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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章5  LOST③


 相羽に呼ばれたボンバーヘッドは、俺に一瞥(いちべつ)をくれながら教室に入場してきた。

 教卓の前で似付かない親子のように横並ぶと、相羽はボンバーヘッドの肩に力強く手を置き、自らの言をもって紹介をした。


「今日から当学級に入る稲木出(いなきで)だ。先述の通り、元は特殊学級(ハチ・イチ)だが、適正試験の結果、通常学級での学習に問題なしとの判断が下った」


 特殊学級(ハチ・イチ)――――

 学校教育法第八一条に基づき設置されている学級の通称だ。

 現代ではもっぱら、魔法能力に特別に配慮のいる学級のことを示していて、特には学校生活に支障をきたす特殊能力を恒常的に発現してしまった児童に対してあてがわれている。


 例えば生まれながらに透明のヤツとか、意図せず人の思考を読んでしまうヤツだ。


 この手の能力を先天的に備えたヤツは、総じて素の魔法適正が高い上に、能力自体の自己制御が困難または制御不能までがセットでついてくるため、周囲への影響度が大きく、通常学級に居ることが困難なのだ。

 よって問答無用で特殊学級(ハチ・イチ)に行かされる。


 それをなんで知っているのかというと――――

 ご存じ、俺は魔力ゼロ。

 それゆえに、通常学級に居ること自体が危険と判断されてしまって、魔法が扱えるようになり出す小学校の中学年以降は、特殊学級(ハチ・イチ)の対象児童に入っていたのだ。

 勿論中学でもその扱いで、要するに、世間的に俺の扱いは特殊学級(ハチ・イチ)なわけ。


 そこから通常学級に戻るには適性試験を通過する必要があるんだが、俺の場合、これを全部身体能力で突破しなくちゃならなかったわけで……。小さい頃から血反吐吐きながら積んできた師匠との特訓がなければ、今頃は一人で授業を受けていたことだろう。


 その苦行を思うと、封鎖区画で襲ってきたあんなヤツでも同郷の(とも)に感じてしまうが――――


「なるほどなあ。同じ制服だったのに、通りで見かけなかったはずだ」


 まゆりの転移魔法で封鎖区画の外に投げ捨てて以来、ヤツとは一度も顔を合わせていなかったが、その理由もこれで分かった。

 特殊学級(ハチ・イチ)は、プライバシーや周囲への影響を鑑みて、設置場所や該当生徒の情報は厳重に秘匿されている。

 また通常学級との接触も、余程のことがない限りNG。

 色々とトチ狂っている東烽(とうほう)高校でもその辺りは変わらない。


「あれからどうなったものかと思ってたけど、無事なことは無事だったんだなあ」


 出だしから睨まれていた手前、ヤツとの健在は素直に喜べなかったが、気の晴れる思いだけは感じていた。

 俺がほっと一息を着くと、右からも左からも、不思議そうな視線が飛んできた。

 相羽の話はまだ続いていた。

 最初は五月蠅いと思っていたけど、慣れると真夏のアブラゼミくらいにしか感じないな、これ。


 そのうちに相羽の話は終わり、稲木出からの自己紹介も終わったが、ふと思い返してみると異国人の会話でも聞いていたみたいに、まるで耳に残っていなかった。


 相羽は教室の中を見渡したあと、レナンに目を留めて、不意に(わら)った。

 目の奥に黒いものが燻っているように見えた。

 体から発散されている威圧的なオーラが、瘴気となって周りの空間を歪めているみたいだった。


稲木出(いなきで)、お前の席はあそこだ。自由に使え」


 相羽は俺の一つ前の席を指さした。


「分かったぜええ、好きにさせて貰うぜ先生ええ!」


 稲木出は怒気を孕んだダミ声を遠慮もなく教室に響かせながら、ズンズンと俺の方に向かって下ってくる。

 ヤツの目は、あの時と変わらず、ギラついた敵意を剥き出しにしていた。

 顔には、相羽と同じ色をしたドス黒い凶の気配が張り付いている。 

 ヤツをそうさせる理由は今も知れないが、何を考えているかだけは分かる。


「今度こそてめえを始末してやるぜええええ常陸ぃぃぃいい!!」




****




 稲木手が獣の如く喉を鳴らし、真ん前に立った。

 こちらを見下ろすヤツの瞳は(くら)い渦の中に沈んでいた。

 その目線は、俺の姿を突き抜けて、ずっと遠いところを()め付けているようだった。


「そんなところに突っ立ってどうした。珍しいものでも見つけたのか?」 


「ああ、目の前に丁度なあああ!!」


 どこか虚ろにも見えるヤツの瞳孔が、標的を絞る照準器のように、こちらに焦点を合わせた。

 俺が動けばヤツは直ぐにでも魔法を弾く――――

 このピリリと漂わせている空気は恐らく本物だ。


 だが、ヤツご自慢の高性能補助魔導機(デバイス)は、あの時まゆりに破壊された筈だ。

 それがこうも自信ありげにかつ好戦的に振る舞っているのは、アレに比する代替品があるためか。

 稲木出は口の端に余裕を浮かべた。


「女二人に守られてよおお、情けねえヤツだあああ。てめえは結局、女の後ろに隠れてるだけのおお、ゴミ野郎だぜえええ。おめえらも大変だなあああ、無能のお守りとかよおおお。よっぽど暇かああ、頭イカれてんのかあああ?」


 稲木出の罵声は俺のみならず、まゆりとレナンにまで及んだ。

 ニタニタと(わら)い出すそのツラの向こうに、満足げな表情を浮かべる相羽が重なって見えた。

 まゆりとレナンの呼気が同時に聞こえた。

 しかし、それよりも早く、俺は啖呵を切っていた。


「おいアフロ、()っ始めたきゃあこっちはいつでもいいんだ。その気がないなら黙って席に着けよ」


「てめええ言うじゃねえかあああ!!」


 シワに歪んだ眉間をグンと近づけて凄味を利かせる稲木出。

 だが、結局それ以上は何もしてこず、ケッと吐き捨てて背を向けた。

 一触即発は避けられたが、いずれは()ることになるのだろう。

 それまでに籠手が戻ってくればいいが、なければ素手でやり合うしかないと、自分の中で一つの覚悟を決めた。


 稲木出は俺の視線を背に受けながら、事も無げにスクールバッグを机に放って、椅子を引いた。

 と、その時。


 「――――おいお前、その席に座るな」


 凜とした声が、俺の言葉とは真逆のことを言い放った。

 おい、と思って右を見たとき、レナンは隣に居なかった。

 何が起きたのかと目をしばだたいている間に、今度は前方から稲木出の「うっ」という呻きが聞こえてきた。

 パッと顔を向けると、眼前には、胸ぐらを掴まれ足が床を離れている稲木出の姿があった。

 レナンは烈火の如く(ジン)(ほとば)しらせている左腕のみでそれを成し、空いている右手をグッと音が聞こえてくるほど力強く握った。


「その席は、断じてお前が着いていい場所ではない。他所を当たれ」


「なに言ってんだあああ? ここは俺の席だぜえええ?」


「――違う! お前の場所ではない!!」

 

 瞬間、握り込まれたレナンの拳から熱波が伝った。

 澄んだ蒼い瞳はただならぬ怒りに燃え、炎上する左腕はブスブスと天井を焦がし始めていた。


「ここは彼の場所だ」


「ケケケケ……、そいつあ一体誰のことだあああ? ええぇぇ?」


「決まっているだろう――――タクラマだ!」


 凜とした声が沈みきっていた教室の空気を打った。

 それでようやく、机に伏せていたクラスメイトたちが辛気くさい面を上げて振り返った。

 相羽は顎に手をやって面白そうに全てを眺めていた。期待通りの展開だ、とでも言うように薄ら笑いを浮かべながら。


 不意に、悪い予感が頭の中を走った。


 俺は直ぐさま立ち上がり、放してくれ説得するように、まゆりに目を移した。

 しかし、そんな必要もなく、あれだけ強情にしがみついていた腕は既に(ほど)けていた。


 こちらを向いたエメラルドの瞳は「レナンを止めるんでしょ?」と言っているようだった。

 まゆりの手の平には翡緑の光が灯っていた。回復魔法だ。


 今から火傷を承知で飛び込むのを先読みしていたか。流石だ。


 俺は、伝わりそうもない小さな動きで礼を入れて、即座にレナンの左腕を抑えに掛かった。

 燃えさかる(ジン)の炎に触れた途端、決闘の時の痛みが皮膚の上に甦ってくるのを感じた。


「レナン止めろ! 落ち着け! とにかく堪えろ! これは相羽の企みだぞ!」


「そうだろうさ! だからとて黙っていられるか! ここは彼の――タクラマの席なんだぞ!!」


 腹の底に溜まっていた怒りを吐き出すように、レナンが声を荒げた。 

 そして一向に収まる気配のない炎は、瞬く間に俺の体に燃え移り、決闘の時よりも激しく肌を焼いた。

 けれど対策は万全。

 なんといっても、まゆりの回復魔法がある――――

 

「って……うぉ、あづぅうう!!」


 が、まゆりの回復魔法で立ち所に治っては、瞬時に焼かれるという無間地獄が待っていただけだった。


 駄目だこれ! 完全に拷問だ!


 その傍ら、アフロに引火した稲木出は、チクタク時計もかくやとばかりに必死に頭を振り乱していた。


「うぎょああああああああああああ!! 燃えてるうううううううう!! 頭がもえてるよおおおおお!!」

 

 うん。見れば分かる。 

 恐らく消火を図って藻掻いているのだろうが、逆にアフロの隙間に酸素を取り込みすぎて余計に炎上しているようにしか見えない。

 なんかもう、首から上が巨大な火の玉みたいだ。

 学校結界の加護で生命に危険は及ばないとは言え、なんと不憫な……。


 しかし、そんなことを悠長に考えている場合か。

 このままではレナンが相羽の企みに乗せられる。その公算が高い。

 野郎の意味深な笑みには、そうとしか考えられない薄気味悪さがあった。


 だから何としても止める。

 それで喩え、レナンの怒りを買うことになっても。


「お、おいレナン!」


「ダーリン、こればかりは止めないでくれ! 私とて我慢ならないことの一つくらいある!」


「冷静になれよ!! 彼って――タクラマって誰だよ!! その席はもともと空席だろ!? お前、何をそんなに怒ってるんだ!?」


「――――!?」


 こちらを向いたレナンの目が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれていた。

 意外どころか想像だにしなかった反応だった。

 それと同時、左腕の炎が不思議なくらい弱まった。

 右の拳から放たれていた熱波は立ち消え、稲木出を持ち上げていた左腕がガクンと下がった。

 俺が掴んでいた手を放すと、レナンの指先から力が抜けて、黒焦げたアフロがモサリと床に転がった。


「ダーリン…………何を言っているんだい…………こんな時に、冗談は、よして欲しい」


 どこか調子の外れたような声だった。

 自信の塊とは思えないほど狼狽したその姿に、俺は当惑顔を作っていたのだと思う。

 それが余計にレナンの不安を煽ったらしかった。


「冗談って、それどういう意味だよ」



「……そんな、嘘だろう」


「なんだよ嘘って、お前、さっきから何を――――」



「――あの、レナン?」


 まゆりが見かねたように仲裁の声を上げた。

 行き場を見失っていた俺とレナンの視線が、エメラルドの瞳に注がれる。

 まゆりは困ったように眉をハの字にして顔を傾けた。


「えっと、その……タクラマさんって誰なの?」



「…………君たち……それは本気で言っているのか」


「本気も何も、その席は入学以来ずっと空席で……。先週この教室にいたなら、レナンも知っている話だと、思うんですけど……」


 レナンの発する問い詰めるような空気に、まゆりの声はだんだんと弱々しくなって聞こえた。


「なにを、何を言っているんだい、まゆりん……! だって君はあの日、彼と部室に一緒にいたじゃないか! 私たちは三人で話をしたろう!?」


「三人……? ううん、あの日はレナンと私だけ。それから二人でお話を――――」


「そんなはずがあるかっ! 彼は君の隣に立っていたんだぞ! どうしてそれを忘れられる!? 」


「で、でもっ私、そんなことはなにも覚えない、です……」


 おろおろとしたまゆりが、消え入りそうな声で応えた。

 いきなりキツい言葉を浴びせられたことで、自分の中にありもしない罪を感じてしまっているのだろう。

 その証拠に、まゆりの視線は足下を泳いでいた。

 けれどレナンの鬼気迫る気配は後ろには引かず、尚も前にのめるような雰囲気を(かも)したままだ。


 相羽といいタワシ頭の登場といい、レナンの逆上といい、急なことだらけでもう何が何だかよく分からないぞ!

 分かりきってるのは、兎に角この状況は静観も傍観もできないってことだ!


 俺はその考えを浮かべるよりも早く、まゆりを庇うように二人の間に割って入っていた。

 

「――――もう止そう、レナン」


「――っ!!」


 レナンは決闘の時に見せたような険しい表情で、俺を見返した。

 真っ直ぐに向き合った蒼い瞳は、しかし()り出そうとしている感情を押し殺そうとしているのか、或いは奥に秘めたものによって揺さぶられているのか、(かす)かに震えているように見えた。


「……私を疑うんだね、()も」


 それは自分の耳が遠くなったのかと錯覚するほど、小さな呟きだった。

 肩の後ろが透けて見えそうなほど覇気も感じられない。


「ああ、正直に言って俺はお前のことを疑っている」

 

 レナンは歯がみをした。

 その表情からは、理解を得られない悔しさが、ギリギリと鳴って聞こえてきそうだった。

 重苦しい沈黙が、僅かな間俺たちを包んだ。

 レナンは諦めたように柳眉を下げ、閉じていた口を開いた。

 

「はは…………、分かったよ……。全部……私の戯言さ……君たちにとっては」


「「…………」」


「さぞ私を変人と思ったろう……。頭のおかしいやつだと……気の触れてしまったやつだと……見下げたろう……」


 自らを(おとし)めるレナン。

 その声には、出会った時のように体中から発散していた快活さも、凜々しさも感じられなかった。

 強いて言うならば、ただただいじけている子供みたいだった。

 或いは、無理解な世を嘆く賢人の類いか。

 どちらにしたって本来の素直さを失っているのに変わりはない。


「どうしてこんなことに、なってしまったんだろうね……」


 俺は、力なく(しだ)れるているレナンの手をぐっと掴んで、引き寄せた。

 少しくらいの抵抗はあると思ったのに、見えない石に(つまづ)いたように、レナンの顔が胸の中にぽんっと飛び込んできた。

 同じタイミングで、くわっとしたエメラルドの視線もメッチャ飛んできた。

 我が身にグサグサと突き刺さるこれは間違いなく、殺意だ!


 ごめんまゆり! 後で好きに殺してくれ!

 今はまっとうしなきゃならんことがあるんだ! 分かってくれ!


 ――とか、内心キメ顔で言っちゃってる俺だけど、こういうのは絶対にまゆりに分かって貰えないから、後で百パーぶっ殺される。

 まゆりさんは凄くふんわりしてるけど、()る時は()る子なんだよ?

 大事なことだから、みんなも覚えておこうね?


 そうしている間にも、まゆり様の殺意ゲージが爆速で上昇しているので、被害を最小限に止めるべく、さっさと口を動かさねばならん!


「何て言うかお前は、間違いなく変人奇人の類いだし、ぶっちゃけ何に憤っているのかも俺には分かんない。俺とまゆりは、そいつを知らないっつーか、本当に……いや、覚えていないんだ。今それを「どうしてだ!」って詰められても答えようがないぜ」


 まゆりの伝えたかったであろうことも代弁した。

 俺の声から数拍遅れて、レナンの顔がこちらを向いた。


「けど居たんだろ、そいつ? 何てヤツだったか……、もう名前も出て来ないけどさ」



「…………()は私を、信じて――――」


「たぶんな。今はそれ以上は期待すんな。俺は色々と記憶飛んでるし、今の話だってマジで何も分からないからさ」


 半分謝ったような笑みで応えると、蒼い瞳が微かに潤んでいるように見えた。

 レナンは、(すが)るようなか細い声で、小さく「ダーリン……」と(ささや)いた。

 空気までとろけるような甘美な響きに、思わずドキッとして、掴んでいた手を取り落としてしまった。

 髪に隠れたレナンの額が恨めしそうにコツンと胸を打った。

 急に鼻の奥がむず痒くなって、俺はやり場に困ったように上を向いた。




 していると、ふんわりした声が後ろから耳を突いた。


「あれ、あれ? 何でだろう、私もその人の名前を思い出せないんですけど……。えっと、さっきの……誰さんでしたっけ?」


「え? それ、まゆりもなのか?」


「うん……。記憶が抜け落ちたみたいに、綺麗にさっぱりしちゃってるかも……。あっ、あとね――――」


 まゆりは言葉をそこで切った。

 俺とレナンは横並びになって、言葉の続きを模索するように顔を合わせ、それからまゆりに視線を戻した。


「そこに倒れてる黒焦げの……タワシみたいな頭の人のことなんですけど」


「ああ、封鎖区画でまゆりがぶっ倒した稲木出な。コイツがどうした?」


「え、あれ……やっぱり初対面じゃ、ないんだ……? でも私、その人のこと全然知らないの。一体誰なの?」


 まゆりは急におかしなことを言い出した。

 誰って、そりゃ自分が倒して、自分が転移魔法でブン投げた相手だろう。

 ランタナ・ブリットなんて新造魔法まで使ったのに覚えてないって、どういうことだ。

 単純に忘れたってことなのか?

 確かに、たま~にど忘れするけど、でもそんなに忘れっぽい方じゃないんだけどな……。


「いや、ほら、まゆり助けに来てくれただろう? ブレスレットの反応を追ってさ。それで、なんかよく分からないヤツ倒したろ?」


「う、うん……?」


 まゆりの反応は芳しくなかった。

 言葉は通じているのに、どうにも話が通じていないような、そんな気分がした。


「あの、封鎖区画って、燎が迷子になって私が迎えに行った時のことだよね?」


「ん? 迷子? まあ、迷子っちゃそうだけど、もっと色々凄いことがあったろ?」


「えっと……燎が酷い怪我をしてて、私が治癒して、それから一緒に帰って……」


 まゆりは、目をぱちくりとして、ふわりと小首を傾げた。


「他はなにも無かったと、思うんですけど――――」


「そうそう他はな――――なにゅえええええええええええええええええぇぇぇえぇぇぇ!?」


 俺は耳を疑う暇もなく、教室中の音をかき消すほどの素っ頓狂な声を張り上げていた。

 まゆりはビックリして耳に手を当てていた。

 レナンもギョッとしたまま指で耳を塞いでいた。

 それを目に入れていても、俺の驚きは暫く止まらなかった。 


 唖然とした。

 愕然とした。


 まゆりの頭の中から、あの日の記憶が、その一部が消えていることに。

 そしてレナンを含め、俺たちの記憶が誰一人として一致していない事実に。


「どうなってんだよ……これ……」

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