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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
44/111

第一章40  『純粋言語』 ②

**2**


 意識がふわ(・・)ついている。

 綿になったみたいに、風に漂っているみたいに、ふわふわとしている。

 或いは、水面から顔だけを出して、ぷかぷかと浮かんでいるようでもある。


 なにがあったんだっけ


 見えているものは真っ白で、聞こえてくるモノはなにもない。

 俺の意識は静寂(しじま)の中にあった。


 なにが、あったんだっけ


 うまく思い出すことが出来ない。

 でも、この静かでふわっとしたものは覚えがある。

 確か昔、川で死にかけたとき、こんな風になったことがあった。


 まだ小さい時の話だ。

 小学校が夏休みに入った頃、俺は師匠と初めての修行に出た。

 場所は何処かの県境にある深い山間。当然のように開墾(かいこん)はされていない土地で、狐狸(こり)はあっても人は居ない、ついでに電気も水道もない、どこまでも辺鄙(へんぴ)を尽くしたところだった。


 修行の期間は二週間の予定で、最初の内こそ慣れない環境に戸惑ったものの、三日もすれば子供なりに(こな)れてきた。


 修行が折り返しに入った頃、俺は気を利かせたつもりで、ポリタンクを抱え一人で水汲みに出かけた。

 でも運悪く天候が崩れはじめた。

 俺は急いで川に向かって、それでポリタンクに水を吸わせていた。

 その時、水面が急に(かさ)を増した。

 増水だ。それと気づいたときには濁流に足を捕られて流されていた。


 頭の中が真っ白になった。

 焦燥に身が縮こまって、恐怖に心が凍えた。

 声も上げられなかった。

 水を吸った服の重みで、どんどんと身体が水中に沈んでいく。

 藻掻けども、蟻地獄に咥え込まれてしまったように浮き上がることが出来ず、時を置かずして、俺の体は奔流の中に呑み込まれて消えた。 


 流されていくうちに、上も下も分からなくなった。

 全部の音がくぐもって聞こえた。

 そのうちに息も続かなくなって、俺は喉の奥からゴボッと空気の塊を吐き出した。

 そこで俺の意識はぷちりと途絶えた。


 その時、今と同じように、真っ白のなかを揺蕩(たゆた)っていた。

 意識がだけが、この身体から、ふらりと彷徨い()でたように。


 どこなのだろうと思った。なぜなのだろうと思った。

 けれどなにひとつ分からなかった。

 記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったみたいに。

 だから俺は探すことにしたんだ。


 いったい何を――――


 分からない。

 あの日、俺は、ここでなにを探していたのだろう。

 思い出せない。

 真っ白な世界で、真っ白に溶けていくように、どれもみな忘却の彼方のように感じた。それでも確かにあの時、俺は何かを探していた。


 いったい何を――――


 分からない。

 思い出せ。

 思い出せ。

 思い出せ。

 思い出せるまで探せ。見つかったなら手繰れ。あったなら繋げ。

 遙か昔に沈んだ記憶を水底から掬い上げろ。 

 俺はイメージの中で強く念じる。

 しかし、スッと浮かんできたのは、あの日の記憶ではなく、鮮やかで激しい紅蓮の閃火と強い痛みの数々。

 そして最後は、大気を震わすほどの爆発だった。


 ギシリ、と意識の底が軋んだ気がした。

 すると涼やかだった俺の平静に、熱い風が吹き込んできて、ぴたりと停止していた感情が波の飛沫(しぶき)を上げた。

 

 その時、俺の世界がぐるんと回ったような感じがした。何故かは分からない。

 今度は程近くで肌に障るような声がした。しかし厚い壁に阻まれているように、音の輪郭がとても弱くて聞き取れず、ここまでは正しく響いてこない。

 けれどその声が、並々ならぬ喜色に溢れていることだけは、何となく分かった。

 俺は『その声』に共感を覚えることができなかった。


 結びついたのは全く正反対の感情だった。

 だから音色(それ)とは元から繋がっていない気がした。

 それは、さながらクレバスを挟んで向かい合うように断絶しているようなもので、決して越えられない対立のようにも思えた。


 それなのに『その声』の主は、クレバスを越えようとこちらの崖へと飛び移り、ひたりひたりと、這って上がってこようとしていた。そう感じた。


 この(おぞ)ましいものは、なんだ。


 それを想起せしめるあの声音(こわね)は、いったい何なんだ――――。

 得も言われぬ感覚に、息が詰まる思いがした。


 あの(おぞ)ましいものを、ここへ近づけてはいけない。

 何があっても、絶対に、それだけは許してはいけない――!!

 意識の中で本能が声を荒げた。


 その時、一つの記憶が、映像のように意識の中に流れ込んできた。

 

 「また会おう」そう言い残し、部室を出て行く紅蓮の少女。

 その途端、俺の目の前で力なく崩れていく小さな肢体。流れ落ちていく銀色の髪。

 咄嗟に受け止めた腕の中で、弱々しく閉じていくエメラルドの瞳。

 慰めようもないほどの苦しみを残し、意識を無くしてしまったまゆりの顔。


 その光景は、俺の感情をぐちゃぐちゃに掻き乱し、この身を切り裂くほどの悲痛を叫んだ。煩悶(はんもん)する胸苦しさが、渦巻き昇る黒煙のように激しい憤怒と変わっていく。


 ああ、そうだ。思い出した。

 やっと思い出した。

 あの日、俺が探していたのは理由だ。

 俺の存在理由だ。

 そんなの決まってる。

 一つだけだ。

 他の理由なんて、何一つない!


 火が、ついた。

 俺の中心に熱い火が灯った。それは灼熱に向かって温度を上げていく。

 真っ白の世界の底が赤く燃え上がり、赤と白の境界がもやもやとゆらめいた。

 まるで蒼い瞳の少女のように。


 あいつだ


 あいつがまゆりをっ!!


 俺の中で、理性の綱がブチブチと音を立てて切れ始めた。

 そして何かが割れたように崩れ去り、途端全身の血が逆流し、筋肉の内側で力が脈動した。


 その時、不思議な音色が俺の耳朶を撫でた。

 激しくも鮮やかな、それでいて優しさに溢れた、この胸を高鳴らせる音色が。


 瞬間、俺の意識はこの世に覚醒した。



**3**


 戦いの止んだ夕暮れの校庭に、少女の、形の無い声が、聖夜の鐘よりも高らかに燦然(さんぜん)と響いた。

 その音色は、少女の『心』そのものだった。

 形無き声に向かって沢山の顔が振り返った。

 その中心にあったのは、頬にいっぱいの朱を差した少女の必死の顔だった。

 宝石のように光る瞳を感情に潤ませながら、全身全霊の叫びを続けていた。


 少女を(わら)う者は一人として現れなかった。

 今にも泣き崩れてしまいそうな少女の姿と、耳に届くその心の声に、誰もが自分の胸を大きく揺り動かされるのを感じて、目の奥に熱いものが滾っていた。


「おいおい女の子に言わせすぎだろあの野郎。羨ましいってのー!」

「聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃった、もぉ、もぉっ!」

「こんなの聞かされたら嫌でもニヤけちまうって!」

「マジ乙女してるし。ほら包帯男、立ってやんなよ! 彼女の声、聞こえてんでしょ!!」

「そうだよ、立てよこのウラヤマ野郎! 立ってさっさと戦いやがれ!!」

「包帯男がんばれー!」 


 声を上げた生徒の皆は、口元はなんとか笑っているのに、目元はじんわりと熱く潤んでいた。

 そして一人の少女を中心にして起こった声援の輪は、たちまち生徒全体に波及し、鯨波(げいは)となって二人の決闘を包んだ。

 その中にあっても、少女はまだ叫び続けた。


 レナンは口角を片側だけ持ち上げて、ゆったり首だけ動かして周りを見回した。


「凄い声援じゃないか。まるで私が悪者みたいだ。それもそうか、『あの子』があんなコトを言ったあとだからね。けれど立ち上がれたところで、君に何が出来たものだろうね。もう私のモノに違いないのにさ」


 そう言ってレナンは燎祐を足蹴にした。彼の体は数歩先まで転がった。

 喚声(かんせい)の嵐が吹きすさぶ中、レナンは燎祐を上から眺めながら、揺るぎない自信を口にした。その蒼い瞳には一点の曇りもなく、後のことなど何一つも疑ってはいなかった。

 喩え、燎祐が息を吹き返して立ち向かってこようが、出た目が大きく覆ることはないと信じ切っていた。もはや変えられる未来などないと。既に定まっていると。


 傲慢といえばそうである。

 しかし、その感情を抱くに相応しい実力をレナンは手にしている。

 彼女の力の源泉たる経験と精神力は、八和六合(シオノクニ)という人外の土壌に仕上がった、十年にも及ぶ修練と戦いの日々に外ならない。

 そして、その揺るぎない強さと自信の根底に座すのは、ヒトであることを(なげう)ち、人外であることを選んだ、彼女の「人生との戦い」だ。

 簡単に打ち破れようはずもない。


 故に、彼女の下した評価は当然といえば当然だった。

 戦いだけに明け暮れ、どこまでも(あけ)に染まった彼女の、人生そのものを相手にしているのだから。


 従って、今この瞬間に、燎祐が意識を取り戻そうと、レナンは全く問題にしなかった。

 寧ろ悠然と構え、見下ろしていた。


「ふふん。期待しているよ」


 勝ちを確信したレナンにとっては、お楽しみが一つ増えたくらいの気分だった。

 それとは相反する大歓声が、校庭の中へ雨の如く投げ込まれた。

 その時、一人の少女の目から熱い涙がこぼれた。


 全ての視線を束ねた先、赤く染まった夕日を背に、ゆらりと立ち上がった燎祐が――――――――吠えた。


「うおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 全ての痛みを打ち払うように天に向かって咆哮を上げた。

 終わらない! まだ終われない! 終わるわけにはいかない!

 燎祐の鼓動が壊れるほど唸った。

 少女が叫んだ。

 その瞬間、燎祐の魂が打ち震えた。

 全身全霊が燃え上がった。

 空っぽだった空色の瞳には強い執念の炎が灯っていた。

 燎祐は、磁力に引かれるようにレナンへ向き直る。


「ふふふ。その悪足掻き、付き合ってやる」


 レナンは薄らと笑いを浮かべて、手を上から差し伸べるように燎祐へと向けた。その様は、雄牛の本能を煽り操る闘牛士のように、場の支配権を主張していた。

 ビュウと強い風が吹き、燎祐のほつれた包帯を風に旗のようなびいた。

 直後、一足とは思えぬ跳躍で、燎祐がレナンに肉薄した。


「るああああああああああああああああっ!!!」


「なあっ!?」


 引き絞った金色の拳が最短距離で吶喊(とっかん)する。

 虚を突かれ、受けに回ったレナンの腕がギシギシと変な音を立てた。

 燎祐はそのまま、ガードの上からレナンの体を弾き飛ばす。

 それは理性の制御を欠いた、精細さの欠片もない獰猛な一撃だった。


「ぐっ……馬鹿力め…………!!」


 強引に素っ飛ばされたされたレナンが、踵で地面を削り飛ばしながらブレーキをかける。その刹那、再び燎祐が急襲する。


「シュッ!!」


 腹に貯めた空気を使い切る勢いで、重厚な金色のラッシュが叩き込まれる。

 気迫が振り回す、あまりに無軌道な乱撃に、レナンの対応が徐々に遅れる。

 その隙を燎祐は見逃さず、渾身の一撃を放った。


「だああああああああああッ!!」


 レナンの脇腹に燎祐の拳が突き刺さる。


「ぅっ!!」


 しかしそれを突き放すようにレナンは距離を取る。


「ちぃっ、土壇場で勢いづいたか……!」


 しかし取ったばかりの距離をまたも埋められ、反撃の機会を見失う。

 レナンは燎祐の人間を捨てた動きに翻弄された。

 格闘として不正確でありながら、己の隙は見せず、こちらが晒した僅かな隙を確実に食らい付いてくる。それは鋭敏な野生の獣のような、理性と本能が闘争と一致した動きだった。

 そんな燎祐の攻撃が、カミソリのように肌を擦過するたび、レナンは熱を奪われるような錯覚に襲われた。


「……なんだ、この圧力(プレッシャー)は……!?」


 防戦を強いられながら、レナンは首筋にヒヤリとしたものを感じた。 

 そんなものは知らぬとばかりに、燎祐の攻撃はその速度を飛躍的に増していく。


「おらあああああああああああああ!!!」


 燎祐の拳がレナンの体に強引に捻り込まれる。


「う……っ!!」


 受け流しきれなかった今の一撃で、レナンの顔付きが明らかに変わった。

 レナンは脳裏を走り抜けた動揺を焼き払うように、纏う炎の勢いを急激に高めた。


「調子に、乗るなあッ!!」


 紅蓮の拳が顔面に叩き込まれる。

 直撃した燎祐の顔が大きく後ろへ吹っ飛ぶ。

 だが、驚きに眼を開いたのはレナンの方だった。

 燎祐はその状態から一歩も引かず、射殺す程の眼光で睨み返していた。


「耐えたのか……今のを……」


 レナンの時間が凍り付く。

 その一瞬を、燎祐の後ろ回し蹴りが打ち抜いた。


「ぐあっ!!」


 炸裂した蹴りがレナンの体を後方へカッ飛ばす。

 衝撃の瞬間、半ば忘我にあった彼女の意識は、しかし立ち所に我に返った。

 レナンは空中で猫のように身をくねらせて体を反転すると、膝を折り曲げて着地し、激しく土煙を巻き上げながら全力で急制動をかけた。

 そして、後退に止まらぬ勢いを振り切って、燎祐に向かって突撃した。


「やってくれたなぁぁああああああああああ!!!」


 レナンは口の端から煙のように荒声を噴き上げ、凄まじい気迫と共に拳を握った。

 迫る紅蓮に、燎祐も突っ込む。

 そして両者は、相手の攻撃を己が身へと引き込む。

 互いに捨て身の一撃だった。


「はああああああああああああ!!」

「うらあぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 拳と拳が火欠を散らして通り過ぎ、顔面を激しく打ち合った。

 耳を塞ぎたくなるような音を響かせ、二人の顔が横へ飛ぶ。

 しかし倒れない。腕を宙で交差させたまま、直撃した拳を頬に食い込ませながら、立っている。

 視線を激しく(もつ)れさせ、壮絶な我慢比べを演じている。


「グ……ぐぅ!!」

「んギぃ…………ぃ!!」


 燎祐もレナンも、負けてなるものかと、回らぬ首をギリギリと首を回す。

 自ら押し込んでいく拳で、頬の肉を歯で切ろうがお構いなしにだ。


「ぬぐぅッ!!!」

「んぎぎっ!!!」


 意地でも引かない二人。その口元からはいよいよ血の一滴が滑り落ち、赤い筋を引いた。

 その瞬間、止まっていた拳は発条(バネ)仕掛けのように引っ込み、代わりもう一方の拳が飛んできた。

 そして再び互いの顔面を深々と捉えた。


「「――――ッ!!」」


 激しい音を響かせ、二つの顔が同時に仰け反った。

 それでも二人は止まらない。


「「……まだまだあああああああああああ!!!」」


 声が重なり、石火の勢いで二つの形相が跳ね起きた。

 激しくかち合った額のその下では、視線がバチバチと火花を散らしていた。

 そして互いを突き飛ばすように距離を取り、口元の血を拭った。


「私は君を侮っていたようだ。しかし、私のモノになることに変わりはない!!」


「ぬかせっ!!!」


 地面を(エグ)る勢いで地を蹴り燎祐が宙を飛ぶ。レナンも応じて迎え撃つ。

 それを皮切りに、驟雨(しゅうう)の如く烈しい打ち合いが始まった。

 己の血潮を代償に、息をつく暇もない攻防が繰り広げられていく。

 四つの拳が縦横無尽に飛び交い、互いに触発されて一発毎に加速していく。

 その熱波と威力に煽られ、二人を中心に地面が捲れ上がっていく。

 紅蓮と(くがね)の描く軌跡は、さながら実体を得た如く宙に浮き上がり、沈んでいく太陽に()てられて、一層強く輝きを放っている。

 それを鼓舞するように、少女の叫びも観衆の声援も鳴り止まなかった。


「行けいけいけいけーーーっ!!」

「攻撃めっちゃ効いてるぞ!!」

「包帯人間ファイトー!! 去年の分もやっちゃってーっ!!」

「女の前で負けんじゃねーぞこらああ!!」


 言葉は違えど指し示しているものはみな同じだった。

 その声が果たして燎祐に届いていたかは分からない。

 けど一つだけ確かなことがあった。


「■■■■■■■!!」


 その音は、彼に(とど)いていた。

 それが燎祐の心に熱い炎を吹き込んでいた。


「っしゃああああああッッ!!」


 燎祐の強烈なフックがレナンの顎を明後日の方向へ跳ね上げた。

 すさかずもう一方の拳が食らいつき、無遠慮に真反対へカッ飛ばす。

 今度はレナンの浮いた頭に、押し込むように燎祐の回転蹴りがヒット。


「あ"――――――っ!!」


 呻吟(しんぎん)が零れ、レナンの体が蹴りの威力で大きく横へ流れる。

 重心が浮き上がり、完全に死に体となったところへ、燎祐が猛烈な体当たり――靠撃(こうげき)を放った。

 体のど真ん中に炸裂した靠撃(こうげき)に、レナンの体がくの字に深く折れ曲がる。


「か…………はっ――――――――!!」


 さながら衝突事故のようにレナンが吹っ飛ぶ。

 そこへ目一杯に拳を引き絞った燎祐の陰が迫った。


「これでトドメだあああああああッッ!!!」


 肉の中で(たわ)められた力を解き放ち、燎祐の拳がレナンを捉えた。

 しかし、その瞬間――――

 宙を泳いでいたレナンの姿が掻っ消え、燎祐の拳が鋭く空を切った。

 擦り抜けた風圧でブワッと土煙が立った。


「――――!?」


 瞠目する燎祐。

 鋭い緊張が電流のように体に走る。


「下だッ!!」


 声の方向へ視線を振り回したとき、片腕で倒立をし、脚を限界まで折り畳んでいるレナンの姿が目に入った。

 直後、放たれた矢の如く、レナンの脚が空に疾った。それは、中国武術の穿弓腿(せんきゅうたい)という技とよく似ていた。

 真下から放たれた予測不能の蹴撃(しゅうげき)は、滞空していた燎祐の真芯を捉え、後方へ大きく弾き飛ばした。


「なっ…………蹴り、技……だと…………!?」


 驚愕に顔を歪めたまま、地面に吸い込まれるように落ちていく燎祐。受け身も忘れ、背を打ち付けて、肺の空気をごっそりと吐き出した。

 それと入れ替わるように、レナンが姿勢を戻して、ゆるりと立ち上がった。


「君は強い。悪いが足を使わせて貰う」

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