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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章5  オリエンテーション②

 時刻は九時三十分を過ぎていた。

 小休止にしては長すぎると、教室の中ではクラスメイトたちが落ち着かない様子で、あちらこちらに顔を向けている。

 そんな折、小休止の終わりを告げる声が響いてきた。


『はいはーい、皆さん、すぐに廊下に出てくださーい。これから楽しい楽しい学校案内の始まりですよー。必ず『補助魔導機(アンシラリーデバイス)』は持って出てくださいね』


 やや中性的な声だった。

 その声に従って、クラスの全員はみな廊下に誘導された。

 てっきり自己紹介が先かと思ったが当てが外れた。

 それにしても、自分のクラス以外は何処の教室からも生徒が廊下に出ていないのが不思議だったので、つい疑問が喉をついて出た。


「放送流れたのってうちのクラスだけだったのか? それとも余所は故障か?」

「今のは精神感応(テレパシー)だろーな。でなけりゃ、声だけ俺らの耳に飛ばしたかだ。どっちにしろ聞きたくねえって自由が効かねえ。この類いは嫌ぇだぜ」


 けっ、と吐き捨てたタクラマは、ズボンのポケットに両手を突っ込んでそっぽを向いた。なるほど根っからの反骨精神(ロックンローラー)か。


 そこへ、さっきの声がレスポンスを返してきた。


「ハハハ、それはそれはどうも済みませんでした。次からは聞かない自由も持たせるようにしましょう」


 声は俺たちの真後ろからだった。

 まさかと思って振り返ると、担任である舟山が――見た目はかなり若く、行ってても精々二十代の後半くらいで、彼の服装は初日と同じく、ベージュのカジュアル・スーツだった――すまし顔で立っていた。

 あたかも其処にはじめから居たかのように。


 舟山は俺の顔に浮かんだものを読み取るや、ピンと立てた人差し指を小さく左右に振って、


「おっと、いつから其処に、なんてベタなのは止してくださいね。私はちょっと転移魔法が得意なので、とっても神出鬼没です」


 では行きましょうか、と言い切った時には、舟山は瞬きよりも早く転移して、すでに先導する位置に付けていた。転移した先では突然湧いた担任の姿にワッとなったが、舟山はお構いなしに「出発でーす」と、すました顔で歩き始めた。

 釣られて先頭のあたりが動き出して、まとまりの悪い列がそぞろと続いた。俺たちはのんびりと後に付いた。


「先生は『ちょっと得意』だなんて謙遜してたけど、あの転移魔法の完成度、ほとんど芸術の域なんですけど……」


「アレそんなに凄いのか」


「とんでもない練度よ。転移は必ず空間に歪みを作るの。それが音になったり衝撃波になったりして発覚するんだけど、先生のは、歪みが無いって断言できるレベルかも。もしそうだったら大発見なんだから。あ、でもそれなら私も習得すれば……いつでも燎のベッドに侵入して……んふふふ……」


 最後の方はよく聞こえなかったが、どうやら舟山は、まゆり目線からしても相当なようだ。

 まゆりの話を聞いていたタクラマも唖然としているようだし、かなりの実力者であるのは間違いない。



「ああ、そうでしたそうでした、確か常陸(ヒタチ)くんは魔法が使えないんでしたね。補助魔導機(アンシラリーデバイス)も持ってないでしょうから、これをお渡ししておきます。今後は、自分の身は自分で守ってくださいね?」


 言ってるそばから転移してきた舟山は、出し抜けに(くがね)籠手(ガントレット)を手渡してきた。

 俺は半ば強引に握らされた籠手に、しぶしぶといった具合に目を向けた。


(てーか、まだ面と向かって名乗ってた覚えはないのに、既に俺の個人データが頭に入っているのかよ!?)


 と、内心そんなことを思ったが勿論おくびにも出さず、それっぽく振る舞う。


「貰っちゃっていいのかコレ……?」


「はいどうぞ。実はそれ――あ、いえ、なんでもありません」


 何故か言い淀んだ。

 しかし、それを気にするよりも、受け取った物の衝撃の方が大きかった。

 籠手は本来は防具に類別されるものだが、これはどう見ても武器だった。対打撃用の硬質なナックルガードを備え、しかし指の自由を確保した近接戦闘に特化した造形をしている。

 そこに獅子(シーサー)と何かと合体したような……微妙な生き物のレリーフがバシッと施されていた。


(――にしても派手な金色だな……)


 このまま手に持っていても嵩張るだけかと思い、先生の手前というのもあって仕方なく装着した。

 装着したはいいが……、海外旅行に行った知人から謎の民芸品をお土産に渡された時みたいな居たたまれなさがこの胸を走り抜けたのは、どうしてだろう……。


「ところで先生、学校案内に出るのに、こいつで身を守れってどういう意味?」


「それはある著名な霊装の複製品(レプリカ)です。本来は展開武装なんですが、君は魔力セロだそうなので、展開機能をオミットしてあります。それがあれば魔力のない君でも、魔法に対抗することができますよ」


「へーそれはなんとも有難い、……ってぇ! んなコト尋ねてないわ!? 先生、俺が聞きたいのは――――」


「ふ~む、どうやら先行していた他クラスに補足されてしまいましたか。まっ、いいでしょう。では皆さん、楽しい時間の始まりでーす。是非に頑張ってください。ここでは私、一切手出ししませんので、悪しからず」


 舟山は、ちぐはぐな会話を一方的に終わらせると、即座にどこかへと転移した。

 その直後、差し掛かっていた階段の上下から、何十もの炎の球が押し寄せる壁のごとく迫った。

 突然のことに呆気にとられ次々と炎上するクラスメイト。悲鳴と一緒に廊下の温度も一気に上がった。


「ケッ、だらしねえゼ」


 タクラマはポケットに手を突っ込んだまま、スッと俺とまゆりの前へ回り込み、カツンとカカトを打ち鳴らした。

 すると半透明な灰色の壁が足下から一瞬で立ち上がった。壁はタクラマの正面から弓なりに広がった。

 厚さは数ミリほどで一見すると心許なく思えたが、その効果は絶大で、迫る炎の球の一切を防ぎきった。


 敵の攻撃が止むまで二十秒近くあった。

 その間は、まるでアクリルガラスの向こうから、破裂するトマトを投げつけられているような光景が目の前に広がっていた。

 タクラマが再びカカトをカツンと打つと、俺たちを守っていた障壁は空気に溶け出したようにフッと消えてしまった。



「カーッカッカッ!! どーよ、遮音性パーペキだろ俺様の障壁は。ンで、ついでに攻撃っと」


 タクラマがパチンとフィンガースナップを鳴らすと、ざっと数十本、黒紫色の魔法の杭が彼の頭上に展開された。

 それを目撃したクラスメイトが僅かにどよめく。


「なんだよあの数!?」

「あいつデバイス持ってないぞ!?」

「知らないのかよ、亜人は特異体質だっての!」

「そんなの反則だろ。つーか、いま詠唱したか?」


「クカカカ!! いいねぇ! ノッてくるぜ! なら期待に応えてブチかましてやらあ!! いくぜニンゲン、見さらせ、これが亜人サマの――――」


 黒紫の杭がザッと一斉に狙いを定め、撃鉄の唸りを待つ――――

 しかし、


「えーっと、とりあえずこれで」


「「「ぎゃあああああああ――!!!」」」


 タクラマの魔法が放たれる前に、翡緑(すいりょく)の雷撃が既に敵全員に命中していた。

 まゆり謹製の範囲魔法、自動識別攻撃ディスティングリッシュ魔法(・ボルト)だ。

 その名の通り、勝手に対象(てき)を判別して、対象が戦闘不能になるまで攻撃を続行する、便利を極めたえげつない魔法である。


 他クラスの悲鳴が鳴り止むまで5秒とかからなかった。

 まゆりは瞬く間に階段の一帯を制圧を完了する。


 それをどこかで状況を覗き見ていたのであろう舟山は、状況をヨシと見るや転移して俺たちの前に現れ、倒れた生徒を分け隔てなく放置して再び歩き出した。


 その一方、


「ア……亜人サマのーチーカーラー…………」


 出鼻をへし折られたタクラマは、軽い置いてけぼりを食らいながら、頭の上に魔法を出しっぱなしで、プルプルしながら引きつった声を上げていた。

 活躍の場を失い、申し訳なさそうにプスンと煙になって消えていく沢山の杭。

 俺はそっとタクラマの肩に手を添える。

 それに気づいてまゆりが驚く。


「へ――――あっ、もしかして今のダメだった?!」


 その問いに、俺は目を伏せてそっと首肯した。

 まゆりは目を覆って、ごめんなさいと頭を下げた。

 タクラマも小さく手を振って「いいって」と伝えた。

 けれど、まゆりは肩を落としてしゅんとした。


「おーい、まゆっちぃ、次は俺様に格好つけさせてくれなー、約束だぜ?」


 お披露目の頓挫を残念がってはいたが、本当にそれだけで、至ってカラッとしていた。


 タクラマはカカカと笑って俺たちの前を歩き始めた。

 まゆりは意味を求めるように俺に視線を預けた。俺は目線の高さを合わせて「怒ってないってさ」と意味のない通訳して、まゆりの手を取る。けど、まゆりは少しの間、目を何度もぱちくりとさせていた。


 実はこの子、言外の意味を拾うのが昔から上手ではない。

 魔法の才能はズバ抜けているのに、変なところで不器用(ぶきっちょ)だなあと思うと、クスリとせずにはおれなかった。


「もうっ(りょう)はなんで笑ってるの」

「何となく?」

「え、もしかして幻術で頭おかしくなったんじゃ……」

「おいおい俺がいつでも正常だと思ってたのか?」


「ううん、全然」

「…………」


 俺がショックで沈黙していると、まゆりは「だ、だって……」と言葉を詰まらせた。軽い冗談のつもりだったのだろう。

 それにしても困り顔で、右に左に身を(よじ)っているのが可愛らしい。していると、前を歩いているタクラマから声が掛かった。


「おォーい、おめえらァ行かねーなら置いてっちまうぞォ」

「お、悪い、いま行く」


 まゆりは何か言いたそうにしていたが、促すように手を引くと、何故だか納得したように小さく頷いて隣を歩き始めた。

 で、前を向いたら、頭部を百八十度回転させたタクラマが目をギンギンに光らせていて、一部始終どころが全部見ていたのに気がついた。


「おおっと、つい首が回っちまってたぜ。いけねえアタマだ」


「取れたり回ったりスゲーなお前のアタマ」

「それに目もぴかって光るし」

「カカカ、イカすだろ」


「「アッハイ」」


 返事に気をよくしたタクラマは、ヨッコラセイ、と親父くさいフレーズを入れてアタマを正面に戻すと、すぐに「おーおー、おいでなすった」と、さっきの魔法を展開、と同時に間髪入れず一斉に放った。


 魔法の杭は易々と敵の障壁を破壊・貫通し、部位を問わず標的のあちこに突き刺さった。

 見ているだけでも痛々しい攻撃だったが、不思議なことに、杭が突き立った先から血が滲むことはなく、なのに命中した者は次々に膝を折って床にうずくまっていった。


「なにをやったんだタクラマ」

「ン~~、ニンゲンの精神体(アストラル)に攻撃しただけよ。物理的に非破壊っちゅー親切心がスーパー溢れるイイ魔法だぜ?」


 指で作ったピストルを構えてキザにキメるタクラマ。

 非破壊の魔法とはスゴいなぁと関心を寄せていると、破壊魔法の権化とでも言うべき世界最高位さまが説明を補足しはじめた。


精神体(アストラル)への攻撃は相手を簡単に昏倒させることができるんですけど、すこーし加減を誤ると、相手を精神崩壊させて再起不能に追い込むから、ちょっと注意が必要なの」


「おい、そっちのがよっぽどやべえじゃねーか! 大丈夫なんだろうなアレ!」


「アーアー、オレサマ、コトバ、ワカンナーイ」


「嘘つけ日本語流暢(ペラペラ)じゃねーか!」

 

 しかし手を頭の後ろで組んですっとぼけるタクラマは、頭部から口笛の音色を発して、逃げるようにスタスタと行ってしまう。


「お、おい待てって! ほんと大丈夫なんだろうな!?」


 俺たちは、タクラマが倒した生徒を側目にしながら、廊下を行くのだった。

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