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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
32/111

第一章28  SEVEN DAYS『E』 ①


**1**


 それは、いつかの、ある晩のこと――――。


 雲一つかかっていない宵の空に、黄金色をした満月がぷかりと浮いている。

 どこか涼しげな色をした月光の周りには、目に映る大小様々な星々が、その身から瑩徹(えいてつ)な光を瞬かせ、濃紺の空を絢爛(けんらん)に彩っていた。

 そんな明るい夜の下、自室の窓辺に腰掛けて、暗い溜め息をこぼす燎祐の姿があった。


「はあ……またダメだったなぁ……」


 がっくし、と首が折れる。

 燎祐は今日もまた失敗した。

 魔法のテストで何もできなかったのである。

 どれだけ勉強しても、どれだけ練習してもまるで駄目。成果のせの字がポックリ逝ってしまったみたいに出てこない。

 しかしそれが何故なのか、この時の燎祐は、まだ何も知らなかった。


「あぁ~、ちくしょぉ~。次こそは――――なんかなってくんないかなあ、はぁ……」


 燎祐(りょうすけ)の願いは溜め息となって、空しく窓の下へと流れていった。

 気の晴らしどころがなかった。

 一人では少し持て余す自室の広さや、さして物のない部屋模様も、それを視覚的に助長していた。


「魔法って何なんだろうな……」


 燎祐は、呼吸のたびに気が沈んでいくのを感じた。

 していると、パジャマ姿のまゆりが子犬のように部屋に入って来て、彼の隣に腰掛けた。

 二人は同じタイミングで顔を見合わせた。

 燎祐は来訪の意味を尋ねるように(まばた)きをする。

 しかし、意味が通じず、まゆりは不思議そうに目をぱちくりとした。

 燎祐は気を緩めて「どうした?」と優しく言葉にしたら、まゆりの顔がふわっと(ほころ)んだ。


「あのね(りょう)っ、明日お出かけがしたいの」

「いいけど、あんまり遠くはダメだぞ? それで、どこに行きたいんだ?」


「えっと、こんびに、っていうところなんだけど、ここから近い?」


 その場所に一瞬はてなを浮かべた燎祐だったが、あまり深くは考えず「わかった」と二つ返事を聞かせた。

 するとまゆり、ぱあっと笑みを浮かべてぎゅっと燎祐に抱きついた。嬉しさ余ってか、身体が前に後ろに揺れている。


「ところで(りょう)、さっきすっごい落ちこんでたでしょ」

「えっ、ど、どこが!? 俺いつでもスゲー元気だけど!?」


「ん~ん。元気なかったの。おこづかい無しにされた時みたいに、がっくりしてたの」


 まゆりの目は「どうして?」と言っているようだった。

 しかし燎祐が口を割らないでいると、まゆりはくっつけていた身体を離して向き直る。


(りょう)がいつも魔法の練習してるの、わたし知ってるの。ねえ、悩んでたの、そのことなんでしょ?」


 燎祐はギクリとして目を逸らした。


「ち、違うぞ!? そそ、それに、魔法なんか練習してないって!!」


 まゆりは、その言葉を真に受けて「違うの?」と、小首を傾げた。それから、ねえねえと彼の肩を揺すった。

 これには流石に座り心地の悪い思いがしてきた燎祐。大きく一息ついて、隣へ視線を戻すと、まゆりの可愛らしい顔が直ぐ目の前にあった。


「!!」


 ともすると、唇同士が触れかねない距離に思わず声を失った。

 その距離感の無さに翻弄され、燎祐は、自分の顔がカアッと赤くなるのを自覚した。

 鼻と鼻の頭がツンと触れ合ったとき、彼はなんとか平常心を取り戻し、「もう寝よっか!」と言いながら、やんわりと引き剥がした。

 それから、どこか急ぐように手を引いて、まゆりの自室まで連れ立った。

 燎祐は「また明日な」と約束して、そっと扉を閉める。


「それじゃあ、おやすみ」


「……うん」


 扉越しに、小さく弱々しい返事がした。

 まるで捨てられた子犬のような声が、彼の心をチクリと刺した。

 その罪悪感によってか、少しの間、扉の前から離れられずにいた。

 でも意を決してまゆりの部屋に背を向けると、きぃ……、と蝶番(ちょうつがい)(きし)む音がした。


「…………」


「……」


 燎祐は振り返らず廊下を歩いて自分の部屋に向かった。

 彼が歩くと、小さな足音が、後ろからひたひたとついてきた。

 部屋の前でピタリと立ち止まると、彼の背中に、ぽふん、と何かがぶつかった。

 嘆息と共に振り返ると、そこには薄らと光るエメラルドの瞳があって、ぱちくりと(まばた)きをした。


「起きちゃったの」


「いや寝てないだろ」


「んん~~~~~! 起きちゃったのぉっ!」


 燎祐のストレートな切り返しに、まゆりは、ぷくっと頬を膨らませて、声にならない声を上げた。


「あーはい、分かりました。起きたのな。で、なんで俺の部屋に戻るんだ?」


(りょう)と一緒に寝るの」


「起きたんじゃないのかよっ!?」


 彼の的確なツッコミに、まゆりは「え?」みたいな顔をしていた。

 これはもう言っても無駄だなと思って渋々と部屋に入った。 

 すっかり寝る(その)気のまゆりは、一番にベッドに潜り込んで、嬉しそうに布団にくるまった。

 実はこのベッド、元々は子供部屋にあったもので、二人で一緒に使っていた。その名残か、部屋を別けた今でも、まゆりは時々寝に来ることがあった。


 燎祐が部屋の明かりを落として、体を布団に滑り込ませると、まゆりがピタリと体を寄せてきた。

 ドキッとして隣をみると、男の子的な期待に反し、まゆりは完全に眠りに落ちていた。

 相変わらず侮りがたい入眠力だった。

 せめてもの救いは、入れるだけのスペースをちゃんと空けてくれていることだが、


「そろそろ二人は狭いんだぞこのベッド……はあ……」


 夜の静寂(しじま)に燎祐の嘆声が吸われていく。

 近頃は彼単品でも狭さを感じているところに、もう一人入ってるのだから、満足にゴロンと寝返りを打ったりもできない。


「せめてベッドが大きかったらなあ」

 

 無い物ねだりの呟きが天井に吸い込まれていった。

 すぐ隣からしている可愛らしい寝息に誘われ、ふと目を向ける。

 銀色の髪が一段下がったところにあった。


「そっか、今日は枕持ってこなかったのな」


 燎祐はのそりと半身を起こして、枕をまゆりに譲った。

 その時、やわらかな銀色の髪が指に触れた。

 そのふわりとした感触が心地よくて、燎祐は、まゆりの寝顔を見つめながら、銀色の髪を梳くように撫でていた。


「すぅ…………すぅ…………」


「おやすみ。まゆり」


 燎祐は名残惜しそうに指を離した。

 そして手に残る銀色の感触を確かめるように眠りについた。



**2**



 まゆりは夢を見た。とても懐かし夢だった。

 どうやらリビングで泣き疲れたあと、布団の中で、意識を切らすように眠りに落ちていたらしい。


「…………」


 頭からかぶった布団を退かして、のろのろと身を起こす。

 時計を見ると、朝の4時を少し過ぎた頃だった。

 カーテンの太い切れ間から見えた空は、やはりまだ暗闇に包まれていて、その色自体が冷気を持っているかのように、とても冷たく感じた。


「…………」


 部屋の中を見ると、泣きじゃくってる間にベッドから放り投げた枕が、自分の陰の中に転がっていた。

 打ち捨てられて、無様に転がって、誰にも拾い上げてもらえない日陰者。


「わたしと……おんなじだ……」


 偶然の重なりに、まゆりは自分自身を投影していた。

 まゆりは緩慢な動きでベッドを降りると、枕を拾い胸に抱えた。

 頬を寄せると布地はやはり湿っぽくて少し肌に障った。


「…………」


 まゆりは枕を抱えたまま静かに部屋を出た。

 その足は、真っ直ぐに玄関を出て、隣家の燎祐の部屋に向かっていた。

 それと頭で考えていたわけではなくて、まゆりの行動は殆ど自動的だった。

 そして無意識が夢の続きを催促するように、まゆりを、燎祐のベッドの前まで運んだ。


「……今度は……ちゃんと持ってきたの……」


 まゆりは、燎祐の幻に言い訳をするように、枕を抱え直し、ベッドの中へと身を滑り込ませた。


「おやすみ……(りょう)


 夢の時と同じように、静かに目を閉じるまゆり。

 無論、夢の中にあった暖かさも安らぎも、主を欠いたこの場所に見当たるはずもない。それが何の解決にもならないことだと判っていても、せめて彼に一番近い場所で、甘い幻想に包まれていたかった。


 眠ろう。このままずっと。

 忘れよう。これからずっと。


 そしてわたしは、このまま、いなくなりたい。


 眠りに落ちていく中、まゆりの涙が、また枕を濡らしていた。

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