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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章7  Briefing①

 疾風(はやて)のごとく教室を飛び出して、俺たちが向かったのは部室棟だった。

 提案したのはレナンで、ここ一週間の間、どうしても記憶から消えてしまう『誰か』と共に、アジトとして部室を使っていたらしい。


 そこで一つ理解したのは、俺とまゆりの記憶から消える『誰か』は、確実に「舟山部の部員」であるということ。

 部室の扉は魔力認証、つまり「魔力鍵」というもので管理されている。認証リストにないレナンが部室を出入りするには、魔力鍵を持っている『誰か』が必要だ。尤も、入り口の扉を破壊しない前提での話になるが。


「舟山部の部室を使っていたのは間違いないんだな?」


「ああ。相羽の授業は二人で毎回席を外して部室に来ていた。私は兎も角、一般生徒が自由に出入りできて尚且つ密談に適した場所となれば、手近なところではこの部室棟しかない。一年次ではまだ進入不可の領域(エリア)があるからね」


 レナンは「例えば」と続けて、部室棟内の入り口付近に設置された構内図へ小走りした。俺とまゆりは、とことこと後ろ姿を追った。

 レナンは振り返りがてら、構内図から外れた場所をコンコンと叩いて「これが見えるかい?」と訊いた。


「壁だろそりゃ――」


「あれ、そんなのがあったんだ。全然気づかなかったんですけど」


 俺とは対照的な感想を口にして、目をぱちくりとするまゆり。


「本当は見えてはいけないんだが……どうやら、まゆりんには見えてしまっているようだね。実のところ、東烽(とうほう)高校は生徒の学習進度、能力の深度に合わせて、段階的に情報の開示や領域の解禁が行われている。私単独ならもう少し広い範囲を動けるが、タク■マが行けないのでは意味がない」


 気のせいかレナンが口にした「誰か」の名前にノイズが被さったように聞こえた。

 その傍ら、まゆりは俺の目には見えない図(?)が壁面一杯に描かれていることに大分驚かされていたみたいだったが、なるほど相変わらずこっちが不安になるくらい周りを見てないみたいだ。まあ、模様替えなんかすると家の中でもクエスチョン浮かべて彷徨ってたりするくらいだもんな。あれスゴく可愛いの。


「毎回場所を移すとかじゃダメだったの?」


「彼とは離れて行動するときもあったから、決まった待機場所が必要だった。それと相羽は舟山先生のテリトリーには近づきたがらない。一方的にだが、あの二人は不仲なんだ。だから好んで部室を使ったというわけさ。ご納得いただけたかい?」


「そうなんだ。じゃあ拠点として部室が一番好都合だったのね」


 まゆりの答えにレナンは得意そうな顔を覗かせると、壁から離れ部室棟の廊下を歩き出した。俺たちも、その隣へ並んだ。


「ねえ燎。今の話って、私と燎の記憶がおかしいことが前提になるんだよね?」


「まあそうだが、それがどうしたんだ?」


「えっと、現状だとレナンの言う『誰か』が架空の人物だってこともあるんじゃないかと思って。その人のことを記憶してるのが今のところレナンだけだから」


「んー…………。その線だとレナンは誰かに記憶を弄られたか、幻術にハメられたってことになるが――――」


「先ず有り得ない話だね――――」


 凜とした声が俺とまゆりの間に差し込まれた。

 その意味を問い返すまでもなく、レナンは次の口を開いた。


「私は八和六合(シオノクニ)の加護を授かっている」


「相羽が言ってたやつか。それってどんなモノなんだ」


「私の役目上、ことの全部は教えられないが、とりあえずのところ精神操作や記憶操作の類いは一切受け付けない、そんな加護だよ。それ自体が記憶操作の刷り込みだと思うなら、そうだな、まゆりん私に何か術を掛けてみてくれ。それで分かるはずだ」


 キッパリと断言して、少しだけ俺たちの前を歩くレナン。

 その後ろ姿に向かって、指先に灯した翡緑の光を十字に振るまゆり。


「ほんとだ! なんともないです!」


 一体何をした。


「私見ですけど、レナンの記憶操作の線はないかも。となると記憶がおかしいのは私たちの方で、ほぼ決まりね」


 余計なことを訊かれる前にさらっと流したな。眼まで逸らしちゃってなんか可愛い。


「記憶がおかしい……か。俺の考えられる範囲じゃ、何か強力な幻術をかけられたかくらいしか思いつかないが……。仮にさ、強力な幻術を受けたとして、記憶が都合よく欠落するなんてことは起こるのか?」


「えっと、幻術は、脳に認知の誤りを魔法的に引き起こさせていることが原因で、解術後に記憶の混濁や障害が起こるんですけど――そこで発症する記憶障害は、幻術の前後かその最中に関係した事象に対してだけなの。だから、ある特定の記憶だけをピンポイントに変質させるなんて出来ないし、もしそんな作用が起こっているんだとしたら、それは幻術とはまったく別のものってことなんですけど」


「じゃあ俺たちは、何者かに記憶操作を受けたかも知れないって事か」


「うん。可能性の域は出ないですけど」


 そう言ってまゆりは小さく首肯した。

 俺は顎の下を親指と人差し指の間で挟みながら、う~んと唸った。


「例えばの話だけど、俺たちが記憶操作の魔法を受けていたとしても、まゆりなら解除できるよな?」


「たぶん気づくまでに時間は掛かると思うけど、そこまで至ったら然程は。でも、幻術と違って記憶・精神操作の魔法は対象に触れていないと先ず不発するから、それを燎や私に使ったとは考えにくいですけど」


「え……そういうモンなのか」


「うん、そうなの。魔法には、魔法を生成・発現可能な魔力制圧圏のほかに、自分以外の魔法の発現・発生を許可しない絶対魔力圏っていうのがあって、非接触状態から攻撃対象の絶対魔力圏の内側に魔法を発現することは出来ないの」


「舟山先生の話では、空間転移魔法の『転移不可領域』の発見によって絶対魔法圏の概念が出来たそうだ」


「絶対魔法圏? 転移不可領域?」


「人間に限って言えば『体内』のことさ。領域の範囲はモノによって前後するけれどね」


 レナンは上り階段の手すりを引っ掴みながら、顔だけこちらに向けた。

 俺は見返しながら疑問を投げる。


「するってえと地球を守るオゾン層的な?」


 しかしその問いの答えは俺の直ぐ隣からふわりと上がった。


「えっと星核(コア)を人体に(なぞら)えるなら、絶対魔法圏は地殻とかマントルって言った方が近いかも。掘り進めば内部にダメージを与えられるって意味ではですけど。絶対魔法圏もそれと同じで、接触状態から相手の絶対魔法圏を突き破っていかないとダメだから、接触状態だったとしても術の成功率は相当低いの。それとは別に魔力を同調させる技術も必要で、そのあたりまで含めると術の難度は上級(ハイ)クラスに匹敵するかも」


「スゲー ワカリヤスイナ サスガダゼ」


「ぜんぜん分からないって顔に書いてあるんですけど」


 ジトッとした目で見上げるまゆり。何とかキメ顔で誤魔化そうとしたが、そこは十年も一緒にいるので通用しない。

 まゆりは「はあ」と溜め息を付いたあとに事細かに説明をしてくれたものの、耳に入った瞬間に右から左に直行。お話の理解度確認の度に、呆れがお礼に来ちゃったみたいな顔をされた。

 そうこうしている間に部室の前まで来ていた。

 

「よしっ、扉を開けてくれまゆり」


「うん。あ、そうそう、私ちょっと燎と二人っきりのお話があるから、レナンは先に中で待っていて?」


「構わないが」


 そう言ってレナンは部室の中に、俺とまゆりは扉の外に居た。

 それからまゆりは、念のためにか部室の扉を閉めて、周りに誰も居ないか確認を入れた上で、顔の横で小さくて招きをした。


「ん? なんだ二人きりで話って?」


「えっと教室でのことなんですけど――――」


 膝を折って顔を近づけていくと、まゆりは耳打ちするみたいに、立てた右手で鼻と口を覆ったので、俺はずいっと耳を近づけた。

 すると、ふわりとした声が冷たく耳朶を打った。


「説 明 し て く れ る よ ね」


「…………」


 あ。

 忘れてた。

 教室でレナンに思いっきり抱きつかれた辺りのことを……。

 あの時発せられていた殺意を……。


 恐る恐る顔を正面に戻すと、エメラルドの瞳にはハイライトがなく、それどころか顔半分くらいまで怪しい影が差していた。

 途端、翡緑の電撃が走り、足下のタイルが爆ぜた。


「ひぃっ! ま、待て! あれは偶然だ! 半分事故みたいなもんだ!」


「じゃあ残り半分は故意で必然なのね」


 機械染みた抑揚のない声が鼓膜を撫でた。

 ダメだ、まったくご理解くださらない!

 それどころか、いけない方向にアクセル全快だ!

 

 しかし考えてみよう。

 もし逆の立場だったら――――まゆりが男に抱きつかれたら

 

 無理だ!! 耐えられん!! ぶち殺す!!


「まゆりすまん!! 怒らせたなら償いはするから――――」


「――――お願いを聞いて」


「う、うん?」


「私のお願いを、ひとつだけ聞いて欲しいの」


「なんだ? 今生中に成就できるものなら何でもいってくれ? 」


「拒否しない?」


「絶対しない!」


 必死というより決死の覚悟で、放電状態にあるまゆりの両肩にガシリと手を添えた。案の定、指先から侵入した電流が腕の筋肉をでたらめに強張らせる。その下を痺れるような痛みが高速で走り抜けて、口の中から飛び出す呻吟(しんぎん)がマッサージ器にかけられた時みたいに上下に震えた。


「さ”あ”↑言っでぐれ”↑ま”↓ゆ”↑り”ぃ”ぃ”ぃ”↑」


 顔中の筋肉をぴくつかせながら、下手くそな音声合成エンジンよりも酷いバグったイントネーションで呼びかけた。

 すると、ぴたりと電流が止んだ。いつもならこの辺りで強烈な落雷があるのに、これはどうしたんだと思って眼をしばたかせていると、まゆりは俺の耳許に顔を寄せて小声で囁いた。


「今は教えないです」


 まゆりはそう言ってふわりと顔を離すと、さっきまで陰っていた表情は明るく晴れていてた。

 その顔が、むかし家の庭で約束を交わした時の絵と重なった気がして、俺は狐につままれたような思いでいた。

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