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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
31/111

第一章27  SEVEN DAYS『D』 ③

** 4 **


 同日、二十三時頃――――。

 夜の闇が重たく広がっている校内に、タクラマとレナンの姿があった。


「思ったよかァ、すンなり侵入できたなァ」

「ま、東烽(ここ)は私の庭みたいなものだからね」


 二人が歩いているのは、明かりの落ちたB棟内。二年生が入る校舎だ。

 この棟は一年生のA棟と違って各クラス毎に階が分かれている。

 上位のクラスから順に階層の選択権を渡されるため、別に上層だからといってグレードの高いクラスが入っているわけではない。寧ろ最上階こそ底辺クラスが入っていたりする。

 それというのもB棟にはエレベーター設備がないからだ。

 しかし、二人が向かっているのはその天辺。二年生は現在十クラスあるので十階である。


「よォレナン、こンなトコに何があるンでえ?」

「私の教室に連れて行ってやろうと思っただけさ。まだ一度も行ったことはないんだがね」

「おいおい……そんな為にわざわざ俺様を呼び出したンか……。勘弁しろよォ……」


「冗談だ。でもここに用があるのは本当さ。ところで私の冗談は分かり難かったか?」


 暗闇の中、タクラマは、無言で隣のレナンを見やる。


「だっておめえ、ちっとも冗談言ってる顔してねえもンよォ。もーちっと愛想よくしたらどーでえ?」


「何を言う。これでも喜怒哀楽はハッキリ付けている私だぞ、愛想はいいはずだ」


 凜とした声を響かせ、流れるような動きでタクラマに視線を向ける。


「それだよ、 そ れ 。挙措(きょそ)がしゃなりしゃなり()過ぎてンだっての。いちいち(みやび)なンだよおめえさんはっ。身だしなみはともかくな」


 どうやら二人は、すっかり夜目になっていて、明かりがなくてもだいぶ見えているらしい。

 言われてレナンは自分の姿を見回し、タクラマと見比べてようやく合点がいったらしかった。

 

「ふふん。言っておこう、私は暑がりだ」


 なぜか威張った。


「それにしたって暑がりすぎだろーよ。恥ずかしくねーの、そのカッコ? ちっと動けば丸見えだゼ?」


 するとレナン、何を思ったか彼の前へ躍り出て、えっへん、と胸を張った。

 全く役に立っていないネクタイのせいで、その状態からでも、黒い下着に包まれた胸元が普通に見えている。

 亜人ゆえ、人間の色香にピンと来ないタクラマは、それを普通に眺めていた。

 だが、そんな恰好をしているだけあってレナンも動じない。寧ろ堂々としてさえいた。


「私の薄着は、まあ……性分みたいなモノさ。敢えて見せつける真似はしないが、見られることはもう開き直っているよ。ちなみに私の下着の色は統一して黒だ」


 いま敢えて見せつけなかったか、という疑問を手放し、彼は「……いらねー情報どーも」と、話を終わらせた。





 それから数分後、階段を上っていた二人の足がピタッと止まる。

 異変に最初に気づいたのはレナンだった。タクラマも追ってそれに気づく。


「おいレナン、さっき通ったの八階だったよなァ」

「その通りだ。なのに私たちはいま、六階にいる。階を上がっていたにも拘らずだ」


 暗い中、二人は、階を示す足下のタイルを(じっ)と見るが、やはり九には見えてこなかった。


「こつア幻術か?」


 タクラマが警戒の色を強めた声で問う。

 レナンは値踏みするような目つきで顎の下に手をやって、僅かに俯く。


「いいや現実だ。恐らく空間を一方的に接続しているのだろう」


「そりゃア、階段の途中から別の階になってるってコトかァ?」


「そういうことになる。しかし学校生活で支障が出ているとは聞いていない。つまり日中、この妙ちきりんな術は作動していないことになる。そうなると、術の作動要件は時限式か反応式というのが相場だろう。私は後者だと思うが――――」


 そう言ってレナンは左の掌に大きな炎を灯した。


「どれ、一つこの術を実験してやろう」


 炎に照らされ、濡れたように光るレナンの顔が、ニヤリと歪んだ。

 何をしたいか理解したタクラマは、お好きにどうぞと言った具合に、先導を任せた。


「ところでおめえ、その炎は何ンでえ? 魔法じゃあねンだろ?」

「魔法とは類を問わず魔法だ。よってこれも魔法には違いない」


「ケッ、屁理屈捏ねやがって。俺様にァ協力させといて、てめーのこたァ教える気ねーってかァ」


「探られて痛い腹ではないが、教えるのが面白くないだけさ、単純にね」


 前を行くレナンは何処か楽しそうに話す。


「それに、女の魅力は秘密の多さにあると思わないか?」


 レナンは自信満々の笑みをタクラマに向け、必要のない同意を取り付ける。


「まっ、ミステリアス好きの男子はそーだろーけどよォ。大半のヤローは、あーこいつメンドクセー女じゃン、で終わりだゼ? あとはもう関わらねーよにするっつーかよォ」


「ゑ?! そうなの?!」


 どれだけ衝撃的だったのか、レナンは目をまん丸にしてバッと振り返った。

 挙措(きょそ)を失った年相応なリアクションに、却ってタクラマが呆れる。


「おめえ時々キャラがブレるよなァ……」


「言っておくが、一応、私は女だぞ」


「いや、そンくれー知ってるゼ」


「………………」


 亜人の俺様でも性別くらい分かりますが、みたいな反応に、レナンは静かに灰色になった。


「どうしたンでえ?」


「……もういい」


 レナンはぷいっと顔を背け、淡々と階段を上りだした。

 確かに喜怒哀楽がはっきりしていた。

 タクラマは黙って先を行くレナンの背に続いた。

 しかし気のせいか、彼女の手元の炎がぐらついているように見てとれた。

 仮に、もし今が戦闘状態であったら、それが示唆することを考えもしたろうが、特段そういうわけでもないので、彼の思考のリソースは「あーこの女メンドクセー」という方に回されることになった。


 それから二分と経たぬうちに、二人は、九階へ向かう階段中腹にいた。


「さて、この辺りかな私たちを飛ばしたのは」


 レナンは、くるっとタクラマの方へ向き直った。


「通過する前に一つ試したいことがある。私の前に出てみてくれないか」

「ン? まア、いいゼ?」


 そういってレナンの脇を通り過ぎたとき、タクラマは、ぞわっと不穏なものが背に張り付くのを感じ、思わず彼女の方へ目を向けた。

 途端、レナンの手から炎が消えた。

 その時、彼は見た。

 これでもかと口角をつり上げ、邪悪に笑うレナンの顔を。


(――なァっ?!)


 瞬後(まどかご)、彼は一人、五階と六階の狭間に立っていた。


「なァにぃぃぃぃ!?」


 一人だけ飛ばされていた。

 タクラマは急いで階段を駆け上がり、息を切らせながらさっきの場所へ舞い戻る。

 しかし、見回せどもレナンの姿が見当たらない。


「何処に行きやがった?!」


 まさか襲撃に遭ったか。

 それともレナン自身が敵だったか。 

 思考が一気に混濁する中、タクラマは手すりに背を預け、しきり目を走らせる。

 すると手すりの影から、「ばあっ!」っとレナンが出てきた。


「どうだ、驚いたかな?」


 脅かし用の懐中電灯のつもりか、小さな火で自分の顔を下から照らしている。


「いや驚かねえよ。つーか何してンのおめー」


「ふふん。君が私をメンドクサイ女と思っていたことくらいお見通しだ。これはそのお礼さ」

「おめえ、もうちょっとクールなヤツかと思ってたけど、マジでメンドクセーな」


「ふむ、友好を深めようと私なりに砕けてみたんだが、やっぱり上手くはいかないか……」


 レナンはどこか残念そうに眉尻を下げた。

 なるほど、今のは遊んでいるつもりだったのか、とタクラマは納得した。

 舟山が万年ボッチと言っていたのも、とどの詰まりは、レナンという少女、どうやら同世代とろくに接してこなかったせいで、距離感が著しく間違っていることに起因しているらしかった。


「すまない調子を戻そう。いま火を灯すから、こちらに上がってきてくれ」


 そう言ってレナンは手に明かりを作って、タクラマを自分のところまで招いた。


「ほー、おめえの睨んだとおり、反応式ってヤツだったみてえだなァ」

「警備や宿直教員の見回りを警戒したんだろう。ライト程度の光量でも通過できたはずだ」


 それにしても、だった。


「これほど存在感のない魔法、そうはお目にかかれないぞ」

「てえと、舟山の転移みてーな?」


 レナンは短く首肯する。


「アレは相当に特殊だが、こちらも引けを取らない。どう見ても並の術ではないよ。まるで『御業(ミワザ)』のようだ」

「おめえ見たことあンのか?」


 少しな、とだけ言ってレナンはまた階段を上り始めた。

 程なく、二人は十階の踊り場に立った。

 レナンは手の明かりを少しばかり強め、周囲を警戒しながら廊下に出る。


「二年一組……この階層で間違いない」

「一クラスに一階層与えるって、どーいう意図なのかねえ……」


 ぼやくタクラマに、レナンが肩越しに答える。


「今の東烽(とうほう)の方針では、二年は各クラス内で小集団を作り、集団毎に教室を別けている。クラスには帰属意識が持てず貢献できない生徒も、小集団ともなれば期待できるという寸法さ。無論、教員もその分投入している」


「ほォ。ンじゃァ、クラスってのは形だけってことかァ」


 その答えには小さく首を振って否定する。


「統率者が居ればその限りではないよ。他の集団を吸収したり併呑したり、クラスによっては初めから小集団を形成しないところもあるらしい。形態は様々さ」


「そりァまた随分と実験的な試みで」


 違いない、と同意をしながら、二人は廊下を渡っていく。

 未だ目的の分からないタクラマはレナンに黙ってついて行くほかなかったが、二人で色々と話している内に、そのことはあまり気にならなくなっていた。


「着いたぞ。ここだ」


 先導するレナンが立ち止まったのは、右から数えて二番目の教室。


「なンでえ……この気持ち悪りィ教室はよォ……」


 タクラマが気味悪そうに半身を引いた。

 しかし彼の反応は至って正常だった。

 教室名を示すボードが、どういうわけかマジックで黒く塗り潰されている。

 ボードの直下には溶接された扉があり、隙間を塞ぐように鉄板が打ち付けてある。

 おまけに、扉にはが複数の封印術が重ねられている。

 一体これは何の冗談かとタクラマは思った。


「最近ここで出たらしいんだ」


 唐突にレナンが言う。


「ハア? 何がでえ? オバケかユーレイでも出たってのかァ?」


 タクラマは怪訝な色を声に乗せた。

 人間が臆面もなく『出た』と言えば、相場はそんなところだが、レナンの発する雰囲気から、それとは違うことくらい彼とて想像が付いていた。

 レナンは、彼の心中を鋭く察し、ゆっくりと振り返りながら、得意そうに鼻を鳴らす。


「ふふん、聞いて驚くなよ。『出た』というのはね、なんと、この私さ!!」


 全く意味が分からず、反射的にタクラマが問い返そうとした――――

 その時だった。

 落雷の如き音を響かせ、教室の壁が内側から弾け飛んだ。


「「!!」」


 身構えた二人の前に転がり出でたのは、ぐにゅぐにゅと蠢く、人間大のドス黒い塊。

 目を向けている僅かの間に、それは、人の形へと変貌を遂げる。

 数瞬後(かずまどかご)、それの姿は、レナンと瓜二つになっていた。


「オボボボ……ゴボポポォ…………ゴポォォォ……」


 それは、汚泥のようにポコポコと腐臭を放ち、二人を睨み付けるように立ちはだかった。


「言ってる側から、もうお出ましか。堪え性のないやつめっ」


 レナンは、パシッと打ち合わせた拳で左手の灯火を打ち消し、今度は全身に炎を纏わせた。


「さあ片付けの時間だ」


 レナンの炎が烈と燃え上がり、淀んだ闇を払う。

 照らされて、対峙するドス黒いモノの表皮が、濡れたようにヌルリと光った。

 張り詰めていく空気の中、項垂れたタクラマが、レナンを押しのけて前へ出る。


「おいレナン。おめーが見せたかったのはコレだな」


 粒の揃っていない(むら)のある声差(こわざ)しだった。

 レナンは何も言わなかったが、それで十分に伝わっていた。

 タクラマ肩がくっくっく、と小刻みに揺れる。

 彼が顔を起こした時、その目は、不気味な赤色を灯した。


「カカカ、懐かしい(・・・・)ゼ。まだ居たんだなア、クソッタレのカリスの泥人形チャンよォ」


 タクラマは地獄の底から響くような声で言った。

 その一声が、場に触れがたい空気を作り出すも、レナンは努めて冷静に話を詰める。

 

「タクラマ、これはカリスのもので間違いないんだな?」


「あア、間違いねえ。こいつァ死を吸い上げる泥。カリスの御業(ミワザ)、その一端だ」


 また一歩、タクラマが前へ出る。


「ポゴゴゴゴゴ…………」


 二人の前に出現し、レナンに化けたドス黒いモノの正体は――――屍体を食らい、血を(すす)り歩く、またの名を『亡骸を食らう泥』と言う、死の掃除屋。

 かつてノーチ・スタニャでの惨劇を抹消するべく用意された、カリスの御業(ミワザ)の一つだった。


「レナン、俺様がやる。下がってな」


「…………。ああ、任せた」


 言っても聞かないか、と察して、心ならずもレナンは後方へ飛び退いた。

 すると泥人形は、その動きに反応し、レナンに向かって走り出した。


「ポゴォォォッォ!!!」


 だが、たった数歩で泥人形の足は前に進まなくなった。

 白い骨の指が、泥人形の首を鷲掴みにしていたのである。


「――おイ、何処行くんでえ」


「ポゴゴゴッゴ!!!?」


 白い骨の指がメリメリと泥人形の首に食い込んでいく。

 泥人形は、手足を振り回し、必死に逃れようとするが、まるでビクともしない。

 タクラマが更に指に圧を乗せると、泥人形は、酷い腐臭がする黒い体液を、目鼻口からドロドロと垂れ流し始めた。


「ゴボボ…………ゴボォ…………」


 その体液が床に(したた)った途端、ジュワッと白煙が上がった。タイルが溶けていた。

 同じく、タクラマの手元からも煙が上がっている。


「もうちっと離れてろレナン。こいつの体液は濃縮された死の塊ってヤツでよォ。肉の器じゃねえ俺様はともかく、人間が触っちまったら火傷じゃ済まねえゼ」


「炎を使う私が、よもや火傷の心配をされようとはね」


「言ってろ」


 レナンは忠告に従って距離を空けると、直ぐに炎の壁を展開した。

 そうしたからには、泥人形の始末は彼に一任する気だった。

 タクラマはそれを合図に、もの凄い力で泥人形を引き寄せた。

 泥人形は、濃縮された死の飛沫を散らして抵抗するも、彼を傷つけることは出来なかった。


「ポゴポゴうるせーンだよ」


 タクラマは、もう一方の手で、泥人形の顔面を、ゼリーのように握り潰した。


「ゴ……ボ…………ゴボボ…………ォォ」


「いい鳴き声になったなア。そンじゃあ、最後によォ、おめえの一番(でー)好きな(モン)をくれてやらァ」


 彼の全身が黒いオーラに包まれ、その身体から、蛇の如き真っ黒い手が無数に伸びた。

 形はどれも不揃いで、指の数も、形も不均一な(むら)のある手だった。

 骸骨の風体が纏うそれは、さながら邪に墜ちた千手観音であった。

 タクラマは泥人形を無造作に宙へ放った。

 体から生えた黒い手が、ピクンと反応し、そっちの方をく。


「但し、てめえ自身のだァッ!!」


 吠え声をあげ、タクラマの眼光が稲妻のように唸った。

 その瞬間、宙を泳ぐ泥人形に、無数の黒い手が一斉に掴みかかった。

 そして掴んだ側から、恐るべき膂力(りょりょく)でもって、泥人形の身体をみりみりと引き千切った。


「ポ……ゴゴ…………!!」


 黒い手が嵐のように踊り狂い、泥人形を、立ち所に肉片サイズまで分解した。

 それでも、泥人形はまだ朽ちてはいないのか、ボチャボチャと(まろ)び落ちた先で、微かに震えている。

 タクラマは、それを悠々と見下ろしながら、黒い手に号令を発した。


「喰え」


 すると黒い手の中心に、ヒトの口が出現し、転がっている黒い塊をガツガツと捕食し始めた。

 手は、あっという間に泥人形だったものを食い尽くし、床一面に広がったものを綺麗に舐め取ると、タクラマの中に引っ込んでいった。

 泥人形のあった辺りには、もう何も残っていなかった。


「終わったゼ」


 タクラマは振り返らず、戦いの幕引きを告げた。

 レナンは一呼吸の間に炎を収めると、どこか不貞腐れたような足取りで彼の隣へ並んだ。

 その理由は直ぐに知れた。


「なんだい、私のことをあんな風に言っておいて、君も妙な魔法を持っているじゃないか。これはどう言う了見かな」


 レナンにしては、子供っぽさの垣間見える拗ねた言い回しだった。

 小さく口を尖らせているのが、彼に余計にそう思わせた。


「ほれ、男ってのァ秘密が多い方がイカすだろォ?」


 タクラマはゆるりと半身を向け、キザったらしいトーンで言った。

 その返答にレナンは、ムッと眉を(ひそ)めて難色を示した。

 タクラマはおざなりに手を振って、忘れろと言ったが、あまり釈然とした様子ではなかった。

 案外根に持つタイプらしい。



「しかし興味深い。アレはどうして私に化けていたんだ」


 今さら影も形もない泥人形を見えているかのように、レナンは目を(すが)めた。


「こいつァ周囲が持ってる恐怖の形に反応して、ソレに擬態すンだよ。上手くいきゃア、おっ()んでくれっかもしれねーだろ。ま、今回それがおめーってワケ」


「てっきり相羽の仕込と思ったが、なるほど。それにしても、はた迷惑なことだ」


「いや、おめえよォ、こンだけ似るとか、普通じゃねえンだゼ? どんだけクラスを恐怖に陥れたンだっつーの」


 タクラマは、半ば呆れた声で自覚の言葉投げかけるも、レナンは臆面もなく「身に覚えはない」と宣った。

 しかし、自分に向けられた()も言われぬ空気に鼻白んだらしく、フンと小鼻を鳴らして、不承不承話を本題に戻した。


「カリスの連中、この東烽(とうほう)奸計(かんけい)をめぐらしているので先ず間違い。差し詰め、持ち込んだ泥人形の使道(サト)は【魔女の紋章】の事後処理だろう」


「大っぴらって程でもねえがァ、噂が立ってるのを放置してるくれえだ。向こうサン、管理がよっぽど杜撰かァ――――それとも、だゼ?」


 二人はそれの意味するところを無言の内に了解し、一様に頷いた。


「さてと、では片付けに入るか」


 そう言ってレナンは、懐から一枚の御札を取り出すと、泥人形が作った壁の穴に向かって投げた。御札はそこに見えない壁があるかのように、ピタリと宙に張り付いた。

 レナンが小さく刀印を切ると、御札はカッと強い閃光を放って消失。

 壁はその間に復元されていた。


「おォ!! スゲーなおめえ!! トーヨーのオンミョー術かそりゃア!!」


 面白いものを見たとばかりに、妙にはしゃぐタクラマ。

 実は彼、東洋の神秘系が大好物なのだ。


「オイ、それ俺様にも教えろよ」


「まあ考えてはおくよ。それよりも今は、撤収だ」


 そう言ってレナンが刀印を振り下ろすと、二人の姿は、嘘のように廊下から消えた。

 代わりに二枚の御札がひらひらと宙を舞ったが、それも床に付く前に、光の粒子となって消えた。


 校内は再び、淀んだ暗闇が作る静寂に包まれた。

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