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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章24 Monday①

 常陸家の庭に、拳が空を裂く音が、幾重にも聞こえている。

 その拳が起こした風圧が、右から左から、前から後ろから、目を閉ざした燎祐の顔にビュンビュンと叩き付けられる。

 瞬間、一際強い風に乗って、強烈な殺気が飛び込んでくるのを感じ、反射的に身構える。


 しかし、攻撃はおろか風圧もやってこない。

 あれ?、と燎祐が惚けた途端、その隙を狙ったデコピンが額に飛んできた。


「平常心を乱してはダメだぞダーリン」

「うぉいてっ!」


「それにしても、不抜(ふばつ)の訓練が本当に苦手なのだな。これで二九回連続の失敗だ」


「いやだって、目隠し越しでもレナンの殺気がはっきり分かってさ……、つい身体が反応するっつーか」


 燎祐は言い訳がましく口にしながら、巻いていた目隠しを外した。

 それでてっきり呆れ顔でも向けられているかと思ったが、レナンは何かを思案するように、顎の下を撫でるように手をやって小さく首を傾げていた。どうやら舟山よりも指導熱心らしい。


(そういや舟山(あいつ)、教師のくせに半日で投げ出したよな……。まあ修行には八年近くも付き合ってくれたんだけどさ……)


 それに対してレナンは、昨日は丸一日付き合ってくれて、今日も朝からこんな感じで、訓練の方法を色々と考えてくれている。

 一応妹分がいる「お姉さん」というだけあって、燎祐が思っていたよりもずっと面倒見が良かった。


(耳にしたときは正直信じられなかったが、こうして一緒に過ごしてみると、レナンってかなり献身的なんだな) 


 燎祐はここにき、またレナンに対する考えを、ちょこちょこと改めていた。

 お互いに尊重すべきところは失ってないが、それでも無用な遠慮が減ってきた。その甲斐あって、今まで見えてなかった部分が見えてきた、というのが実際のところだろう。


 一方で、レナン自身は「人付き合い」、特に「人間」との付き合いを殆ど経験してなかっただけに、この暫くは何かと手探りなところもあったが、燎祐が大抵のことをすんなり受け入れてしまうので、幾つかの危惧を除いては、殆ど地の自分を晒しつつあった。

 ただそのせいか、時折投下される爆弾発言は、よりディープになっているようだが……。

 していると、レナンがパッと顔を上げて燎祐に向き直った。


「よし、この訓練はキッパリやめようか。今のダーリンにはまだ不向きだ。他の訓練に力を入れた方が身になる」


「えぇ!? なにも止めなくてもいいんじゃないか?! もっと練習すればそのうち――」


「ダメだよそれは。何度も言ったと思うが、(ジン)は己の性質なんだ。それを無理矢理押さえ込んだり、変質させるようなことをしては、(ジン)に余計なものが加わって、性質が歪んでしまう。そうなると性質が判然としない、捉えどころがない沌精(トンジン)になってしまう。だから無理なことはさせないし、やらせない。出来ないことは出来ないでいいんだ。それが自分自身の、今の性質なんだよ。強引な手段で自分を偽る必要はないんだ」


「じゃあ、もしかして舟山が俺に妖術を諦めさせたのって」


「いや、それはただの面倒くさがりじゃないかな」


「あの守銭奴ォォ……ッ!!」


「ふふ、まあ朝からぶっ続けなんだ、もう日も暮れそうだし今日の訓練はこれくらいにしておこう。そ、それに十七時も近いし、な……?」


 後半に行くにつれ、レナンの語気がそわそわし始めた。

 燎祐は眼を凝らして、庭から居間の時計に目をやると、時刻は十六時半を過ぎた頃だった。

 二人の訓練は、さっきの言葉通り朝っぱらから始まって、今の今まで続いていた。

 といっても飯抜きではやってないが、集中しすぎたあまり、時間の感覚を完全に喪失していたようだ。


 尚、本日は自主休校をキメ込んだので、二人は学校に行っていない。

 これは単なるサボりではなく、タクラマの捜索範囲を校内から校外へ切り替えたためで、その上で、レナンの回復を待ったというのが理由だ。

 学校結界の外で戦闘になれば最悪命を落とす。ゆえに、後れを取るようなことがあってはいけない。自主休校はそれに充てた休養休暇だった。


(こんなの母さんだったら、二つ返事で許可してくれたか怪しいもんだけどな……)


 と、そんなことを思っていると、レナンがつんつんと燎祐の腕を突いた。

 見ると、少し気恥ずかしそうに視線を外していてる。


「ダーリン……ま、まもなく平日の、十七時だな……」


 チラっチラっと視線を送っては、目を逸らすレナン。

 燎祐は一瞬その意味が分からずポカンとなったが、しかし平日という単語でピンときて、おおっ、と手を打った。


「そうだな、じゃあシャワー浴びて着替えたら行くか」


「うむ! では一足先に浴室を借りる!」


 燎祐の返事に満面の笑みを浮かべ、すたたたっと駆け足で家の中に戻っていくレナン。

 よっぽど楽しみにしてたんだなーと思いながら、庭の片付けを済ませ、少し遅れて家に戻ると、居間では既に、すっかり身支度を済ませたレナンが万全の態勢でお座りして、長いポニーテールを尻尾みたいにふりふりと揺らしていた。なんかもう、ワンコモード全開だった。

 それを尻目にしながら浴室に足を運んだ。


 脱衣所から浴室の間は、水気をたっぷり含んだ空気が舞っていたことから、僅かばかり前まで誰かが使っていたのは確かなのだが、記憶にあるレナンは髪も肌も完全に乾ききっていたように見えた。


「レナンのヤツ(ジン)で全身速乾したのか! すげー行きたかったんだなバーガーショップに!」


 意外すぎるレナンの一面に、ぷっと吹き出す燎祐。

 それから脱衣を済ませ、浴室に入ってシャワーの蛇口を丁度捻った折り、外からくぐもった声が聞こえてきた。


「ダーリン、準備はどうか? もう行けそうか? 私は万端だぞ!」


「あ、いや、いまシャワーに入ったばっかりなんで、あと十分ほどお待ちください」


「分かった! あと九分五二秒待てば良いのだな!!」


「アッハイ」


 気合いの乗り具合に若干引くも、その後から聞こえてきたレナンのカウントダウン・ボイスに、今度は顔が青くなる。

 もし時間を逸すればレナンの浴室突入もあり得ると思った燎祐は、カウントが終わるより前に全ての用を済ませ、髪のタオル掛けもそこそこに、ガチャリと脱衣所の扉を開いて外に出た。

 すると早速声が飛んできた。


「早いなダーリン! まだ二分十三秒もあるぞ!」


「お、おう……」


 生返事をすると、真横の壁に背を預けていたレナンが、くるりと向き直り、抱きつくみたいな格好で、燎祐の顔に手を伸ばした。

 

「ダーリン、髪が濡れているよ。少しじっとしていて」


 そう言ってレナンは、指を燎祐の髪にとおした。

 ドキッとしたのも束の間、頭全体がほんわか暖かな温度に包まれた。(ジン)の熱だった。

 レナンの指先はまるでヘアアイロンのように機能して、燎祐の髪を乾かしながら、形を綺麗に整えていく。

 それからほんの僅かな時間で、肌の水気ともどもすっかり蒸発して、髪もサッパリと仕上がった。


「よし、これでいつもの男前だ。では行こう」


「え、わっ、ちょ――――」


 レナンは燎祐の腕に思い切り腕を絡めると、散歩中に主人を引っ張るワンコのように、彼を外へと連れ出すのだった。



****



 バーガーショップでのレナンは始終ご機嫌な様子で、注文の品が届いてからは、しつけの出来た良いワンコだった。

 本人もどこかそれを愉しんでいる風でもあり、燎祐もそういうもんだと納得した。

 尚、店員は相変わらずだった。


 胃も気分もすっかり満たされたレナンは、席を立ってトレーを下げると、鼻歌を交えながら燎祐の腕を取り、お店を後にした。


 その足で、二人は近くのスーパーに向かった。

 レナンの腕は、完治こそまだだったが、動かす分には支障がなくなったので、次こそしっかりした手料理を燎祐に振る舞おうと思ったらしかった。


 しかし、その軽やかな足取りは、スーパーに辿り着く前に忍び足に変わる。

 それは丁度、スーパーのある通りに差し掛かったときだった。

 最初に、それに気づいたのはレナンだった。

 道の前方、その突き当たりに立っている電柱の傍に、東烽高校の生徒を一人見つけた。

 

「……あれは」


「ん?」


 燎祐は声が向けられた方に視線を投げた。

 すると頭髪が酷くボンバーした、一見タワシみたいな頭をした男子生徒を発見した。稲木出だ。

 稲木出は、誰かと待ち合わせをしているのか、携帯を取りだしては周囲にキョロキョロと目を走らせている。その度にボヨンボヨンと髪が弾む。さながら水風船だった。

 それにしても稲木出、気がどうしても落ち着かないのか、足先で地面を踏みならし続けていた。


「こんなところでアイツを見かけるとはなあ。さては彼女でも待ってるのか?」


「いや、彼に交際相手はいない。そして通学路、生活圏にもこの場所は入っていない。これは興味深い」


「よく知ってるな」


「相羽に近しい人物だからね。学校で調べて頭に入れておいたんだ」


 そう言ってレナンは、自分のコメカミをトントンと人差し指で突いた。

 なるほど、と燎祐は納得した。

 八和六合(シオノクニ)の御庭番であるレナンは、学校結界が収集したデータや、東烽高校が管理・保管する情報に自由にアクセスする権限を持っている。

 それを上手く活用すれば、個人の私生活まですっ裸に出来てしまうらしい。

 尤も、抽出したデータの解析作業はそれほど楽なものではないので、凜とした表情と声で隠してこそいるが、当人はだいぶ四苦八苦させられていたようである。


「どうするレナン」


「少し様子を見よう」


「分かった。けど、ここじゃ気づかれるかもしれないな。その小道に入ろう」


 二人は一緒に頷いて、通行人を盾に、稲木出の視界に入らないよう細い路地に身を隠した。

 息を殺して注視していると、地面を踏み続けていた稲木出の足の動きが、ピタリと止まった。

 路地に潜んでいる二人は、その場から小さく顔を出して、稲木出がいる方を確認した。すると、いかにも体育会系といった感じの男が、稲木出のそばに立っていた。

 

「あれは副担任の相羽じゃないか。なんでアイツが」


「ふむ……稲木出が特殊学級(ハチ・イチ)から編入してこれたのは、そういうワケだったのか」


 燎祐の驚きを他所に、一人うむうむと納得に至るレナン。

 少し不満げな気配を察知して、その方向を見ると、つまらなそうな顔をした燎祐が目に入った。


「その顔は説明してくれと言っているんだねダーリン」


「宜しく頼む」


「見たままと言いたいが、その前にダーリンは、相羽がどこの手の者かは覚えているね?」


 そう尋ねられた燎祐は、逡巡した後に「カリスだっけか」と口にした。

 レナンはコクリと頷いて、不思議がる彼の耳許で続きを語った。


「いいかいダーリン。カリスはね、人の心の弱さにつけ込んで、仕事に使えそうな現地協力者(エージェント)を調達するんだ。これは獲得工作の一環、もしくは既に工作員(ケースオフィサー)としての『教育』に入っている。稲木出は相羽の軍門に降ったんだ」


「それで稲木出を特殊学級(ハチ・イチ)から引っ張り上げて、近くに置いたのか。じゃあ相羽は、カリスは、何かをするつもりなんだな?」


「と言うより、既に始まっていると見て間違いない。今までの件は、恐らく仕事に必要なことを相羽が単独かつ試験的に行ったもので、現地協力者(エージェント)得たここからが本命なんだろうさ。まあ八和六合(シオノクニ)の庭で、カリスに与しようという奇特なのは、早々見つからないと思っていたが……」


「はみ出し者に狙いを付けたってワケか。にしてもあんな情緒不安定なやつを起用するなんて、稲木出を捨て駒にでもする気か、相羽の野郎……」


現地協力者(エージェント)とは得てしてそんなものさ。気持ちいいことを吹き込まれ、その思想に共感しどれほど賛美しようが、所詮は末端、ただの身代わりなんだよ、組織構成員(イリーガル)のね」


 吐き捨てるような態度でレナンが言った。

 その言葉から、カリスの実態もそういうものらしいと、燎祐は認識した。


「だったら見過ごしておくわけには行かないな」


「しかし彼とダーリンは、何らかの因縁があったようだと記憶しているが」


「俺個人との関係はこの一件とは別だって。喩え稲木出がどんな人間であれな」


「ふふ、やはりダーリンは私の信じるダーリンだ。

――――おっと、あの感じは、相羽たちに動きがありそうだよ。見ていよう」


 レナンの声に促される形で相羽に目を向ける祐。すると程なくして、相羽たちが、くるりとこちらに背を向け歩き始めたので、慌てたように路地の陰に引っ込み、レナンを見た。


「レナンどうする? 連中の後を付けていけば、カリスのアジトが見つかるかもしれないぞ?」


 そのことはレナンも思っていた。

 ――しかし、これまで影しか見えなかったカリスの手がかりが、相羽の不審な行動が、ここまで露骨に表面化するものだろうか

 そんな考えがレナンの思考の中心に鎮座していた。

 捜索範囲を校外に切り替えた途端にこれでは、相羽にこちらの動きを掴まれていると疑って掛かるのが当然で、特に腕を負傷している現在、普段より慎重になって考え巡らせば、喩えこれが千載一遇のチャンスであっても、いまは深追いするべきではないと結論付けられただろうが、タクラマが失踪して既に七日以上が経過しているという事実が、そのことへの罪の意識が、レナンの判断を鈍らせた。


「……リスクは高いが、機会が二度あるとは限らない。ついてきてくれるかいダーリン」


「あたぼーよ。ついでだから、これで全部丸っと解決するように祈っておこうぜ」


 愚問に愚答を突きつけて、意思を確認し合った燎祐とレナンは、揃って路地を出た。


()こうダーリン」


「ああ」


 重たげな雲が差し始めた濃紺の空の下、二人は、動き出した相羽たちの背を静かに追い始めた。

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