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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章23  SEVEN DAYS『C』 ①

 昼休みが間もなく終わろうという頃。


 レナンと、連れ出されたタクラマは、部室棟に向かって移動していた。

 これによって次の授業のサボりは本決まりとなってしまったが、タクラマからすれば、一人浮いている教室いる理由もなかったので、サボる口実としては上出来だった。


 部室棟に足を踏み入れると、二年生や三年生の姿がチラリホラリと見つかった。


「ほォ、意外といるもンだなァ」


 この時間にいるということは、彼らもこれから公然と授業をサボるわけだが、その中にはサボタージュそのものがノーリスクの生徒がいる。


 というのも東烽(とうほう)高校では、能力・学力が学校の設定する期待水準以上であれば、特定授業が免除になる不思議な制度があるので、能力研究に(いそ)しみたい生徒はこれを利用して、不要な授業スクールライフから外していたりする。

 これは学校規則(ルールブック)にも記載があることだ。

 無論そこに乗っかってなければ、単なるサボりでしかないが……そういう生徒はどこの学校だろうと少なからず居るものだ。

 とはいえ流石に一年生は見なかった。


 そのことに少しだけ居心地の悪さを感じていると、レナンが「些末なことさ」とタクラマに言った。

 伊達に登校拒否はしていない大先輩である。

 登校してきてもこの有様なのだから、学生の本分とやらの打っ棄(うっちゃ)れっぷりが凄まじい。


(つーか、ドコに行くンでえ)


 行き先を告げないレナンに付いていくほか無いタクラマは、黙って彼女の背の行くままに従った。


 二人は部室棟の階段を上り、程なく四階へ到着した。

 目的地はここらしい。そのまま舟山部の前までやって来た。


 と、ここまでは始終レナンが先を行く形だったが、彼女は扉に手をかけず、その手前で足を止めた。

 向かう場所は決めていたが、肝心の鍵が無いことに今更ながら気づいたのだ。


 前回は破壊して入ってきたレナンではあるが、流石に二度目というのは気が咎めてか、開けてもらえないだろうか、と目でタクラマに訴えた。


 応じて、彼が一歩前に出て、部室のドアに触れるとガチャリと錠の開く音がした。


 部室の鍵は、部員の魔力によって開く仕組みなのである。ちなみに、これを魔力鍵と呼ぶ。

 魔法鍵は、物理鍵と違って持ち歩く必要が無い。

 また登録された魔力でしか開閉出来ないため、セキュリティーリスクが極めて低く、昨今とても注目を集めている魔法技術だ。


 彼は扉を開いて、直ぐ脇にある照明のスイッチをパチパチと入れる。


「ほれ、お待ちかねだ。さっさと(へー)んな」

 

 レナンを招き入れたタクラマは、後ろ手でもう一度扉に触れて鍵をかける。

 別に誰を警戒したわけでは無く、単にリノベーションした部室を余所の連中に晒して、妙な理由をつけられて入り浸りにされるのを嫌がったのである。


 この風変わりな部室の存在は、部室棟の中ではそれとなく噂になっていて、最近では部室の中を覗き見して、あまつさえ足を踏み入れようとする連中がいるのだ。

 まあ別に減るモノでもないが、ひょこひょこ覗かれるというのはあまり気分がいいものではないと、これに尽きる。


 タクラマは部室の中へ足を進めるなり、燎祐とまゆりのソファを退かし、一人用ソファをテーブルを挟んで対面になるように配置し直した。

 その片方は、普段から自分の指定席にしている革張りのソファで、タクラマはその上にドカッと腰を落ち着けて足を組んだ。


 レナンは入り口付近に暫く立っていたが、彼から「座んねえの?」と勧められたので、彼の言葉に甘えることにした。

 タクラマは目の光を細めてレナンに問う。


「そんで俺様にツラ貸せってのは一体ぇどういうコトでえ? ワケアリか?」


「君はてっきり二人のことで怒ると思っていたが」


「そいつは燎祐がケリ付ける(ナシ)でよ、俺様が口出すこっちゃねえゼ。そんくれえは(わきま)えてンよ」


 タクラマは足を組み直しがてら、僅かに俯いて、繋がっていた視線を切った。

 何だかんだで思いっきり罵倒されるだろうと見越していたレナンは、その出方に少々面食らってしまった。


「君は人間よりよっぽど分別があるな」


「そーいう亜人なンでな」


 それで、と言いたげにタクラマの目が赤々と光る。

 彼の公平な態度が欺瞞でないと見抜いて、レナンは膝の上で手を組み、僅かに面を下げて逡巡した。

 レナンは目を合わせないまま確かめるように尋ねた。


「私が八和六合(シオノクニ)(くみ)する人間というのは知っているな?」


 タクラマが短く返事をすると、レナンは眉を寄せた険のある顔つきになって面を上げた。

 これは剣呑な話題になると踏んだタクラマは、両目の光をスッと細め、背もたれに預けていた体を前へ倒して、ソファの上で片足の胡座をかいた。


「私は以前、八和六合(シオノクニ)からの命を受け、相羽久(あいばひさし)をマークしていた。処分の検討のためにね」

「そりゃあ、おめえ随分と慎ましいお立場じゃねえか。ンで、相羽のヤローがなんでそんな位置づけなんでえ?」


 レナンは険を解かず、しかし逡巡しているようで、なかなか答えが返ってこない。

 よほど相手を選ぶ話なのだろうとタクラマは察した。

 ならば余計には押すまいと、こちらも同じ分だけの沈黙を続けた。

 それで結局、次の会話が始まるまで二分ほど開いた。


「落ち着いて聞いてほしいのだが。君は『カリス』という名に覚えはあるだろうか」


「おい…………今なンつった!!」


 タクラマはソファーを後ろへ蹴っ飛ばすほどの勢いで立ち上がった。

 一方、レナンはこうなると予想はしていたのか、彼の強烈な反応に額を押さえる。

 そして次のことも当然予想できていた。

 タクラマはレナンに近づき、開けているシャツの襟を掴み上げて、ねじ込むように顔を近づけた。


「言えッ!! あのクソったれカリスがどうしたッッ!!」


 その眼窩は、大火を引き込んだ煉獄のように赤一色に染まった。

 理性をかなぐり捨て、声を荒げ豹変したタクラマを前に、レナンはただ黙した。

 荒天の静まりを待つ巫女のように、蒼く静かな瞳を、燃えさかる煉獄の眼窩へと真っ直ぐに向けて。


「……………………」

「……………………」


 共に無言が続いた。

 何も発しないレナンに痺れを切らせた、というよりも冷静さを取り戻して、タクラマは掴んでいた手を離すと、そのまま拳を翻して自分の額を殴りつけた。


「――――――ッ!!」


 その衝撃で頭部が真後ろにすっ飛んでいって、壁にぶつかって床に転がった。

 レナンの肩がビクッと跳ね上がった。


 いくら八和六合(シオノクニ)で、妖怪変化などの人外に慣れ親しんでいる彼女とはいえ、まさか頭が着脱自由なフリーダム構造のヤツなど居ようはずもない。

 なので、なんとはなしに大丈夫なんだろうと分かっていても、急に頭が飛んだりするのは心臓に良くなかった。


「悪りぃレナン……。俺様としたことが取り乱しちまった…………」

「あっ、ああぁ……そ、それは構わないが…………喋るのは頭を取り付けてからにしてくれないか…………?」


「おっといけねえ」 


 折り目正しく諭されて、顔なしの胴体が頭を拾い上げる。

 その光景はやっぱり非日常過ぎてか、それとも緊張を強いられる場面だったからか、一連の所作を、固唾を飲んで見守るレナン。

 頭部を繋ぎ直したタクラマが改めて着席すると、レナンの肩がちょっとだけ下がった。


「私の方こそ配慮を欠いて済まなかった。ノーチ・スタニャ出身の君が、カリスと聞いて過敏にならない分けがない……」


「ま……そいつは水に流そうぜ。つうかレナン、おめえ俺様のこと調べてたンか。さては隠れファンかだな?」


「調べたというより、フィルタリングで出てきた情報に目を通したら君だったのさ。あと、ファンの件は今のところ保留だ」


 釣れないねえ、と両手を広げて空を仰ぐタクラマ。

 普段のスイッチが入り直したようである。

 彼の冷静さが戻ったと見えて、レナンは話を進めるべく「今更カリスのことを君に説明する必要はないと思うが」と前置いて、


八和六合(シオノクニ)の調査部によると、相羽久(あいばひさし)はカリスと接触している。それも並々ならぬ熱の入れようでね」


「まさか相羽のヤロー、カリスの信者ってことか?」


「ああ、どうもそうらしい。それで調べていく内に一悶着あって、私が無期の謹慎にしてやったんだ」


「……通りで仲がいいと思ったゼ。どうせなら切っちまえば良かったろうによォ」


「泳がせるつもりだったのさ。どうもカリスの狙いは、この東烽(とうほう)にあるらしいからね。そこで相羽を使ってやろうとしわけだが、一つ誤算が――――ん、どうした?」


 淡々と話を続けようとするレナンに、タクラマは片方の手のひらを向けて一時中断を求めた。

 やはり普通を装ってみても、彼にとっては、飲み下しの悪い話には違いなかった。

 レナンは彼の心の準備を待った。

 そして上がっていたタクラマの手が膝の上に置かれるのをみて、レナンは「続けても?」と促すと、タクラマは小さく首肯した。


「私たちの調査を嫌ったヤツは、謹慎期間の殆どをカリスの庇護下で過ごした。その間の動きはろくにつかめていないが……、代わりにヤツを匿っていた連中を散々調べ上げて、たった一つだけはっきりとしたことがある」


「…………何が分かったンでえ?」


「相羽久は人類救世軍だ。かつて君たちの土地に侵攻した、あの野蛮な兵隊さ」


「カカカ……そうかァ……」


 その時、タクラマの眼窩に灯る赤が烈と光った。

 それはまるで、永劫に忘れ得ぬ怨讐(おんしゅう)の姿を見つけたような、憎悪が放つ強い輝きだった。


「あの野郎がなァ……なるほどなァァァア…………!!」


 タクラマのそれは低く唸る獣の声様(こわざま)だった。

 再燃する怒りの中で、彼は、一つ、また一つと思い出していく。


 世代を経て受け継がれた、消えることのない怨毒(えんどく)、そのすべてを――――。

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