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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章4  オリエンテーション①

**1**


 東烽(とうほう)高校――――――


 これまで数多(あまた)の著名な魔法士を輩出し、国内屈指の魔法学校として名を轟かせる本校は、魔法関連能力の開発を主とする高等教育機関として、魔法監督機関『国家魔法士連盟』が開設した学校だ。


 本校は、他の凡庸な学校と違って、目立ちすぎるほどの特徴が幾つもあるが、その中でも群を抜いて頭がおかしいのは『校内での魔法の使用及び戦闘の自由』だ。これが一番ぶっ飛んでいる。


 普通の学校は、魔法の使用にかなりの制限を設けるのだが、頭がネジごと外れている東烽(とうほう)高校は、笑顔の全面許可(オール・オッケー)

 それによって校内は日常的に戦場と化してしまっているらしい。


 安全対策として、校内全域に、不死性を付与する『学校結界』が張り巡らされているが、もはや単なる殺人許可証(マーダーライセンス)代わりである。それだけでも血生臭さが半端じゃない。


 こんな死の最前線で、魔法が使えないままでいたら、いつまで経ってもまゆりの庇護下だ。

 それは男として立つ瀬がない。さっきのことだってそうだ。

 ゆえに俺は、あまりにヘッポコすぎるこの状況から、一日でも早く脱出しなくてはいけない!!


 しかし、そうは息巻いてみても、重くのし掛かってくる現実というものがある。

 実のところ、俺には魔力がない。

 俺は、ただ魔法が使えないだけでなく、魔力そのものがないのだ。


 それが発覚したのが中学二年の頃。

 それまでは、てっきり『魔力』なんて当然あるものだと思っていたが、なんと無かった。

 その理由は明らかではないが、これは大変おかしな事だったらしい。


 医者や学者に言わせると、普通、魔法が使えない原因は、当人の『魔力』不足であって、他に特別な理由はないのだという。

 飽くまでも、ただ足りていないだけで、『魔力』がそのものが体の中から無くなってしまうようなことはないそうだ。

 つまり、どんな状態でも『魔力』は微かに存在しているのである。

 喩えるなら、人間、どんなに出し切って疲弊しても体が動かせる、といった具合だろうか。


 そこにきて『魔力』自体がない俺というのは、異端どころか、存在すること自体が絶対に有り得ないらしく……、とかく、これは世界で初めての症例なのだそうだ。

 聞かされたとき、俺は、街で全裸のオッサンを目撃した時よりも唖然としたが、医者や学者は全裸の痴女を見つけたみたいに興奮に震えていた。その温度差が酷かった。

 正直、ここまで嬉しくない一番乗りもないだろうし、誰だってこんな世界一にはなりたくはない。


 しかし、それで魔法にグッバイできるわけもなく、俺は、『あの人』の言葉に従って、この春、東烽(とうほう)高校へと進学した。


 理由は当然、魔法を使えるようになること。

 その目的は『第二の魔法』の習得だ。


 『第二の魔法』とは、一口に言えば魔力を伴わない異能のことで、例えば陰陽術、神通力、呪術、妖術……といった「普通の魔法」とは毛色の異なるものだ。


 一般に『魔法』と言えば魔力を伴うものを指すが、しかし現実の区分は、全てを『魔法』と括って呼んでいる。

 その中に区別を持たせた場合、魔力を伴うものを『第一の魔法』とし、それ以外の亜種や異能を『第二の魔法』と呼ぶそうだ。いわゆる、お酒業界の『第二のビール(発泡酒)』みたいな感じだ。


 そして、俺が使えないのは今のところ『第一の魔法』だけ。

 尤も、それを知ったのは真面目に進学先を調べだしてからのことなので、どれくらいの種類があるのかは分かっていない。


 今後はそれを調べながら『第二の魔法』に接触を試みなければいかんわけだが……。

 それにしたって魔法が使えない俺に、第一だの第二だの区別がつけられるわけもなく……。


「はあ……東烽(とうほう)に進学したはいいけど、……第二の魔法(そいつ)をどうやって探したもんかな……」


「燎どうしたの?」


 まゆりが首を傾げて俺を見上げている。

 どうやら無意識に口走っていたらしい。

 俺は適当に誤魔化して先を急いだ。


 結局、あの後、一年次用の校舎であるA棟に着くまで五分ほどかかった。それから俺たちのクラスの一年二組まではまた少し掛かる。

 というのも、教室が五階建ての五階にあるのだ。


 結局、俺たちが階段を上り終わった時には、案の定ホーム・ルームは終わっていた。

 しかし、教室に先生はおらず、雰囲気から察して、どうやら小休止に入っているらしかった。


「いや~思ったより時間かかったな」

「でも、自由時間みたいだし、いいタイミングだったのかも?」

「確かにな。これだと急いで到着してた方が却って何か言われてたかもだ」

 

 とはいえ遅刻の理由を聞かれたら、どう誤魔化したものだろうか……。


(――まさか体育館裏と間違えましたなんて言うわけにもいかないし……)


 そんなフワついた考えを頭一杯に巡らせながら机に鞄を下ろすと、急に俺の真ん前から陽気な声が飛んできた。


「よォ、お二人サンお早いご到着で」


 声をかけてきたのはタクラマだった。彼は逆座りして、よっ、とキザな挨拶をした。

 俺も「おう御苦労」と軽い挨拶で切り返す。

 もはや十年来の友の如き仲だが、彼とは入学式で意気投合したばかりで、会うのは2回目。


 そんな彼、実は亜人というもので人間(ヒト)ではない。

 生まれは『ノーチ・スタニャ』という、この地上とは異なる世界。平たく言えば『異界』だ。(しかし、近頃『異界』という表現はあまりよろしくないようで、『別の地平』と言い換えさせられている)


 そんな異界の亜人である彼の風貌は、端的に言うと人骨だ。

 ただ一口に人骨と言っても、出自が『別の地平』なので実際の人骨と対比するとあちこち違う点が出てくる。


 例えば、頭部は眼や顎の周りが頑丈そうに角張っているし、手なんかは細かな骨が殆ど見られず、全体的に大雑把な感じがしてくる。

 彼の眼窩や口腔内は遠近感を失うほど黒く、目に至っては赤い光が玉みたいに浮いており、それが強くなったり弱くなったりする。

 当然のことだが、顔面が骨なので表情はない。

 

 しかし、感情がよく伝わるほどタクラマは喋るし、リアクションも多めなので普通に分かりやすいヤツだったりする。


「出欠の方は、俺様が二人分を代返しといてやったゼ。ウルトラ感謝しなァ」


「お前っ、一人で三役もこなしたのかよ、たいした役者じゃないか」


「ばっか燎祐(りょうすけ)。つーか自己紹介だってまだなンだゼ、やっつけ仕事だろーがどーせ分かりゃしねえよォー」


 そう言ってタクラマはカカカと笑った。

 それもそうかと頷かされる。



 そのあと、俺はふと教室の中を見渡していた。隣では、まゆりとタクラマが楽しそうに話をしているが、俺の頭はそこからは離れていた。


(あの日の言葉を頼りに、とうとう東烽(とうほう)高校に来たんだな俺)


 念願叶ってという半面、俺にとってはこれが最後の希望でもあって、それを含むと少し複雑な思いはあるが、やはりこの進学は感慨深いものがあった。


 そんな想いからか、俺は、改めてあちこちに目をやってしまっていた。


 そもそもこの東烽高校という学校は、とにかく第一に能力開発が優先される。学業なぞは二の次で、言ってしまえば俺のような能力弱者が来る場所ではない。

 それでも来てしまったからには、この環境に適応できるように、少しでも多くを学ばなければいけない。俺の場合は特にだ。


(――それにしても教室が広くて綺麗だ。まるでくたびれた感じがしないな)


 息を呑むとまでは言えないにしても、新築かと言うほど教室の隅々までピカピカで、傷らしい傷が見当たらない。


(まあ、学校全体が『魔生(ましょう)構材』で出来ているから当然か)


 魔生構材というのは、文字通り魔力によって生成される構材のこと。この構材は魔力の充填だけで常に最高品質を維持できる、物理建材に取って代わった魔法技術だ。

 民家などはすでに主流になっているが、法人所有の建築物では財産問題が絡むとかで、あまり採用例がないと聞くが――――、


(――やっぱ東烽(ここ)は特別らしい)


 と、そんな考えに耽っていたら、さっきまでその辺に散っていた生徒たちが、ぱらぱらと席に着き始めた。


(――お待ちかねの自己紹介が近い感じか? とすると、席替えなんかもやったりするのかな?)


 何となくその辺のことが気になってしまった。

 これは余談だが、俺とまゆりは出席番号を無視して絶対に隣同士に配置される。そして座席の位置も毎回同じで、決まって最後列の窓際から二番目と三番目になる。

 この配置における最大のミステリーは、席替えをしても位置が絶対に不動であること。

 尚、この話をまゆりに振ると、暗黒に沈んだ渦潮みたいな眼で「燎は私の隣、嫌なの?」と言ってくるから、俺はなにも聞かないことにしている。


 ちなみに、タクラマの場合は「あれココ俺様の席じゃね?」と言って退かしていた。それがまかり通るのも東烽(とうほう)だ。



「なんでえなんでえ、おめえさん方、ちっせえ頃からずっと一緒に住んでるンかよ! そいつぁニンゲンで言うジュクネン・フーフってヤツだろ?」


 意識が周りに向いている間に、まゆりが俺との縁を洗いざらい喋っていたようで、気になって仕方ないタクラマが顔をこっちに向けてきた。

 その辺りのことは特段隠す気もないが、しかしタクラマの解釈が少し大変なことになっている。


「熟年っておい……俺たちまだ結婚もしてなけりゃ、今は住んでる家も別だぞ。まあ庭で繋がってるけどな」

「そりゃベッキョか! さてはおめえフリンだな!」

「してねーよ?! 純愛だよ!! てか、別居不倫の前に、俺たち籍入ってないからな!」


 ガタッと席を立ってタクラマの肩を掴んで揺さぶったが、応じてカカカと笑いまくるだけだった。そんな折、隣からふんわりした声が差し込まれた。


「あっ、言ってなかったと思うんですけど、籍は入ってるの。このまえお役所に必要書類出してきたから」


「…………。…………ん、なにを出したって?」

「婚姻届」


「書いてないぞ俺」

「書いたの、私が」


「お、なんでえ修羅場か?」


 真顔になった俺は、とっさに、止まれ!、と二つの手のひらでもって場に制止を強いる。


(――え、なに、だから起き抜けに「夫婦の共同業」とか言い出してたわけ!? いやいや、そんな……でも、まさか!?)


 気持ちにあおられ、関係ありそうなものから関係なさそうなものまで、本当にいろんなものが瞬時に脳裏を駆け巡った。

 周りの喧噪がそれに拍車をかけて、頭が完全にパニックだ。

 そんな俺の大混乱をよそに、目を怪しく光らせて楽しそうなヤツが俺の目の前にいた。はっとして隣をみると、おんなじ風にエメラルドの瞳が笑っていた。


「んふふ~、冗談なんですけどっ。(りょう)ったらおかしいんだから」


「……脅かすなよ。嘘でも勝手に出されるなんてぞっとしないって。名字変わってたらどうしようかと思ったぞ」


「幻術を解いてもこれだもん。そもそも私たち婚姻できる年齢じゃないんですけど。でも……あの魔法で日本の法律を、世界の秩序を根底から変えちゃえば…………んふ……んふふふ……」


 まゆりは瞳の奥に企みのある不気味な光を湛えながら、小さく肩を揺らして、含みのある微笑を浮かべた。

 いま法律が許せばこの子は出しに行く。マジで。


 俺はすっかり脱力して自席に尻をついて項垂れた。


「あれ……そういやタクラマ、お前なんでさっき笑って――――」

「フリだよフリ。結婚だの夫婦だの、ンなモン全部知ってンよ、トーゼン」


「てえめっ」


 俺はタクラマの胸ぐらを掴んでグラグラと前後に激しく揺する。しかしその軌道上でカカカと笑い声が往復するのだった。何だこのアトラクション。

 それでムッとしたというよりは、寧ろ楽しんでやられていると分かって、俺はパッと手を離した。


「カカカカカ!! バカめ、この俺様がニンゲンのジョーシキをなにも分からねーと思ったか! こっちの世界に何年住ンでると思ってンだ、カーカッカッカ!」

「上等だこんにゃろう、帰りに犬カフェにブチ込んでやる! 余すことなく全身しゃぶりつくされろ!」


「はっ!? イヌ?! やめてくれ! あの獣は俺様に有害だ!」


 タクラマは後生だ!、と自らの首を差し出し、自らの手刀でもって首をはねて切り落とした。

 呆気にとられているまもなく、カポーンと丸い音を立てて、タクラマの頭が俺の足下に転がった。


「「――――――あっ」」


 一瞬の沈黙。その音に釣られ振り返った面々によって、教室は一気に騒然となった。

 色目の変わった空気を背に、まゆりが、足下に転がるタクラマの頭に小さく声をかける。


「ね、ねえ……タクラマ……えっとぉ」

「……………………」


「ビックリしたあっちの子が、いまにも誰か呼びに行きそうな感じなんですけど」


 ほら、と指さすまゆりの人差し指が、ちょうど教室から走って行く女子生徒の背に重なった。女子生徒はそのまま廊下の向こうに消えた。


「あらぁ……ら、行っちゃったあ」


「チッ……」


 タクラマのどこに舌があるのか知らないが、とりあえず舌打ちが聞こえた。

 それにしても、俺たちは初日に散々披露されて、既に頭が取れるネタに耐性が付きつつあるからなんともないが、みな顔面が青ざめている。


 彼はそんな教室の空気を置き去りにして、まるでその手の手品みたく自分の頭部を拾い上げ、スポンと首に挿げてコキコキと首を鳴らした。



 それとタッチの差で、数人の教師が教室まで飛んできた。

 しかしタクラマが軽くメンチをきると、勢いのあった教師陣は、突然、何かしらの用事を思い出してしまったらしく、そそくさと姿を消した。


 取り残された一年二組の面々は、その場から動けなくなってしまい、誰かが空気の流れを変えてくれる瞬間をじぃっと待っていった。


「にしても、随分と人気者じゃないかタクラマ、皆の視線がやに熱いぜ」


「亜人はニンゲンにとっちゃあ、どれもバケモンみてーな扱いらしーからなァ、ちぃっとしたオフザケで直ぐコレよ」


 そんなモンかね、と言う俺に、タクラマは両手をひらひらとさせながら「どいつもこいつもビビってンだよ」と見下げていた。

 しかしこの手の話題には非常に疎い俺。いまいちピンとこないので、まゆりに振ってみた。


「ざっくり説明すると、亜人は人間の百倍の魔力があるの。一般平均の、ですけど」


「はっはーん! それで盲目的に怖がられたり、警戒されてりしてるってわけだ!」


 それを聞くとタクラマは、よしてくれよ、といった風におどけた。

 始終大きく出ると思ったのに意外な謙虚さ。根は真面目か。


「けどまあ、まゆっち(誰かさん)と比べられちまったら、全員そんな比じゃあ済まねえがな」

「なあ、そういうのってお前は見てわかるのか?」


「魔力のことか? オーラみたいに見えるぜ俺様はな。だがまあ魔法力感受性(センスオブワンダー)っつーのは個人個人で全然違げえらしーから、他のヤツの見え方はどーだか知らねーが」


「んー……それ私はからっきし。昔から他人の魔力は見えたことも感じたこともないの。魔法だけは分かるんですけど」


 でお前は?、とタクラマが顎を軽くしゃくって促す。


「ん、俺は魔力ないから知らん」


「は?」


 その声は驚きの色一色。

 それも余程のことか、タクラマの顎が落下しそうな程ガクンと下がった。もしかしてこいつの体ってどこでも取れるのか。


「俺の場合、生まれてこの方、魔力ってモンがあった(ため)しがないんだよ。だから実際どういうものかってのも少しも分からん」


「バカかおめー? 魔力ねーとかンな話があっかよ。ニンゲンは生命活動で魔力生産してんだろーが。それがねえって…………おめえ死んでるってコトだぜ?」


「でも無いんだなあ、これが」


 タクラマは目の光を細め、顎をさすりながら押し黙った。例え表情のない顔であっても、それが動揺しているというのはっきり分かった。


「なあまゆっち、コイツ新種の亜人だろ、死体系の?」

「ええっと……たぶん人間系だと思うんですけど……。(りょう)、どうなの?」

「そこは人間って否定してくださいよぉぉぉぉッッ!!?」


「へ、人間じゃなかったの!?」


 なぜそう解釈したのか、素っ頓狂な声を上げてガタッと立ち上がるまゆり。

 冗談でやってるのかと思ったら真顔だった。


「落ち着けまゆり俺は人間だぞ?!」


「ほ、ほんとにっ!?」


 何故か思いっきり聞き返された。

 十年も一緒に暮らしてるんだけどな……。

 そんなに信用無いのか俺……。


 そんな寂しい気持ちが心の中を通り過ぎていくのだった。

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