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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
30/111

第一章26  SEVEN DAYS『D』 ②

** 2 **


 命からがらの人外転化を終え、色んな意味で天井から救出された俺は、再構築された体に気を配ってみたが【成る】瞬間ほどの強い自覚は得られなかった。

 唯一目立った点と言えば、舟山の施した血の紋様が淡く発光して、肌に浮き上がっていることくらい。他に主立った変化はない。


「いやぁ~~、首だけの状態からよく持ち直しましたね。いつ頭部が飛び散るものかと思って、ビニール傘刺してました」


 そう言うなり、傘を肩に担ぎながら天井を仰ぎ見る舟山。

 視線の先を追うと、綺麗に陥没した穴があった。さっき俺の墓場になりかけた穴だ。

 あそこに頭がぶっ刺さっていたお陰で、自分自身の凄まじい光景を目にすることはなかったが、その分、痛覚やら何やらが強まって、大変酷い目に遭った。

 視線を戻すと、舟山が、いつものすまし顔をしている。


「でも私は、君なら人外に【成る】って信じてましたよ!!」


 グッと親指を突き上げた。

 その姿に、忘れかけていた苛立ちが一瞬で募った。


「おいそこの殺人未遂、今すぐ口と傘を閉じろ」


「ちょ、酷くないですかそれー? 一応術成功したじゃないですかー?」


「失敗する方に賭けてたろ先生(アンタ)!?」


 結果はともかくとして、躊躇なく惨劇を引き起こした張本人に、これでもかと半眼をくれてやった。

 するとその目を掻い潜らんと、舟山は軟体動物さながらに身をくねらせながら、こちらへと近づいてきた。


「も~、そーんな怖い顔しないで下さいよ~、せっかく人外になったばっかりじゃないですあ~。今のうち私にいろいろ聞いておいた方がいいですよ~? 人間とは勝手が違いますから~」


「ん? とりあえず先生殴ればいいの? 殴って吐かせりゃいいの?」


 俺の拳が舟山を殴りたそうにボキボキと鳴った。


「いや、真面目にですよ。人間と思ってこれからの特訓をやられたんじゃあ、時間の無駄ですからねえ。折角人外になったんです、人外なりのやり方しましょうよ」


 舟山の声は最後に行くにつれ、おどろおどろしい鬼の蛮声(ばんせい)に変わっていった。

 勢いの急激な変化に思わず生唾を飲んだが、その先のテンションはいつもの舟山だった。

 それから人外のイロハとやらを教わったものの、ぶっちゃけ、自己修復因子の説明以外はどうでもよかった。

 簡潔に言うと、怪我の治りがアホみたいに早いらしく、直るときは白煙噴くとかそんなもん。




 だがここで、俺には一つ試したいことがあった。

 

「先生っ、人外って妖術が使えるんだろ?」

「ええまあ。妖術自体は人間でも使えますが、人外の方がより簡単にできますよ。何でしたら試しますか? もしかしたら人間に戻ったときに使えるかも知れませんし?」


 聞かされて思わず目が点になった。

 それは棚からぼた餅というものだ。

 まさかの願ったりかなったりな急展開に、俺は待ちきれない子供みたいに胸を躍らせる。


「おお! 早速やろう!! すぐやろう!!」


「では先ず、石ころを浮かせてみましょうか。やり方は追って説明しますね」


 そう言って、舟山は、手頃そうな床の破片をピックアップすると、俺の足下へ転移させ――――。

 と、言うのが既に半日前のこと。

 それから手取り足取り、妖術の基本を習い半日が経過した今。

 俺の足下には、半日前から毛ほども動きゃしない石ころが落ちている。


「クッソオオオオオ!! 動けっ、動けええええええええええええええええ!!」


「 う わ ぁ 」


 俺の無残な様を、なんとも言えない表情で見ている舟山。声のトーンの冷めっぷりが酷い。

 その後、舟山は匙をブン投げた。

 俺に妖術はできなかった。




 それにしても、あれだけチマチマと手間暇かけて転化術の準備をしていたのに、それらが役だった形跡が全くないのが不思議だった。

 そのことをツッコんでみたら『形さえ整っていれば中身は要らないんですよ』と、何とも舟山らしい回答が返ってきた。

 形骸化とはまた違うものかも知れないが、そういうものなのか、と妙に納得した。


「では修行を再開しましょう。最初は体の出力に振り回されると思いますが、自分でなんとかして下さいね。これからは怪我も直ぐに治りますから、私も遠慮なくあの蛮族……、いえ、イルルミさんから受けた屈辱を君で晴らしたいと思います」


「なんで言い直した!? つーかソレはレナン本人にやってやれよ?!」


 しかし、立てた人差し指をノンノンと左右に振り、舟山はこちらを見返す。


常陸(ひたち)くん、私が大幹部の娘に逆らうと思いますか? しかもあの子、八和六合(シオノクニ)の頭目の(そば)仕えなんですよ? そんな立場にあったんじゃ、平教員の私なんて踏んでも蹴られても罵られても文句の一つも出せませんって。あのアマゾネス、マジでファックですよ」


 ぺッとつばを吐き、教師にあるまじきしかめっ面をくれた。

 舟山はレナンに対してだけは遠慮がない気がする。あくまで口だけだが。


「んじゃ、俺も憂さ晴らしさせてもらうかな、本当に死にかけたわけだし」


「なーに言ってるんです? 死にかけるのはこっからが本番ですよ? 今までは君、人間でしたからね。殺さないようにするのが毎回大変だったんです。けど、ここからは多少セーブを誤っても死にはしませんから、安心して手違いできます」


 そう言って、舟山は物を投げて寄越すくらいの気軽さで腕を振った。

 この時、舟山は、俺の左斜め前方に居た。

 しかし直後、攻撃が空間を跨いで顔の直ぐ右から飛んできた。


「転移攻撃かよっ!?」


 咄嗟に胸を仰け反らすと、重い風圧が鼻先を掠めた。


――驚いた……


 今の攻撃はもらっていても不思議じゃないタイミングだった。それを回避した。

 体の反応が、格段に早くなっている。意識が神経と直結したような早さだ。

 だが、それ比して体に力が入りすぎる。それこそいきなりアクセルを踏み抜いたくらいにグインと急加速した。


――ダメだこれ微調整がまるっきり効いてない!?


「はい、次でーす」


 軽やかな口調と共に、舟山の(かかと)が顔の真上に出現。またも転移してきた攻撃は、吸い込まれるように俺の顔面に落ちてくる。

 転瞬の間に勢いよく身を起こし回避を試みるも完全には躱しきれず、舟山の靴底が額をチッと掠め、突っ張るような熱が走った。

 あわや直撃というところだったが、しかし今度は、つきすぎた勢いに足が持ち上がって、その場で空中をぐるぐると数回転。


「のわああああーーー!! な、なんだこれ――――!?」


 そのまま、つんのめったように、びたーんと地面に落ちた。

 すぐ手を付いて、ガバッと身を起こす。

 こんなの勢い余ったって次元じゃない。自動車にジェットエンジンを搭載して思いっきり吹かせたようなものだ。体と力の規格が毛ほども合ってない。


「どうですー、扱い辛いでしょう? まあ~、そのうち楽に動かせるようになってますよ、たぶん」


 舟山はすまし顔のまま、早く立つようにと、手で合図をしてきた。

 一応チュートリアルのつもりだったのだろう。

 でも、ここからは宣言通り「自分でなんとかしろ」になると察して、勢いよく立ち上がる。


「準備良さそうですね」


「おうよ!!」


 こうして、本当に長い長い修行の幕が上がった。






** 3 **



 久瀬家では、燎祐が出て行って早3夜が過ぎようとしていた。

 あの日からずっと、まゆりは自室に閉じこもりっきりで、ただでさえ増えがちな寵看(めぐみ)の溜め息を、輪をかけて量産させていた。


「はあ……まゆり、大丈夫かしら……」


 自室にいると分かっていても、いつ寝ていつ起きてるのかも分からない生活を続けている娘が、心配にならない親もいない。

 一昨日なぞは、深夜に赤ん坊のように酷い夜泣きをしたかと思えば、お昼にはドンドンバンバンと暴れ狂う音がして、これは酷いと思っていたら、今度は何時間もシーンとしたり。

 傍からすると、なかなかエキセントリックに思える生活スタイルには違いなかった。


「体調崩してないと良いんだけど」


 それでも寵看(めぐみ)が用意する食事には手を付けているようで、扉の前に置いておくと、一度は引っ込む。

 ただ、戻された皿を見ると、さすがに完食できる精神状態ではないようだけれど……、母心としてはひとまず安心した。


「問題は、どうやって今以上に回復させるかよねえ」


 寵看(めぐみ)は夜のリビングで一人、天井を見上げながら何度目になるか分からない溜め息をついた。

 テーブルの上には、広げた仕事が散乱していて、もうどこから手をつけていいやら寵看(めぐみ)自身にも分からなくなっていた。

 やっぱり娘の様子が気になって仕方がないのである。


「困ったわ。どうしよう」


 ため息が倍加して口元から下っていった。

 こういう場合、本人の口から話をしてもらうのが自他共に一番スッキリするのだが、まゆりは未だに部屋から顔を出てきてくれない。


 だからと言って、それを無理に引っ張り出したり、訳知り顔で部屋に押しかけたりしたら、それはそれで良からぬ遺恨を作ってしまいかねない。年頃の思春期さんはデリケート以上にデリケートなのである。

 それを思って、中々如何(なかなかどう)して困ったもんだと、寵看めぐみは母の立つ瀬の無さを心底嘆いた。


「それにしても、よねえ…………」


 ここまで荒れに荒れているのは、燎祐が言っていた『決闘』が原因だということくらい、蚊帳の外である寵看(めぐみ)にも容易に想像がついた。


「でも、あの子は決闘の当事者じゃないんでしょ? だったらどう関係してるのかしら?」


 ふに落ちないのはそこだった。

 普通に考えれば全く関係ない。

 それがどうしたことか、とてつもなくご乱心である。


「まゆりにどう関係してるのかしら?」


 寵看(めぐみ)は問いの説明文もないまま、答えを考えた。

 思い返してみると、燎祐がリビングを出て行く直前、その瞳に覚悟めいたものを宿していると見えた。


「あの子は、まゆりが絡む話だと本当に目の色が変わるから……」


 毎度そんなだったことを考えると、決闘はまゆりと直接関係がある話らしいと、自ずから知れてくる。

 問題は決闘が二人に与える影響とその深度。

 しかしそれは考えるまでもなく、重たい。帰宅した時点で既にあの状態だったわけで、とても希望があるようには思われない。寧ろ如何(いかん)によっては、尚厄介極まるとする方が自然だった。

 とても楽観的に見ていられそうにもなかった。


「はああぁ…………忙しいときに限ってこうなるのよねえ……」


 嘆息と一緒に弱音が飛び出た。

 これ以上はうがち過ぎかと思い、寵看(めぐみ)はテーブルの上にほったらかしていた書類を、パパッと整理した。

 真面目に休憩が必要だった。


「頭の整理がつかなくても、現実の片付けってスムーズにできるのね……。皮肉だわ……」

 

 あっという間にテーブルの上を片付けた寵看(めぐみ)は、椅子に座り直し、目を閉じて、両手を思い切り突き上げてうんと背伸びをした。


「ん~~~~~~…………っ」


 背中と首の筋肉が上下に引き延ばされる。スーッと血が降りてくる感覚が体の中を抜け、「あーたまらん」と脱力し、軽く肩を回した。


 そうしていると、カタっと陶器の擦れる音がした。

 次に、紅茶のいい香りがふんわりと鼻をついた。

 えっ、と思って寵看(めぐみ)が目を開けると、いつの間にか紅茶が出されていて、対面にはまゆりが座っていた。


「あ、あれ、まゆり起きてた、の……?」


「………………」


 髪はくしゃくしゃで、いかにも寝起き感が漂っているも、目元が腫れているので、そういうわけでもないのだろうと察した。

 表情もどこか虚ろで、唇には強く噛んだ痕が何カ所も残っている。おまけにパジャマも着崩れていて、本当に酷い有様だった。


「あっ、なーにー、もしかしてーお腹でも空かしたのー?」

「………………お母さん怒らないの……?」


「あらあら、これでも怒ってるんですけど。うちの子供が揃って素行不良になっちゃったーって、お母さん大変なんだからー」


 寵看(めぐみ)は冗談めかして言った。

 しかし、目の前に立ったのは笑いではなく暗い影だった。


「悪い子で…………ごめん……なさい………………」


 かすれた声で、力なくぼそぼそと零すまゆり。

 今にもズゥゥゥンと聞こえてきそうなくらい酷く落ち込んでいるその姿に、寵看(めぐみ)は却って深刻なダメージを与えたのだと知って狼狽えた。


「え、えっと! えっとねまゆりっ!」


「…………ごめん…………なさい…………」


 慌てて取り繕おうとするも、娘の謝罪の前には今更になってしまい、寵看(めぐみ)はそれ以上かける言葉を失った。


「………………」

「………………」


 暗い沈黙がリビングを占領して、身動き一つ躊躇われる空気が二人の肩に重くのしかかった。


「お母さん、燎は…………」


 話の切っ先が変わった。

 寵看(めぐみ)は、はたとまゆりを見た。その顔は、未だ俯いたままだったが、途切れた言葉の先が直ぐに読み取れた。


――燎はどこにいるの?

――どうしていないの?


 しかし言葉が続かない。ぷつりと切れてそれきり。

 言いたくても言葉にできない。知りたくても聞くのが怖い。

 だから口を噤んでいる。


「……お母さん…………」


 まゆりの宝石のように綺麗な瞳は、乾くことを許されず今も潤んでいる。

 そして、ゆっくりと寵看(めぐみ)の方へ、その面を上げたとき、頬に涙の筋が通った。

 まゆりは奥歯をぎゅっと噛みしめて、表情をなんとか保っている。それが少しでも緩めば今直ぐにでも、くしゃくしゃに潰れてしまいそうだった。


「燎祐だったら出て行ったきりよ。もう三日経つわ」


「――――――っ」


 まゆりは言葉を失い、見開いた目から大粒の涙をこぼした。

 会いたかったのだろう。

 傍に居てほしかったのだろう。

 嘘でもいいから支えてほしかったのだろう。

 それでも寵看(めぐみ)は現実を突きつけた。


「あ―――――あああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」


 瞬間、悲しみに満ちた悲鳴が上がった。

 押留めていた感情が堰を切ったように流れ出し、自分ではもう制御ができないのだろう。

 まゆりは顔を両手で覆って、髪を振り乱して、壊れたように咽び泣いた。

 

 寵看(めぐみ)は、まゆりの心に立った嵐が過ぎるのを静かに待った。

 その心模様が曇天に傾く頃には、まゆりが淹れた紅茶は、もうすっかり冷め切っていて、口当たりも酷く渋くなってしまっていた。


――ほんと、母親って大変なんだから……

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