表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
61/111

第二章13 漸次渦の中へ④

 同時刻。


 国家魔法士連盟の上級幹部三名が、政府から緊急招集を受け、都内を車で移動していた。


「はあ、こんな時にまったく、今度はいったい、どんな呼び出しだ……」


「いつもの連中のガス抜きが目的だ。緊急緊急って言っておいて毎回そうじゃないか。尾藤(びとう)さんも、そう思うでしょ」


 ハンドルを握っていた尾藤(びとう)は、後部座席から飛んできた声の主に、バックミラー越しにチラッとだけ視線を送った。


「あらら~、尾藤さんは不機嫌らしい。まあ、これから矢面に立って蜂の巣にされるんだから、仕方ないわなあ。まっ、今回も先頭よろしくねい」


「人を盾にするなら、せめて運転は代わってくださいよ。というか自分、一応、代表なんですが?」


「代表ったって尾藤さん、この中じゃ一番の年下でしょお。肩書きが上でもさあ、人より若いって言うのは、それだけで下ってことなんですよお。特に、この国じゃあね」


「とんでもない因習じゃないですか」


「「俺もそう思うよ?」」


 後部座席から綺麗なハーモニクスが聞こえた。


(今日の最後まで、その態度を貫いてくれるんなら、こっちも気楽でいられるんだけどなぁ……)


 結局どうせダンマリを決め込むんだろうと思って、尾藤は溜め息を付きながらハンドルを切った。

 そのまま可能な限り車を飛ばして、出発から三十分ほどで現地へ到着した。

 

 車を止めた尾藤らを迎えたのは、黒服に身を包んだ、四名の屈強そうな男たちだった。

 そのうちの一人が、イヤホンマイクでどこかに連絡を取ったのち、面々の前へ進み出た。


「国家魔法士連盟の皆様ですね。お待ちしておりました。ここからは私がご案内します」


 男が律儀に一礼すると、残りの三人が尾藤たちを囲んだ。


「毎度のことだけど警護されてるのか、護送されてるのか分からないねえ」


 黒服は何も聞かなかったように「どうぞこちらへ」と遮って、手振りを付けてながら、尾藤たちの一歩先を歩き出した。

 その足は、迷うことなく官邸の二階へと向かい、木製の大きな二枚扉の前で止まった。

 先導していた黒服が、尾藤の方に向き直った。


「扉を開けます。会議中ですので、静かにお入りください」


 周りを囲んでいた黒服の内の二人が、尾藤たちの前に出て、大きな扉を、音もなく観音開きにした。残る一人が「どうぞ中へ」と促した。


 いよいよか、と固唾を呑んで、尾藤たちが足を踏み入れると、木製の扉は、外側からそっと閉じられた。


 そこは、一言に長方形と呼んで差し支えない、縦長の会議室だった。

 壁際には、色気のないパイプ椅子がズラッと並び、窓際には布をかぶせた長机が縦に整列している。どちらも書記官や有識者のための席だ。

 会議室の中央には、王室の食卓にありそうな、幅広で縦長のテーブルが陣取っており、向かい合った席が上から下までびっしり並んでいる。

 その上辺である上座に一席、底辺である下座には三席の用意があった。


 尾藤(びとう)は、その末席が自分たちの席と察して、内心で嘆息を付いた。

 その卓を今や遅しと囲んでいるのは、陸海空を代表する自衛隊の将官、そして統合幕僚長と防衛大臣。

 他にも著名な有識者の姿がある。

 

 それだけを言葉にすれば、何とも(おごそ)かな構成の会議なのだが――――、

 ある者は煙草が灰になったのにも気づかず下を向き、またある者は苦々しい顔付きで煙草を(くゆ)らせては唇を()り、またある者は人差し指で椅子の手すりを打ったり、不機嫌そうに頬杖を突いていた。


 会議場の雰囲気は既に灰皿の有様が物語っているように、すっかりと透明度を失い、まるで見通すべき先に(もや)が掛かっているようだった。


 尾藤(びとう)を含む面々は、息つくたびに、ズキッと肺胞が軋むような思いがした。

 それほどに空気が淀んでいる。




「魔法士連盟の諸君、今日ここにお越し頂いた理由は分かるな?」


 卓の奥に座している男が、咥えていた煙草を、山盛りになった吸い殻の上にグリグリと押しつけながら、尾藤たちに声を投げた。


「承知しています。米国魔法省の動きですね」


 用意された末席に着座しながら、代表として尾藤(びとう)が答えた。

 それと同時に、失笑にも似た溜め息が卓の全域から漏れ出した。


「それだけかね? 君たちは事態を把握していないのかね?」


 貶めるような口振りでキツイ視線を投げてきたのは、陸上自衛隊の将官だった。

 足を組み替え、苦虫をかみつぶしたような顔で顎をしゃくって、いかにも面々を威嚇しているようであった。


 尾藤は、始まった、と思った。


 基本的に警察組織や自衛隊組織は、国家魔法士連盟――国魔連を快く思っていない。

 それは、国魔連が、魔法の関係する事柄は全部が管轄となっているため、時に警察的な権限をもち、軍隊的な機能を有していることが原因と言われている。


 尤も、「我々は魔法を取り扱わない」といって、魔法関連の取り扱いを国魔連にまとめたのは、外でもない彼らなのだが、そういったことは全部、素知らぬ顔で棚あげにして、自分たちの管轄が侵されていると、今さらながら、声高に叫んでいるのである。 

 

 無論、両組織の全員がその考えではないが、やはり大多数は、粗を見つけては狂ったように串刺しにしてくる、集団ヒステリーを起こした黄色いモンキーなので、表向きはともかく、国魔連と両組織とは協力関係にないのが実情だ。


 なので、こういった場に引っ張り出され、徹底的になじられる幹部職は、国魔連では「謝罪製造機」と揶揄され、一番就きたくないポストとして、ナチュラルに昇進したがる者がいなかったりする。


 従って、国魔連の幹部たちは「選ばれし者(強制)」として、職位が消えるその日まで、国魔連を守る肉の塹壕(ざんごう)として、言葉の砲弾でぶち抜かれ続ける、哀しい宿命(さだめ)を背負っているのである。

 少なくとも、ごく普通の幹部であれば。


「失礼ながら、招集の意図を報されていないものでして。その辺りを、お気遣い頂けると幸いですね」


 尾藤(びとう)の一言で、場の空気が一気にピリっと張り詰めた。

 既に卓に着いていた連中は、一様に動きを止めて、国魔連の席に(おもむろ)に視線を寄越した。


「ここは国家を守る義務を負った聖職者が集う場だ。お呼ばれの分際で図に乗るな、新参のお飾りめがっ!」


「お言葉を返すようですが、その『お呼ばれ』の意味を尋ねているのです。しかしどうやら、私たちは蚊帳の外みたいですね。では、これにて引き揚げさせていただきます」


「待ちたまえ尾藤(びとう)くん――――」


 席を立とうとする尾藤(びとう)を、卓の最奥にいる人物が呼び止めた。


「国家魔法士連盟の力を借りたい」


「伺いましょう」


 返答した尾藤(びとう)はしかし着席はせず、話の続きを早めるように卓の最奥に目を向けた。

 喉に絡むような咳払いが、右から左から、さざ波のように起こった。

 その後には、水を打ったような静けさと、卓を囲んでいた面々の諦めきったような顔だけが残った。


「米国の西海岸一帯に甚大な被害をもたらした、例の魔法船団に動きがあった――――」


「魔法船団……、確か半年前、太平洋上に突如現出した、あれ、ですか。確か通常兵器が通用しないという。それが一体どうしたのでしょう――――」


 次の声は、最奥の人物から見て、その右と左から聞こえてきた。


「衛星を使った解析の結果、船団の次の標的が、我が国である可能性が非常に高いことが分かった。もしあれがこの国へ流れ着いてしまったら、どれほどの被害が出るかっ」


「だが実包しか持たない自衛隊組織では、敵性船団に対して、有効な防衛手段を見つけられない。このまま見過ごせば、接触は免れん」



「つまり我々に、外洋上で魔法船団を撃滅せよ、と。その為に、国家魔法士連盟の最大戦力を投入せよ、と仰るのですね」


 その声に、満場一致の首肯が応えた。


「では、先日の『厚木基地襲撃』の件はどうなさるおつもりです」


 尾藤は、固まりつつあった卓の空気に向かって、一石を投じた。

 場内に広がっていた首肯が、バッテリーを切らしたように滑り悪く止まった。


 その件は、ここに集まっている面子においては知らぬ者が居る話ではなかった。

 だが、世間には報道管制が敷かれており、報じているメディアはまだない。


 それは尾藤の言葉通りの出来事で、国家魔法士連盟の厚木基地が、何者かの襲撃を受け壊滅した、というものだった。

 

 襲撃者は、基地にいた者一人一人に、精神汚染と身体の一部を欠損しうる重症を与え、さらには施設全域を天変地異の如く破壊し尽くした。

 これを蹂躙と呼ばず、敢えて襲撃にとどめているのは、いじめを傷害と呼ばないように、言葉が発する罪悪のイメージから逃れるためだろう。


 襲撃者の正体について、はっきりした答えはまだないが、事件の記録と証言を総合していくうちに、『意志持つ厄災(カタストローフェ)』の異名をとる魔女である可能性が浮上した。


 『意志持つ厄災(カタストローフェ)』について、世界魔法士統制機関が記録している『魔法史録』によれば、『意志持つ厄災(カタストローフェ)』、またの名を『赤い女(ローテ・フラウ)』は、窮極(きゅうきょく)に至った炎の使い手にして、真朱(まそお)色号(しきごう)を持つ魔女だという。


 少なくとも千五百年以上前からこの世に存在し、数々の時代、数々の場所で厄災を引き起こしてきた。

 最後にその姿が確認されたのは、今から二百五十年近く前のことで、以来生死不明の扱いだった。


 世の中には、そんな魔女の、伝説的な悪逆に魅了された者も一定数存在しており、熱狂的な信奉者なんかが、ごく希に、模倣した事件を引き起こすこともあって、『意志持つ厄災(カタストローフェ)』――――『真朱(まそお)の魔女』は、とりわけ現代では、存在以後も厄災を振りまく破滅のシンボルとして認識されている。



「相手は単身、わずか十五分で、重傷者百二十四名出し、施設を全損せしめた驚異的な怪物です。これまでのようなテロリスト紛いの模倣者とは、レベルの桁数が違います。少なくとも『魔女』の格です。もしそれが、真朱(まそお)の魔女であった場合、手を誤れば、この国のすべては塵芥(ちりあくた)と成り果てます。それでも我々は、外洋上へ行かねばなりませんか?」


 今度の尾藤の言葉には誰も応えなかった。

 室内に充満する、黙祷中(もくとうちゅう)かというほどの無言を、尾藤は内心では辟易としながらも、最奥の人物へ、毅然とした眼差しを向けた。


 すると、その視線に引っ張られるように、会議室中の目が、同じ方向に動いた。


 一身に場の注目を引き受けた、この卓の中心人物は、静かにスゥッと立ち上がって、窓際まで歩くと、企みを忍ばせたような笑いを浮かべ、そして(つくろ)われた(ほが)らかさでもって、尾藤に答えた。


「案ずることはない。もしもあれが本当に魔女なら、その時は八和六合(シオノクニ)の筆頭、専女(とうめ)が犠牲になってくれるだろう。何と言ってもアレは、日本の守護神を気取る奇特な人外種だなのだし、それに魔女のことは魔女に任せておけば良い。であれば、我々は、目に見えている明らかな危機への対処を優先するべきではないかね。対外的にも、国民から支持を受けている立場としても、そうあるべきだろう。幸い、国家魔法士連盟には、それを成す戦力もある、違うかね?」


 煙草の煙が充満する室内に、打ち掛けのような半端な拍手の音が響いた。

 そして将官たちのねっとりと絡みつくような視線が、一斉に尾藤(びとう)の方に向いた。

 尾藤の頬を一筋の汗粒が流れ、テーブルの上にぽたりと落ちた。 


「では、派遣の話を始めようじゃないか尾藤くん。我々に残された猶予は、もう二十日とないのだから――――」


 国家魔法士連盟に、尾藤に、選択の余地などなかった。


 全ては漸次(ぜんじ)()の中へ。

 魔女……一般的なカテゴリー区分では『色号(しきごう)を持つ資格を有する魔法使い』のこと。

 性別が男性であっても魔女とするのは帰国子女みたいな扱いのため。

 尚、現在までに確認されている魔女は、例外なく『人外』や『亜人』で、人間の魔女は確認されていない。


 色号(しきごう)……窮極(きゅうきょく)に到達した魔女に与えられる称号。

 力の色に(なぞら)えて付けられる。地上、異界(別の地平)を含め全界に五人しかいない。

 略式で『号』とだけ呼ばれることが多い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ