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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章21  SEVEN DAYS『B』 ②

 独自空間での修行開始から三日。

 

 以前は受けの一点張りだった修行内容が、レナンに触発されたことで大幅に変更された。

 勿論、タイムスケジュール的な部分を加味してもあるだろうが、それよりも修行に対する燎祐の姿勢があの日を境に明らかに違っていたのが、舟山の考えを動かす決定打となったようだった。


 そこで舟山が課したのが地稽古(じげいこ)だった。

 地稽古とは剣道で主にそう呼ばれる対練の名で、言ってしまえば練習試合だ。

 大雑把に括れば組み手とも言い換えられるが、地稽古の主眼は技の掛け合いではなく無く、対峙する相手から一本を先取するところにある。


 そのため、実力が拮抗しているほど互いに有益な練習となり得るが、反対に、実力がかけ離れている場合には互いに意味のある練習とは成りがたい側面も持っている。

 物事にはヨシもあればアシもあるということだ。


 だったら尚更、レナン対策をミッチリ叩き込んだ方がいいとも思われるが、曰く「小手先で勝敗が分かたれるのは実力が近しい相手だけ」とのことで、確かに実力に雲泥の差がある以上、付け焼き刃を戦いの支柱に()げるわけにもいかない。


 そんなわけで、燎祐の地力を急向上させるべく、習うよりも『自分で何とかしろ』という無茶なスパルタ精神を闘魂の如く注入し、熱に浮かされた勢いのまま酷な地稽古から修行が始まったわけである。


 一見すると鬼を相手にこんな破れかぶれな修行は不合理極まるが、それでも成果は確実にあって、開始直後は手も足も出ない燎祐だったが、三日経った今では、舟山の攻撃を見切ることも度々見られるようになってきた。


 彼をそこまで鼓舞し続けるのは、あの日、頬を掠めたレナンの鮮烈な一撃。

 まるで「ここまで追いついてこい」と残されたその置き土産が、目に焼き付いて離れないのだ。

 そこに生来の真っ直ぐな性根と、目の前のことに必死になれる性格が相まって、この三日の修行が彼を逞しく育てていた。

 

(前々から思ってましたが、彼は本当によく鍛えています。湊くんに十年近く師事しているだけあって、成長速度も悪くありませんね。ですが――――)


 それでも修行開始前と別人と言えるほどではなかった。

 たった三日間の修行に、万能を求めるのは酷だ。

 だが彼らは残りの期間でそれを達しなくてはいけない。

 その最終目標地点と今現在を比すれば、今の燎祐は折り返し地点は疎か、スタート地点から殆ど前進できていない。

 それと分かっている舟山には、今の修行自体に、胸が炙られるような焦燥を感じていた。


(どうにか、しなければ……)


 舟山の知るイルルミ・レナンの実力は、いまの燎祐にとって、それほど越えがたい、とてつもなく厚い壁であった。

 故に悩んだ。悩み続けていた。実は修行の初日からずっと。頭の片隅で。

 何か手段はないのかと。

 舟山は、この修行の中、静かに悩み続けていた。


(イルルミさんの強さに挑むとあれば、生中なことをやっていては意味がありません。あの子が、今に至るまでに自分に費やした以上の経験を、あと数日で彼に積ませないと……。もう、それしかありません)


 舟山は、肉薄する燎祐を鼻くそをほじる位の適当さで叩き落としながら、その思考を続けた。

 イルルミ・レナンの強さに追いつくには、少なくとも、レナン以上の努力が燎祐には必要だった。

 しかし、そんな時間もなければ、燎祐にはイルルミ・レナンのような、特殊な才能もない。

 であれば、足りない時間はどうやっても足せないのだから、残された猶予の時を、イルルミ・レナンが体験した以上の濃密な経験としなければいけないのだが、問題はそれをどうやって実現させるかだ。


(やはりあの術(・・・)を使う以外にありませんか……)


 舟山には、たった一つだけ、それを叶える手段があった。

 それは舟山にとって、最後の手段にして下策中の下策だった。

 その手段を、最低の下策を選ばざるを得ないことが、燎祐と舟山が、いま置かれている現状を物語っていた。



 だからもし、燎祐が諦めるといってくれれば、舟山はどれほど気楽だったことか。

 だがそれは望めない。

 望めるはずもない。

 止められるはずもない。

 少年の青い瞳はいま、烈火の少女(おとめ)と同じ色に、烈しく燃え上がっているのだから。


(私も損な役回りを引き受けたものです……)


 舟山は、相も変わらず燎祐をゴミ屑のように吹っ飛ばす。

 それでも燎祐は直ぐに立ち上がって、戦いの続きを求める。


あの術(・・・)は、人の心を酷く蝕みます。時には壊すこともあるでしょう。しかし――――)


 燎祐の無茶無謀を極めんとする屈強な精神を、その(・・)資格ありと見染め、舟山は意を決する。残りの時間すべてを使い尽くし、燎祐にその(・・)術を施すと。


常陸(ひたち)くん、私から一つ提案があります」

「……提案? 修行内容の変更か?」


「まあ、そんなところです」


 舟山が首肯する。

 その顔に何か策があると見た燎祐は、言葉の続きを待った。


「はっきり申し上げて、このまま修行を続けても全く以て無意味です。イルルミさんには勝てません。それはご自身でも既にお気づきかと思います」


「けどよ!!」


「けれどもし、君の命を削らせてくれるのなら、可能性はあります」


「命を削る……?」


「平たく言えば、寿命の前借りです。削った分の余命を消費する、と言った方が分かりやすいでしょうか」


「そりゃあつまり、残りの日数に、削った分の寿命分の成長っつーか、時間をを充てられるってことか」


「理解が早くて助かります」


「で、具体的にはどういうことなんだ」


「簡単に言うとこういうことです」


 では此方に、と言って鬼化を解除し手招きをする。

 それから舟山は、空中に魔法のホワイトボードを出して、その上に図説をキュッキュッと書き記していく。

 燎祐は、ちょうどそれが見える位置に体育座りをさせられ、同時に回復の魔法を施された。


「これから私たちは、寿命を前借りして、時間のスケールを強制的に書き換えます」

「削った分の命で一日の時間を拡張するってわけだな」


 舟山が首肯し、ボードを指しながら俺の質問に説明を加える。


「あくまで一例ですが、現実で一分進む間に、私たちは数分、或いはもっと時間が進むようにします」


「その分、年齢もかさんだりするのか?」


「いいえ。私たちが体感する時間が消費する寿命と一致するだけで、現実の時間経過は等倍です。要するに、私たちの経験する時間の比率が変わるのです。この世界の中で、私たちの時間だけ密度が高い。この方法ならば、命を削り取れる限り成長が見込めます」


「――――なあ、どれくらい命を削ればレナンを追い越せる」


 その言葉を耳にして、舟山は一瞬表情を失った。

 追いつくではなく、追い越すと言ったことにも驚いたが、それ以上に、自分の命を削ることにまったく躊躇がない燎祐の覚悟に、舟山は自分の甘さを痛感したのだった。


「八年、君の命を削らせて下さい」


「なんだ、そんなもんか。てっきり二~三十年は削られるのかと思ったぜ。じゃ、早速やろう」


 燎祐は臆するどころか乗り気で、むしろ得した気分でいた。

 舟山は、その様子に心底呆れた反面、吹っ切れもした。


「それともう一つ、この手段を行使するには、君に達成してもらわなければいけないことがあります」


「なんだ?」


「人外に、私と同じ、鬼になってもらいます。そうでなければ、この術に耐えることが出来ません」


「へへっ、構わないぜ」


「ぶっちゃけときますけど、人外化は失敗したら死にます」


「よし、止めよう」


 燎祐、笑顔の即答。

 流石に死に直結するのは嫌だった。

 けれど、一度スイッチの入った舟山はとまらない。


「へっちゃらですよ!! 人外化の成功率は十二パーくらいですから! もう人間辞めちゃったようなもんですよ!」

「九割弱失敗のなにがへっちゃらだよ! 人間辞める前に人生辞めそうじゃねえか!?」


 しかし舟山は、満面の笑みにたっぷりの自信を籠めて「大船に乗ったつもりでいてください!」と胸を叩いた。

 燎祐は幽霊船でも見たかのように固まってしまった。


「いや……、やらねえよ……!? 絶対にやらねーからな?!」


「はははははは! なーに言ってるんですかー!」


 舟山は、燎祐の肩に、軽やかに触れる。

  

「それもこれも――――可愛い可愛い久瀬さんのためじゃないですか」


 傍に立つ舟山の瞳がギラリと妖しく瞬いた。

 その一声に、無言の悲鳴を上げる燎祐。

 鬼は、悪魔だった。


「打倒イルルミさん!! はりきっていきますよぉ!!」


「――ちっきしょおおおおおおおおおおおおお!!」


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