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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
29/111

第一章25  SEVEN DAYS『D』 ①

天井に突き刺さった燎祐と舟山は、まだ天井に突き刺さっていた。

**1**


「あのー常陸(ひたち)くん、頭、まだ抜けませんか? もう十分くらい経ってますよ? 早くしてくれません?」


先生(アンタ)は転移できるんだろおおおおお?! 自分でやれよおお!?」


「えぇ~嫌ですよ面倒くさい。あ~、じゃあ~、いっそこのまま転化の術やっちゃいましょうか。とっくに準備は終わってますし」


「なんなのその暴挙!? 俺にとっては一世一代の大博打なんだけど!? 天井に刺さったままとか絶対嫌なんだけど?!」


「シチュエーションが好きとか嫌いとか女子高生じゃあるまいし……。こんなのどうせ失敗して死んじゃうんですよ。もうやっちゃいましょうよドカンと」


「殺す気しかないのかよ!?」


 その反応を、フッと鼻で笑う舟山。

 燎祐は、その顔を見なくても、舟山がどんな表情をしているかは分かった。

 すまし顔を、やれやれ、とあきれ果てさせて、あまつさえ手をおざなりに天井へ向けているのだ。そんなことは見なくても分かった。

 それにしても一体どこで火が付いたのか、舟山は妙にやる気満々だ。

 一方の燎祐は、心の準備が全く間に合ってない。

 何せあの舟山に命を丸投げするのだ。しかも失敗したら、頭を天井に突き刺したまま、無様な水風船のように飛び散るのだ。気が気でいられようはずもない。


――俺ほんと、この学校に何しに来たんだろう

――確か第二の魔法を習得しに来た筈なんだが


 なのにどういうわけか、今月二度目の絶体絶命になりかけている。

 結果的に、それが自分の鍛錬に繋がること自体に抵抗はないが、それでもここ最近の出来事はちょっとおかしいぞと感じていた。


 そんな風に考えていた矢先、唐突に舟山の口が「あ」と跳ねた。

 燎祐は「え」と投げ返した。

 直後、彼の体は、電熱線に直火焼きにされているような、肌がヒリつく熱気に包まれた。それに煽られ、毛という毛がてピリピリとむず痒く立ち上がっていく。

 決意の言葉を待たず、舟山が人外転化の妖術を発動させたらしい。

 そのことを燎祐が自覚した瞬間、体の中で起こる異変を次々に認識した。


 ドクンドクン――――


「ち、ちょ――――う、うお!?」


 全身が一個の心臓になったみたいに強く脈打っている。

 体中がその振動に揺さぶられ一拍毎にビクンビクンと震え出す。

 まるでエンジンを全快で吹かせたような大きな鼓動は、壊れたように加速してゆき、止まぬ目覚まし時計の如く喧しく暴れ出した。

 

 ドクドクドクドクッドッドッドッドドドドドドドドド――――


 音の継ぎ目が聞こえないほどの猛烈な振幅に、心臓が悲鳴を上げながら震えている。

 その勢いに、血管がはち切れんばかりに浮き出し、熱湯のような血流が凄まじい早さで全身を駆け巡っている。

 だがその異常な圧力に耐えきれず、肉の中で、或いは皮膚の上で、風船のように膨らんだ血管が、血を飛ばしながら破裂。そこから沸騰した体液がブシュウと噴出した。


「ウッ、ア、アッア!! ウァァァァ――――ッ」


 肌に纏わり付いてくる粘っこい空気が、内側から皮膚が裂けて肉が露出していることを、その温度差をもって嫌でも認識させてきた。

 そして尚も収まりが付く気配のない全身の異常は、今度は、電気信号と成って全身を疾った。

 成されるがまま狂ったように収縮を始めた筋肉が、全身の肉という肉、臓器という臓器を絞り上げ、込められていく力に、手も足も体も、丸まるように折れ曲がっていく。そして巻き込まれた骨を(ひしゃ)げさせ、体の中から、枯れ枝をへし折ったような異様な音を耳に届けた。


 バキッ……バキ……ベキィ…………


 壊れる、壊れる壊れる壊れる――――!!


 死ぬ――――死ぬ死ぬっ!!


 本当に、死ぬ――――――!!



 身体の異常は尚も行き場を求め、いよいよ首から上に到達した。

 口の中に鉄の棒を入れてかき回しているみたいに、顔の筋肉がグチャグチャに動き回り、頬が千切れそうなくらい引きつる。

 暗闇の中で目玉が千切れんばかりに裏返り、噛み砕けた歯があちこちに刺さった。

 ズタズタにさけた口腔内から、血が吐瀉物のように吐き出される。

 それが喉の奥を逆上がり、強い血臭を伴って鼻孔の奥に這い上がってくる。

 もはや生き地獄だった。生きたまま死んでいく恐怖しかなかった。

 その中で燎祐は必死に藻掻いた。藻掻き続けた。だけど異常は何一つ収まらない。

 さながら生命(いのち)の一点へ向かうように、身体が内側へと全部を押しつぶれていく。


「アッーーーーウアアアアァァァァァァアアアアアア――――――!!!」


 止めようのない筋収縮によって、関節という関節が向いてはならない方向を向いている。

 折れた骨が皮膚から突き出し、尚も収縮する筋肉がそれをへし折っていく。眼球が圧し潰れ、舌が噛み千切れ、頭の中は万雷の痛みと絶望だけになっていた。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 火の玉を呑み込んだみたいに熱い喉が、体の底から絶叫を絞り出した。

 体全体が叫びと一体化し、壊れていく自分への嘆きを、ただ上げ続けた。

 

「あ~ぁ、これは本格的に駄目そうですねえ。今から訃報でも考えておきますか」


 悲鳴の合間に涼しい声が割り込んだが、燎祐には届いていない。ただ叫ぶのみだった。


「ア、ア、ウ、アアァァァァーーーーーッ!!!」


 嘆きの中に焦燥が生まれ、焦燥が底のない絶望を呼んだ。

 それが輪唱のように重なって燎祐の意識を冒し、自我を黒く塗りつぶしていく。

 まるで足下が抜け落ち、喩えようもない闇へ沈んでいくようだった。

 這い上がることが出来ない奈落へ墜ちていくようだった。


 もはや、強化された彼の五感でさえ、いまの自分がどんなカタチをしているのか分からなかった。それどころか、何一つ分からないほど彼の脳髄は錯乱していた。


 もう自分を自分と認識できていなかった。

 そうさせていたモノは、一つ、また一つと、音を立てて脱落していった。

 最後に大きいものがブチンと千切れて一気に軽くなった。


 燎祐は体と共に理性を失った。

 そして最小限のモノとなった。


 その脱落の音を聞いた舟山が下へ転移した。

 そして、足場に広がる惨状を目の当たりにした。


「どうなったものか見に来てみれば、ハハハ……いやあこれは酷い。先に棺桶作っておけば良かったですかね」


 しかし燎祐には、舟山がなにを言っているかなど聞こえてはいなかった。

 原型のない燎祐の体にそんな機能は既になかった。

 残っているのは、自己を放棄し、頭蓋の奥にある細胞の塊。

 その頭蓋の中身は、残る全てを燃やし尽くすように発狂していた。

 ただの発狂する器官となっていた。

 天井に突き刺さった頭、それが最後に残った彼の姿だった。

 その下にぶらさがっていたものは、どれも地面に叩き付けられて四方に飛び散っていた。

 それは、もう燎祐と呼べるものではなく、或いは屍体とも呼べず、たんなる赤い肉の塊だった。


 その時、天井に刺さっている頭蓋の中で声が跳ねた。


 ――――君は『また』駄目なんですね


 発狂の塊が声を認識した。

 認識したものがなんであるか、思考を始めた。


 ――――君は『また』諦めてしまうんですね


 発狂を止め、思考する器官はなにかを思い出した。

 記憶、そしてヒトになる前の(おのれ)の形。

 それは燎祐を燎祐たらしめる原形質にして、彼の意識の根源。魂と呼べるものだった。

 脳髄に昇格した頭蓋の器官は、最小構成の生命となって、燎祐として思考をする。


 『また』なのか。


 ――……


 『また』失敗するのか。


 ――だ……


 『また』死んでしまうのか。


 ――いや……だ


 『また』何も出来ないのか。


 ――嫌、だ


 『また』約束を破るのか。


 ――嫌だ!


 『また』まゆりを独りぼっちにさせるのか。


 ――――――絶対に、嫌だ!!!


 その時、落雷に打たれたように、力強い何かが目を開いた。

 そして、それは彼の脳髄の中で、ものすごい勢いで跳ね起きる。


 瞬間、魂が、咆哮を上げた。


 ――――死んでたまるかぁあああああああああーーっっ!!!


 形にすらなっていない声が、燎祐の頭部から発せられた。

 その覚醒は瞬く間に空間に伝播。

 地面に転がる血や肉片が主の目覚めに呼応し、立ち所に目映い粒子となって分解。まるで強力な磁力で吸い寄せられるように天井の一点に疾った。

 それを帯状の光が粒子を繭のように取り巻き、段々とヒトの形に収束。シルエットの各尖端から光条が弾け、燎祐の体が姿を現す。


「これはこれは。どうやら訃報も棺桶も要らなかったみたいですねえ」


 舟山の声が聞こえた。その意味がはっきりと理解できた。


 全身に感覚の火が灯っている。

 握った拳は熱せられた鉄のように熱く、無限とも思える力が筋肉の中で脈動している。

 昂る血潮が精気となって全身を巡り、かつてないほどの高揚感が胸の奥を突き上げる。

 そして最後に、目の中で光が燃え上がった。


「へへっ、どんなもんだいっ!」


 転化を果たした燎祐は、高らかに勝利を宣言し、口元をつり上げた。

 ソレを見た舟山はフと鼻を鳴らした。

 直後、ブーッと盛大に噴き出した。


 その視線の先には、全裸の燎祐が天井に突き刺さっていた。

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