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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
34/111

第一章30  SEVEN DAYS『F』 ①

**1**


 燎祐と舟山が、修行という名の出奔をして早6日目の朝を迎えた。


 彼らの教室では、今日も今日とて、臨時担任の相羽が強面の厳めしい面を振り回し傲慢な高説を垂れている――――

 と思いきや、HRの時間になっても相羽は現れなかった。

 かといって代わりの教師が来る気配もない。

 次第に生徒たちの間に動揺が走り、突き動かされるように数人が立ち上がって騒ぎ出した。


「おいおーい教員誰もこねーじゃーん」

「この学校ちょっと適当すぎない?」

「いや実際てきとうだし……」

「誰か呼んできた方がいいんじゃないのこれ」


 この異常事態に、一人の男子生徒が扉の間から廊下に顔を出した。

 それから左右を見回すが、誰かが階段を上がってくる音も聞こえなかったようで、教室に向き直って手を打ち付けるように交差させた。

 見やった生徒からは、次々に根も葉もない憶測が漏れ出す。


「実は今日だけホーム・ルームの時間が違うとかなんじゃね?」

「いいや、きっと二限目まで授業がないとかだろ。前もあったじゃん」

「だよなあ東烽(とうほう)だしなあ、何あるかわかんねーし」

「そういう連絡って、昨日のうちにしておいて欲しいわよね」


「他のクラスはどうなってんだ?」


 その声に押され、クラスの誰かが教室後方の壁に耳を立ててみた。

 しかし隣のクラスのHRの声が聞こえてきたので、この事態はどうやら自分たちだけなのだと、一年二組の生徒たちは思い至った。

 そんな中、誰かは教頭にチクって相羽をしばく方向へ話を持って行き、また誰かはヤツへの意趣返しの材料になると息巻いていた。

 こうした空気が教室を何分割かしている傍ら、蚊帳の外から眺めている二人がいた。

 レナンとタクラマだ。二人は隣同士に座って、会話こそすれど教室の空気とは交わろうとせず、また人を寄せ付ける雰囲気を(かも)してもいなかった。


「ちゅーか、何で誰もおめーが紛れてるコトに気づかねーンだよ……」


 クラスのアホさ加減に辟易するタクラマを尻目に、探偵を気取ったレナンが愉しげに(たず)ねる。


「そんな些末なことは捨て置いてさ。それより気にならないか、相羽が来ない理由」


「そりゃァ大方おめえにビビって、今頃は便所で切れ痔を(こじ)らせてるに違いねえゼ。ふざけるなぁぁぁ、とか言ってよォ」


 怒りと腹痛に溢れる相羽のモノマネを披露しながら、隣の席へ顔を向けた。

 レナンはニッと笑うも、立てた右手の人差し指をチッチと左右へ振った。


「ふふん、それも面白いが一番の理由ではないだろうさ」


 得意な顔をされたことが気になってか、タクラマは率直に聞き返した。


「じゃあ何だってンだよ」


(とぼ)ける必要も無いよ。当然、泥人形(アレ)のことだろうさ。今頃は肝を冷やしているんじゃないか」


 フッと小鼻を鳴らし含みのある笑みを浮かべた。

 タクラマも同意するように小さく笑う。

 そこで二人の会話が一端途切れた。

 間が開いたところで、レナンは自分の手に目を落として、拳を握ったり開いたりした。

 一見暇を持て余しているようだったが、それは早く時間が過ぎるのを期待している子供のようにも映った。それが意味するものは明白だった。


「そいや明日が決闘だったよなァ。マジでやるンか?」


 思い出したようにタクラマが切り出すと、レナンも応じて言葉を紡ぐ。


「ふふん、マジだとも。決闘は明日さ。ところで、この言葉(マジ)の使い方はあっているか?」


「……あってるゼ?」


 彼の返事に、レナンは「そうか」と満足そうに口角を持ち上げた。

 その時、彼女の蒼い瞳は明日の戦いに思いを馳せるように、ここではないどこかを幻視していた。

 言うなればそれは、まだ手に入っていないプレゼントを頭の中で空想して愉しんでいるような、ワクワク感に胸躍らせた純粋な子供の目だった。


「レナン、一個聞かせろや。おめぇさん、なンで勝負に自分(てめえ)を賭けさせンだ?」


 その問いは虎の尾を踏む真似になってしまったか、レナンの声に突として不機嫌さが混じった。


「知ってどうするつもりだい。今さら『誓約』の内容は変えられないというのに」


「けど、おめえ分かってンだろ、あの二人がどういう関係かくれえ。なのになンでだ?」


 タクラマは赤い眼光を細めて問が、レナンは答えず、黙って机に突っ伏した。

 その態度は、君は不干渉だった筈だろ、とでも言っているようだった。

 レナンはそれで話を()ったつもりだった。

 しかし、いい加減タクラマの目が離れていかないので、参ったように僅かに面を上げて、それから(ねじ)けた風に言った。

 

「いちいち言わせるな。私は女だぞ」


 声には不機嫌さ以外に、微かに気恥ずかしさのようなものが潜んでいた。

 だが、そういった感性が著しく腐っているのが男という生物である。


「はァ? そりゃア、おめーは女だゼ? 何言ってンだ?」


「…………。もういい」


 レナンは頭を沈めて、今度こそ話を終わらせてしまった。

 こつん、と机に額の当たった音がして、彼女の綺麗に結われた緑の黒髪が物憂げに揺れた。

 そんな彼女の姿に少しは感じるものがあってか、それとも面倒くさくなってしまったからなのか、タクラマは頭の内で考えていたことの一つも口にすることは出来なかった。


――人間てのァ、どうしてこォ、頭ン中をややこしくしたがるンかねえ。もっと単純でいいだろうによォ


 それが人間特有の複雑な生き方に対する、タクラマなりの自説だった。



 そうこうしているうちに一限目の時間になった。

 科目は国語。担当は相羽。

 よって誰もが一限目を自習と決め込んで(はしゃ)いでいたら、チャイムの鳴り終わりと同時に、強面の影が教室の前にぬうっと立った。


「何をしている貴様ら、今すぐ席に着け。一限目を始める」


 入り口から見下すような目線を飛ばした。

 生徒の期待を裏切ってのご登場だった。

 相羽はズカズカと教卓までやってくると、生徒を片っ端から睨み付けた。

 目を向けられた途端、さっきまで敵愾心(てきがいしん)を燃やしていた生徒たちは顔を青くした。そして暴君に平伏するように、しなしなと面を下げた。


「おォ、おォ、相変わらずおっかねえツラしてやがらァ」


 昼食時の戦闘以降、一度も顔を見ていなかったタクラマは、目の光を細めながら、人差し指でコツコツと頬骨を叩いた。

 

 その横でレナンがむくりと顔を起こした。頬には手の跡がくっきりと残っていて、眼は寝こけていたように半目だったが、その視線は、精密機械のようにピタリと相羽に向けられていた。


「ふむ。あれは今から悪いことをする顔だ」

「何で分かるんでえ?」


 まあ見ていろ、と言って左手で頬杖を突くレナン。

 それを合図にしたかのように、教室の中を見回し相羽がニヤリとする。その目には、はっきりとした企みの色が浮かび上がっていた。


「明日の放課後、特別行事として、生徒同士の決闘が行われることになった。実行委委員は私が務める。現在予定されているのは一試合のみだが、場合によっては前座のや余興の試合を行う。無論、参加した生徒には相応の評価が付く。悪い話ではないだろう」


 相羽は決してレナンとは目を合わせず、しかし彼女の様子を目端で注意深く伺っていた。

 一方で、まさか決闘を行事化した上に、裁量権まで握ってくるとは思わず、驚きに声を上げそうになるタクラマ。だがその瞬間に、彼の頭部はレナンの右手に奪われて、もう一方の手でガッチリと口を塞がれてしまった。


「モゴ、モゴゴゴゴ!! (オイ、何すンだレナン!!)」


「驚いたのは私も同じさ。けど、騒いで相羽を愉しませるの癪だろう? ここは一つ、無関心を気取って、あの男を苛立たせてやろうじゃないか」


 そう言ってレナンはほくそ笑んだ。

 邪推すれば、当てが外れたのは忘れろと、と言っている風でもあった。

 タクラマは不承不承ながら理解を示し、彼女の手から自分の頭部をスッと取り上げる。そして取り付けがてら、顔の位置を微調整するようにゴキゴキと首を鳴らした。

 レナンはそれを側目で見た後、組んだ両手の上に顎を乗せて、相羽の方へ目を向けた。

 タクラマも誘われるように視線を前へ送り、教卓に拳を乗せながら教鞭を執る相羽を見やる。


「けどよォ、相羽(ヤロー)は決闘のことどうやって嗅ぎつけたンでえ。知ってンのは俺等だけのハズだろ? こいつア、ちょっと妙じゃねえかァ?」


「相羽に無理だと思うなら初めからこう考えればいい。相羽(ヤツ)には熱心な協力者がいる、とね。それも人の身辺を嗅ぎ回るのが得意なヤツさ」


「てこたァ、この一件にも間違いなくカリスの関係者が絡ンでやがンのか……」


 険の乗ったタクラマの声に、レナンが小さく頷く。

 そして獲物を見るような目で相羽を睨んだ。


「部外者は学校結界に弾かれ校舎には立ち入れない。それどころか自由に校内をうろつけない。故に、相羽がどうやってそいつを東烽(とうほう)に紛れ込ませたのか……。実に興味深い」


 凜とした声が静かに響き、レナンの蒼い瞳にゆらりと火が灯った。

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