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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
46/111

第一章42  『ある少女の英雄』 ②

**2**


 暮れゆく空の下、東烽(とうほう)高校の全校生徒が決闘の行く末を見守っている。先ほどまでの大きな歓声は、今は息を飲む音に代わって、その場にある顔という顔に緊張感を(みなぎ)らせていた。


 レナンが身構える。

 足技の禁を解いてか、僅かに重心の位置が後ろへ移動している。

 反対に、燎祐の構は更に攻撃的になり、上体を、より前掲させていた。


 吹き付ける風に校庭の土が舞った。

 赤く焼けた陽はゆるやかに光を陰らせている。

 空のてっぺんから濃紺の色が降りはじめた。

 その大気の下で、最後へ向かう、二人の激突が始まる。

 鮮やかな蒼い瞳が一層強く光った。


「――――()くぞっ!」


 レナンの足が僅かに沈み込んだ瞬間、世界が縮んだように、一瞬で間合いが詰まった。

 ハッと目を見開く燎祐に、猛烈な蹴撃が襲いかかった。

 (たく)まざる動きで受けに回るも、あまりの威力にガードの上から意識が飛びかける。

 しかし彼の気迫がそれを許さない。

 更に続く連続蹴りを捌きつつ、力を(たわ)めながら反撃の機会を探る。

 詰めすぎた距離を戻すべく、レナンが牽制の突きと一緒に僅かに後退。


――ここだっ!!


 瞬間、全身の筋肉が爆発する。

 燎祐はレナンの突きを左手で弾きながら、その懐へ一気に斬り込み、溜めていた右拳を槍の如く突き込む。


「うおおおっ!!」


 金色の煌めきがレナンの腹に深々と突き刺さった。

 

「かっ……ぁ……」

 

 目を剥き呻吟(しんぎん)をこぼし、緑の黒髪が衝撃に揺れる。

 微かに感じる勝利の手応え。

 だが、レナンはまだ意識を手放してはいない。その目からも、手からも力が抜けてはいない。

 燎祐は、拳をめり込ませたまま、腕力に物を言わせ、強引にレナンの身体を打ち上げる。

 さながらトスされたボールのように浮き上がるレナン。機を逃さず、跳躍し追いかけた。

 燎祐は、宙を泳ぐ無防備な姿に向かって、大きく身を捻った胴回し回転蹴りを放った。


「らああああ!!」


「!!」


 しかし、手応えを期待した刹那、燎祐の脚は轟然と空を切った。

 直撃の寸前、レナンは猫の如く身を躍動させ、転瞬の間に立て直していたのだ。


「取ったぞ!」


 レナンは、右手で燎祐の足首を掴むや、恐るべき身体能力でもって竜巻の如く振り回し、空中から地面へと射出した。

 前後不覚のまま地に激突する燎祐、直後その背に、レナンの蹴りが流星となって落ちた。

 地面がひび割れるほどの衝撃が走り、燎祐の顔が持ち上がる。


「がはァっ!!!」


 その状態から、レナンは容赦なく拳を振るう。

 攻撃を察知した燎祐は、捻じ切れそうなほど首を回し、間一髪で回避。

 顔のすぐ横で、手榴弾もかくやとばかりに地面が()ぜ、その反動にレナンの重心がふわりと浮いた。

 燎祐は咄嗟に身を転がし脱出する。そして起き上がり様にレナンを蹴り飛ばす。


「うらあっ!!」


 地を離れた靴が、レナンに吸い込まれていく。

 彼女は、それを腕を重ねてガードするも、しかし脚を突き込まれた勢いで後へ飛ばされる。


「ぐ、強引なっ!!」


 燎祐は間髪入れず追撃。

 左右の連打を浴びせ、流れる勢いで身を翻し上段回し蹴りを放つ。

 押されていたレナンも、一気に身を捻転し、同じ蹴撃で迎え撃つ。

 空に走る(つい)なる蹴撃。

 瞬間、宙で交差した脚の間から強烈な撃音が轟き、空気がビリビリと振るえた。

 互角に見えた打ち合いの瞬後(まどかご)、燎祐が僅かに体勢を崩す。

 レナンはそれを見逃さず、足を引き戻す時間さえもどかしいとばかりに、即座に反対の足でミドルキックを打つ。


「貰った!!」


 無理な体勢から放たれた蹴撃は、燎祐の臍の前を鎌のように擦過。レナンは勢を殺さず、後ろ回し蹴りに繋ぐ。

 直後、レナンの靴底が燎祐の鼻先を撫でた。その後を追いかけるように強烈な熱風が顔に吹き付けた。


「っと、|危っねえ!!」


 辛くも避けきった燎祐は、レナンの打ち終わりと同時に攻勢に出た。

 体中の酸素を使い切る勢いで目にも留まらぬ連打を放ち、その場に釘付けにする。

 畳みかけるような金色のラッシュは、一発毎に強い突風を起こした。

 しかしその攻撃は、全てギリギリのところで防がれ、有効打は一つもなかった。

 燎祐は、その強固な守りを打ち崩すべく、強烈な裏拳を放った。


「ふふん、今のは肝が冷えたぞ!」


 見切られた拳は、レナンの前髪を掠め、大きく空を薙いでいた。

 その一瞬の隙を突きレナンが反攻戦に出る。


 激しく絡み合う二人の攻防は、見つめている生徒の心と視線を鷲づかみにして離さなかった。

 レナン優勢と思われていた決闘は、もはや誰の目からしても戦いは拮抗しており、今や全く予想が付かない展開だった。

 そんな中、誰とも違う感情を瞳の内に孕ませていた少女がいた。まゆりだ。

 スカートの裾を、くしゃくしゃになるほど強く握りしめて、燎祐の姿を、必死に目で追っている。そして、戦う彼のために精一杯の声を捧げ続けている。


 少女の音色が手向けられた先では、紅蓮の閃火が二つの形相を赤々と照らし、激突する二人の姿を、一層激しく燃え上がらせてみせた。

 吹き荒れる熱風が手足の間をくぐり抜け、響き合う強撃に、数多の火片(かへん)が夕暮れに散った。

 そして、燃える二つの影が宙ですれ違い、距離を置いて着地した。

 二人は脊髄反射さながらに、間を置かず振り返り、途切れた視線を繋ぎ直す。


(ここに来て、まだ伸びるのか。君は私よりよっぽどタチが悪い……っ!)


(なんて頑丈(タフ)さだ。対応能力も尋常じゃない。目を離したらやられるっ)


 燎祐の額から滑り落ちた熱い滴が、瞼を下って目の中に吸い込まれる。

 じわっと視界が歪む。しかし燎祐は、まばたきもせず、霞んだ像の中でレナンを捕捉し続けた。

 高まった集中が、余計な挙動を殺し、意識を一点に向けさせている。

 一秒毎に空気を張り詰めさせながら、互いに、じりじりと(にじ)り寄る。

 五感をフルに研ぎ澄ませ、微細に変化する相手の状況から隙を探り、或いは、変化を掴ませ動きを誘っている。それは虚々実々の戦いだった。


「…………」


「…………」


 二人は、無言の中で戦っていた。

 寄せては返す波のように、二人の距離が近づいては離れる。

 観戦している生徒らは、緊張でガチガチになりながらも、息を凝らして見つめていた。

 この勝負は、もしかしたらがあるのではないかと。そんな期待を覚えていた。


 だが彼らの想いに反して、燎祐の身体は、レナンの(ジン)に焼かれ、目に見えぬダメージを手酷く負っていた。

 服や包帯に隠れている肌は、既にあちこちが(ただ)れており、動くたびに体がひん曲がりそうなほどの痛みを叫んでいる。

 拳も脚も、打ち込むたびにあちこちの骨が軋み、肌が肉ごと裂けたように痛む。

 燎祐は、それを気迫だけで押さえ込んでいた。精神の消耗は尋常ではなかった。

 ゆえに、この強行軍は、もう長くは保たない。気を抜けば立ち所にへし折れてしまう。そのはずである。


 だが、折れない。この少年は諦めることを知らない。

 少女のためならば、限界だろうと、何だろうと立ち上がる。立って戦い続ける。死の淵からだって甦る。

 胸を打つあの声を、悲嘆(ひたん)に変えないために。少女の気持ちに、祈りに応えるために。


 少年は、今この瞬間に、命を燃やす。 


「行くぞ――――ッ!!」


 保っていた間合いを崩し、燎祐が仕掛けた。

 駆ける脚が砂塵を巻き上げ、紅蓮へと迫る。

 レナンが反応し迎撃行動に移る。

 フェイントを混ぜ横へ滑り込むが、即時対応された。


「見えているよっ」

「くそっ」


 お返しとばかりに、紅蓮の掌が連続して放たれる。

 燎祐は、最小限の動きで全弾を回避。

 空振った掌撃(しょうげき)が、爆撃のように大気を震撼させる。


 燎祐は更に回り込み、脚も織り交ぜた連打を叩き込む。

 だが一つ残らず、すんでの所で躱される。

 その間隙を縫い、紅蓮の蹴撃が疾った。

 燎祐はこれを紙一重で見切り、いなす。

 直後、暴力的な風が突き抜けた。

 互いに攻撃が一つも当たらない。

 それでも攻撃の手は止まらず、二人は嵐の如く、一層苛烈に攻めた。

しかしその(ことごと)くが、風圧を激しくまき散らしながら、空を切ってゆく。


「ハァッ!」


「ふんっ!!」


 二人には、互いの攻撃が、殆ど止まって()えていた。

 極限まで高まった緊張が、脳に『フロー状態』を作り出していた。

 それによって、限定された対象へ向けた高度な意識の集中が、自我の活動を著しく低下させ、時間感覚に歪みを引き起こし、あらゆるものをスローモーションさながらに視覚に投影していた。

 それは『勝ちたい』という執念が、無言の下に疎通し、一つに溶けあっているかのように見えた。

 永遠に続く一瞬のように思われた。

 その刹那、立ち止まっていた形勢が動く。

 先手を取ったのはレナン。


「せいッ!!」


「くッ」


 紅蓮に燃える拳が、燎祐の蟀谷(こめかみ)に叩き込まれた。

 視界を奪うほどの衝撃に苦悶が浮かぶ。

 更に踏み込んでくる紅蓮の姿を、蹴りで横薙ぎにして懐から追い払いうも、電光石火の逆寄(さかよ)せに遭う。


――速いっ!!


 炎を纏った強靱な手足が、驟雨(しゅうう)の如く、激しく燎祐を打ち付ける。

 けたたましく鳴り響く轟音。身動きする隙間さえないレナンの攻撃に、校庭の空気が慌ただしく揺れた。


 だが燎祐は倒れなかった。守りを固めて一歩も引かず、それどころかガードの隙間から反攻の瞬間を、爆発する瞬間を狙っている。

 その視線に不穏な気配を読み取ってか、レナンが直感的に身を引き、距離を取った。

 しかし燎祐との距離は、離れない。寧ろ、さっきよりも近い。


「なにっ――!!」


 レナンの後退に合わせ、燎祐が、全力で驀進(ばくしん)していたのだ。


「おおおおおおっっ!!」


 もはや燎祐に後退の二文字はない。

 風塵(ふうじん)を背に、特攻してくる(くがね)の拳が、突き放そうとするレナンを、どこまでも追いかける。


「気でも違えたか?!」


 意表を突かれ、凜とした顔に喫驚(きっきょう)が張り付いた。

 その時、レナンの目に、ばたついている包帯と、揺れる前髪の隙間から、覇気を(ほとばし)らせる空色の瞳が映り込んだ。

 その瞳は次の瞬間に、きらりと翡緑(・・)に光った。


(なんだ)


 濃縮された時間の中、険を強めるレナン。その頬にパチッとしたものが触れた。

 皮膚上に走ったそれは、砂の飛礫(つぶて)ではなく、静電気の放電と似た小さな衝撃だった。


(――――なんだ今のは)


 レナンの心臓が、ドクンッ、と重たい一拍を打った。

 その瞬く隙に、彼女の前には、目一杯に拡大した燎祐の姿が踊っていた。


「しまっ――――」


「おらあああああああああああああああああああああああッッ!!!」


 差し迫った危機に、レナンは自分でも理解しきれぬ反応速度で、腕を顔の前で交差していた。ほぼ無意識だった。

 受けきれるっ!、胸でそう叫んだ時、彼女の身に思い掛けないことが起こった。

 燎祐の拳に接触した刹那、レナンの体は、滅茶苦茶に錐揉みながら、一瞬のうちに数十メートル先まで吹っ飛んでいた。

 地面を吹き飛ばしながら跳ね回るそれは、さながら人間の砲弾だった。

 レナンは全身を何度も激しく打ち付け、しかしそれでも食い下がらんと、必死に粘る。


「あぐぅうっ!! 止まれ……止まれっ、止まれええええっ!!!」


 傷を(かえり)みず、地に指を突き立て、足を全力で踏ん張らせ、ガリガリと地面を削りながら執念の制動をかける。

 ブレーキ痕が(わだち)の如く、校庭の隅に向かって伸びていく。

 あわや場外というところで、ようやくレナンの身体が停止した。

 霧のように、もうもうと立ちこめる土煙の彼方で、四足獣のように手足を着いていたレナンが、ふらつきながら身を起こす。


「はあ……はあ…………今のは……【威光(イコウ)】の片鱗……! まさか貔貅(ヒキュウ)が起動したのか……っ!」


 計り知れない驚きがレナンの身に降りかかっていた。

 その正体を見破るべく、(ジン)で土煙を焼き払った。

 瞬間、レナン目が一杯に見開かれる。

 彼女の双眸に映り込んだのは、右腕のみに絡みつく、形状を獅子そのものと形を変えた金色の籠手。

 幾多の雷線(スパークライン)を浮き上がらせ、鮮やかに煌めく翡緑(すいりょく)の雷。


 校庭中も突然の出来事に騒然となった。

 尤もその注意は、今の一撃にのみ向けられていてた。

 そんな中、誰よりも、目をまん丸くしていたのは、まゆり。


「えっ、燎」


 スカートの裾を握りしめていた手から、はたと力が抜けた。

 視線の先に見えるのは、解き放たれた願いの結晶。

 それは、夢を閉じ込めた光の輝き。探し求めた奇跡の形。

 まゆりは他の一切を忘れ、その光景を、自分の胸に焼き付けた。

 遠い日の誓いに思いを()せながら。


 だが、それを再び幻想に帰さんと、紅蓮の炎が立ち昇る。

 レナンは予想外のダメージに、肩を(あえ)がせながらも、(まなじり)を決し、力強く地を踏みしめた。


常陸燎祐(ひたちりょうすけ)、君は……っ!!」


 声の向こう、渦巻く驚きの中心に、翡緑の雷を纏った燎祐が立っている。

 燎祐は、未だ向かってこないレナンに、短い歩幅で近づいていく。

 その歩みは段々と大きくなり、やがて疾走に変わる。

 燎祐の双眸が、逆巻く炎に向かって、翡緑(すいりょく)の線を空に引いた。


「決着をつけるぞ、レナン」




**3**


 駆ける翡緑(すいりょく)の雷が、長い尾を揺らしながら宙に走る。

 全身から(ほとばし)る熱い魔力の猛りが、大気の魔力絶縁限界(DMS)を越えているのだ。

 その光景は、纏っている魔力がいかほどかを十二分に伝えていた。

 レナンは、まさに迅雷となった燎祐を(まなこ)に入れ、敢然(かんぜん)たる意思を天に示す。


「いいだろ、受けて立とう!!」

 

 その覇気に空気が震える。太陽の残光が霞み、夕暮れが色を変える。

 瞬間、目も眩むような爆炎が噴き上がった。

 レナンの周囲に紅蓮の炎が帯状に走り、火欠(かへん)を飛ばしながら、彼女の右腕に包帯の如く巻き付いていく。

 それと同時、レナンは、翡緑(すいりょく)の迅雷へ向かって地を蹴って、炎の帯を宙に棚引かせながら――――叫んだ。


「来いっ、サンゲイ!!」


 気勢に応じ、炎の帯が、腕に吸い付くように一気に収束した。途端、まばゆい光が弾け、それは獅子を象った白銀(しろがね)の籠手へと変貌した。

 突として投げ入れられた隠し球に、見守っていた生徒らの眼に騒然の色が灯った。

 そして絶望を思い出した。

 それこそがイルルミ・レナンを、彼らの記憶の内で悪鬼たらしめた、彼女の展開武装『サンゲイ』だった。

 竜子の名を冠すそれは、【威光(イコウ)】を持った強力な霊装。

 起動した貔貅(ヒキュウ)に対抗するには、同じ霊装を置いて外にない。

 レナンはこれを以て、決戦する。


「――――勝負っ!!」


 白銀の籠手は、解放された爆炎を一身に受けて赤熱し、()せる姿を閃光のように描き出す。

 燎祐の全神経が、レナンの爆発的な気の高まり、その変化を捉え、全開で危険信号を発した。

 しかし揺れない。一分(いちぶ)たりとも臆しない。

 翡緑の雷光を従え、限界以上の速力で、真っ向から突っ込んでいく。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 結末へ向かい、加速する燎祐とレナン。

 刹那が、高密度に圧縮され、向き合う瞳の中で、解像度を増す互いの形。大きく引き絞られていく腕骨(うでぼね)

 周りの世界が時を止めたように灰色に凍る中、二つの疾走が、一点に交わる。

 不要を捨て去り、互いに一擲(いってき)を投じる局面に、もはや駆け引きはない。

 そこに見せかけの武はなく、飾り立てる威もない。

 あるのは終始一貫、必要のみ。


 故に、()あるのみ――――――――――


「ハアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」

「ウラァァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 烈と気迫を(たけ)らせ、二人の拳が(さや)走った。

 紅蓮の閃火(せんか)翡緑(すいりょく)霹雷(へきらい)が、互いの武装を砕きながら、引き合うように激突した。

 直後、風の形が目に見えるほどの、激烈な力の波動が、全方位に向かって放たれた。

 衝突が生み出す力の奔流、そこから光が放たれ、二人を中心に繭状に広がっていく。

 その目映(まばゆ)くも、凜とした天陽(てんよう)の如き【威光(イコウ)】が、あらゆるものを呑み込んでいく。

 何もかもが真っ白に、一つに溶けていく。


「「――――――!!!」」


 全ての音が消え、見えているものは形を失った。

 永遠にも似たこの静寂(しじま)が、時にして一瞬であることを、まだ誰も知らない。

 意識を離れたこの瞬間を、まだ誰も理解していない。

 それは人が死の折に見る走馬灯のようでいて、変性意識が作り出す根源との一体感のようにも感じられた。

 拡張された感覚が、周りのもの全てを認識させ、意識が体の外へ、波紋のように広がっていくようであった。

 その不思議に誰しもが心を奪われている中、一際強い閃光が起きる。

 全ての意識が交差する一点に注がれる。


 その時、光の彼方で二つのものが左右に擦れ違った。

 それは互いの脇を擦り抜けていくようにも見えた。

 (しぼ)んでいく光の向こう、位置を入れ替え、拳を振り抜いたまま動かぬ二人。

 纏っていた武装は大部分が失われ、拳の先からは熱い血潮がしたたり落ちている。

 負圧によって、強い熱風が吹き付け、二人の後ろ髪を前へ飛ばした。


「…………」

「…………」


 レナンの姿勢がぐらりと崩れ、長い緑の黒髪が宙に流れた。

 それと同じくして、拳に引っ張られるように、燎祐の身体が前のめりに落ちていった。

 二人は、一つの音を、校庭の上に静かに響かせた。


 ズシャッ…………



 決着した。

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