。
単純単調に対象を直接攻撃する光り物のであった時代は、もはや過去。無論、もとの面影を深く継承しながらであるが。
「うふふ、こっちの魔法を剥がそうって必死になってもう。でも、こっちはあと少しで……って集中しすぎちゃった! ふゅー、危ない危ないっ!」
メイは急ハンドルを切って、バック走行のままコーナーをドリフトした。
一瞬、向かいのフロントガラスの向こうに、驚嘆の色を浮かべた、角刈りの男が見えた。相手の攪乱魔法が剥がれた。
メイはニッと笑った。
「あはっ、ご尊顔が見えちゃいましたねえ。それじゃあ魔法、掛けちゃおっかなぁ」
魔法の仕込みを終えたメイは、左手をハンドルから放し、フィンガースナップの形を作った。
フロントガラスの向こうで角刈りの男が眉を潜めたと同時、メイの指先が空気を弾き、パチィィン、と破裂音が響いた。
瞬後、路上に橙色の閃光が瞬き、空に黒煙が吹き上がった。
****
「ダーリン、いま何か聞こえなかったか?」
「ああ、聞こえた……。だいぶ遠くだと思う。メイさんに何もなければいいが、今はあの人を信じるしかないな」
たとえメイのことを腹の底から信用出来ていなくても、彼女の身に何かあったのではと思うと、やはり後ろ髪を引かれる思いがしたが、それでも二人は互いの肩を叩きあい、相羽たちを追って、工事現場の中へと踏み込んだ。
すると突然周囲の空間が歪み、入り口からほんの十歩ほど先に見えていた向こう側の景色が、二人から逃げるようにギュンギュンと遠ざかった。
二人はそれを追いかけるように足を速めるも、追いつくより先に、景色の方が遠くに消えてしまった。
完全な真っ暗闇に落とし込まれた燎祐とレナンは、互いに短く呼びかけあって足を緩め、互いの呼吸音を頼りに歩み寄った。
レナンは暗闇の中で耳を澄ませ、自分たち以外の音がここにないことを確認して、小さな灯りを右手の人差し指に灯した。
急に飛び込んだ光に二人は一瞬目をしかめるも、目を開くと、互いの姿が闇の中から浮かび上がっていた。
「これって相羽たちの罠なのか?」
レナンは燎祐の問いの答えを探るように、指先の火をあちらこちらに向けた。
ぼんやりと見えた天井は軽く飛べば手が届きそうな高さで、左右には壁があった。道幅は二メートルほどか。その一方で、前後は光が行き届かなかったので、どうやらトンネル様の通路内にいるらしいことが分かった。
レナンは空いた手で左の壁を触りながら歩き始めた。
「…………これは空間拡張魔法、それも隔離目的に施されたものだ」
「自分らのアジトなのに、どうしてそんな魔法を」
「分からないが……、いい予感はしてこないね」
レナンがそう言うと、ひんやりしていた周囲の温度が余計に冷たくなったように思えた。
不意に燎祐は足を止めた。周囲の空気が、水飴のような粘着性を帯びたように、肌に纏わり付く感じがしだしたのだ。
瞬間、彼の脳裏で記憶がフラッシュした。
足を止めた彼に気づき、レナンが振り返る。
「ダーリン?」
その声に引き戻されるように、燎祐の頭の中で光った白い閃光が、ふわっと溶けた。
「……俺は、ここに来たことがある」
「え」
オレンジ色に揺れる光の中で、レナンが眉を潜めた。そして目をしばたきながら、言葉の続きを待った。
燎祐は、すぅっと胸に空気を吸い込んだ。水を吸ったように、肺の中がずっしりと重たくなった気がした。それで確信した。
「ここは封鎖区画だ」
「……この異質な瘴気はそういうことか。ならば早々に用を済ませてここを出よう、長居など以ての外だ」
「同感だ。早く相羽を見つけよう。っとそれから」
「うん?」
「動く影に気をつけてくれ。以前、稲木出に取り憑いたそれに追い回されて、全身串刺しにされたんだ」
「ああ、まゆりんが撃退したという、あの話か。当の本人は覚えていなかったようだが、その時まゆりんは影のことで何か言っていたりしたかい?」
「何だか分からない、正体不明だって言ってたな」
「正体不明か、ふむ……。では八和六合で言うところの『禍刺』に障られたのだろうか。と言っても現物を見てみないと断定はできないが」
「禍刺? 魔が差す、みたいなネーミングだな」
「実際そこから取って付けているそうだよ。禍刺は、荒みや淀み、穢れといった負の力が、年月を掛け、ひとところに堆積することで、霊的な障りを起こすようになるのだが……。なにぶんここは呪術汚染の深度が尋常ではない」
「納得の封鎖区画クオリティってことか。もう出くわさないことを切に祈りたいぜ……、刺されんの嫌だし」
やれやれといった調子で、小さく首を振る燎祐。
レナンは、それはご尤も、とでも言いたげな視線を送った。
それから二人は、長い長い通路を抜けた。
周囲の空間が歪んで別の景色に繋がった。
真っ暗だった周囲が一変して明るくなった。
それは人工の明かりではなく、極圏の空に光るオーロラのようだった。
場に満ちる瘴気が魔力特性のように作用し、不気味な発光現象を起こしているのだ。
その光は歩を進める度に強くなり、同時に瘴気の濃度がグンと増すのを感じた。
レナンは火を消した右手で額を押さえた。
「うっ……また瘴気が格段に増したな……。こんな場所に一日もいたら、頭がおかしくなってしまうだろうね」
「相羽たちはこんな場所をよくも平然と使えるもんだ。もしかして性根が腐り拗けてると、瘴気は無害だったりするのか?」
「そんなことはないよ。いくら相羽が生粋の権謀術数主義だからってこの瘴気の濃度では流石に影響を受けて…………いや、そうか!」
レナンは燎祐の腕を掴み、足を止めた。
「ん、どうした?」
「瘴気の谷だよダーリン!」
そう言って、燎祐の腕に自分の胸の谷を押しつけるレナン。
しかし話が話だったので燎祐も流石に動じなかった。もちろんレナンにもそんな気はない。
「瘴気の濃度が周囲と比べて著しく落ち込んでいる場所があるんだ! 相羽たちは、瘴気の谷間に拠点を構えているに違いない!」
「けどさ、どうして拠点が封鎖区画なんだ。仮に瘴気をどうにか出来ても、ここは何が起こるか分からない危険地帯なんだろ?」
「だからこそなんだろうさ。封鎖区画は、管理責任のある国魔連も放置するくらいの場所だからね。喩え、カリスが潜伏していると分かっていても誰も相手にしたりしないし、この件が生徒Aと無関係なら私だって無視したさ。普通はそれくらい近寄りたくない場所なんだよ、ここには」
「それを逆手に取られたわけだな、まあリスクを鑑みれば上策とも下策ともつかないが……。しかし、レナンが封鎖区画をそんなに嫌がってるなんてなあ。正直、そういうのはあんまり気にしてない方かと思ってたが」
「私にだって苦手なことは沢山あるんだよ。嫌だって思うことも、ねっ!」
レナンは不満そうに頬を膨らませ、シリアスな空気ごと、燎祐をドンと突き飛ばした。
不意打ちを食らった燎祐は、わっとっとと!、と後ろによろけて、ずっ転けそうになった。
なんとか踏みとどまって、ふぅと安堵するも、二撃目の気配にハッとする。
しかし来ない。
気のせいか、と思ったのも束の間、
「けどダーリンになら、私は嫌がることをされても良い。むしろされたい。直ぐにでも」
「え”っ」
お久しぶりのマジ爆撃をされる。
理解が追いつかず燎祐が硬直したままでいると、レナンは自分の身体をぎゅうっと抱きながら、して?、とでも言いたげな妖しい視線をチラリと送った。
出し抜けにお見舞いされた蠱惑的な仕草に、思わずボッと顔を真っ赤にして慌てる燎祐。
「お、おまっ、馬鹿っ?! 何のつもりだ?!」
「何って、見れば分かるだろう。だいぶお預けを食らっていたから、臍の下が疼いて仕方がないんだ」
「え”ぇ!?」
レナンは女性特有の薄らとした丸みのある下腹部を撫でた。
燎祐は、その動きにギョッとして、いよいよ顔が破裂しそうなほど真っ赤になった。
そこへレナンは、燎祐の胸に凭れるように、するりと身を寄せると、その細くしなやかな指先を彼の鎖骨に這わせて、顎先へと擽るように撫で上げていく。
頭を痺れさすほどの艶めかしい衝撃に、燎祐は頭が真っ白になった。
「ダーリン、どうかな」
婀娜っぽく咲うレナン。
産毛を愛撫するような柔らかな吐息に、肌がぞくりとする。
「い、いい、いまはそんな場合じゃ!?」
興じれば出火炎上どころか焼死確実の火遊びの誘いに、たじたじになる燎祐。
理性は一生懸命に答えを探すが、直ぐに頭の回転が止まってしまう。
迫ってきている相手が相手なのだ、気が気でいられようはずもない。
心臓が強い収縮を繰り返して、血管がぶっ壊れそうだった。
その度にコメカミのあたりがドクッドクッと脈打って、目眩がした。
緊張と興奮で強張った身体は、もう言うことを聞かない。
そんな燎祐にレナンはぴたりと頬を寄せて、真っ赤に熟れた彼の耳を甘く噛んで、それから、そぉっと囁いた。
「 う そ 」
「…………へ」
あっけにとられる燎祐。
燎祐から身体を離したレナンは、くるりと身を躍らせて、硬直したままの彼の背にまわった。
それからがばっと腕を回して、飛びつくくらいの勢いで思い切り抱きついた。
「ふっふーん、これで緊張が解れたかなダーリン? それとも余計に硬くさせてしまったかな?」
「はあ……勘弁してくれよもお……。本気で焦っただろお……」
完全に手玉に取られ、色んな意味で脱力させられた燎祐は、溜め息交じりにガクンと項垂れた。つい数秒前まで真っ赤っかだった顔が、今は大病でも患ったみたいに青くゲッソリしていた。
その影で、レナンは一つの感触を得て、小さな笑みを浮かべていた。
「本気で焦った、か……ふふっ」
その気配に気づいて、燎祐が不思議そうに振り返ろうとすると、レナンは「ほら、急ぐよダーリン!」と張り切った声を上げて、彼の背をグイグイと押しながら歩き始めた。
***
ウォーターフロント事業。
物流の形態変化によって既に役目を終えつつあった港湾部の倉庫街、同様に撤退が続くようになった工場街、そうした荒廃化の進んだ土地を再利用し、過密化した都市機能を港湾部へと押し広げ、新たな開発区の創出を目的とするもの。直訳すると「水辺」の事業である。
日本では一九八〇年代頃、神戸の人工島が火付け役となって、ウォーターフロント事業がブームとなった。
現在の封鎖区画も、かつては再開発予定地で、封鎖される以前は、第二の臨海副都心となることを期待されていた。
しかし、大規模な呪術災害が発生し計画は頓挫。
以後、国魔連の管理下に入ったが、土地が広大すぎる上、未だに汚染源が活動中との見解もあって、汚染除去作業は一歩も進んでおらず、結界やら何やらで周囲を囲うだけ囲って実質放置されたままである。
その広大な封鎖区画の北西部、とりわけ工場が密集しているエリアに、密やかに移動する二つの影があった。相羽と稲木出だ。
二人の動向はレナンが予測したとおりで、移動先は瘴気が谷になっている場所だった。
それから程なくして、相羽たちは目的の廃工場に到着する。
彼らは、目の前で半開きのまま錆びて固まっているシャッターを潜って、工場の中へと入っていった。
だが工場内は、シャッターの外と違って真っ暗だった。
「いつ来てもよおおお、ここだけは外界と変わらないなあああああ!」
「瘴気の隙間だからな、お陰で明かりもないが」
「別にいいじゃないか先生ええ! ここにゃあ電気通ってるだろおお?」
「ふん、そうだな。では稲木出、お前が点けてこい。場所はもう分かっているだろう」
「勿論だ先生ええええ!! いいずえええ!!」
稲木出は命令に二つ返事で応え、まるで暗視スコープでも装備しているかのような正確さで、真っ暗な工場内を小走りしていった。そして迷うことなく分電盤のある部屋に辿り着くと、パチパチとブレーカーのスイッチを上げた。
一拍ほどの間を置き、カッと人工の明かりが天井できらめいて、稲木出の足下に楕円の影を作った。
「任務完了おおお!!」
稲木出はケタケタと笑いながら部屋を出た。
その足で相羽のいる場所まで引き返してくると、明るくなった工場の真ん中あたりで、プリペイド式の携帯電話で通話している相羽を見つけた。
「ふん。さっきのヤツは始末できたか――」
通話相手は、黒い車の運転手らしかった。
内容はさっきのアレだろう、と稲木出は思った。
そのまま近寄ろうとしたら、相羽は接近を拒むようにスッと体を横に向けたので、それと理解した稲木出は、暇そうに工場内を歩き始めた。
明かりの点いた工場内は、金属を運んでいたのであろう大型のコンベアや、その加工に使われていたと思しき機械が点々としており、稲木出がどうしてスイスイ動き回れたのか不思議なくらい入り組んだ造りをしていた。
稲木出は適当な機械の前にたって、起動スイッチを押すが、ランプはついていないので無反応。流石にそこまでは通電していなかった。
一層持て余した稲木出は、エスカレーターを逆走する子供みたいに、コンベアの上に昇って、その上をラットのように走り始めた。
金属を踏みつける靴音が、あっちこっちで反響する。それが悦に入って、また走った。
どうやらジッとしているのが苦手な体質らしい。
「おい稲木出、何をしているっ!」
通話を追えた相羽が、馬鹿みたいに走り回る稲木出を、いつもの怒声で窘めた。
稲木出は悪びれもせず、コンベアの最短ルートを取って相羽の前に飛んでくる。
「へへっ、遅いぜ先生えええ。でぇ、さっきの変な車、どうなったんだああ? 車行っちまったけどおぉ、俺たち帰れるのかあああ?」
「一片に二つも三つも聞くなっ!」
「二つしか聞いてないぜえええ?」
「…………。始末がついた、そのうち戻ってくる、それだけだ!」
「分かったぜえええ先生ええ!!」
「ふんっ」
相羽は、つまらなそうに吐き捨て、奥の扉に向かって歩き出した。
逡巡した稲木出は、そっかああ!、と相づちを打って相羽に続き、二人揃って工場部屋を出て行った。
その姿を、シャッターの外から、青と蒼の双眸が視ていたとも知らずに。
***
二人は、瘴気が薄い場所を感覚を頼りに探してるうちに、偶然明かりが点いている一角を見つけた。
忍び寄ってみると、そこはビックリするくらい瘴気がなく、外と変わらぬ快適さがあった。
まさかと思って覗き込んでみたら、スーパービンゴ。
相羽が携帯を手に、稲木出を呼びつける場面に遭遇したのだった。
そしていま、その二人は、揃って奥の扉の方に歩いて行った。
レナンは向けていた視線を一旦目を外し、隣の燎祐に向けた。
「ダーリン、相羽たちが何を話していたか分かるかい?」
「いや、ここからじゃ流石にな。しかし連絡を取った相手が誰かだ。運転手以外にも仲間がいたら厄介だぞ」
燎祐は暗に「急ぐべきだ」と提案した。けれどレナンは二つ返事では納得しなかった。
「私たちの優先順位は、第一に生徒Aの奪還、次に相羽と稲木出の確保。対して最悪のケースは、奇襲に失敗し生徒Aを盾にされることだ。今はとにかく機会を待とう」
「けどさ相手の数が増えたら、奪還と確保の両方ってのは難しくなるぞ」
「分かっている。だから今回はターゲットをタ……、生徒Aのみに絞る。次に脱出だ」
「相羽たちは二の次で、隠密行動に徹するってことか」
そうだ、といって頷くレナン。
しかし燎祐には一抹の不安があった。
爆弾ワンコや、時には破天荒なところがあるのはさておき、それ以外では、いつも理性的に振る舞って見えるレナンが、この一件だけは相当に入れ込んでいる。時に寝食も忘れるほどにだ。今回の食いつき方も普通ではない。
それは愚直と言えば聞こえはよく、真面目と言えば満点に近い綺麗な答えだ。
しかし、歪んでいる。その直向きさは歪だ。罪悪感に端を発する自戒がゆえに。
それがもし事件の核心に迫って、その歪みが、ふとした拍子に解放されてしまったら。
もし心の抑えが効かなくなってしまったら。
たとえ頭で分かっていても、身体が飛び出して行ってしまったら。
この作戦は破綻する――――
燎祐はそう思った。
(そうなった時のために、できることを何か考えておかないとな…………)
燎祐は静かに意志を硬め、拳を強く握った。
すると彼の拳に、レナンが手を重ねた。
その熱さに、ハッとして面を上げる。
「さあダーリン、見失う前に移動しよう」
「……そう、だな」
彼の返事に小さく頷き、中腰から立ち上がるレナン。
二人は息を殺し、抜き足差し足で忍びながら、半開きのシャッターを抜けて工場内に侵入を果たした。
そして、相羽たちを追って奥の扉へと向かうのだった。




