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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
39/111

第一章35  『決闘の幕開け』 ①

**1**


 各教室では帰りのH・Rが順々と終わりを告げて、手に肩にスクール鞄を下げた生徒が廊下に出てきた。

 すると、そのタイミングを見計らったように相羽の声で校内放送が入った。


『これより第一校庭にて、当校公認の決闘を開催する。参加、観戦を希望する生徒は決闘指定箇所の範囲外にて待機せよ。決闘中の妨害行為は特殊校則の違反が適応される。肝に銘じておけ。以上』


 耳にした生徒は、祭りの報せに歓喜の声を上げる。そして身勝手な期待を口にしながら、見世物が待つ校庭へ足を向けた。

 それとは打って変わって始終平静な二人がいた。レナンとタクラマだ。


 タクラマは机の上に脚を投げ出し椅子で船を漕いでいる。

 レナンは教室の窓の下枠に背を(もた)れ、抜けていく緩い風を浴びて涼んでいた。

 二人は特に言葉も交わさず、ただ黙していた。すると相羽の声で再放送がかかった。二人は苦笑を漏らした。


「カカカッ、相羽のヤローいやに呼び込みに力入れてるじゃねーのォ」」


「きっとイベントの成功させたくて仕方ないんだよ。さてと、私はそろそろ行くとするよ。自分から勝負を取り付けた手前、こちらが待たせては不作法だからね」


「ちげーねえ」


 通り一遍の返事を投げて、タクラマは相変わらず椅子の上で船漕ぎを続けていた。

 急に風が入り込んで、教室のカーテンがぶわっと舞い上がった。


「君はどうする?」


 窓から背を離したレナンが、顔も向けず歩きながら声だけをかける。

 タクラマも顔を向けない。


「俺様はいーや。別に殴り合いなんぞに興味ねーからよ」


 そうか、という声が扉の外へ消えていった。

 冷たい風が教室の中を通り抜けて、カーテンがバサバサとはためいた。

 一人取り残されたタクラマは静かに眼の光を落とした。


「悪りぃが、俺様にゃあこっちのが大事だからよ」




**2**


 相羽の声に誘われるように沢山の陰が校庭へと移動していく。

 そして校門から出ていこうとする陰は、その様を目にして、まるで引き留められるように合流していく。さながら草原を求め移動するヌーの群れであった。


 その大集団の中にレナンの姿を見つけることが出来たが、周りの誰も、彼女が今日の主賓だと気づいている様子は無かった。レナンも目立たなければ群の中の個であった。

 会場となる第一校庭にレナンが到着すると、現場周辺は花火大会もかくやとばかりに生徒で溢れかえっていた。

 余程良い場所から観戦したいのか、木によじ登っている生徒もいれば、体育倉庫の屋根に座り込んでいる生徒もいる。

 これには()しものレナンも頭を掻いた。

 

「暇人はせいぜい数十人と思っていたが、まさか全校集会並に集まっているとはね……」


 場の作る異様な熱気に逆らい、レナンは生徒の波を掻き分けて校庭の中心へと足を進めた。その様は、足の音一つからも凜とした響きがしてくるようであった。


「え、誰。あの綺麗な人?」

「美人だなオイ……あんな子いるんだ……」

「もしかして、今日のイベントの司会じゃないの」


 目にした一年生たちは男女を問わず息をのんだ。故に彼女が闘者であるとは思いもよらなかった。

 しかし二年生・三年生は違った。彼女の姿を眼に入れた瞬間、過去を思い出したかのように戦慄した。


「あの格好……間違いないイ、イルルミだ……。学校に来てるって噂、本当だったのか!!」

「やっぱアイツ学校来てたんだよ! この前、夜の教室で見たってヤツいたし!」

「は、はは……、決闘ってアイツのかよ……安全なんだよな今年は!?」

「去年みたいな巻き添えだけは勘弁してくれ!」


 観衆に徹するつもりでいた生徒は、この後我が身に不幸がないことを天に祈り始めた。

 他にも散々な言われようが飛び交ったが、レナンはどの声にも耳も貸さず、仕合うべき舞台へ向かった。

 そして己が戦場に立ち、悠然と腕を組み、静かに瞑目した。

 風を受け、長い緑の黒髪がふさぁっと(なび)く。


「………………」


 放っておけば幾らでも吹き荒れる喧噪の渦中で、レナンは滝行でもするかのように、ただ静かに黙した。

 だがその内面は、表面上の穏やかさとはまるで似付かず、戦いへの期待に昂る心を抑えるのに手一杯。気を抜けば、愉快でたまらない気持ちが、体の奥底から一気に飛び出てしまいそうだった。

 舟山が彼女を戦闘狂と評したのは一概に誇張とは言い切れないようであった。


 ふとレナンの心が漏れ出したように、彼女の足下から火片(かへん)が吹き上がり、燐光のように瞬いて風に舞った。

 その遙か後方の上空では、流れるしらす雲が長い尾を引いていた。

 ふと空気の潮目が変わった。

 校庭を突風が横薙ぎにした。

 ブワッと土煙が上がった。


「――――よお待たせたか」

 

 土煙の中からカラッとした声がした。

 ざっざっ、と土を踏む靴音が後に続いた。

 群衆の中からスゥと白線を引くように現れたその陰は、真っ直ぐにレナンの前へと向かっていく。

 しかしどう言うわけか、()の肌は巻き付けられた包帯によって露出がなく、装着した(くがね)の籠手さえなければ不審な包帯人間だった。今のところは、辛うじて本日の決闘相手と分かる。


 燎祐(・・)の足音が止まった。

 レナンの蒼い瞳が片方だけ開く。

 その両手には赤いバンテージが既に巻き付けられており、拳はいつでも振るえる状態にあった。


「ふふん。君が来ないと思って、丁度帰ろうとしていたところさ」


「その割には、もう待ちきれないって感じがしてるぞ」


 向けた言葉の先で、レナンの口角が三日月のように吊り上がった。

 開いた片方の眼が笑っている。

 もう片方の眼は紙一重のところで理性を保っているように見えたが、それが崩れるのも時間の問題のように思われた。

 レナンの闘争に向かう心はそれほど昂ぶっていた。

 対する燎祐も、この時を待っていた。

 彼は充溢する体内の気を、押さえつける包帯の内側から爆発させ、発散させた。


「それにしても君、随分と様変わりしたじゃないか。見違えたと言うより、見間違えたのかと思ったよ」


「ま、訳ありでな。でも安心しろよ、怪我してるわけじゃない。存分にやれるぜ?」


「怪我をしていたところで遠慮する私ではないよ」


 二人の間に、目に見えない空気の衝突が起こる。打つかり合う視線が熱を持ったように火花を散らす。

 戦いの口火は切られる瞬間を待った。

 その時、狙い澄ましたように相羽の声で校内放送がかかった。


『校内の生徒に告ぐ。これよりイルルミ・レナンの決闘――――その挑戦権を賭けた試合を行う。これは本校規定による、内申加点対象となる催事である。見学者は勿論、試合参加者にはより大きな加点を約束する。また本試合は一人を選出するものとし、戦闘エリアは第一校庭のみとする。参加を希望する者は、これより五分以内に校庭内へ歩み出よ。以上だ』


 放送の直後、色めき立った生徒の歓声が上がる。

 その流れとは対照的に、放送を聞いた燎祐は肩を竦ませていた。


「道理でお祭り騒ぎなわけだ。何時からそんなイベントになったんだ?」


「正直これは寝耳に水さ。故あって見世物になるとは聞いていたが、こうも逆手に取られるとはね」


「こちとら誓約の為に今までやって来たってのに、誰か知らんが勝手してくれたなあ……」


 レナンは言葉もないとばかりに再び瞑目した。

 燎祐は、もうなるようにしかならないか、と思って頭を掻いた。

 している間に、黄色い歓声を浴びながら校庭へ進み出る者が数人現れた。するとその尻馬に乗ったように、我も我もと駆け足で戦場に踏み入る者も出てきた。

 集まった参加者は最終的に四十人ほどとなった。大半が男子だったが女子の姿も少数あった。その全員が手に杖型デバイスを持っている。近接戦闘が主体のヤツは一人もいない。

 彼らは皆、現代魔法戦の基本通りに、燎祐から距離を置いたところに陣取りながら視線を送っていた。


「ケケ、お前ら知ってるか。あの一番乗りした包帯野郎をぶっ潰して、決闘を棄権すっと成績大幅アップなんだぜ」


 その内の一人が周囲に向けて妙なことを仄めかすと、示し合わせたように近くの数人が直ぐに反応を示した。相羽の息が掛かっている生徒たちだ。


「おっ、それ相羽先生から聞いてたクチか。じゃあさ、とりあえず包帯から潰さね?」

「いいねそれ。聞いた話じゃ、あいつ接近戦しか出来ないらしいぜ」

「単なる動く的じゃんそれ、ははは」


 彼らが結託する様を見せると、その声に倣い、残りの参加者たちも最初の標的を燎祐と定めた。勿論、武装の時点で誰からも第一目標にはされていただろうが、心理的に「狙わなくては」から「狙うべし」と誘導された形となった。


 しかし一連の流れを計画した相羽は、実は誰が勝ち残ろうが構わなかった。

 目的は一つ、レナンの楽しみを奪うことだけで、そもそもレナンとタイマン張る手合いが並程度の実力と相羽は考えていない。


 つまりこの前哨戦は、レナンの対戦相手である燎祐を、決闘前に削ってやるという以外に意味はなく、もしもここで倒されたなら御の字くらいのつもりだった。

 それと知らず相羽の掌で踊っている参加を決めた生徒たちは、甘い汁の出所に飛びつかんと虎視眈々としているわけだが――。


 燎祐はレナンから視線を外すと、まるで寄り道でもするように参加者たちの近くまで歩いて行く。


「まっ、舟山以外と戦るのは久しぶりだし肩慣らしにはなるか」


 風が吹き、低い木の梢が揺れる。

 始まりを待つ観衆の目が期待の色に染まる。

 参加者の手が緊張と一緒に補助魔導機(デバイス)を握る。

 場の空気が興奮を孕みながら、ピリピリと張り詰めていく。

 燎祐の足が止まると、校内に点在するスピーカーからサァーとホワイトノイズが流れた。


『ではこれより決闘の前哨戦を開始する。本試合は時間無制限の一本勝負。禁止指定攻撃は一切無い。各々(おのおの)全力を尽くし奮闘せよッ!!』


 では、始めぇいッ!!――――


 相羽の激声がゴングに代わって校庭を打ち、生徒たちの声が鯨波となる。

 次の瞬間、参加者の補助魔導機(デバイス)が一度に燎祐に向く。


「ケケ、悪いな包帯。そういうご命令(オーダー)なんでな」


 下卑た笑いが(さえず)った時、補助魔導機(デバイス)の尖端で、強い魔法の光が煌めいた。




**3**


 大歓声が校庭を包む中、相羽は一人、放送室で鼻の穴を大きく膨らませていた。

 視線の先には百インチの大モニターがあり、どアップでレナンが映し出されている。

 それを睨む相羽の頬は一秒毎に怒りに紅潮していく。見ようによってはJK大好きな変態かストーカーの類いだ。


「イルルミィィィッッ!! 八和六合(シオノクニ)の犬めぇぇッ!!」


 苛立ちを吐きテーブルを叩くも、相羽の腹の虫は収まらなかった。近場の椅子を凹ますほど蹴りつけ、怒りのまま拳で壁に穴を空け、機嫌の悪い獣のように喉をグルグルと鳴らした。

 もし誰かの目に付けば気が触れたと思われるだろうが、放送室は既に人払いが済んでいる。その手の結界も張ってある。相羽が誰に見つかる心配もない。故に、こうまでやりたい放題なのだ。それとしたって教師としてどうなのだろうか。

 だがこれで懲りるようなら、相羽久(あいばひさし)という人間の人格は、ひん曲がってこそいても救いがたいものではない。早い話が、相羽はこれくらい何とも思っていないわけである。


「私に邪魔をされて本当は悔しいのだろう!! 悔しくて仕方がないのだろう!! だったらもっと悔しがって見せろッッ!!」


 今日日テレビに話しかけるご老人も少ないというのに、激しく唾を飛ばしながら画面に向かって吠え続けた。

 しかし画面の中のレナンは、目を閉じて静かに呼吸を繰り返すのみで、何一つ反応を示さない。


『…………』


 まるで一枚の絵画を見ているようだった。

 それを贋作か駄作とでも罵るように、相羽は憤怒を燃やす。


「ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 佇んでいるだけで見惚れてしまいそうな美しい顔が、相羽のまき散らす唾で汚れていく。

 フーフーと興奮しきった鼻息を立てながら画面に背を向け、ズンズンと椅子の処までいってドカッと腰を下ろす。


「…………まあいい。ここからだ。目にものを見せてやるぞ」


 掴んだリモコンをモニターに向けて、監視盤然とした八分割画面に切り替える。

 表示内容は相羽がカスタムし、四つは校庭が映っていて、内一つはレナンのどアップだった。

 残り四つは校内を映しており、一定時間で別の校内映像に変わっている。


 相羽はギョロギョロと目玉をしきりに動かし、モニターの映像を余さず目に入れていく。そのうちの一つに目を留めると、直ちにリモコンを操作し、そのカメラ映像を画面いっぱいに映した。

 そして、カッと目を開いたかと思えば、次には凶相を浮かべ(わら)っていた。


「ククク…………そうか。そういうことだったか……!!」


 相羽は懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出して、何処かへと電話を掛けると、まだコール中にも関わらず突然小声で何かを話し始めた。

 一方的に言い終えると相羽は携帯を宙へ放った。

 携帯は、たちまち赤い粒子となって霧散した。


 それから間もなく、結界を張った放送室内に踏み入ってくる者があった。

 相羽はそいつにテープレコーダーを渡すと、放送室から出て行った。

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