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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
28/111

第一章24  SEVEN DAYS『C』 ②

◇■◇■◇■◇■


 全界恩寵(おんちょう)教会カリス・ホリネスティ――――


 一般にカリスと略されるそれは、キリスト教と同時期に誕生した宗教で、非常に長い歴史を持つ。

 この宗教が現代まで露と消えずに存続してこれたのは、ひとえに『御業(ミワザ)』のお陰だと言われている。

 御業とは、天が与えた特別な力であるとされていて、カリスはこの御業によって、あるときは貧困に喘ぐ信徒を救い、あるときは死を超越する奇跡を起こし、またあるときは神的存在との対話を行ったという。


 無論、カリス内に伝わる伝承のため、真否の程は定かではない。

 だが、魔法や異能が認められるようになった現在、これらは逸話だったと見られている。


 この『御業(ミワザ)』なるものが、第二の魔法なのかどうかはいまだ判明していないが、まだ文明が幼かった時代、超常的な力を持つカリスは、その力でもって多くの人間を魅了した。


 しかしカリスがその名を高め始めた頃、大衆の中心には既にキリスト教が存在していた。

 大衆の関心は、自分の自由にならない神秘ではなく、誰にでも門戸を開く平等な教えに移り変わっていたのである。

 

 節度を保ち、無償の恵みを与え続けてきたカリスは、そのことに酷く失望した。

 一時は門戸を完全に閉ざしたほどだった。


 その門をこじ開けさせたのは、御業を欲し利益を企む有力者たちだった。

 彼らの目論見通りカリスは入信の希望を拒まなかった。

 けれど、今度は彼らに問題が生じた。改宗だ。

 既に大多数を占める宗教勢力下に、風変わりな色物があれば、それは直ぐに異端視され、不当な差別を受ける。

 その機微に疎くはない有力者は困惑した。これでは体裁が保てなくなる、と。


 この板挟みに喘いだ結果、有力者たちは改宗をせず、表面上はキリスト教、或いは国教とされる宗教の信徒でありながら、その裏ではカリスに与する形を取り、二つの信仰を跨ぐ方策を採った。


 初期はこの案に難色を示したカリスも、有力者の積む金品にとうとう旨味を覚え、後に教理に「複数信仰の自由」を加えた。


 これによって、有力者は大手を振って二重に籍をおけるようになり、カリスはさらに多くの力を取り込み、その地位を盤石なものとしていった。

 最盛期には、あらゆる宗教の裏の顔はカリスとさえ言われたほどだ。

 なるほど、カリスの掲げる教理と御業は、金字塔を打ち立てるほどの異彩を放っていたわけである。


 それが今では、ゴシップ記事より胡散臭さい怪しげな団体にまで地位を(やつ)してしまった。


 一時は栄華を欲しいままに極めたカリスが、どうしてそのような誤った道を辿ってしまったのか。

 腐敗と言えば簡単すぎるが、実際それでカタがつく。

 それもこれも、体裁という幻想に取り付かれた結果であった。

 全ては、心の教えよりも『御業』に頼ってきたツケだった。

 かつて繁栄に導いた『御業』が、その衰退さえ先導するとはとんだ皮肉である。


 結局、『御業』という甘い汁が、だんだんと人の意識を腐らせていったがため、起こさなくてもいい悲劇を起こしてしまったのだ。


 そして、その引き金を引いたのは『人類救世軍』だった。


 事の発端は、大東亜戦争が終結を向かえる一九四五年、その年の二月――――


 ソビエト連邦の一部であったヤクート共和国のエセ=ハイヤという町が、突如黒い靄に包まれて『別の地平』へと繋がってしまった。

 黒い靄に呑み込まれたエセ=ハイヤは、徐々にその原型を失い、やがて地上のあらゆるものが、別の地平のものと置き換わってしまった。

 土地全土が『異化』を引き起こしたのである。


 このことは噂となって国中を風のように飛び回ったが、一旦それで終息をした。


 この怪現象が再び世に顔を出すのは一九六〇年。

 奇しくもそれは、森林伐採により人為的に地盤沈下を引き起こした、バタガイカ・クレーターの調査によって世に知られることになった。


 翌一九六一年三月、エセ=ハイヤを呑み込んだ別の地平について、国連が調査に関する協議を始めた。

 その頃、多くの有力者を抱えていたカリスは、独自のルートで別の地平に関する情報を入手しており、国連とは異なる活動を構想していた。

 彼らは、これを機に歴史の表舞台に立つつもりでいたのである。


 カリスは、その調査情報を元に『人類奪還作戦』を計画。有り余る資金と数多のコネクションを使い、軍備拡張を行い陸上装備を大量に調達する。

 その側ら、策定された作戦案は時を待たずして合意し、直ちに信徒からなる軍団を編成。これを『人類救世軍』と名付け、別の地平へと派兵した。


 そして、カリスの凋落(ちょうらく)が始まる。



◇■


 人類救世軍の侵攻は二つの目的を持って行われた。

 一つは、奪われた人類の(ともがら)を救うこと。

 もう一つは、亡骸と魂と、そして奪われた地上(エセ=ハイヤ)を取り戻すこと。

 人類救世を謳う彼らには、これ以上ない大義名分だった。

 そして血戦の狼煙と共に、救世軍の一団が黒い靄の中へと雪崩れ込んでいった。


 しかし足を踏み入れた先で、彼らは、人類救世軍は困惑した。


 手に武器を持ち、目を血走らせ、大挙をなしてやって来たにもかかわらず敵が居ない。

 異形の姿をした亜人はいたが何の抵抗もない。

 それどころか非常に友好的だった。

 おまけに生存が絶望視されていたエセ=ハイヤの人々も、彼らと平穏に暮らしている。

 そこには奪われたものなど何もなく、新たな共栄が始まっているのみであった。


 遣わされた先兵たちは皆、速やかに武器を下ろし、直ちにこの報せを大本営へと急がせた。


 この地で争いの必要はない、と。


 全てはこれで終わるはずだった。

 全部はただの取り越し苦労だったと、笑い話として幕が引かれるはずだった。


 だがこの話は、笑いどころを失い、暗い坂を転がり始める――――



 報せを受けた人類救世軍大本営は、焦りを禁じ得なかった。

 これだけの挙兵をして軽挙妄動であったと知れれば、人類救世軍の、延いてはカリスの沽券に関わる。表舞台に立つどころか、これでは単なる笑いものだ、と。

 まさか、そんなことをカリス本隊に報告は出来ない。

 我々は期待されているのだと、大本営は唸った。


 そして、進退(きわ)まった救世軍大本営は『人に化けた悪魔が欺瞞(ぎまん)作戦を展開している。これを撃滅せよ』と、先兵の情報を歪め、侵攻を再開させた。

 己が体面を保つため、流血と屍を要求したのである。


 反発はあった。しかし信仰を盾に侵攻させた。

 慣れぬ軍靴(ぐんか)を響かせ、無抵抗の者を殺すたび、兵士達の気はおかしくなっていった。

 逃げ出す者、反意を見せる者は吊し上げられ処刑された。

 刑の執行は仲間全員にやらせた。無論、抑制剤とするためだ。

 既に壊れかかっていた兵士たちの精神は、発狂した。

 薬は劇薬だった。

 この種の処刑が止むことは暫くなかった。

 そうやって惨たらしい死が折り重なって、刑戮(けいりく)された死屍(しし)が大きな山を作った頃。

 人類救世軍は狂った英雄となっていた。


 狂気に(はし)った兵士には、もはや乗り越えるべき心の葛藤はなかった。

 彼らは目につくものをただ破壊し、亜人も、人間も、味方も関係なく殺した。

 玩具のように死体を(もてあそ)んだ。

 救世軍は時の許す限り、この地に、殺戮と蹂躙を平等に与え、死を氾濫させ続けた。

 自称する人類救世の名の下に――――。 


 この悲劇の終点は、国連調査団の派遣が正式に決まったことでもたらされた。

 その時には、救世軍の活動はもっぱら兵士の処分と不都合の抹消であった。

 彼らが去った時には痕跡一つ残されていなかった。

 すべては深い闇の底に埋葬されたのである。 



 だが、その墓を暴く者が現れた。

 従軍した信徒の一人だった。

 彼は、そこで起きた未曾有の大虐殺の全容を詳細に語った。

 しかし救世軍を解体したばかりのカリスは、ことの顛末を知らず、彼こそ狂った人間だと哀れんだ。

 救世軍の元幕僚らもそれに賛同し、彼を牽制した。

 

 それでも真実の語り手は屈しなかった。

 毅然と立ち向かった。

 彼の追い風となったのは帰還兵からの証言。

 そして凄惨な事件から落ち延び、匿われていたエセ=ハイヤの住民と亜人たちだった。

 そこから浄化の炎は一気に燃え広がり、事態に収拾を付けられなかったカリスは、恐るべき早さで自壊を始める。


 火の手の上がった一連の真実は、元幕僚への追求に始まり、次第にカリスの不正へと飛び火。メディアという放火魔を呼び寄せ更に炎上。後に信徒の大量脱退と離反を招いた。

 そこへ世間の目という業火が勇み足で押し寄せ、彼らの理想郷はあっという間に焼け野原と変わった。


 そして(つい)に、たった一人の信徒の正義の下に敗れ去ったのである。


 以来、彼らは傷が癒えるのを待つように、或いは力を(たわ)めるように、社会の裏側に潜んだ。

 楽土を焼き払われようとも、敬虔(けいけん)な信徒らの『御業』への信仰は燃え尽きることはなかったのである。


 彼らは、今も何処かでその時を待っている。


 全世界に恩寵(おんちょう)を与え、悲願である人類救世を成就するために。



◇■◇■◇■◇■◇■




 レナンは俯いたまま、視線をタクラマに向ける。

 カリスの話題が予想よりも彼に響くため、どう話を差し込めばいいかを視ているのだ。

 それと分かった彼は、おざなりに手を振って、レナンに話を続けさせた。


「今から三ヶ月ほど前になるが、世界魔法士統制機関の極東本部が保管していた【魔女の紋章】が、救世軍の一派によって盗み出された。我々の調べでは、その件に、相羽が関与した公算が大きい」


 タクラマの眼光がやや弱まる。

 その光の中に、カリスに対する敵愾心(てきがいしん)はあっても、何故その話を自分に聞かせるのかという疑念がわき上がっていた。

 彼からしてみれば、カリスと人類救世軍の尻尾を掴んだことは大きな収穫だったが、同時に一介の学生が知っていい情報の埒外(らちがい)にあるとも思った。

 彼の頭の中で、レナンの目的が、薄らと見え隠れする。 


「学校の教員が盗人団の一味たあ笑えねえ話だゼ。そこまで分かってンなら、事件(ヤマ)警察(マッポ)が片してくれンじゃねえのかァ?」


「本来はそうさ。だが、よりにもよって相手が世魔関(せいまかん)だ。あれは政府だろうが軍隊だろうが(なび)きやしない、どこまでも独善を突き詰めた治外法権の塊だよ。実際、手が出せないからね」


「じゃーよォ、もう世魔関(せいまかん)が何とかするって方向になってンだろ?」


「いいや。世魔関(せいまかん)は隠蔽したよ。盗難の被害は無かったとね」


「冗談だろ……!? 何を盗られたか分かってンだよな!? 野放しにするってのかァっ!?」


「被害がないと言い切られた以上、国魔連(こくまれん)だって介入できない。この国はお手上げなのさ」


「だ、だからってよォ――――」


「だからさ。もう八和六合(我々)が動くしかないんだ。そして連中が【魔女の紋章】を使う前に、何としても奪取しなくてはならない」


 レナンは組んだ手の間に顎を乗せて、視線を絡めたまま語る。

 タクラマは話のスケールの広がりと、自分の中で渦巻く憤りに頭を抱えた。

 そして理解もしていた、いま自分は難しい判断を迫られていることに。


「おいレナン、そりゃア俺様に首ィ突っ込めって言ってンのか。諜報(スパイ)ごっこやれって?」


「その通りだ。君の協力が欲しい。私に力を貸してくれ」


「確かにカリスにゃア報復してえって気はあるし、相羽も気にくわねえ。だがよォ、そんなのは冗談じゃねえゼ。関わってたまるかってンだ」


 視線を切って顔を背けるタクラマ。

 レナンは表情を消して胡乱げな目を向ける。


「タクラマ、私の目を見ろ。それは君の本心か?」


「…………っ」


「そうだろうな。であれば、今一度問いたい。私に力を貸してくれないか。【魔女の紋章】を使ったらどうなるか、知らない君ではないだろう」


 レナンはタクラマの眼窩で揺れる赤い光に瞳を据える。

 彼女の蒼い瞳は、彼の裏腹をとっくに見抜いている。

 その視線に射貫かれて、タクラマの目の赤い光が漆黒の眼窩で明滅する。

 暫くのにらみ合いの後、彼は両手を上に放り投げて、大きく息を吐き出しながら降参した。


「あーもう、わーったよ!! けど、こちとら気乗りしてるワケじゃねえからな。寧ろサイコーにイヤダゼ!!」


「でも暇は潰れるだろう? それと、この機に私も復学する予定だ、君のクラスに」


「はァ? レナンおめえ二年なんじゃねえの…………」


「言ったろう。東烽(ここ)八和六合(うち)の庭だと。些末なことさ」


 凜とした声が部室に響く。

 当惑するタクラマを置き去りに、レナンは口元をニッとつり上げ、立ち上がり様に手を差し向ける。


「明日からはクラスメイトだ。宜しく頼むぞタクラマ」


 (みやび)な顔付きに似合わぬその剛胆さに、タクラマは今後のことを想像しながら、心底辟易するのだった。

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