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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章22  SEVEN DAYS『B』 ③

 これから俺は、人外になる。

 でも、なりたくて成るのではなくて、成らざるを得なくてなるのだ。

 その理由も、恨み骨髄に徹するようなハードなものではなくて、単に修行のために鬼になるのだ。

 マジでそれだけの為に、俺は人間を辞める。


 こうなったのも、俺が指定した決闘までの猶予期間が、七日では足りな過ぎたがため。まさしく身から出た錆。

 それで結局、増えない時間を強引に創出すべく、人生削って時間を捻出する次第となったのだ。


 削り取る寿命は八年分。


 男児三日会わざればというが、八年も経ったらそりゃあ色んな意味で別人だ。


 しかし、それも全ては決闘に勝利せんがため。

 己が決闘に勝利した暁には、嫁として俺の家に(とつ)ぐという、レナンの常陸(ひたち)家入りを阻止せんがためだ。

 こういうのは普通、男女の立場が逆だと思うが、しかし【雪白の誓約】とやらで決まってしまった以上もう覆せない。

 ゆえに俺は、まゆりとの将来のために戦うのだ!


 と、一人で盛り上がっている(かたわ)ら、準備に忙しい舟山は、見たこともない物を転移で取り出しては、せっせと配置している。


「あ、常陸くん、今から君にも施さないといけないモノがありますんで、その辺で待っていて下さい、あー給料外の仕事メンドクサー」


「おい教師、本音が漏れてんぞ」


「はい、漏らしてるんです」


 この教師、目も合わせずにケロッと言い放った。開き直り具合が半端ではない。

 こういうのを鋼の精神というのだろうか。


「さて常陸くん、上、脱いで下さい」


「なんでまた?!」


 唐突の脱衣命令に、石のように固まる俺。

 舟山は、しれっとした顔のままにじり寄って来て、俺の肩に手を掛ける。


「はぁ……時間も無いって言うのに、まだるっこしいですねえ。ご自身で脱がないなら無理にでも剥きますからね?」


「脱ぎます! 脱ぎますからぁ――――きゃああいやあああああぁぁぁ!!」


 一秒後、俺は自分で脱ぐことすら許されず、問答無用で上着を剥かれた。


「こんなことして、先生(アンタ)一体ナニする気だぁぁぁ?!」


 俺は我が身を掻き抱いて必死に貞操を守らんとする。


「あの、そういう趣味はないので、手、退かして貰えませんか」


 冷凍ビームのような舟山の視線が突き刺さった。

 ふと見ると、舟山の手には、いつの間にか壺と筆が握られていた。

 その筆を壺の中に浸して引き上げると、尖端から、赤黒い液体がヒタヒタと滴った。


「これは私の血で作った触媒です。人外化には【成る】対象の一部があると、成功率が高いのです。そこで君には、術のための紋様をコレで施します」


「お……おうけぇい……」


 観念した俺は、突き出された筆に身をさらし、それこそダヴィンチの人体図みたいに前だけを見て突っ立った。

 それこそバッチ来いくらいの気持ちで自分を押し殺したつもりだったが、しかし筆先が触れた瞬間、冷たさに思わず肩が跳ね上がった。

 その後も肌の上を走って行く筆のこそばゆさに、何度も身をくねらせた。


 舟山は始終やりにくそうにしつつも、肌の露出しているところ全てに文様を施していった。

 終わってみると、すっかり悪魔崇拝者の出で立ちになっていた。


「エロイム・エッサイムとか唱えたらそれっぽいんじゃないか?」


「あ、それ冗談でも言うの止めた方がいいですよ。今だったら『そっち』に【成る】可能性あるんで」


(――――そっち、って何?!)


 脅かしているのかと思って暫く視線を送ってみたが、舟山は無視して作業に戻った。


 今度は筆を床に走らせ、梵字で構成した魔方陣を描いているらしかったが、それが全く終わる気配を見せない。

 俺に紋様を落書きをしてから軽く二、三時間経ったが一向に終わらない。


 しびれを切らせた俺は舟山に声をかける。


「なあ先生そろそろか?」


「いえまだ途中です。忙しいので話しかけないでください」


「アッハイ」


 空気が重い。

 普段見知っている舟山像が『アレ』なだけに、この厳粛とした沈黙がやに重たい。

 あまりに暇で、一人で適当な訓練でも始めようとしたら「体力残しておかないと成功確率ズドンと下がりますよ」と脅されて、渋々と胡座をかいた。


 やることのない俺は、舟山の粛々と作業する様を仏頂面で眺めていた。

 これなら海岸で潮の満ち引きを見ている方がよっぽど面白い。


 放置がまた何時間か続いたとき、ふと手に目が行った。

 血の紋様がタトゥのように肌の上に走っている。

 妖術の触媒というだけあって、乾けば消えるようなモノではなかったらしい。

 

(――これ、落ちなかったらどうしよう)


 どう見たって暗黒面に墜ちてる。目深にフードを被ったら完全にそっちの人だ。

 こんなの見せたら、母さんは手を叩いて大爆笑するだろうが、まゆりはエクトプラズムを吐き出して卒倒しかねない。


(頼むから終わったら消えてくれよぉ…………)


 内心でそんなことを思っていたら、舟山が隣に転移してボソっと零した。


「あ……これ落ちないかもですね……。あ、知らないふり知らないふり」


「めっちゃ聞こえてんですけどおおおおおおおおおおおおお!?!?」


 それが冗談か本気かもわからないまま、舟山はまたいつもの調子で話をぶった切った。


「ハハハハ、大変お待たせしました常陸(ひたち)くん!! いよいよお待ちかねの時間です!! 不肖この私めが入念に準備致しましたので、成功率はざっと八パーセントくらいです!!」


「マジで不肖だな!! 四パーセントはどこに消えた!?」


「誤差です!」


「その誤差が成功率の三割占めてんじゃねーか!! ふざけんな!! 早く取り返してこいよ!!」


「ピリピリしちゃってもう、常陸くんは子供ですねえ。どうせこんなの一か八かなんですよー。いいじゃないですか、それくらい」


 やれやれ、とあきれた表情をこちらに投げかける舟山。そんなに俺を殺したいか。


「つーか失敗したらどうなるんだこれ?」


「飛び散るだけですが?」


 しれっと言い切るや、舟山は口を丸め「ボンッ」と発し、両手をパッと開いて「弾ける」様をジェスチャー。

 俺の中で、こいつ殴りたいゲージが一気にマックまで溜まる。


「ところで君、本当にいいんですか? 久瀬さんのためとはいえ、普通ギリギリまで悩んだりするもんですよ? それが二つ返事だなんて信じられませんよ。思春期特有の『死へのロマンス』ってヤツですか? 私には理解できませんねえ」


「それ自分で勧めといて言うか?! てか俺が死ぬ方に話し持って行くのやめてくれない!? せめて希望を持たせてくれない!?」


「爆発は一瞬です。苦しまずに逝けますよ」


 グッと親指を立てて希望どころか死亡の話を膨らます舟山。

 何のつもりかウインクを決めて、とびきりのスマイルを披露。

 俺はその小憎たらしい顔面を、立ち上がりざまのアッパーカットでロケットのように打ち上げる。


 手応えの軽さに「どうせ避けられたろうな」と思っていたら、頭上からパラパラと何か降ってきた。

 ふと見上げると、天井に、頭から突き刺さった舟山がぷらんぷらんと揺れている。


 あれ……転移は……?


「あ、スイマセン。角が刺さって抜けないんで助けてもらえます?」


(それ)引っ込むんじゃなかったっけ!? それに転移できるだろ?!」


「術の前ですから力は少しでも温存しておきたいんですよ。かったるいので早くしてください」


「蛇足を付けないと死ぬ体なのか先生(アンタ)は!?」


 天井に脳天突っ込んで照る照る坊主のように垂れ下がっていても、舟山の減らず口は健在だった。

 しかしそこで俺は異変に気づく。


 あの舟山が、なんで天井に刺さってるんだ……。

 しかもあんな高さまで飛んで……それをどうやって救助しろと……!?

 何かしらの補助魔法(エンハンス)が施されているならまだしも――――


 ハッとして自分に施された血化粧に目を走らせる。

 まさか、と思った。

 俺は何も考えずに思い切り飛んだ。

 その予感は当たっていた。

 視界が衝撃とともに一瞬で切り替わって、立ち所に真っ暗闇に包まれた。


 そう、俺も天井に突き刺さっていた。


「君なにしてるんです……」


 舟山の声が凍てついていた。

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