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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章4  LOST②

 校舎に上がったきり「ふん!」と顔を背けた二人を両腕で引き摺り、一年二組まで来たときには予鈴が鳴り終わっていた。


「間に合う時間に家出てんのに……また遅刻か……」


 ガックリと項垂れながら、扉を引いて教室に足を踏み入れた。

 はぁ、と溜め息を付きながら顔を上げると、教室内は、定期試験中かと錯覚するほど静まりかえっていた。

 さては授業で小テストでもあるのかと思ったが、ノートや教科書のページが擦れる音もしなければ、筆記具が紙の上を走る音もしない。

 全員ただ黙して下を向いている。


 両隣の教室から、ガヤガヤとした喧噪が廊下を通して聞こえてくる。

 なのに一年二組の生徒は、誰も席を立たず、会話もせず、電源の入っていないロボットのように停止していた。


「俺……来る教室間違えたか……?」


 まゆりも同じ事を思っていたらしく、尋ねるように俺の袖を引っ張った。


「ここ、だよね?」


「そう、だな……。でも、やに静か過ぎるよな」


「うん……。どうしたんだろう」


 俺とまゆりは、怪訝な目で辺りを見渡した。

 他所のクラスに比べて割かし大人しい目の印象は持っていたが、それでも戦闘行為は日常茶飯事だった筈で、少なくともこんな病的な静けさを好んで作るような連中ではなかった。


「幻術じゃないんだよな、これ」


「その通り、現実だよ。ここのところはずっとそういう感じだったんだ、一年二組はね」


「へえ、そうな――――――ん? なんでお前が知ってんの? つうかレナン、お前二年生なんだから教室ここじゃないだろ」


「些末なことさ」


 自信たっぷりに笑うレナン。教室どころか学年が違うのに、それのどこら辺が些末なのかサッパリ分からない。

 俺が疑問に浮かされた顔をしていると、それと看破したレナンがサクリとあらましを語った。

 当人の話によると、先週はこの教室で授業を受けていたらしい。

 それが一体何の目的があってかは、この会話の中ではついぞ語られなかったが、とりあえず一年二組にも籍を置いているのだそうだ。

 なるほど意味が分からん。

 今度はレナンが俺の腕をぐいぐいと引っ張って歩き出した。


「ちなみに私の席はここだ」


「ちゃっかり席まで確保してるのかよ。って、そこ、まゆりの真ん前じゃないか」


「いい(マト)ね」

「面白いサンドバッグだ」


 俺は都合のいい難聴らしく、今の会話は聞こえなかった。そう信じたい。

 でも、これでようやく腕絡めの刑から解放されるのであれば、他に望むものはない。

 と思ったが、一向に二人の腕が離れていかない。

 レナンとまゆりの目線を追うに、どうやらチャイムのプレッシャーに負けて先に腕を放した方が負け、みたいなチキンレースが始まっているらしかった。


 どうしてここまで張り合うのか知らんが、こんなところにまで(いさか)いを持ち込まれたら流石に周りが迷惑する。

 だから、今度ばかりは少しキツ目に言うことにした。

 俺だって立派な男なのだ!


「ぉ、ぉぃ……ぁ、あの、腕、そろそろ放してもらっても、よろしいでしょうか?」


 すいません。やっぱヘタレでした。


「「…………!!」」


 ムスッとして、二人揃って無言の拒否。

 ダメだ埒が明かない。


「はぁ……もう放す放さないは任せるから、とりあえず席に座らせてくれ」


 コクコクと頷く二人。今度は喋ったらいけないゲームでも始まったのだろうか……。

 でもまあ、これで席には着けるわけだし、状況も少しは改善に向かうだろう。

 その予想に反して、二人は魔法で椅子を動かして、俺の椅子の真横にピタリと着けた。

 そして三人横並びに着座した。勿論腕は放してくれない。


「え、あの、まゆりさん、レナンさん……?」


「「…………」」


 肩で押しくら饅頭になるくらいの近さのせいで、左に寄りすぎればまゆりが、右に寄りすぎればレナンが席からずり落ちそうになる。その度に引っ張られ、或いは押し込まれ、真ん中に座らされている俺は、さながら東西を隔てる生きたベルリンの壁だった。


 何これ。 

 拷問?

 

 そんな噛みしめがたい思いをしている内に、救いの本鈴が鳴った。


 やった! 授業だ!


 かつて授業の開始がこんなに嬉しいと思えたことはない。


 これで今度こそ腕が離れると安堵したのも束の間、予想に反して二人の腕はガッチリと元の位置をキープしている。

 チラっと覗き込んでみた二人の目は、峠を攻める走り屋の如く、妙な闘争の熱に浮かされていた。


 嘘だろ!? まだ続けるの?!


 これ以上は、アクセル噴かしすぎて事故るヴィジョンしか見えない。

 

 それはさておき、俺の所見としては、まゆりが無類の頑張り屋なのに対して、レナンは意固地で負けず嫌いな感じだから、こんな勝負したって、無限の平行線にしかならないと思う。


 思えば、レナンに対する、舟山の異様な警戒っぷりを今の状況に重ねてみると、レナンって他人をあんまり顧みなかったり、とかく自己主張が激しかったりと、なるほど大人っぽい見た目の割に、中身はすげえ子供っぽいというのが察せられる。

 こりゃあ確かに、身近なほど手を焼くだろうな……。


 お陰で、クール・ビューティーに感じていたレナンの印象が、悲しいくらいにボロボロだ。


 その意味では「子供っぽいのは嫌なの!」と背伸びしたがるまゆりとは正反対に近いかもしれない。

 尤も、今朝に限っては、俺の知らないまゆりの一面が沢山出てきて、少々戸惑ってはいるが――――。


 けど。

 もしそれが、俺自身の記憶から抜け落ちているのだとしたら。

 まゆりとの間に、俺自身が知らない記憶があるのだとしたら――――


 不意に心が遠のく思いがして、俺はそこで考えるのを止めた。



 その時、耳当たりのいい凜とした声が小さく響いた。


「来たか」


 レナンの視線を追うと、先ほど同様に教室の入り口に向けられていたが、澄んだ蒼い瞳からは不思議と剣呑な色が窺えた。

 それを真似るように、俺とまゆりも険を強め、扉の方を注視した。


 すると程なく、レナンの予告した通りに、大きな影が教室の戸口にぬうっと立った。

 濃紺のストライプスーツを着た、長身で角刈りの男だった。

 筋骨は逞しく、スーツの上からでもカットが浮いてみる辺り、体育会系を無言の内に予想してしまうような出で立ちだった。

 何より特徴的なのは表情。

 顔面の筋肉を眉間に寄せたかのような険しい顔をしている。目は憎しみを宿したように黒く、また何かを睨んでいるかのように鋭い。それを一言で表すなら、怒りだった。


「誰だアイツ――」


「臨時副担任の相羽だ。ヤツがこの空気の元凶さ」


「えっと、じゃあ舟山先生は来ないの?」


「先生は貔貅(ヒキュウ)の修復を依頼するために、学校と八和六合(シオノクニ)に許可を得て東烽(とうほう)を離れている。あれを鍛え直せるのは国内に一人しかいないんだ。ただまあ、その人物がえらく偏屈者らしくてね、私の親か舟山先生くらいしか相手にしてくれないらしい。今回の不在はそれでさ」


 困ったものだ、とでも言いたげにレナンが言葉を切った。

 つまりこの空気は俺のせいなのか。罪深いな。

 しかしそう言われても、俺自身は、貔貅(ヒキュウ)を壊した記憶はないんだよね……。

 気づいた時には無かった、みたいな。


 だもので、帰りがけに「籠手はこっちで直しておきますので」と言われなければ、紛失したとしか思わなかった。

 ただその時のテンションがいつも通り過ぎたものだから、てっきり転移みたいに即納してくれるものだとばかり思っていたが、そこは伊達に霊装ってわけか。


「あれ? レナンの籠手も壊れてたでしょ? それも直してもらってるの?」


 ふと思い出したように、ふんわりした声が疑問を呈した。

 けど俺には心当たりのない話だった。

 そもそもレナン、籠手なんかしてたっけ、というくらい覚えがない。


「サンゲイかい? あれは少し特殊な召式霊装でね、解除と同時に、原型が保持されている空間内に回収されて、自動的に修復されるんだ。サンゲイ自体が炎や煙とは好相性の瑞獣(ずいじゅう)とだけあって、私の(ジン)を餌に与えれば直ぐだよ。復元には数秒もかからないさ」


 得意そうに笑みを零すレナンに、まゆりは口をまん丸くして「おぉ~」と感嘆の表情を浮かべた。

 あれえ……さっきまで喧嘩してたとは思えないくらい綺麗なコミュニケーションしてる……。

 土手の時もそうだったけど、この子たち普通にしてたら結構仲がいい。

 それに何というか、レナンの雰囲気は中学時代のまゆりの親友に似てるし、呼び方もまんまだし。


「まゆりとレナンは気が合うと思うんだけどなあ……」


 心の声の続きが、口からポロリした。

 物言いたげな二人の顔が、くるりと俺に向いた。


「「…………」」


「……ん? ど、どした?」


「「別に――」」


 二人はどこかスレたような声を聞かせ、流れ解散よろしく、俺からぷいっと顔を離して正面を向いた。

 俺は一人、胸から大きな空気の固まりを吐き出した。




****




 気を取り直して顔を起こすと、教卓に立った相羽の目が、真っ直ぐにこちらを向いていた。

 生徒の悪ふざけを叱るような教師の目つきではなかった。或いは大人としてのものでもなく、凶相と呼ぶに相応しかった。

 相羽の目は強い負の情念を乗り移らせた、言うなれば仇敵を焼き尽くさんばかりの、どす黒い憤怒の炎に燃えていた。


「えっと、先生に凄く睨まれちゃってるみたいですけど」


「だな。すげえ嫌な気がピリピリしてる。でも……見咎められたって感じじゃないな」


「文字通り、目を付けられたのさ。余程勘に障るのだろうな、私たちが」


「誰かさんたちのおふざけが過ぎたんじゃないのか」


 それを言った瞬間、ビクっとして、申し訳なさそうな顔をこちらに向けるまゆり。可愛い。

 しかし、レナンは少ない首の動きで否定する。


「そうじゃないさ。あれは己に迎合しないニンゲンが嫌いなだけの暴君だよ。教室の様子を見れば分かるだろう?」


 もっと言葉が必要かい?、とでも言いたげな視線を寄越すレナンに、俺は大丈夫だとアイコンタクトをした。

 一方、まゆりはふんわりと首を傾げていた。うん、そんなことだろうと思った。そこは平常運転で安心した。

 程なくして、まゆりは俺の目を見てぱちくりとした。教えて?、のサインだ。


「とにかく怖い先生なんだってよ。恐怖政治しちゃうようなさ。みんな黙って下向いちゃってるのは、そのせいなんだと」


「そうなんだ。でも、そんなに酷い先生だったら、クーデターを起こして退陣してもらったらいいと思うんですけど」


 不思議そうに顔を傾けて、ふわりと不穏なことを呟いた。

 で、何かを思い立ったらしく、絡めた腕を放さないようにして、ポンと手を叩いた。

 まゆりは、宙を泳ぐ透明な魚でも見えているみたいに、ふいふいと教室の中に視線を走らせながら、それに合わせて左手の一指し指をタクトみたいに振った。

 俺もレナンも、それが何を意味しているのかが汲み取れず、一旦目を合わせて、尋ねるようにまゆりに目を向けた。

 視線に気づいたまゆりは、こちらを向いてにこりとした。


「ちょっと魔法を仕掛けてたの」


「へえ? どんな魔法なんだ?」


「あの先生を校舎ごと吹っ飛ばす魔法ですけど」


「「校舎ごと?!」」


 物騒な上にスケールがおかしかった。

 なるほど向こうがその気なら、先に殺っちまおうってワケか。それも確実に。

 知ってたけど、攻撃行動には躊躇いがないんだよね、まゆり。

 久しぶりの突拍子もない行動に、少々呆気にとられていると、それを否定とでも思ったのか恐怖の第二案を提示してきた。


「えっと、じゃあ奮発して学校もろとも――――」


「いいえ、十分間に合っているであります!」


 全速力でお断りした。

 レナンには大言壮語に聞こえたかもしれないが、俺がファンキーに「オーイエー!」と首を縦に振っていたら、この子は満面の笑みで未曾有の大惨事を引き起こしていた。世界最高位さまはそれくらい片手間でやれてしまう。魔法の取り扱いは超・注意だ。


「ま、まあ先生を吹っ飛ばす件は置いといて、授業始まりそうだしさ、とりあえず今は自分の席に着こうぜ?」


「え、これ私の席ですけど」

「ふふん、私もだ」


 今度は思い切り屁理屈を捏ねはじめた。

 どんだけ意地っ張りなの……。


 その間も、相羽の目線はこちらに向きっぱなしで一切揺らがなかったが、表情だけは、怒りの熱でか陽炎(かげろう)のように揺蕩(たゆた)っているように映った。

 また、教室の面々も沈んだまま、誰一人として(おもて)を上げず、教室の中は時を止めたように静かだった。

 無論、それは圧制者に迫られた弱者が意図して作っている、見せかけの静寂にすぎないが――――


「貴様等、お遊びが終わったなら当面は黙っていろ。これから私が話す」


 相羽は俺たちから視線を外さず、威圧するような声で発した。

 その様は、フィクション作品に出てくるような虐待趣向を持った刑務官のようだった。警棒でもあったら殴りかかってきても不思議ではない。そうなると分からせるようなオーラを、相羽は全身から発している。


 なんでこんな奴が教師なんてやってられるんだ。

 偏に疑問という外なかった。


 相羽は俺たちに目を光らせ、黙るのを待っているらしかった。

 俺はレナンとまゆりに目配せし、相羽ご所望の振る舞いを頼んだ。

 まゆりは二つ返事みたいにウインクしてくれたが、レナンは一瞬、承服しがたいような顔を覗かせて、はぁ、と重く溜め息を付いてから、渋々といった風に了解した。


「「「…………」」」


「…………」


 俺たちが静まったのを確認した相羽は、フンと鼻を鳴らした。

 それから下々(しもじも)を眺め下ろす不遜な君主のように、教室の中を見回した。

 

「今日は、物わかりの悪い貴様等に、一つ紹介してやらねばならんことが出来た。そのまま黙って聞いていろ」


 消沈した空気を、更に上から押し潰さんというような圧のある(げん)だった。

 

 察するに、悪い意味で人に厳しいタイプだ。

 尖った視線の置き方、荒々しい身振り手振りからもそれが伝わってくる。

 傲岸無礼を突き詰めれば、人間こんな風になるのだろう。

 例えるなら、戦争映画に出てくる疎ましい上官を模したような感じか。

 或いはそっちが模したんじゃないのかというくらい、相羽の悪態は板に付いている。


 相羽は、俯いたままの生徒に面を上げさせる意味でか、硬く握った拳で教卓を叩いた。


 ダンッ――

 

 音に驚かされた教室の面々は、机の上でビクッと体を跳ねさせ、丸くした目を右に左に動かした。

 しかし不思議なことに、誰も相羽に顔を向けようとしない。直ぐに目を机の上に戻した。

 忌避する伝統でもあるかのような振る舞いだった。

 理由は想像に難くない。

 相羽(あいつ)に目を付けられたくないがためだ。

 生徒の反抗心が挫けるほど派手にやったんだろう、見せしめを。


「クククク……」


 全ての無言を思うさまに集めた相羽は、重圧にギシギシと軋む教室の空気を、さながら高原の新鮮な大気のように胸いっぱいに取り込み、口角を目一杯につり上げた。


特殊学級(ハチ・イチ)のことは名前くらい知っていよう。今朝、その特殊学級(ハチ・イチ)から、通常学級への適正試験を通過(パス)した者が出た。私がそれを口にするのだ、配属は言うまでもなかろう――――喜べ貴様ら、競争相手が一人増えるぞ。さあ、入ってこい!!」


 相羽の声を合図に、教室の扉がガイドレールを滑り出し、ジョイントが小気味よい音を立てた。


 ガラガラガラッ――


 教室中の視線を集めた先、黒くモッサリとした何かがボヨヨンと跳ねた。

 一瞬、教室の空気が緩んだ。

 次に見えたのは人と思しき手足と、見覚えのある面構えだった。


「あいつは――――」


 それが誰なのかと思い当たった瞬間、はっと息を呑んだ。

 するとヤツもこちらに気づいた。


「…………久しぶりだなああああ!! 常陸ぃぃっぃいい!!」


 入場してきた特殊学級(ハチ・イチ)からの編入生は外でもない、封鎖区画で戦った、あのボンバーヘッドだった。

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