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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章36  『決闘の幕開け』 ②

**4**


 相羽のゴングから僅か数秒後、全ての補助魔導機(デバイス)が戦いの口火を切った。

 一点に収束していく砲火は、その大半がファイアボールであるにも拘らず、オリエンテーションの時とは異なり、魔法の弾頭はとてもカラフルだった。

 それを目にした生徒たちは、我が身に起きたことのようにどよめいた。


「げっ、色付きの魔法じゃんかあれ!! しかも、あんなにいるのかよ!!」

「色付きなんて貰ったら一溜まりも無いぞ!!」」


 彼らが色付きと呼んだそれは、魔力色による変化だった。

 通常「魔力」というのは無色透明だが、個人の力が強くなるにつれ、段々と固有の色味を持つようになる。この段階に至れるのは十人に一人と言われている。

 とどのつまりが、今日の参戦者たちは凡庸(ぼんよう)ではない、ということだ。

 しかし燎祐は特段慌てもせず、ゆったりと自然体に構えていた。

 たとえ相手が何だろうと、自分に出来ることは一つしかないからだ。

 燎祐は、自分に向かい真っ直ぐに伸びてくる砲火に対し、無造作に左手を突き出した。


「よしっ、先ずは片っ端からぶっ飛ばすか」


 ほぼ棒立ちのまま左手を振るう。

 金色の軌跡が、さながらシールドのように宙に浮かんだとき、迫る四十もの魔法はいとも容易く撃墜されていた。

 それらの魔法はただの一つも炸裂することなく、落ちきる前に消滅した。

 参戦者らは一様に瞠目した。


「う、嘘だ……!? 魔法を……殴って破壊した…………?!」


 皆、理解が追いつかず狼狽(うろた)えた。同じ動揺が観戦中の生徒にも広がった。

 その一方、レナンは未だ瞑目していた。彼女からすれば、その程度は驚嘆に値しないらしい。


「畜生ッ!! こんなヤツが相手だなんて聞いてないぞ!! 俺は降――」


 己の憤懣(ふんまん)を伝えんとした声は、そこで(うめ)きに変わって地に転がり、その口が言葉の続きを吐くことはなかった。

 いつの間にか近づいていた燎祐に、横合いから殴られていたのである。


「降りるならそこで寝とけって」


 サクッと一人片付け、次のターゲットへと悠々と歩いていく。

 完全に虚を突かれた参戦者たちは、一気に腰が引けてしまった。


「は、早いっ……早すぎるっ!」


「えっ、何が?」


 彼らの驚嘆に反し、それが今ひとつピンと来ない様子の燎祐。

 とりあえずやることはやってしまおうと、棒立ちの状態の参戦者を、気の毒なほど小気味よい打撃音を奏でながら次々に(ほふ)った。

 半ば錯乱して燎祐に飛びかかった者は、次の瞬間には大の字で寝ていた。

 気がつけば、参戦者の三分の二以上が為す術もなく昏倒させられ、残っているのはあと十人。


「どうした魔法がお留守だぞ?」


 燎祐は拍子抜けしたとばかりに、包帯の上から頭を掻いた。

 絶対有利を信じて疑わなかった参戦者は、その態度に焚き付けられて、急場の連携を図る。


「~~~っ!! おい野郎に、ありったけをぶっ込むぞ!! 俺に続け」

「了解っ!!」

「まかせろ!!」


 生存中の参戦者に謎の団結が生まれた。

 一人が「せーの!」と音頭を取り、それに合わせ、残る九人が魔力全開の一撃を放った。

 何本もの魔法の光条が、まるで螺旋を描くように中心の一本へと収束。そして戦隊モノのフィニッシュ技みたいに、不思議な光沢を瞬かせながら燎祐に向かって加速した。

 参戦者たちが補助魔導機(デバイス)を握る手に力を込め、吠え声を上げた。


「「「「いっけえええええ!!!」」」」


 だがその願いも空しく、起死回生と思われた彼らの合体魔法は、燎祐の軽い一振りであっさりと打ち返されてしまった。

 更に不運なことに、コントロールを完全に失った合体魔法はあろうことか味方に炸裂し、一度に四名が脱落した。

 僅かに残った参戦者の口から漏れる声は、殆ど悲鳴に近かった。


「な……な、なんでだよ……なんで素手が魔法に勝てるんだよ…………」


 興奮に満ちていた場の空気が騒然としたものに変わる。

 誰の目からしても、四十人を相手に一方的に立ち回る燎祐は異質だった。

 が、そんな周囲の驚きの(まなこ)を置き去りにして、燎祐は残りの参戦者を殴り倒していく。そして彼の拳が最後の一人をゴツンとやると、校庭は水を打ったような静寂に包まれた。

 皆、言葉を失って固まった。

 たった一人が、僅か数分で四十人を片付けたのだから無理もない。


「やっぱり人外の時と力の具合が同じだよなあ。俺、本当に人間に戻ったのか……?」


 未だ理由を知らない燎祐は、不思議そうに体の調子を確認していた。

 そんな折、スピーカーからホワイトノイズがジジジと鳴り出した。

 相羽が前哨戦の終わりを告げるのだろう。

 しかしその瞬間、一条の赤い閃光が燎祐に向かって走った。

 直後、耳をつんざく破裂音が大音響で弾け、突風と共に猛烈な土煙が舞った。

 烈しい風圧を纏ったそれは、火がついたレナンの拳だった。

 燎祐の右手がその一撃を中心に握っている。


「おいおい参考提示の時より早いじゃないか」


「たまらないよ。君がこんなに強くなっているなんて」


 見開かれたレナンの両眼が不思議な熱を帯びていた。

 その下で薄らと開いた唇からは、赤い舌先が覗き、蠱惑的に上唇を舐め上げていた。それはさながら獲物を見つけた蟒蛇(うわばみ)だった。


「たった七日がどうして君をそこまで変えてしまえたのだろう。興味深いよ、とても。考えただけで(へそ)の下が(うず)いてならない」


 どこかうっとりとした声が脳を犯すように流れ込んでくる。

 本当に戦いに臨む者が発する声なのかと、燎祐は真意を測りかねて目を(すが)めた。

 それに反応して、レナンは内側から染み出た喜色を凜とした表情の後ろに閉じ込めた。

 潮目が変わったと察して燎祐が右手を離した直後、レナンは十歩ほど下がったところまで後退していた。その瞬足に、ヒュウと口笛を吹き称賛を送る。


「すげえ、また一段速くなった」


「ふふ、しっかり()えているね。そうでなくては待った甲斐がないっ」


 呼気を吐くと同時、レナンは己の内から生ずる紅蓮の炎を、闘気のように全身に纏わせた。

 そして半歩前に出て半身になりながら、手を上から差し伸べるようにして燎祐へと向ける。蒼い瞳に映り込んだ炎がゆらりと光る。


「さあ始めよう。私たちの決闘を」





**5**


 小さな少女が息を弾ませ大通りを突っ切っていく。

 よほどの大事とあってか、肩を切る風に煽られて、銀色の髪が始終持ち上がりっぱなしでいる。

 少女はエメラルドの瞳をいっぱいに見開いて、前だけを向いて、とにかく一生懸命だった。


「何があっても……、私は、ずっとあなたの私だもの……!」


 その懸命さが向けられているのは他でもない、少女が一番に想っている一人の少年にだ。

 少年は今日、とんでもないモノを賭けた果たし合いを学校でする。

 だからこそ少女は急ぐのだ。間に合って欲しいのだ。


「待ってて(りょう)、絶対に……絶対に行くからっ」


 まゆりは駆けた。脇目も振らず我武者羅に。

 それでも決して早いと言い切れない速度だった。

 いくら補助魔法(エンハンス)の効能があるとはいえ、まゆりの身体能力は見た目通りに低い。

 よって、魔法の効能は大した倍率にはなっておらず、これでようやく平均以下の同世代よりかは少しマシなくらいだった。そのことを今になって恨めしく思った。


「せめて、もうちょっと上の魔法が使えればいいんですけどっ……」


 もちろん、それ以上の効果倍率を持つ魔法は幾らでも使用できる。

 しかし今は使えない。理由は一つ、国魔連による魔法の使用制限があるからだ。

 魔法の許可証(ライセンス)を取得していても、まゆりは元の力が強すぎるが故に、単独で行動している場合、公の場では人命の危機や交戦という条件がない限り、使える魔法を著しく制限されている。

 本当なら簡単に出来ることなのに、それが適わない不条理が悔しかった。

 どうしようもなく歯痒かった。

 まゆりは指先に灯る翡緑の光を握りつぶして、唇を引き結んで走った。


 とは言え、その手綱は自分が握っている。禁を破るのは容易い。その気があれば今すぐにだって出来る。

 けれど、そうはしない。露見すれば、国魔連の施設に軟禁されるからだ。

 まゆりは過去に一度それを経験をしたことがある。


 僅か三日間のことだったが、それはまゆりにとって想像を絶するほどの地獄だった。


 ホテルのツインルーム程度の部屋に一人だけ入れられ、以降は軟禁が解けるまで、外部との接触は(おろ)か一切の外出を許して貰えない。

 扉の外には監視員が二十四時間体制で張り付き、食事は時間になると勝手に運ばれてくる。その時、担当者や係員に話しかけても誰も返事をしてくれない。

 国魔連の軟禁は、生きる環境以外は何も与えない。

 見えないリードで繋ぎ止め、餌を与え、閉じ込めておくことだけに先鋭化した懲罰のシステムなのだ。

 その扱いは、人というよりもそういう「モノ」と見做されているに違いなく、いつかの自分を追体験しているようで、まゆりには耐えがたい苦痛だった。


 以来、まゆりは露見を恐れ、一度も制限を破ったことはない。

 燎祐から離れること以上に、二度とあそこへ行きたくないからだ。


 そのため、何としても今の補助魔法で切り抜けるしかないのだが、どうやら切り抜けられそうにない障害に出会ってしまったらしかった。

 というのも家を出てから約一時間。未だ学校に到着せず、まゆりは走り続けている。

 要するに、迷子になってしまったのだ。


「どこなのここおおおおお!? 全っ然知らない場所なんですけどおおおお?!」


 己の嘆きを天に向かって叫んだ。

 何を隠そう、まゆりは、方向感覚が極めて残念な子なのだ。

 勢いで家を飛び出したまでは良かったが、実は自分の学校が何処にあるのか分かっていなかった。

 そもそもまゆりの通学と言えば、朝はいつも燎祐におぶられて寝ているし、帰り道に関しては彼のことしか見ていないので、道を記憶するしない以前の問題だった。

 要するにこの少女、こと移動については少年に任せっきりの頼りっきりだったのである。

 事実、燎祐に手を引いてもらわないと近所のコンビニにだって行けない。

 なるほど、燎祐に大事にされ過ぎている弊害だった。その依存のツケが、ここぞとばかりに大爆発していた。


「私のばかぁー! なんで道覚えてないのぉー!」


 自分で自分に憤慨して、ポカポカと頭を叩いた。

 こんなでも、まゆりには(ほぞ)を噛む思いだった。

 以前、封鎖区画まで燎祐を追いかけたときは、こっそり魔力で紐を付けていたため追跡できたが、今回はまったく当てがない。

 よって自力でなんとかする外なかった。


「こんなところで迷ってる場合じゃないの!! ほんとに急がないとっ!」

 

 まゆりは大きな通りを抜けて、細い道を突き進む。

 道を知らないので本当に全部当てずっぽうだった。

 途中、赤信号の下でキョロキョロしながら周りを観察した。

 けれど、ここが何処なのか見当も付かなかった。道路標識を見ても、曲がり角の地図を見ても、ちんぷんかんぷんだった。


「こんな遠いはずないのに……。何処なの……ここ……」


 自分の不甲斐なさを、その悔しさを堪えて唇をぎゅっと噛む少女の目元には、今にも涙のしずくが浮かんできそうな気配があった。

 けれど、もう一滴も零すまいと、エメラルドの瞳に意志の力がこもる。

 自分に泣いている暇はない。そう決意して家を飛び出したのだから。

 まゆりは再び前を向く。その足がどこに向いているかも分からず、ただ前だけを見る。

 間違っていてもいい。そう言った母の言葉を胸の中に思い出して、道を探す。


 そのうちに、県境にかかる大橋の下に出た。

 橋脚を囲うように出来たロータリー状の通りは、そこが陸地の行き止まり故か、橋の上を行くものはあっても、下を行くものはいなかった。

 そんな場所で、ぽつんと一人、しきりに辺りを見回して学校へのヒントを探したが徒労に終わった。


「うぅ……見覚えないかも……」


 がっくりと項垂れ、また当て所なく彷徨い始めんとした。

 その時、突然、車高の低い深紅のスポーツカーが、軽快なエンジン音を唸らせて突っ込んできた。

 驚きに呑まれた直後、車は華麗に半弧を描いてまゆりの前にピタリと停車した。

 いったい何事かと思って身構えていると、運転席のドアが翼のように上に開いた。

 シートベルトを外し降りてきたのは、眼鏡を掛けた黒髪の女性だった。そのプロポーションは、目に入れた途端「綺麗」と喉が唸ってしまうほど、完璧なまでに整っていた。それこそ、女子の目からしても、羨望を抱かずにはいられないくらいに。

 そんなお人がまゆりの前に出て、目の高さをひょいと合わせてきた。


「あはーっ、とびきり可愛い子を見つけたと思ったら、やっぱりまゆりちゃんだったーっ! はぁ~、いつ見ても触りたくなる可愛さしちゃって、このお~っ」


 言うが早いか眼鏡の女性は、大好物のように目の前の銀髪をよしよしと撫で始めた。

 一方、思わぬ人物のぶっ飛んだ登場に、まゆりは面食らった。


「え、えっと、メイさん?!」


 その反応に嬉しそうに笑顔を返しながら、メイは何の断りもなく、怪しい手つきでまゆりの体のあちこちに触れていく。

 まゆりは抵抗せず、けれど指の動きに体がピクンピクンと跳ねて、その度に小さな口から桃色の吐息をこぼした。

 それにしても一体何をしたのか、メイが「ごちそうさまでしたっ」と手を離すと、あちこちハネていたまゆりの髪や、走ってる間に折り目が付いていた制服が綺麗に整っていた。

 こうなることを知っていたまゆりは、為されるがままだったが、改めてその技に感嘆の言葉を漏らした。


「メイさんのそれ、ほんと手品みたいなんですけど」


「うふふ、極めると可愛い子に触り放題になるのよ、いいでしょ?」


 別の生き物のように、わきわきと指を蠢かすメイ。

 どこまでが本気か図りかねてまゆりがポカンとしていると、メイは口に手をやってクスクスと笑った。

 そんな全く掴み所のない彼女の正体は、近所に住む著名な服飾デザイナー。

 五年ほど前、メイが引っ越し蕎麦を持って訪ねてきたことで知り合ったのだが――――その際、まゆりの容姿に一目惚れしたメイに死ぬほど頼み込まれて、彼女の専属モデルを引き受ける運びとなった。

 それからというもの、まゆりの着衣は全てメイのお手製になった。勿論制服もそう。

 ちなみに二人は、近々夏服の打ち合わせをする予定だった。


「まゆりちゃんが外で一人なんて珍しいね。どこに行くの?」

「が、学校に行く途中なんですけど……」

「学校って東烽(とうほう)だよね。あっ、課外実習の帰り?」


「家から来ました……」


 言葉の意味を理解した途端「そうかー……」としかいえない沈黙がメイの上に落ちた。

 そうなるのも無理からぬ話で、まゆりの方向が見当外れどころではなかったのだ。

 距離で言えば十キロ近くズレている。


(あー、そういえば三軒先からは一人で行けないって、燎祐くん言ってたっけ……)


 嘘にしか聞こえなかった話が、まさか実話だったと思い知らされて、メイは苦笑を浮かべた。

 けれど、まゆりの原動力が分からないメイでもない。この大層な迷子は、(ひとえ)に一番大事な彼の為なのだと察して、困り顔の少女に助け船を出してあげた。


「それだったら私が送っていくよ? 車なら十分くらいだし」


 その答えに、まゆりは小さく首を振った。


「ありがとうメイさん。でも、ごめんなさい。車輌での移動を国魔連に制限されているの。私を乗せたらメイさんに迷惑が掛かっちゃうの。だから自分の足で行きます」


 自分の意志を確かめるように、まゆりは胸の前で力強く両手を握った。

 生活に制限があると何とはなしに聞いていたが、そこまでとは知らなかったメイは、重たそうに頭を下げた。


「あぁ……そうなんだ。ところで学校の方向は分かるの?」


 足で行くと言っている以上、それが分かっていないとお話にならない。

 だが、現状を鑑みるに既にお話になっていない。

 そんな残念すぎる方向感覚の持ち主に、敢えて場所とか距離と言わなかったのはメイなりの優しさか。

 しかしその問いに対し、まゆりは、ふわりと左手側を指さした。


「あっちです」

「大雑把ね」


 メイの鋭利なツッコミにも関わらず、まゆりはその方向だと信じて疑わない。

 これは本気(マジ)でヤベーと悟ったメイは、(おもむろ)にまゆりの腰に両手を差し込んだ。そして小さな体を、ぐるりと一八〇度ほど回転させ、正しい方角に修正した。


「まゆりちゃんが行きたい方向はこっちよ」


 あれ?、という顔でその方向を見つめるエメラルドの瞳。

 目をぱちくりとさせて、ふわりと小首をかしげる。

 それもそのはず。ついさっき通ってきた道を向いているのである。

 もの言いたげに振り返るまゆりに、メイはカーナビ代わりのタブレットに地図を出す。

 手渡されたそれに目を落とし、思わず二度見するまゆり。

 驚愕の色を浮かべメイを見る。


「あ、あの、これどうやって見るんですか!? ていうかここ何処なんですか!?」


「そこなのね?! もうそこから分かってないのね?!」


 問題外だった。

 ならば何とかルートを覚えさせればと思ったが、それですら二秒で迷子になって、地図の上ですら目的地に辿り着かなかった。

 まゆりは不安そうな眼差しで隣の顔を見上げる。

 メイはふぅと息を吐くと、まゆりと目の高さを合わせ、横から真に正確な方角を指さした。


「この方向に真っ直ぐに行ったら、たぶん三十分くらいで着くかな」


 メイは空いている方の手で、よしよしと銀色の髪を撫でた。

 エメラルドの瞳が、ぱあっと光に満ちあふれた。


「分かりました! ここ、真っ直ぐ行きます!」


 まゆりはメイにお礼を言うと、ふわりと髪を揺らして駆けだした。

 メイは、その一生懸命で微笑ましい後ろ姿を見送ってから、車内に戻った。

 そして素早い手つきでシフトレバーを操作し、アクセルを踏んで急発進した。


「頑張ってね、まゆりちゃん」


 赤い車は風となって消えた。

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