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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章3  LOST①

 まゆりとレナンの介添(かいぞ)えがあって、ふらふらと学校までやって来たときには、俺にも空っぽなりの元気が出ていた。

 というのも、こちらが無理にでも振る舞わざるを得ない状況に置かれてしまっていたのだ。

 一言で片づけるなら決闘の反響。それも予想外すぎる反応だった。

 そんなわけで校門を通り過ぎて程なく、あっ、と一声上がった瞬間に、周りの視線が一声に俺たちに釘付けになった。


「うおぉお! あれが噂のちっちゃい子か! 見た目に寄らず大胆な!」

「聞いてたとおりメッチャふわふわ系だ! あの髪なで回してーー!」

「あんな子に泣き付かれてーー!!」


 もともと名うてのレナンは兎も角として、まゆりもそれに匹敵するスターダムに伸し上がってしまったらしい。

 理由は察して余りあるというか、思い返してみると結構恥ずかしいことを声を張り上げて叫んでたもんな、まゆり。

 レナンと殴り合ってる最中でも感度良好でビンビンに聞こえてたくらいだし、それが例によってあの不思議な声だったし、周りには思いっきり伝わっちゃってるから、この反応なわけで。

 けれどその辺に頓着がないのか、周りの勢いにはきょとんとしているばかりで、何でこんなに注目されてるのか不思議、とでもいうような視線を俺に向けて、小首を傾げた。

 対して、レナンに向けられていた声は様々だった。


恐怖の象徴(イルルミ)が男と同伴登校?! これは夢か?!」

「あいつ大人しかったら相当の美人なんだよ! 大人しかったら!」

「ヴィジュアルはモデル並に図抜けてるもんなあ……イルルミ」

「もっと学校に来てくれていたら俺もお近づきになれたのに……嗚呼、畜生……」


 そんな声を受けてか、レナンはレッド・カーペットを往くセレブみたく「見晒せ!」とでも言わんばかりに、自信に満ち満ちた振る舞いを貫いた。ともすると、そういうスター性を生まれながらに持っているのかも知れない。

 一方で、東烽最凶の異名をとるレナンと大立ち回りを演じた俺の評判はというと――――


「誰だよあいつ、朝っぱらからイチャイチャしやがってよォ……!!」

「ケッ、あれが例の包帯野郎か。ツラぁ覚えたぜ!」

「いい度胸だ。夜道には気をつけろよ……ククク……」

「下駄箱ぶっ壊してやる!」


 調子こいて女の子二人を(はべ)らせているクソ野郎としか認識されていなかった。

 この差は酷すぎる。評判どころか、もはや醜聞でしかない。

 自分に非がないだけにちょっと気落ちしそうだったが……、考えてもみると、男子の反応って、レナンの人気をそのまま表しているんだよな……。

 なるほど。ただ怖がられているだけかと思っていたら、しっかりと女の子として意識されてはいたらしい。

 まあ女の子扱いされていたかどうかは知らないが。

 と、思考しているところに、当のレナンが、喜色を浮かべながら右からスッと割り込んできた。


「ふっふ~ん、沢山敵を作ってしまったみたいだね、ダァ・リ・ン?」


 最後を声高に強調し、絡めた腕までぎゅーっとしてきて蠱惑的にウインクするレナン。

 こいつめ、さては更なるスキャンダルを作らんばかりに、悪意ノリノリでやってやがるなっ!?

 その狙い通りか、事の一部始終を目撃した男子の目に、特濃の殺意が浮いていた。

 そして憎悪のフェスティバルが始まる。


「くそったれめえええ! これ見よがしに見せつけやがってよぉ!! 生かしちゃおけんぜ!!」

「調子くれてんじゃねえぞ包帯コラァァァっ!! 燃やすぞコラアアアア!!」

「あんにゃろオオオオ!! 番長系アイドルのイルルミをぉぉ……! ただじゃおかねえぞ!!」

「ぜってーに下駄箱ぶっ壊してやるからなあ!!」


 憎悪に燃える男子生徒らは、さながら飢えた野生の獣の如く、獰猛さを宿した赤い眼光をギラギラと唸らせ、獲物を食い殺すタイミングを探っているようだった。

 何の巣をド突いたら、これだけの敵意に包囲されるというのか。

 こうなってしまっては、釈明は疎か懺悔も命乞いも彼らの耳には届かないのだろう。

 だったら俺ではなく、彼らに届く声の主に弁明してもらえばいい。それなら合点がいくはずだ。


「なあレナン。周りの連中が色々と誤解してるみたいだから、そろそろ普通に呼んでくれないか」


「普通に呼べばいいのかい、私なりに?」


「そう! もの凄く普通に! 出来れば一度、周りに聞こえるくらいの大きな声で頼む!」


 そう言うと、レナンは「あぁ~」と閃いたように首肯をして、すぅ~と胸に息を吸い込んだ。

 これで疑いの目は晴れたと安堵の一息をついた直後、凜とした瑩徹(えいてつ)な響きが耳朶を打った。


「分 か っ た よ マ イ ・ ダ ー リ ン !」


「分かってねーよ?! なにしれっと「マイ」付けてんだよ?! 普通ってそういう意味じゃねーよ?!」


「マ イ ・ ス ウ ィ ー ト ・ ダ ー リ ン ?」


「レベルアップしてんじゃねえか!? そこは名前か名字で呼ぶだろ普通!! ていうか呼べよ?! お願いします!!」


 ニッと笑むレナンに食って掛かるも、のれんに腕押し。それどころか全く逆効果で、喜ばせるだけだった。

 あれ。何だろう、このイチャコラとじゃれ合っているみたいな不思議な感覚。

 そしていま一瞬、ビリっとしたものを感じたこの痛み……。

 恐る恐る左側を見ると、そこだけ世界が塗り潰されたように真っ黒になっていた。その周りに尾を引いているのは翡緑(すいりょく)に瞬く魔力の雷。


「燎、楽しそうね」


 暗黒のうねりの中、まゆりの瞳が鈍く光った。

 怒ってる。ものっそい怒ってる。(つつ)いたら即破裂する風船くらい怒ってる。

 なんかもう目が笑ってないし、醸している空気もふんわりもしてないが、何故か怖いくらい可愛い。

 けどやっぱり超怖い。ぞわぞわっと身の毛がよだつほど!


「レナンにダーリンって呼ばれて嬉しいんだー。ふぅーん、だったら私も呼ぼうかなあ、だ・あ・り・ん」


 感情の抜け落ちた声が風に乗った。

 雰囲気的な威圧よりも、そのトーンのあまりの冷たさに、俺は至近距離でショットガンをぶっ放されたくらいの派手なダメージを精神的に負った。

 これはキツい。泣きそうだ。もう一発食らったら自失しそうだ。というか俺は一体何の罪でまゆりに責められているんだ。

 ――と、そんな戦々恐々とした場面にレナンが颯爽と参戦。どんなフォローが来るかと思ったら、


「ふふん、それは誰の真似かな?」


 お前、瀕死の俺にトドメを刺しに来たのか。

 少しでも期待した自分が恥ずかしい。


「ああ、私のだったか。すまない焼き餅を焼かせたようだね」


 レナンは同情するような顔付きで、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 この蛮族、あまつさえ爆発寸前の火薬庫に容赦なくRPGを打ち込みやがった。

 

 すると不自然にふわりとした面持ちで、まゆりが、レナンに視線をぶつけた。


「私いま燎とお話してるの。所構わず火を噴く温暖化の元凶は少し静かにしてて欲しいんですけど」


 え。 

 温暖化の元凶って、まゆりさん?


 人生で初めて聞いたまゆりの雑言に思わず目が点になった。

 男児三日会わざれば刮目して相俟つべしと言うが、まゆり一週間会わざればまるっきり別人だったなり。

 別人は言い過ぎかも知れないが、俺の動揺はそれくらいデカかった。

 本当にどうしちゃったんだ、今日は。母さんが「ちょっと大人になった」って言ってたのって、そういうこと?!


 一方、盛大に油断していたレナンは、電光石火の宣戦布告(カウンター)が深いところに刺さったようで、ぷるぷると肩をふるわせていた。

 何を言っても右から左だと思っていたが、効く言葉あったんだ。安心した。


「…………ほ、ほぉう。どうも小型発電機が過剰な電力供給で自己スパークしているようだ。どれ、私が善意をもって電力をカットしてやろう」


「お手を煩わせることはないです。これでも安全省エネ運転で、限りなくゼロまでカットしていますので。それより、足の生えた猛暑のせいで南極の氷床が()けちゃわない心配なんですけど」


「ふふん。熱と言えば、私より先に冷やすものがあるんじゃないかい。例えば、コントロールと放熱が苦手そうな、そのコンパクトな筐体(きょうたい)に収まっているマイクロな制御基板とかね」


 全力で売り言葉をブン投げ、買い言葉でこれでもかと殴りつける二人。

 ギリギリ品性を損なわない言葉を使ってはいるが、お互いどんだけ鬱憤(うっぷん)が溜まってたのか舌戦が止まらない。

 そのうちにレナンの炎とまゆりの雷が、大気の魔力絶縁限界(DMS)超えて衝突をはじめた……。


 二人の異様な空気を感じ取った生徒らは、一様に顔を背けてそそくさと立ち去り、校舎の中に吸い込まれていった。

 けれど俺はケツを(まく)って逃げ出すこともできず、激戦たる死地に取り残された。


「まゆりもレナンも、頼むからそれくらいにしてくれ……」


 二人の気迫に負けたか、喉を突いたのは自分でも聞き取れないくらいか細い声だった。

 よって、まゆりもレナンも気づいておらず、感情の赴くままに加熱していった。右はボウボウと、左はバチバチと。


 そんな時だった。

 チャイムの音が、生徒の足を急かすように甲高く響いた。

 すかさず俺は「チャイムが鳴ったぞ! よし、教室に行こう!」と――――言いたかったが。

 目を逆三角形にして綺麗な悪口を吠えまくっている二人の前に、口にする勇気が持てず「チャ、チャイム、あの……」と(ども)っていた。ヘタレの極みか。


 その時、サーチライトみたいに光る四つの目玉がぐるりと俺に向いて、竜虎の如く凄んだ。


「――燎っ!」

「――ダーリン!」


「あ、は、はいっ!」


「「チャイムっ!」」


「しょ、しょ、承ぉ知っ!!」


 二人の勢いにビビり過ぎて、語調がツクツクボーシみたいになっていた。

 ところで自分でも何を承知したのか分からないが、とにかく俺は、いがみ合う二人を引っ張るようにして校舎へと走った。

 その間も、まゆりとレナンは、語彙能力をふんだんに使った綺麗な非難の応酬を繰り広げていた……。

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