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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章22 真朱再襲②

 屋上の扉を勢いよく開き、事務室棟の階段を駆け下りていく尾藤は、その間、携帯電話越しに信じがたい話を耳にしていた。


 事件発生は今から三時間前。

 真朱(まそお)の魔女が厚木基地の防衛結界を擦り抜け、基地内に侵入。

 直後、結界内の魔力濃度が異常上昇し、基地内の魔法力監視システムが全機能停止オール・シャットダウン。及び、基地内の全職員が、魔女の魔力圧に堪えきれずマインド・ショックを起こし昏倒。


 監視カメラの映像によると、魔女は、再建作業を開始した新型魔法台を、未知の魔法で消滅させると、その後何かを探すように基地内を徘徊しはじめ、それから一時間ほどで立ち去ったという。


『以上のことから、魔女の目的は新型魔法台であったと思われます。負傷者が出なかったことが不幸中の幸いかと』


「……そうか。しかし、前回とはまるで別人に思える所業だ。一体どういうことだ」


『前回は、示威や警告が目的だったのではないでしょうか」


「と言うと?」


新型魔法台(あれ)が完成すれば、理論上は、有効範囲内の魔力をすべて検出できるようになります。これまで謎でしかなかった魔女の潜伏先や、隠棲(いんせい)地も丸裸になるわけで――――二世紀半も所在を掴ませなかった真朱(まそお)の魔女も、流石に黙っていられなかったんでしょう。一方的に襲われたこちらとしては、まさに天災ですけれど……』


 これには尾藤も一理あると思った。

 それでも、やはり今回の襲撃には、前回のように職員を一人残らず襲ってみせた執拗なまでの残虐性がまるっきり見られず、それどころか誰に手を下すこともなく魔法台だけをピンポイントで狙ってきたことが、どうしても引っかかった。


(伝説にある真朱(まそお)の魔女も、残忍極まりないことを平然とやっていたが、その対象は常に【天使】だったはずだ……。天使(そんなもの)が実在しているかは知らないが、喩えば「天使(それ)」が「人間」に置き換わったとして……――――いや、しかしそれなら、今回何もしなかったのは何故なんだ……?)


 魔女が人間を襲う異常性を持ち合わせているのなら、今回の襲撃は「手抜き過ぎ」だ、と尾藤は考えた。


(施設の状態だってそうだ。施設全損と魔法台の破壊のみでは、被害のスケールが違いすぎる。同一人物だっていうなら、ここまで行動が違ってくるか……?)


 疑念が疑念を呼び込み、尾藤の眉がこれでもかと寄って、額に溝の深いしわを作る。

 その内側で稼働する彼の脳髄は、前回こそ真朱の魔女で、今回は模倣した世魔関の工作員ではないか、という推測を導き出すも、それを真っ向から否定する言葉が耳に伝わってきた。


『前回は基地施設ごとやられたので、鮮明な映像は殆ど残っていませんでしたが、今回被害を受けたのは魔法台だけでしたので、録れたのが綺麗に残っていました。確認した限り、襲撃者が真朱(まそお)の魔女であったことは間違いありません』


「といっても二世紀半前も行方知れずだった人物だからな……。照合可能なデータもなければ、誰も顔を知らないんだ、その可能性が高くても、今は判断を急ぐべきではないと思うが」


真朱(まそお)の魔女たる証拠は顔ではありません。杖です』


「杖?」


『そうです。禁忌が形を成したという、在ることが許されない魔杖(まじょう)真朱(まそお)象徴魔導具(シンボリックデバイス)火葬杖(エクスーロ)】です。存在自体が世界の禁忌に抵触しているため、私たちは火葬杖(それ)を正しく視ることが出来ませんし、いかなる方法を持ってしてもその形を再現することが出来ません。後ほど映像と写真データを送信しますが……、映っている魔杖は、映像を確認した職員全員が違うものに……、自分は、杖と周囲の空間が酷く歪んでいるように見えます……』


「俄かには信じがたいが……、分かった。こちらでも確認しておく」


専女(とうめ)様にはどのように取り次ぎますか。今は東北方面に向かわれていますが』


「厚木に戻って貰うほかないだろう……。つい一昨日に燈妍(トウゲン)氏と一緒に訪れたばかりだというのに、魔法船団(こっち)の件を急ぐあまり調査日程を詰めたのが徒になったか……」


『そう……ですね。それにしても手放した途端に事件が戻ってくるなんて、尾藤さん、難事(トラブル)に愛されてますね』


「愛されてるんじゃなくて、ストーキングされているんだよ。(なす)り付けられた上でな」


『それ、お上手です。不謹慎ですがちょっと笑っていいですか』


「お前の人件費削減するぞ」


『尾藤さんパワハラで訴えますよ』


「部下からのパワハラ・ハラスメントで胃が痛いよ。ああ、それと当面の間、通信時の秘匿レベルを最大にするよう全職員に通達してくれないか。どうも最近、国魔連(うち)のことに耳を(そばだ)てている連中がいる」


『米国に自衛隊、それと世魔関ですか……。確かに注意した方が良さそうですね』


「カリスもだ。あれは行動が不可解な上に、何処に信者が紛れているか分からないし、何に関与しているか分からない」


「確かに……。最近活動が活発だと、八和六合(シオノクニ)の若い御庭番から報告があがっていたばかりでしたね……。詳細情報は収集中ですが、どうやら人類救世軍の構成員が東烽高校で何かを(くわだ)てているそうです」


「それも含め、私の抱えている案件の整理をしておきたい。各件の資料をまとめておいてくれ。こちらも戻れるタイミングを探して、可能な限り動く。厚木事件の状況が変わった以上、このまま専女(とうめ)様に任せきり、と言うわけにはいかないしな」


『了解しました。準備しておきます。ところで、そちらの状況は、あまり(かんば)しくない感じですか?』


「察してくれ…………」


 尾藤の疲れ切った声が、携帯電話を通し、電波を伝って流れていった。

 すると「アッハイ」という返事だけが戻ってきて、秒で通話がきれた。

 部下の死海並みの塩対応に、尾藤はちょっとイラッとした顔をしながら、手の中の携帯電話に目を落とし、それから胸の内ポケットに仕舞った。


「魔女の目的が魔法台にあるなら、まだ狙われる場所がある……。しかし手を打つにもまず、この軟禁状態をなんとかしないとな」


 長い階段を降りきった尾藤は、肩で息をしながら一階のエントランスまで辿り着いた。

 それから事務所棟を出て、対策本部までの地形を無視して、対角線上を突っ切るように最短距離を走った。

 途中、幾人かの基地職員と擦れ違ったが、誰一人として尾藤の姿を見咎める者はいなかった。

 彼が展開した攪乱(かくらん)魔法によって、その存在を、視認(みる)ことも認識することも出来なくなっていたのだ。


 その後、真っ直ぐに対策本部の前まで戻って、一旦監視カメラの死角にまわってから、展開中の攪乱(かくらん)魔法を解いた。

 それは警備室でモニタリング中の職員から諜報活動の疑いを持たれない為であり、国魔連への対抗心を隠しもしない組織の庭で、関係がこじれるような面倒だけは避けておきたいからだった。


「さて、どっちに顔を出すべきかな」


 などと口に出しながら、質問攻めが待つ会議室には目もくれず、迷わず対策本部の扉を開く尾藤。

 一歩中へ足を踏み入れると、むわっとした埃っぽい空気が、彼の顔を打った。

 敷き詰められた電子機器の廃熱と、それを御さんとする冷房の風が対流しているのだ。


 尾藤は後ろ手で扉を閉め、何食わぬ顔で室内の様子をうかがった。

 機材の前につきっきりの職員たちは、そんな尾藤に「何しにきた」とでも言いたげな視線を遠慮なく投げつけたが、彼はそうした組織の反駁(はんばく)感情に芯まで漬かった人間に対しても、目が合うと、さっぱりとした顔で会釈をした。

 そうしていると、さっきから尾藤に背を向けたままの男が、首を僅かに捻って睨みを利かせてきた。


「誰かと思えば、国魔連の尾藤さんでしたか。一体どうなさいましたか」


「艦隊の魔力被覆作業が終わった頃かと思いまして、こちらに足を運んでみました」


「各艦からは、定期連絡以外まだ受けていませんが」


「でしたら、進捗があり次第会議室までご一報ください。なにぶん、あの中からでは状況が見えませんので」


「必要なことであればお伝えしますので」


 対応していた職員の男は、あしらうように吐き捨て、顔を正面に戻した。その動きと連動して、尾藤に向けられていた室内の視線は、一斉に他所を向いた。

 尾藤は、場に立ちこめる剣呑な空気に背中をせっ突かれる形で、合同とは名ばかりの対策本部から退散した。


 部屋を追われた尾藤は、直ぐに会議室へ戻ろうとはせず、胸ポケットから携帯を取りだし、そぞろ歩きでもするように廊下をいったりきたりしながら、どこかへ電話を掛けているそぶりをした。

 すると、監視カメラの首がゆっくりと動き、それが自分を指向しているのだと分かった。


(みなと)が言っていた作戦変更の話は、既に対策本部に届いていると見て間違いないか。だがカメラで私を監視している手前、それを国魔連(うち)報せるつもりは、毛ほどもないらしい。まさか国家存亡の危機に際して、現場がこんな主導権を争いをしたがるとは……)


 今回のことを機に、両組織が和睦できれば良かったが、それはもはや夢のまた夢。

 こんなことなら真正面から悪態をつかれるほうが、事態が悪化しないだけ、よっぽどマシだと尾藤は思った。


 彼らがそんな縄張り争いに固執しているのは、未だ敵の脅威レベルを、正しく理解出来ていないからというのが大きかった。その上で、「自分たちならやれる」という、根拠のない自信を持っているに違いなかった。


 もしこれが自衛隊のみで完結することなら、どうぞ痛い目を見てくださいと放置できただろうが、送り込んだ人員には国魔連の人間が多数含まれている。

 相手取るのは、米国西海岸を完膚なきまでに叩き潰した、正体不明の魔法船団。

 それなのに、魔法のマの字も知らない連中に作戦指揮所を牛耳られるようなことがあれば、米軍の覆轍(ふくてつ)を踏むのと同じ事だ。最前線に向かう護衛艦はたちまち、海に遺棄された鋼鉄の棺桶に変わってしまうだろう。

 絶対にそれだけは、あってはならないのだ。

 ゆえに尾藤は、己自身に決断を迫る。


「政府から全権委任されたのは国魔連(うち)。しかし現場を握っているのは自衛隊(あいつら)。何かあってもケツ持ちは国魔連(うち)。そして国魔連(うち)が抱えている重大案件は二つ、そのうち一つが自衛隊(あいつら)に潰され掛けている……。やっぱり取りに行くしかないか、現場の主導権……!」


 廊下の端まで来ていた尾藤は、その場でくるっと(きびす)を返すと、真っ直ぐに会議室へ向かった。その背を、天井から生えている監視カメラのレンズが追う。

 尾藤は、大きな木製の二枚扉に手を掛け、外側から勢いよく開いた。

 バンッ、と鈍い音がして、室内の空気が一気に尾藤の顔に吹き付け、前髪がふわっと持ち上がった。

 室内の視線が一気に反転し、尾藤を蜂の巣にする。


「皆さん、お待たせしました」


「ハッ、待ちかねたぞ尾藤くん!! そこの役に立たない彼らに代わって、この部分の魔力被覆の説明をして貰おうか!!」


「構いませんが、その前にひとつ」


「何かね」


「護衛隊より打電のあった、第一次作戦の内容変更の報せが、国魔連(われわれ)に共有されていないことのご説明を、先に」


 その一声によって、場は途端にザワついた。

 既に事態を把握していた一部の士官たちは、歯噛みつつも、その表情を隠すように目を切った。


「本部はこの連絡を受けていましたよね、何故なんです」


「何だねそれは!? 我々は何も知らされていないぞ!!」


「ですが、そちらの方々はもうご存じのようですよ」


 本当に報せを受けていなかった面々は、あんぐりと口を開いて、尾藤の視線の先をなぞった。

 そこには、脂ぎった汗をたらたらと流す男が数人、木陰で風雨を(しの)ぐように居竦(いすく)まっていった。


「本当なのか……それは」


「…………た、大変申し上げにくいことですが」


 あっさりと自白した。

 顔にこそ出さなかったが、尾藤は拍子抜けしていた。

 その傍ら、身内に(たばか)られたと分かった幹部の一人が、丸っとした目玉に赤い血管をぎっと浮き立たせて、黙りこくっていた士官らを追い詰めるが如く迫った。


「どういうことだ貴様!!! 我々の合同作戦を見す見す潰すつもりか!!」


「お、おお、お言葉ながら、不確実な魔法などというものにすがる国魔連に、本作戦を委ねることなど、わ、私には出来かねます!! こんなこと、あってはならないことです!!」


「この期に及んで……っ!! 身内の恥をさらす場か!! 口を慎まんか!!」


 机も椅子も人間も掻き分け、気迫と勢いで一気に壁際まで追い詰めた士官の一人を、さらに言葉で追い詰める。

 だが、それでも士官はことばを返す。


「わ、我々なら、不確実なことは、おおお、起こりません!! 確実に、ほぼ確実に、敵勢艦隊をげ、げげ、撃沈できます!! だ、だいたい魔力被覆とは何ですか!? そんなものが通用する、ほ、保証がどこにあるんですか?!」


「――――保証など、ない!!」


「ぇぇ!?」


 士官が驚嘆の声を上げた瞬間、彼の思考と同調するように、水を打ったような静けさが会議室内に広がった。

 カチカチと鳴る、壁掛け時計の歯車の音が、音量を増したように聞こえる。


 その場の誰もが、無意識に、無自覚に硬直していた数瞬後(かずまどかご)――――


 士官を追い詰めていた幹部の男が、背後に向けて声を放った。


「しかし可能性はある。そうだろう尾藤くん」


 唐突のことに、まったく反応しきれずにいると、幹部の男はやれやれと言った具合に、尾藤に視線を送った。

 それでようやく頭が切り替わった。


「ええ、その通りです。そして本作戦の指揮と責任は、すべて国家魔法士連盟と私が持ちます」


「だ、そうだ。よって我々は、我々の役に徹すればよい。分かったか、貴様」


 そう言って幹部の男は、バンと壁を叩いた。

 その打音は、眼前で縮こまる士官だけではなく、尾藤にも迫るものを感じさせた。


(どう丸め込もうかと思ったが……、よもや老骨と侮った人物に言わされるとは……)


 はっきりと言質を取られた以上、尾藤はこの一件に首を捧げたも同然となった。

 一瞬頭の中に「あれでも尾藤さんのことを気に入っている」と言っていた士官の顔がチラついたが、今の尾藤には、あれは嘘だなとしか思えなくなっていた。


 だが、投じた代償と引き換えに、今後は組織間の面子を掛けた政治交渉はせずに済むし、余計ななトラブルを(こさ)えない限り、尾藤が動きやすくなったというのも事実。

 これで事件の二股ができる!、と内心息巻いた尾藤に、幹部の男が向き直った。


 そして不敵な笑みを浮かべながら、肩にポンと手を乗せてきた。


「ところで尾藤くん、この魔力被覆のことなのだが――」


「アッハイ」


 尾藤の受難は続く。

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