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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
50/111

第二章2  ある朝の乙女たち②


**3**


 学校に行くなんて八年ぶり――いや、七、八日ぶり……あ、あれ。

 舟山に記憶の圧縮をして貰った割に、未だ俺の記憶は混濁している。

 丸二日も寝ていたから尚更というか、その間に、スッキリ頭の中が劇的に整理整頓されてくれていればよかったけれど、思った以上に収拾がついていない感じがしている。


 しかし今はそれどころではない。

 それはついさっきのこと。丁度、通学路の中腹にある土手の辺りを歩いていた時だった。

 まゆりが「してみたいことがあるの」と嬉しそうに言ってきたので、二つ返事でその声にお任せしていたら、少し躊躇いがちに腕を絡めてきたのだ。

 俺は理解が追いつかず、最初は夢でも見ているのかと思って、空いてる右手で頬を抓ってみたが、超痛かった。

 なるほど幻覚だと思って、今度は顔面をぶん殴ってみたら死ぬほど痛かった。五、六発やったら意識が飛びかけた。


「あの、なにしてるの燎……?」


「なんてこった! 夢でも幻覚でもない!! 現実だこれっ!」


「へ? え?」


 こちらを見上げ目を丸くしているまゆりを置いてけぼりに、「YES!」と今日一番のガッツポーズ。

 こんな素晴らしいイベントがあるなんて、やっぱり今日は記念すべき日に相応しい!

 平素、二宮金次郎も黙らせる勢いでまゆりを背負い、馬車馬みたいに走っていた通学路が、まるでエデンへと続くシャイニング・ロードのようだ!


「通学、最高っ!」


「う、うん……?」


 まゆりは、油の切れた機械みたいにぎこちない首肯をした。

 気のせいか、歩調も、今にもギィギィと聞こえてきそうなほど堅く、表情もガチガチになっている。

 もしかしたら歩き難いのかもと思って、歩幅をぐっと落としてみたら、まゆりは却って脚がもつれたようで足下を忙しそうにしていた。それが落ち着いたと思ったら、今度は小石に(つまず)いた。

 まゆりは思い切り前にのめって、けれど必死に倒れまいと目をつぶって、絡めた腕にぎゅっとしがみついてきたのが、可愛すぎてたまらなかった。

 俺、爆発しそう。

 だが、辛うじて理性を保つ。


「平気か?」


「だ、だだだ、だいじょうぶ、で、です! お、おか、お構いなくっ!」


 ちっとも大丈夫そうには見えないが、背伸びしてる感があって、もう可愛い!

 見ているだけでこう、熱いものが胸に込み上げてくるというか、男にはない女の子特有の柔らかさが伝って来るというか。

 そんな素敵でソフトな暖かい感触が、左からも()からもしてるなんて、俺はとんだ果報者だ。

 覚えず頬を(ほころ)ばせ、縁側(えんがわ)(ほが)らかにお茶を(すす)るご老人のように一息を突いた。


「こういうの恋人っぽくていいなあ~」

「へっ! こ、ここっここ、こい、ここっ――――――」



「そう言って貰えると嬉しいよダーリン」


 その時、右腕に触っていたソフティーな感触が、ムニュっとしたものに変化した。

 それに伴って、肌に伝っていた火照りにもにた熱が急激に温度を増した。

 ん、あれ……、まゆりは左にいるのに、なんで右側から声が。

 ていうか、なんで右腕に感触があって、しかも妙に温いんだ?


 確かめるように右腕を揺り動かしてみたら、またムニュっとしたものが当たった。


 えっ。

 これ、何。


 一旦立ち止まって左を見ると、まゆりが、この世の終わりみたいな顔をして俺の方を見上げていた。

 しかし正確には、目は俺に向いておらず、もう少しばかり右側に向いている。

 丁度その位置は、俺の右腕に感じる熱源とマッチしていた。

 俺は、我が腕に走る不穏な熱量に目をしばたかせ、恐る恐る右を向いた。そして絶句した。


「こぉっ――――!!?」


 驚きは、周囲を歩いていた東烽の生徒にも伝播し、辺りに妙などよめきが立った。

 そこに見たのは蒼い瞳に、緑の黒髪、(みやび)(はだ)けが渾然(こんぜん)一体となった女子高生――――紛うことなきイルルミ・レナンだった!


 いきなり絡んできたと思ったら本当に絡んでるし、何なんだよ一体!?


 そんな疑問を差し挟む間もなく、目が合った途端、レナンは甘えた声をして、絡めている腕に体を密着させてきた。

 

「やあ。やっと気づいてくれたね。その鈍感さには少し焦れてしまうよ」


 レナンは緑の黒髪を揺らし、頬に口づけるくらいの近さでもって「おはようダーリン」と、流れるように挨拶をしてきた。

 瞬間、頭が真っ白になった。顔が腫れたみたいに火照って感じた。

 だが、それも束の間、ビリビリッと強烈な電流が体内を走った――――と思ったら、左から流し込まれていた。我が姫殿下、まゆり様だ。

 一体どれだけご立腹なのかと一瞬様子を伺ったら、まゆりの顔がムンクの叫びみたいになっていた。なるほど無自覚に電気を流していたらしい。

 その間にレナン、俺の胸に人差し指を置いて小さく円を描き始めた。


「寂しいな。私には挨拶もしてくれないのかいダーリン?」


「な、なななななーーー何だよその呼び方は!?」


「婚姻を前提に決闘をしているのだから当然だろう。それで承服できぬとあらば、私なりの敬意とでも受け取ってくれ。お近づきの印にコレと一緒にね」


 そう言ってレナンは、綺麗に折り畳んだ紙を取り出し、スッと、俺の懐に差した。

 今までレナンが持っていたからなのか、それが不思議と生暖かく感じた。

 これが一体何かは知らんが、俺の経験から言って、先ず不穏なものに違いない。

 しかし両手の塞がっている今、そいつを投げ捨てようとしたって手が伸ばせない。

 だからこそか、差し込まれた紙が(おぞ)ましいオーラを放出しているように見えた。

 その時、まゆりが只ならぬ声音でもってその正体を言い当てた。


「そ、それ自動記入式の婚姻届なんですけど! 触ったら指紋照合で勝手に名前記入されちゃうんですけど!」


「ブフーーーーーーーーーーーーーーーー」


 もはや衆目など忘れて、呼吸困難になるほど激しく噴いた。

 目にしただけ何故それと見抜けたかはさておき、こんなのはとても『お近づき』などという可愛い距離感を表現した小道具じゃない。

 近いっていうか、近すぎるっていうか、誓いだよね!?

 距離感おかしくない!?


「レナン、お前なんつーもんを持ち歩いてやがる!?」


 不意打ちにしたって殺傷力が高すぎる代物だった。

 しかしレナン、悪びれた様子もなく、頭を俺の胸に倒し、上目遣いで言った。


「ふふ、懇意と婚姻を掛けた軽い冗談だよ」


「重すぎて怖えぇよ! それとお前、冗談だって言うなら腕を放せ!」


 そう言って右腕を大きく揺すったものの、体術でいなしているのか、力が吸い取られたみたいにレナンの体はピクリともしない。ピクリともしないが、強いて言うなら柔らかい何かがぽよぽよと腕に当たりまくった。その度に、左側から猛烈な殺意の波動が立ちのぼるのを感じた。

 いったい何なの、この状況!?


「口では放せなどと言っておいて人の胸を愉しむなんて、ダーリンも男の子だね。私としては嬉しいが」


「単純に振りほどこうとしてんだよ!? どんだけポジティブなのお前!?」


「忘れたのかい、私は絶対に離さないと言ったはずだよ? それとも私の口からもう一度言わせたかったのかい? ダーリンは顔に似合わずいけずだ」


 まったく仕方ないなあ、とでも言うように流し目で俺を見るレナン。

 まゆりの顔が、ヒステリックな女がハンカチを噛んだみたいに悔しさに歪んでいる。あら可愛い。

 それにしても舟山しかり、八和六合(シオノクニ)の関係者って、どうしてこうも自分の都合しか喋らないで、人の話を全く聞こうとしないのか。頭の中にイカれた翻訳装置でも入っているとしか思えない。


「そんで今回の目的は何なんだよ。また決闘ってなら暫くは御免だぞ」

「酷いな。私はそんな風に思われているのかい。本当に親交を深めにきただけだよ」


「え、だったら腕放してもいいと思うんですけど?」


 ふわりとした声がレナンの揚げ足を取って関節技(サブミッション)を極めにきた。

 まゆりの、一見ニッコリしている顔は「実際そんなに親しくないよね?」と告げているような卦体糞(けたくそ)さが見え隠れしていた。

 対するレナンも、流麗で涼しげな笑みを浮かべ「それくらい些末なことさ」と流した。

 その裏に一体どんな言葉が潜んでいたかは分からないが、意味を呑み込んだらしいまゆりも、また新たな顔を作った。

 そして俺を挟んだ二つの笑顔が、無言の激突を始めた。


 怖い!! これが女の戦いか?!


 健やかそうに見える反対側では、果たして舌戦以上の舌戦が繰り広げられているのだろうか……!?

 その異様ともいえる雰囲気を肌に感じてか、大名行列よろしく、土手を行く人はみな足を止めて俺たちに道を空け、得も言われぬ視線をそっとこちらに向けていた。

 俺はなんで朝っぱらから昼ドラ演じて衆目浴びてるんだ……。




**4**


 俺が周囲の反応に気落ちしていると、出し抜けにレナンが話を始めた。


「ああ、そうだったダーリン、時に体の調子はどうかな。初めて【威光(イコウ)】を使ったんだ、相当なフィードバックがあったはずだよ。一日、二日、寝込まなかったかい?」


 言われて思い出したが、先に反応したのはまゆりだった。


「それなんですけど、燎は部屋に戻ってからずっと寝っぱなしで、土曜も日曜も起こそうとしたけど全然反応がなくて。あれってイコウっていうのの反動だったんだ」


「ふむ、やはりか。精神力を根こそぎ持って行かれたな。まあ、それも今回限りさ。次からは多少は保つようになる」


 自分の経験則を語って、うんうんと頷くレナンに、まゆりは疑問だったことを口にして、色々と教えて貰っていた。

 あれ、この子たち喧嘩してたんじゃなかったの。

 でもそれを指摘した途端、藪から蛇どころか核ミサイルが飛び出して来るとも限らないし、ここは仮初めでも平和のままでいてもらうとしよう……。


「納得してるとこ悪いんだけどさ、俺【威光(イコウ)】なんて使った覚えないぞ?」


「――ゑっ!? ダーリンは私で経験した初めてを覚えていないのかい!? 体が浮き上がるほど激しかったというのに?!」 


「何を言ってるんだお前は」


「ダーリンの初体験に決まっているだろう! それとも私が相手ではノーカウントだというのかい!?」


 どう好意的に解釈してもアレだ。アレにしか聞こえない。

 そんな問題がありすぎる表現をこれ見よがしにぶっ放し、レナンは大変な剣幕で顔を近づけてきた。


「ダーリン(とぼ)けているならよせ、これは大事なことなんだ」


「だ、大事ってお前!? 何だよ急に!?」


「私の目を見ろ、そしてちゃんと答えて欲しい。本当に覚えていないのか。どうなんだ?」


 俺を睨む蒼い瞳に他意はなく、しかしどこか気を揉んでいるようにも映る顔が、あまりにも可憐で、一瞬自分が何を考えていたのか忘れてしまった。

 その発見と驚きを復唱するように、土手の上に風が吹き草むらがザァッと揺れた。

 俺は蒼い瞳の奥をぼうっと見つめ、耳許を通り過ぎる風の音を聴いていた。


「あ、あの! 周りの人が見てるので、そろそろ歩きたいんですけど!」


 差し込まれた声にハッとして辺りを見回すと、誤解に招かれた衆目がそこかしこにあって、胡乱(うろん)な色を浮かべながら、チクリチクリと刺してきた。

 俺はレナンに答えられぬまま、二人を強引に引っ張るようにして前進した。

 いきなりのことに、慌てたようなまゆりの声がした後から、凜とした声が耳を引っ張った。


「ダーリンッ――――」


「――――覚えてない。俺だって、その、必死だったんだよ! 頭の中が真っ白ってーか、籠手の話しをした少し後からは、何も記憶に残ってないんだ!」


 右腕が後ろに引っ張られたみたいに急に重くなった。

 目をやると、レナンが足を止めていた。

 顔色は、決して良いとは言い難かった。


「なんだよ唐突に深刻そうな顔して」


「じゃあ、あの時ダーリンは……貔貅(ヒキュウ)に、意識を……」


「ん? 何か言ったか?」


「すまない、何でもない。私のことは気にしないで欲しい」


 そう言ったまま、レナンはうんともすんとも言わず、しかし脚だけはこちらに合わせて動き出した。

 急に重苦しくなったレナンの雰囲気から逃れたくはあったが、脇を固められている以上こちらに抜け出す方策は無い。

 それと思うと、存外酷かもしれないな、この状況。

 今度は左腕がくいくいと引かれた。

 目をやると、まゆりが顎を仰け反らせるようにして、こっちを見上げている。写真撮りたいくらい可愛い!


「あの、私も聞きたいことがあったの。本当は休みの間にって思ってたんですけど、燎ずっと寝てたから」


「そりゃすまん……。で、俺に聞きたかったことって何だ?」


「燎はいつ魔力が発現したの?」


 小さく首を傾げて、まゆりはエメラルドの瞳をぱちくりとする。

 言っている意味が把握出来ず、俺も同じく目ん玉をぱちくりとしながら、疑問を疑問で返した。


「魔力って、俺が? 発現したって、何、どゆこと……?」

「えっと……? だって燎、決闘の最後に思いっきり魔力特性を発揮してたんですど。私と同じ感じので」


「ん、ん~~、流石にそれは見間違いだと思うぞ。そもそも俺、魔力無いんだし」


 魔力特性を発揮できるなんてのは、よっぽど魔力が強い証拠だ。

 仮に俺が知らぬ間に魔力に覚醒していたとしてだ、十五年間も芽が出なかった力が、何の訓練も経ずして大気の魔力絶縁限界(DMS)を超えて、その特性を発揮できるとは到底思えない。

 というか、俺に限らず皆そうだ。

 中高生レベルなんかで言ったら、それこそ学校に一人、二人居るだけでも珍しいくらいだ。

 まあ、いきなり発現してた可愛い子が目の前に居るんだけども……。


 それを当たり前と思っているわけではないのだろうが「でもっ」と食い下がるまゆり。

 その勢いに対し、俺は無い無いと首を左右に振った。

 まゆりは、どこか悔しそうに顔をしかめた。


 にしても、何か変だ。

 さっきの【威光(イコウ)】のこともそうだが、この話も記憶にない。

 これじゃまるで、別の人格が俺に成り代わって、誰かとの間に勝手に記憶を作っているみたいじゃないか?

 二人が結託して俺を騙くらかそうってことなら、そりゃとんでもない新展開だが――――そういう気配はしていない。本当に尋ねにている。

 これを二人の勘違いと断じてしまっても、俺が『知らない』という部分は、どうやっても帳消しにならない。

 そこには絶対に何かがあったはずだ。

 すると俺は、そのことを忘れてしまって覚えていないのか。

 それとも、俺自身が本当に知らないのか。


 一体どっちなのだろうか。


 母さん譲りの重い溜め息が、はぁ、と力なく口から零れた。殆ど無自覚だった。

 そんな折り、レナンが俺の顔色をちらりと伺ってきた。


「【威光(イコウ)】を使った事を覚えいていない以上、自覚は出来ないことと思うが、私からも一つ伝えておこう」


 レナンはそう断ってから、言葉を続けた。


「あの時ダーリンは翡緑(すいりょく)の雷を帯びていた。空色の瞳が魔力の侵食を受けて緑に発光していた。最初の【威光(イコウ)】が放たれたのはその時さ」


「…………」


「直に受けた私が言うのだから間違いではないよ」


 信じるかどうかは任せる、といった風にレナンは俺の顔から視線を外した。

 俺は確かめるようにまゆりに目を向けたが、こちらを向いてはくれなかった。

 その態度は、レナンと同じ事を俺に迫っているように映った。それは、当事者だったレナンと第三者だったまゆりの記憶に齟齬(そご)乖離(かいり)がなく、同じ体験として共有されていることを物語っていた。

 じゃあ俺は――


「なんで覚えていないんだ」

 

 口にした途端、首筋の毛がそそけ立った。

 意識を旋毛(つむじ)から引き抜かれ、自分を俯瞰(ふかん)させられているような錯覚に襲われた。

 只ならぬ疑念と、例えようもない不安が頭の中で乱流を起こして、思考を滅茶苦茶に引っかき回した。

 気づくと首から下がニュートラルな状態になっていて、俺は歩行できない酔っ払いみたく、二人に脇を固められ腕を引っ張られるようにして歩いていた。


 もし魔力が発現していたら、それは願ってもないことだ……。

 その筈なのに。


 俺は暗い懸念に押し潰されて、魔力発現の可能性を一つも喜ぶことが出来なかった。

※魔力絶縁限界……大気が魔力特性を現象化させずにおける限界点のこと。魔力絶縁耐力とも呼ぶ。閾値を超え魔力絶縁破壊が起きると、魔力特性が発揮される。一般にはDiMagicStrength(英)を略してDMSと称する。

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