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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
41/111

第一章37  『侃々諤々たる焔』 ①

**1**


 青と蒼の瞳が向かい合い、今まさに決戦の火蓋が切られようとしている。

 二人は言葉もなく、前駆する視線と気迫だけが、虚空の中でぶつかり合っていた。

 そして互いに弦を引き絞るが如く、己の内にしなやかに力をたわめて、その強靱な弾性が解放される瞬間を待っていた。


 その時、校内のスピーカーからジジジっとホワイトノイズが鳴った。

 そこから相羽のアナウンスが通るまでに、三拍ほどの間があった。


『…………これより脱落者の回収を行う。決闘は小休止を挟んだ後、改めて開始する以上だ』


 珍しく淡々とした口調で、この後の進行を通告した。

 それに先立って、回収担当たちが校庭の隅に整列を始める。

 見れば搬送用の担架やストレッチャーの準備までしてあった。

 

「あいつらが作業し始めたら当分は中断だな。少し場所を移すか?」


 燎祐が視線を絡めたまま問う。

 ここで水を差されるのは彼の望むところではなかった。

 それはレナンも同じこと。けれど、持っている考えは違っていた。


「それこそ些事だ。捨て置けばいいさ」


「押っ始めるにしたって、間違っても踏んづけるわけにはいかないだろ。そういうの、俺は御免だぞ」


「なるほど。だったら、こうすればいいのかい」


 レナンは、大火を噴き上げる拳を身が反り返るほど引き絞った。

 それが地面を穿った瞬間、体が跳ね上がるほどの衝撃が起こった。

 まさかと思った直後、立ちのぼった土煙の中に凄まじい熱風が疾り、数十発の打撃音が響いた。

 それはレナンによる強制退場の執行だった。


「なっ――――」


 燎祐の驚きの声もつかの間、打ち上げられた脱落者たちは、燃え尽きる流星のように場外へと流れていった。

 身を打ち付ける重たい音が続き、その付近から呻きや叫び、或いは悲鳴がさながら火の手のように上がった。校庭は軽いパニック状態に陥った。

 惨憺(さんたん)とした光景に、燎祐が目を見開かれていると、凜とした声が後ろから聞こえてきた。

 

「地ならしが済んだよ。これで気兼ねなくやれるだろう」


 振り返った燎祐の額には、青く太く筋が浮かんでいた。

 身体の芯から湧き出る激情の波動が、まるで持て余したように肌へと伝い出している。

 彼は許せなかった。レナンの他人(ひと)を何とも思わないその所業を、配慮のない行いを。同じ人間として見過ごすことは絶対に出来なかった。

 その怒りが、彼の中で熱気を帯びたパワーとなって、強烈にたわんでいく。


「ああ……、存分にやれるな」


 標的を睨む空色の瞳が、ぐらぐらと燃えている。

 レナンの蒼い目が挑発的に見返す。

 二人は構えらしい構えを作らず、ただ視線をぶつけ合った。

 そして高まっていく緊張が限界に達した時、レナンの自信の程が声となって響いた。


「ふふん。来い」


 瞬間、爆発的な勢いで地を駆け、燎祐がレナンに躍りかかった。

 その目は明らかに冷静さを欠いていた。

 しかし、放たれた左右の拳は一切の無駄なく、異様なまでの正確さで標的(レナン)に疾った。


「シュッ!」


 レナンは、その連打を僅かな動きで(かわ)した。

 空を切った拳から強烈な風圧が放たれ、緑の黒髪がふわりと持ち上がった。


「いい突きだ」


 レナンは鮮やかな笑みを浮かべた。

 途端、その姿が陽炎となって目の前から消えた。

 だが、研ぎ澄まされた全神経が、その位置を即座に補足した。


「後ろかっ!!」


 空色の瞳を唸らせ、振り向きざまに右拳を打ち込む。

 轟然と空を突っ切る拳は、丁度、反対から向かってきたもう一つの拳と正面衝突を起こした。

 ビリビリとした衝撃が一気に腕を駆け上がり、足先まで響いた。

 拳の先には、目を丸くしたレナンの顔があった。その表情は直ぐに(よろこ)びへと置換され丸く歪んでいく。


「ふふふ、私の初太刀を捌いたのも、たまさかではなかったわけだ」


「鬼を相手に、くたばるほど鍛えてきたんでなっ!! つーかお前、そんなに殴り合いが楽しい!」


「楽しいとも。ヒトに捨てられた私が、この時だけは、誰かの中で一番に存在している。これほど愉快なことがあるかい」


 凶相としか言い様がない歪な笑みを浮かべ、拳を押しつけるように、腕に力を込めていくレナン。燎祐も食い下がり、全身に力をこめた。

 互いに引かぬ()し合いからは、今にも、空気を通して骨の軋みが伝わってきそうだった。


「誰も私を無視できない。だから戦うことが好きなのさ、私は」


 レナンは、突っ張っていた拳をシュッと引き戻すと同時、既に装填されていた反対の拳で仕掛ける。燎祐も全く同じ反応だった。

 金色と紅蓮の光条が、互いに吸い付くように激突。

 その余波で二人の足場が、ズンッ、と陥没し、それを中心に地面が捲れ上がった。


「そんな理由でっ……! 戦えりゃあ何でもいいってのかよ、お前はっ!」


 拳を突き合わせたまま燎祐が声を荒げた。

 見返すレナンは、そんな批判はどこ吹く風といった様子で応える。


「何でもいいわけじゃない。戦いは、量よりも質だよ。数があったところで退屈なだけさ。故に私は、自分にとっての伴侶とでも言うべき最良の手合いを、ずっと探していたんだ。それが君だ」


 まるで開き直った態度に、燎祐の目にも強い険が宿る。

 それを見たレナンは水を得た魚のように、快調に語った。


「しかしあの日、部室に行って直ぐに分かったよ。私が君と本気で愉しもうとすれば、必ずブチ壊しに来る。君と真剣に向き合うには、あの子は邪魔だとね。そこで、どうやって邪魔者を排除して、私だけを見てくれるように、君を焚き付けたものかと考えたんだ」


 息抜きに煙草を(くゆ)らしているような物言いだった。

 そこには、ただ暇つぶしをしているような、ただそれだけの小さな感情しかないように思われた。

 燎祐の顔に愕然とした色が浮かび上がる。


「…………それじゃ、まさか」


「そこで私は、手っ取り早く、君とあの子を引き剥がすことにした。『雪白の誓約』を使ってね。すると磐石(ばんじゃく)だった君たちの関係はどうなる? 甘えん坊のあの子は悲鳴を上げ、君は本気になる。あとは、弱点を突きつけてあの子を追い込んでやればいい。君は嫌でも私を見ざるを得ない。実際、効果は劇的だったろう?」


 己の企みを語ったレナンはニイっと(わら)った。

 一方的な都合だった。脱落者の扱いも、まゆりにしたことも、全部が単なる自己満足のためだった。

 言うなればそれは、対局盤の上で我が儘な一人遊びをしているのと、何も変わらなかった。方法はともかく、目的があまりに幼稚だった。


「それだけのために……。それだけのために、まゆりを傷つけたのかお前はっ」


「私と君のためさ。それくらい些事だろう」


 詫びの一つもなく、清々しいほどにバッサリと切り捨てた。

 燎祐はいよいよ、自分の中で何かがひび割れる音を聞いた。

 瞬間、怒りに理性が弾け、握っている拳が潰れてしまいそうなほどの力が、腕の中に流れ込んだ。


「か…………ものか…………些事なものかああああああああ――――ッッ!」


 燎祐は、奮える叫びを上げ、全力で拳を振り抜いた。

 力任せに押し飛ばされたレナンは、その勢いに乗って左後方に距離を取り、直ぐに構えを作った。

 直後、その双眸に、反撃も厭わず突っ込んでくる、(たけ)る獣の姿が映り込んだ。


「ざけんなあああああああああああああ!!!」


 詰めた間合いの中で更に加速し、金色の拳が躍りかかった。

 勢いに乗ったその鋭い一撃を、レナンは無造作とも思える動きで、あっさりと弾いた。


「ふざけてなどいないさ。私は君を頂くよ。これは本気だ」


 尚も燎祐は止まらず、左右の拳を機関銃のように連続して飛ばす。

 レナンは、その全てを捌ききり、両腕を跳ね上げさせる。そしてがら空きになった胸に、掌撃(しょうげき)を叩き込んだ。

 ところが、ヒットの寸前に燎祐の上体が急激に反れ、突として標的を見失った。

 空を穿った掌撃が、燎祐の前髪を揺らす。


「!!」


 見下ろす蒼い瞳と目と視線が重なった。

 途端、彼の中で、またあの音がした。

 それは瞬時に攻撃命令となって駆け巡り、仰け反る身体を、トリガーを引かれた撃鉄の如く跳ね起こさせて、強烈な頭突きへと変えた。

 その攻撃を、レナンは咄嗟に身を引いて躱すも、拳を携えた燎祐が直ぐに猛追する。


「おおおおおおおおッッ!!」


「ふふ。いま君の瞳には私だけがいる。私だけを見ている」


 レナンは燎祐の気迫から乱打を予想し、脚を浅めのスタンスに取って、追い迫る金色の迎撃態勢に入った。

 読み通り、怒れる拳が五月雨(さみだれ)のように飛来。同じくレナンも打ち返した。

 二人は素早く位置を入れ替えながら、拳の応酬を重ねる。


「いま、君の中にいるのは私だけ。私だけが君の中に存在しているんだ。ああ、たまらないよ」


 攻防の最中、レナンは柔らかに唇を開いて、はあ、と喜色に昂ぶった婀娜(あだ)っぽい息をついた。戦いそのものが、まるで肌を重ねる行為と同じように。

 直後その顔が右へ捻れ飛んだ。

 (くがね)の金属光がその先へ向かって光芒を引いていた。

 そこへもう一つの(くがね)が追いつき、レナンの顔を左へ飛ばす。


「ぁっ……!」


 更に回し蹴りで追い打つも、しかし紅蓮に燃える拳が燎祐の顎を正面から捕らえた。


「ぐう……っ!」

「があっ!!」


 盛大な相打ちとなり、地面を削り飛ばしながら大きく後退する二つの影。

 立て直すと同時、燎祐は首の位置を確かめるように、頭を軽く左右に振ってバキっと鳴らした。

 レナンは口元の血を右手の甲で拭いつつ、蹴りの刺さった脇腹を軽く撫でた。


「君の精強さは、まるで鬼そのものだね。今は少し、包帯の下が見てみたい」


 その視線の方向に、はらりと落ちるものがあった。

 包帯だった。

 燎祐の顔を覆う包帯が、顎先の処だけ剥がれていた。

 そこから覗けた燎祐の肌に、(アザ)のような赤黒い線が浮いているのが見えていた。

 レナンは心当たりがあるらしく、目を(すが)めた。


「鬼に拝師(はいし)して、人外になったのかい」


「間違ってなけりゃ今は単なる人間だ。人外(そっち)はもう辞めたんでな」


 言葉の端々に燎祐は闘気を滲ませた。その視線は射殺すほどに鋭かった。

 レナンの顔には、もう笑いの色はなかった。

 互いに出方を伺うように静かに身構える。

 高まる緊張の圧が、二人を外界から切り離していく。


「転化の術は、必ず、一度死ぬところから始まる。その成功率は存在の力の比例して下がる。肉体の再構築が困難なためにね」


 舟山が一言も話さなかった真実を、レナンは(つまび)らかに語った。


「君の場合、転化の可能性は殆ど無かったはずさ。なのに、そうまでして、何故だい」


「決まってんだろう!! お前をぶっ飛ばして、まゆりと結婚するためだッ!!」


 怒りに燃える空色の瞳が、レナンを鋭く射貫く。


「君は()かせてくれる。ならば私のために、あの子を忘れてもらうよ」


「出来ない相談だ!!」


「どうかなっ」


 レナンが一瞬で距離を詰めたと同時、燎祐は左に跳躍して紅蓮の一閃を躱した。

 直後、大砲をぶっ放したような衝撃が空気を殴りつけた。その拳圧は空気砲となって疾走し、直線上にいた生徒を吹っ飛ばし、瀑布(ばくふ)のように土煙を立てた。


「次は、当たる(・・・)よ」


 レナンは不思議なことを呟きながら、恐るべき早さで鋭角に身を切り返し、迫撃。

 燎祐は咄嗟に腕を折り畳み籠手で守りを固めた。

 直後、猛火を上げる拳が爆音を響かせ着弾。ゴォッと火欠(かへん)が噴き上がった。

 それを辛くも耐え忍ぶも、骨に届く重い痛みに顔が歪む。


「ぐ……籠手の上からだぞ……なんて威力してやがるっ!!」


「次も、当たる」


 レナンは、僅かに後退した燎祐の籠手を再び拳で捉えるや、手形(しゅけい)(しょう)に変化させ、その状態から発勁(はっけい)した。

 閉鎖距離から放たれた身を貫く衝撃に、燎祐は矢庭にバランスを失い、受け身もままならず背中から倒れた。


「――――ッッ!!」


 痛みを訴えたのは、打ち付けた背ではなく、打たれた腕の方だった。

 だが苦悶を浮かべている暇はない。直ぐに紅蓮を背負った影が迫る。

 燎祐は素早く身を転がした直後、燃えさかる拳が散弾のように飛んできた。

 それを躱しつつ、何とか勢いを付けて後方に距離を取るも、レナンが猛チャージをかけ、立ち所に間合いが詰まる。

 燎祐は、懐に入れさせまいと、牽制の後ろ回し蹴りを左脚で放つ。しかし見透かしていたレナンに肩でブロックされ、脚を掴まれる。


「ふふん、甘すぎてとろけそうだ」


 掴まれた左脚は、そのままレナンの脇にガッチリと挟み込まれた。

 刹那、燎祐は右足で踏み切ると同時、捕まれた脚を軸に勢いよく身を捻って、延髄蹴りに繋いだ。

 察知したレナンは、即座に脚を放し、サッと身を屈めて燎祐の蹴撃をくぐり抜けた。

 猛烈な風圧が疾走していった先で、燎祐が着地。更にその向こうでは、観戦中の生徒が風に巻かれ吹っ飛んでいた。

 油断ならない切り返し技を警戒して、レナンが大きく距離を取った。

 一拍後、カーテンのように立ちのぼった土煙を、横に薙いだ手で打ち払い、燎祐が姿を現す。


「これでも甘いかよ」


「甘美には違いないさ」


 レナンの長い緑の黒髪が、一瞬吹き付けた強い風に揺れた。

 互いの視線は、躊躇いなく相手の相貌に差し込まれる。

 その傍ら、中距離が戦闘の基本となっている魔法の時代、閉じた距離で拳を交えあうその異常な戦闘に、生徒の誰もが動揺していた。

 そして、その戦闘が、自らの魔法のレベルを遙かに凌駕していることに我が目を疑っていた。


「どんな魔法つかってんだよあれ…………?!」

「上級補助魔法(エンハンス)かけてるんだよな? そうだよな?」

「てかイルルミとやってる包帯(マミー)が同じ一年って、マジ……?」


 驚きの核となる内容は様々だった。

 他方、昨年のレナンを知る在校生らは、この戦いの中に一つだけ違和感を覚えていた。


「なあイルルミが全校生徒と()った時って、今と同じ感じだったか?」

「相変わらず大人しいって感じはしないが、何か足りない気がするんだよな……」

「ま、見てりゃそのうち思い出すだろ」


 あたかも、その声が漏れ聞こえていたかのように、レナンの口元が僅かに緩んだ。

 その変化を見取って、燎祐は直感的に警戒の色を強めた。


 赤焼けた空の下、二つの影が同時に動いた――――。

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