表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
37/111

第一章33  SEVEN DAYS『G』 ②

**2**


 修行は7日目の昼過ぎに終わった。

 舟山は術のコントロールが云々といって、人の姿に変身。あまりに久しぶりに見たので、一瞬、誰この人……と思った。

 その後、直ぐに転化の妖術が始まった。

 また数時間続くのかと思ったら、額を数回小突いただけで終了。

 そうする前は爆発するだの何だのと散々脅されたが、人外に【成る】時と違って、何一つ酷い作用は起こらなかった。


「え、マジでこんだけ?! 全裸は勘弁だけど、もっとこうスゴいこと起きないの!? 思わず叫んじゃようなさ?」


「転化に何を期待してたんですか!? ていうか私、ドMになる修行をした覚えありませんよ?! まさか八年近くも殴り合って、変態性だけ強化されたってことないですよね!? 痛みが足りないと満足できないとかホント止めて下さいよ気色悪い」


 汚物を見るような目でスーッと俺から離れていく舟山。

 最近、俺に対する物言いが、レナンに対するそれに近づいてきている気がする……。

 それにしても、転化があまりにアッサリ過ぎて拍子抜けだった。


 その後、体の機能チェックはその後にやったが、意外なほど前と変わりない。

 それだけに、強くなった実感も、弱くなった実感もなく、どうしたことかと頭を捻った。

 もしかして毒にも薬にもなってないんじゃ。流石にそれは嫌すぎる。

 尚、破壊し尽くされていた空間内は、後日修復すると言うことで荒れたままの状態で放置が決定。


 一通りのことが済むと、舟山は俺に確認を取った上で、寿命の前借りを終了した。

 あとは気持ちの整理を付けながら静かに時が来るのを待つばかり、なのだが――――

 久方ぶりの等倍感が懐かしくて、俺はその辺の石こをを掴んでは、落としたり投げたりして目を楽しませていた。


「おおおおお!!! すっげええええ!! 物体が一緒に落下してるううう!!」


「ニュートンごっこしてないで、ちょっとは精神統一とかしたらどうですか」


 当たり前の物理法則を目にしただけで、胸元に妙な懐かしさがジーンとこみ上げてきた。

 この分だと、まゆりと再会してしまったら、あまりの可愛さに俺の体が耐えきれず、特撮モノの怪人みたいに爆発してしまうかもしれない。

 死因、可愛い。あり得る。


「では、ちゃっちゃとシャワーに入って制服に着替えて下さいね。要る物は全部そちらに用意しておいたので」 


 言われたとおりにそちらへ行くと見ると、プレハブがあって、中には簡易シャワーから洗面台まで何でもあった。

 俺はそそくさとシャワールームへ足を運び、思い切って蛇口を捻る。


「うおおおお!! すげええええ!! 水が流れてるぞー!!」


「あの、水が勿体ないので止めて下さい……」


 どこから汲み上げているのかは知らないが、水もお湯もしっかり出た。相変わらず何でもアリの転移術だった。

 それから熱いシャワーを頂いて、サッパリした気分で制服に袖を通した。ツルッとした布地の感触がこそばゆい。

 身なりを整えて姿見の前に立つ。

 しかし俺じゃないヤツが写っている。

 故障かと思って小突いてみたら、なぜか鏡写しになった。もう一回やっても同じだった。

 していると、シャワーから上がった舟山が、頭の上でタオルをかき混ぜながらやって来て、ギョッとした目で俺を見た。


「もしかして人間の文明忘れちゃっいました?! それ、鏡っていうんですよ!!」


「知ってるよ!? ていうか、これ壊れてんじゃないのか!? 変なの映ってるぞ」


 どれどれ、と舟山が前に立つと、何の変哲もなくありのままを写した。

 だが俺が前に立つと、肌にこれでもかと落書きしたヤツが出てくる。目深にフードを被ったら、完全に暗黒面に墜ちた人だ。ってあれ……。


「これ俺じゃねーかああああ!!! つーか血の紋様が消えてないよおおおおおぉぉぉ!?」


「ハハハ、そうですか。残念でしたね。それ料金外なので関知しません。悪しからず」


 おざなりに手を振る舟山。

 俺は姿見に鼻先が当たるくらい寄る。両の頬に手を当てて、右に左にブンブンと顔を振る。血の紋様は馴染んだタトゥのようにクッキリと肌の上に浮いている。しかもビッシリ。

 

「どうすんのよこれ!? 隠しきれねーっつうの!!」


「隠せないと分かっているなら、諦めたら良いと思いますよ!」


 右手の親指をグッと突き出して笑う舟山。

 あまりに正論過ぎて、その場にズーンと沈んだ。


「あんだけ時間経ってたのに…………なんでだ……」


「お忘れかと思いますが、現実には三日ですよ」


 え、三日も経って消えないって、下手な油性マジックより(タチ)悪いだろ。

 舟山の血って、どんだけしつこいんだよ。


「有料でも良いから消す方法ってないのか……?」


「今すぐ考えます!! 見積もるのでちょっとお待ちを!!」


 商機と見込んで架空のソロバンを弾く舟山。その逞しすぎる商魂に開いた口が塞がらない。

 唖然とする俺に、舟山は「冗談です」とは言ったが目が金マーク(マジ)だった。


 だが制服を着てもあまりにも目立ちすぎる紋様は、他の人の目に触れたら不味いと舟山も改めて思ったらしい。大量の包帯を転移でこちらへ寄越してきた。

 毎度思うが、この手のものは一体どこから取ってきているのだろうか……。

 窃盗の片棒を担がされているような複雑な気持ちを抱えながら、俺は泣く泣く全身に包帯を巻き付けていく。


「畜生め……こんな理由で包帯巻いたの初めてだよ!」


「いやー、もうすっかりマミー系の亜人じゃないですかー。なんでしたら棺桶も用意しましょうかー? プククク」


 片手で口を押さえながら肩をひくつかせる舟山。笑いを堪えようって気が微塵もない。

 それから30分くらい掛けて包帯を這わせ終えたが、自分でも驚くほど丁寧かつ綺麗に巻けていた。

 軽く体を使ってみたが動きに支障なし。伸縮性もある上に、捲れたりズレたりもしない。

察するに普通(ただ)の包帯ではなさそうだ。


「なあ先生、この包帯は魔法生成物(マジックメイド)か?」


「正解したってなにもあげませんよ。寧ろ現金化できるものを何かを下さい」


 何を期待してか、ずいっと左手を突き出す舟山。

 その鬱陶しい回答はさておき、正解だったようだ。

 ただ一点気になるところは巻き付けの嵩張り具合で、魔法は関係ないからと、修行中は一度も使わせて貰えなかった籠手を、鞄から取り出して装着した。

 中で指が詰まったらどうしようかという事前の思考予想に反して、こちらの具合にも問題はなかった。


 そういえば籠手のことをレナンは何か言っていた気がするが、なにぶん俺にとっては大分前のことすぎて巧く思い出せない。


「ではでは、もうちょっとしたら学校へ転移(とび)ますよ。君はこちらで準備を済ませておいてください」


 そう言って舟山は一端俺の前から姿を消した。

 一人取り残された俺は、体の調子の再確認を始めた。




**3**


 ほぼ同時刻。

 一年二組に転移した舟山は、その直後にレナンに詰め寄られていた。


「先生、予定通りだな?!」


 反応を振り切る超速でとっ捕まえられて、舟山は壊れたように頷いた。

 レナンはぱあっと顔を輝かせて、手を離し、うんうんと頷いた。


「そうかそうか。この七日が過ぎるのをどれだけ待ったことか」


「そうですよね、一週間て長いですよね……ハハハ……」


 しかし舟山はそれを告げに来たわけではなく、この一週間の動向を聞くために来た。

 八和六合(シオノクニ)の構成員として、自分が穴を空けた部分をレナンに埋めておいて貰ったのだ。

 舟山は合図として、左の掌を右の親指で三度叩いた。レナンが符号に気づき、正反対のものを返す。

 報告がある、と分かった舟山は、盗聴防止の結界を張った。

 この結界を通した声は、言語的に意味を持たない音へ不可逆的に置換されるため、何を喋ろうが周りには漏れ伝わらない。


「それでイルルミさん、この一週間はどうでしたか?」

「たまには学校も悪くない。お陰で退屈はしなかったさ」

「それは何よりです。では、お願いします」


 社交辞令を手短に済ませ本題を促す。

 レナンは左手の親指、人差し指、中指の三本を立てる。


「私からの報告は三つだ」


 そして一度折りたたんだ指を、話と共に一本ずつ広げていく。

 

「先ず、西の『管理人』の指示で、世魔関の局長に動きがあった。恐らくは【魔女の紋章】に絡んだ件だろう。次に、任されていた例の件だが、カリスの泥人形だと判明したよ。既に撃破済みだ。最後に相羽。どうやら学内に協力者を紛れ込ませているらしい」


「……と言いますと?」


「決闘のことが筒抜けだったのさ。おまけに学校行事にまでされてしまったよ。半分は私への嫌がらせだろうが、もう半分は……」


 みなまで言わずとも、というようにレナンが言葉を切る。舟山もそれで理解した。

 しかし一つだけ引っかかったらしく、率直に問い返した。


「ところで、どうしてカリスの泥人形だと分かったんです?」


「丁度良い助っ人を見つけたのさ。決闘の後に紹介しよう。そういう手筈だ」


 話の筋はそれで通ったが、まるでもう決闘に勝ったみたいな口ぶりに、舟山も対抗心が湧く。

 試すような視線をレナンに送りながら、薄ら笑いを浮かべる。


「あれ~今じゃなくていいんですか~? 後で口もきけない状態だったら私困りますよ~。教えるなら早めにしてもらえませ~ん?」


「ふふん。大層自信があるようじゃないか」


 どの口が言っているのかは(さて)置き、舟山はこれにて結界を解除した。

 レナンはさも普通の会話を終えたように小さく手を上げ、きびすを返す。

 すると舟山が思い出したようにレナンを呼び止めた。


「あの、イルルミさん。久瀬さんは、どうしましたか。姿が見えないようですが」


「……来ていないよ。あれから一度もね」


 背中越しに答えると「そうですか」と、少し沈んだ声が返ってきた。

 振り返ると、舟山の姿はもうなかった。

 レナンの表情から力が抜ける。

 (うつむ)いた面差は暗く、それは慚愧(ざんき)(にじ)ませているようにも映った。

 レナンは誰にも顔を向けず席に戻って、まるで何かから逃れるように机に突っ伏した。

 隣のタクラマに「放課後」とだけ伝えて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ