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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
33/111

第一章29  SEVEN DAYS『E』 ②

**3**


 人外への適応には、経過時間にして二週間ほど掛かった。

 その間は、攻撃を避けたつもりが勢い余って壁にめり込んでいたり、舟山を殴ったつもりが勢い余って自分を殴り飛ばしていたりと、ドジっ子ならではの展開を総なめにしていた。

 しかし一度(ひとたび)、力のコントロールに成功すると、今度は急に身体操作が楽になった。成功体験が失敗の記憶を上書きして、感覚を一変させたんだろう。

 そこからの進歩は自分でも驚くべきのものだった。

 舟山の攻撃は以前にも増して苛烈なのに、以前とは段違いに捌けるようになった。

 まさしく一つ上の次元に押し上がった感じだ。


 その一方で、俺はちょっと恥ずかしかった。

 レナンに迫られた日、キマリ顔で「七日後の放課後だ」と堂々と宣言しておいて、この体たらく。

 喩えるなら、自分に葉っぱをかけるつもりで尻に着火してみたら、焼死体になったくらいの情けなさ……。

 今は思い出すだけで自分を絞め殺したくなってくる。

 ただ、その青臭い宣言が、強引に幸運を手繰り寄せつつあるのは本当に数奇と言うほかない。

 尤も、そんな幸運が永遠と続くとは思えないが――――




 それから、更に時間が経過した。

 現実時間では、まだ半日と少しくらいだろうが、俺たちには一年と少しになるだろうか。

 三日を八年とすると、時間の密度はだいたい九六〇倍。等倍時間の一分が、俺たちにとって一六時間。一時間が四〇日。一日が約二年半になる。改めて考えると割ととんでもない。


 ところで、この現実味のない時間伸縮は、実は目で見て取ることが出来る。

 俺たちは九六〇倍の密度の時間の流れの中にいる。

 簡単に言ってしまうと、現実で一秒で終わる出来事が、俺たち側では一六分になる。

 また音の伝わりも遅く、秒速に直すと四〇センチ程度になる。

 けど、例外として、俺たち自身が発するものは、俺地にとって等倍。


 これだけを聞くと、なんともファンタジー味溢れる気分に浸れるわけだが。

 よくよく考えてみると、等倍時間からした俺たちは、九六〇倍速という超絶キモイ速度でカサカサ動き回っているわけで……。

 もしここが隔離空間でなかったら、今頃は宇宙人か何かと間違えられていたに違いない。


 そんな人外が二人っきりの場所に、俺の咆哮が響いた。


「はあああああああああああ!!!」


 腹の底から声を張り上げ、床を抉り飛ばすほど力強く突撃する。

 そして舟山の前に矢の如く身を躍らせ、腰に溜めた右拳を放った。


「おりゃあああああああああああ!!!」

 

 途端、俺の拳は標的を見失い空を切った。

 代わりに側面から岩のような拳が飛んできた。

 短距離転移で、回避と同時に攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ハハハ、威勢と度胸だけは毎回スゴいんですけどねえー。そーれ舟山ぱーんち」


 歌うような軽い声を響かせ、鬼の豪腕が俺の顔面を一閃する。

 首がすっ飛ぶほどの衝撃に声も出ず、視界が激しく白んだ。


「はい、おまけでーす」


 同じ衝撃が今度は二度、全身を叩いた。転移を混ぜた間髪入れずのワン・ツーだった。

 直後、俺は人間スーパーボールと化し、天井と床を砕きながら猛烈に跳ね回った。


「のわああああああああああああああ――――!!」

 

 やっとバウンドの勢いが無くなって、床に転がった頃には、あちこち擦り傷だらけで、直撃を受けた箇所に至っては、軽くモザイク処理が必要な状態になっていた。とてもじゃないが、心臓の弱い人にはお見せできない。


「くぅ~~っ、いってぇ~~~!!」


 それが痛いで済むのだから人外の体ってスゴイ。人間だったら絶対に死んでる。

 けれど、立ち上がろうとしたら上手く体に力が入らず、そのままコテっと転がって、大の字になった。

 どうやら、ダメージの深度が思ったよりもあったらしい。

 腕を見ると、擦り傷のできたところからシュウシュウと蒸気が上がっている。

 人外化で付いてきた自己修復因子がフルスロットルで稼働しているようだ。

 そのお陰で、目に見える範囲の傷は、もう修復されかかっている。


「ほんと軽傷に関しちゃ回復魔法要らずだなあ」


「普通はもう少しかかりますがねえ。きっと修復因子との相性が良いんでしょう」


 その傍ら、さっき砕けた天井や床の破片は、重力を忘れたみたいに宙を彷徨っている。

 慣れてきたとはいえ、実に奇妙な光景だ。

 そんなファンタジーな空間の主は、立ち姿を変えぬまま、空間の中心に覇王のように突っ立っている。まるで鬼の顔したハシビロコウだ。いや、鬼だけど。

 現在は、この妖術維持のために省エネ中らしく、攻撃の瞬間以外は、等身大立像のようにまるきり動かない。

 但し、口だけは異様に動く。動かすなと言われたって勝手に動く。

 そして今の攻防の講評が始まる。


「ん~~、動きは格段に良くなっているんですけど、今度は人外の力(それ)に頼りすぎて攻撃が単純かつ単調になっていますねえ。この数日、攻撃がほとんど拳一択じゃないですか。足だって満足なのが二本くらい生えてるんですし、それ全部使って下さいね?」


 自分は二本以上あるかのような口ぶりだった。人外って、舟山って何なんだろう。

 俺の中に果てしない疑問が浮かんだ。


「時に知ってましたか、中国武術の思想に則れば、拳は全身に七つもあるんですよ?」


 俺は手ひどくやられた体をのそりと起こし、その場に胡座(あぐら)をかいて舟山の方を見る。


「え、中国人って手が七本も手が生えてんの? そういう魔法? 気功ってスゲーな」


 なるほど、それなら舟山にも二本以上生えてそうだ。

 それにしても中国人は、一体どういう進化をしたんだろうか。生ける観音様か何かか。

 すると舟山、俺の理解力の素晴らしさに、さも偏頭痛を引き起こしたみたく怠そうに目を瞑った。


「あ……いえ、七本は生えてません。ただ単に、体の七カ所を拳に見立てるんです……上から順に、頭、肩、そして肘、拳、膝、足、とオーソドックスなものが続きます」


 鬼ハシビロコウが珍しく稼働し、トントントンと体の上を順に指をさしていった。 

 けど、七本腕が魔法じゃないと聞いて一気に興味が失せた俺は、詰まらなそうに折り返す。


「なーんだ、魔法じゃないのか、そうなんだ。で、あと一個は?」


「最後の一つは背中です。これは皆さん、あまり目が行かないところだと思います」


 あと体で残っている部位って言ったら、尻か背中(そこ)しかないわな。けど役に立つ瞬間が全く思いつかない。


「実際背中でなにするんだ? エビみたいにぽーんと打つかればいいのか?」


 殆ど捨て身の攻撃だし威力はあるのかも知れないが、どう考えても攻撃から攻撃に繋がる気がしない。というか、技以前に格闘として完全に駄目な気がする。


「まあ聞いて下さい。中国武術では、背中での攻撃を(コウ)と呼び、とりわけ重要な位置に置いています。体幹で当たるわけですから、距離としては超接近、技法としては高級な部類に入ります。その分、威力は絶大です。何せ自重と速度のかけ算になるので。八極拳の鉄山靠(テツザンコウ)も、この(コウ)を使った技なんですよ」


 その説明でピンときた俺は、一瞬でエビ・アタックを忘れ、手を叩いて人差し指を振った。


「おおっアレか! ゲームの技で見たことあるぞ! 確か、ズドンって体当たりするヤツだ! そう聞くと強そうな感じがしてくるな!」

 

 でしょう、と相づちを打つ舟山。

 しかし、いい加減舟山が口以外動かさないまま喋るので、俺は一体何と会話しているのか分からなくなってきた。


(コウ)撃は、有効射程が非常に短い代わりに、挙動がほぼ読まれません。相手とっても予測が付かない技です。これからは時々食らわせますんで、君も是非覚えて下さい。残りの六拳の使い方も」


「やっぱ伝授はそういう方式なのね……」


 まさか鬼相手にスポ根調で武術を習う日が来るとは思わなかったぞ。

 いや、普通そんな日は来ないか。


「全部を隅々まで覚えろとは言いません。しかし体に通しておく価値はあります。特にイルルミさん相手となれば、攻撃のバリエーションは多いほどいいです。故あって、あの子は拳闘家みたく拳の打撃のみに拘っていますから」


「なるほど。それは確かに手数になるものを拾っておいた方がいいな」


 俺は膝の汚れを払って立ち上がった。

 だが舞った埃がのんびり滞空していて、また衣服に纏わり付いた。


「では次の一本行ってみましょうか。今度は一発くらいはキメて下さいね」


 構える前に、手で触れながら体の状態を確かめていく。

 グロい北米版仕様だった直撃の痕も、今は綺麗サッパリ治ってる。

 だからと言って、生じた痛みから逃れられるわけではなかった。

 修復が終わった後も、体のそこかしこが疼痛を発している。


(こればっかり、はどうしようもないんだなっ)


 異様ともいえる人外の自己修復は利点には違いない。

 だが、欠点とも俺は思った。

 たとえ肉体が満足であろうと、頭は、精神はどうか。

 痛みに尖った神経は、いつか思考を狂わせる。目の粗いヤスリで(しご)かれていくように、確実に気を磨り減らしていく。

 自分に確信を得続け、自分を補強し続けなければ、いつかへし折れてしまう。


(これを時間の許す限り経験しろって、なかなか拷問じみているな……)


「ハハハ、随分と痛そうな顔してますねえ。でも、それこそ修行の醍醐味ってやつじゃあないですか。麻痺せず、狂わず、かといって自棄せず。ただ遮二無二、壊れるか壊れないかの境目に立ち続け、苦しみながらその先へ行くんです――――」


 舟山が、(オニ)の顔を覗かせながら、半歩前に出る。

 その途端、ざわっと不気味なものが背後に立ち上がった気配がした。

 忘れかけていた何かを思い出したように、顔の筋肉が強張った。


(嫌なもの思い出しちまったな……封鎖区画のアレをさ……!!)


 鎌首をもたげた負の記憶が、無視をするなとでも言うように絡みつき、思考を鈍らせようとする。


「さあ、かかってきなさい」


 言葉に乗った鬼の気迫が、突風のように肌を打ち付けた。

 当てられた威圧の強烈さに視界がたわみ、脳が萎縮したのかと錯覚した。

 けど、こんなところで縮こまっているわけには、いかないんだ……!!


 俺は記憶の闇を振り払うように、拳を堅く握り込んだ。


「全部、ぶっ飛ばしてやるさ……っ!!」


 俺は今一度、立ちはだかる鬼の前に身を躍らせる。

 心を()く痛みを(こら)えて。






**4**



 燎祐が出て行ってから五日目の昼。

 久瀬家のリビングで、寵看(めぐみ)は息を詰まらせていた。

 実のところ、さっき昼食を盆に載せて持って行ったのだが、朝に運んだ朝食が手つかずのままドアの前に置いてあったのだ。


「昨日は、やり過ぎたかしら……」


 一応、まゆりが食べることを考えて昼食と差し替えはしたが、今度も手を付けて貰えないだろうという気はしていた。


「今まで以上に塞ぎ込んだんだとしたら、全部私のせいね」


 まゆりには、元々そういう気質()があったのだから、事態の深刻化はもっと具体的に考慮しておくべきだったと、寵看(めぐみ)は今になって大反省をしていた。


「あの子のためって、思ってたはずなんだけど……」


 突きつけられた現実は、本当にそうだったのか、と自分に問い返している気がした。


 甘やかすのは良くない。厳しいくらいが丁度いい。だから、これくらいはきっと大丈夫、越えられるはず。そうやって親が勝手に設定したハードルで子供は苦しむ。

 それでも子供は「頑張れ」と山ほどの期待を押しつけられて、出来なければ叱咤され、逃げ出せば愚か者と蔑まれ、諦めればこの世の悪のように恨まれる。

 子供はいつも、大人の自尊心が作る『願望の断崖』に立たされて、突き落とされる。

 そして、本当に必要だった安息も愛情も与えられぬまま、(ゆが)んだ親の元で(いびつ)に育つ。


 寵看(めぐみ)は、そんな親にだけは絶対にならないと自分自身に誓っていたのに、己が娘にしたことは、それと同じではなかったかと強く額を押さえた。


「……誰か、違うって言ってよ、もう」


 沈鬱な声がリビングの中に反響した。

 寵看(めぐみ)はテーブルに突っ伏して、天井を斜めに仰いだ。

 視界の隅で、壁掛け時計の長針が一歩進んで微かに振動した。


――そういえば燎祐はいつ帰ってくるんだっけ

――確か七日後って言っていたような


 寵看(めぐみ)の脳裏に、ふと息子の顔がちらついた。

 そして、燎祐が今この家に戻ってきたら、とも思った。

 

燎祐(あれ)はほんと、呆れるほど一途に、まゆりのことしか考えてないのよね……」


 きっと目にした途端、全部かなぐり捨てて何とかしようとするに違いない。

 想像しなくても、二人の出会いを知っている寵看(めぐみ)にはそれが分かっていた。


「あの強引さは誰に似たのかしらね。お父さんかしら?」


 寵看(めぐみ)は不思議そうに口にした。

 思えば幼少の頃から、常陸家の主は殆ど家にいた記憶が無かった。

 するとつまりは、息子が一番似て来るのは一人しかいなかった。

 いやいやそんな筈はと頭を起こしながら、寵看(めぐみ)は辺りを見回した。けれど、それを肯定できる材料はどこにも見当たらなかった。

 寵看(めぐみ)は、はぁ、と溜め息をついて、ロケットペンダントをパカッと開く。そこには一人の男性の写真が収まっていた。

 寵看(めぐみ)は、少し懐かしそうに目を落とした。


「アンタも、ちょっとは何とか言いなさいよ」


 その声には、ぬいぐるみとお話しているような微かな照れっぽさがあった。

 見つめながらツンツンと小突くと、心なしか「すまん」と言われているような気がした。

 寵看(めぐみ)は小さく笑って、静かにペンダントを閉じた。


「大丈夫、まかせて。貴方(アナタ)が帰ってきたら、三人でお帰りなさいって言ってあげるんだからっ」


 寵看(めぐみ)の憂いは、まやかしのように消えた。

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