東烽EXTRA 『GT』
寝こけてるまゆりをおんぶし、猛ダッシュで校舎の階段を駆け上がる俺。
またも遅刻寸前なのである。
と言っても、今朝は間に合う時間に家を出たはずなのだが、校門を過ぎた途端に乱闘に巻き込まれてしまった。
そこで已む無く一戦交えた結果、片付いたときには無情にもチャイムが鳴り出したものだから、大わらわで教室に向かっている次第。
「――――よぉーし、ギリギリのセーフ!」
教室の扉を勢いよく潜り抜けて、慣性で自席に滑り込む。
まゆりを、やおら隣の席へ寝かせて、俺の朝の日課終了。
ふぅ、と一息つきながら席に着くと、真正面にあった真っ白い頭がぐるんと回ってこちらを向いた。
「おォ燎祐、今日は随分と早えーじゃねーのォ。いつから居たンか、ちぃっとも気づかなかったゼ」
「そー言うお前こそ早いじゃんか。最近は一限目の直前だったろーに」
「亜人様にゃア独特の起床周期ってモンがあンだよ。そもそも亜人の存在する異界ってのァな、一日が現世みてぇに二十四時間で一定ってワケじゃねえンだゼ。異界は毎日まばらでよ、時計っつーモンがねーの。時間って概念が薄いっつー方がピンと来るかァ」
露ほども知らん亜人アンド異界事情だった。
これには「へー」と素直に感嘆する外なかった。
異界と現世で、一日の時間が毎日違うなんて考えたこともなかったし、時間の概念なんてどの世界でも一緒だと思っていただけに、触れたものが新鮮すぎて感動すら覚えた。
そんな俺を見て、タクラマはギランと目を発光させた。
「嘘だゼ」
「なっ?! 嘘かよ!」
「カーッカカカッ! おめーホント騙され易いから面白れーわ!」
大道芸よろしく、頭部をクルクルと回転させて爆笑するタクラマ。信じた俺が馬鹿だった。
我ながら損な性質だ。
それと思った瞬間、溜め息が出てきて、ズーンと気が沈んだ。
そんな俺をあざ笑いたくてか、白い頭部が俺の机の上にデンと置かれ、ギンギンに目を光らせて挑発してきた。
「おめえ、すーぐ何でも信じっからスゲーよなア!!」
「くそぉ……今度からお前の言葉は絶対信じないぞ……信じないんだぞ!」
「カカカ、悪かったって。けどよォ、異界のこたァ嘘じゃアねえゼ。ありゃ、マジ話よ」
「マジか!」
「…………おめえ。前言はどーしたンでえ……」
机の上で、呆れた声を漏らすタクラマ。
俺はまた謀られたことにハッとした。
「も、もう絶対信じないからなっ!」
「アーハイハイ」
「~~~~!!」
憤懣が、声なき声となって口から飛び出していった。
している間に、タクラマの頭部は机の上から退散して、程なく一限目のチャイムが鳴った。
俺は思い出したように顔を上げて、タクラマの肩を叩いた。応じて、頭部だけがクルンとこっちを向いた。
おい、便利すぎないかその身体。
「なあ、そういや出席取ったっけ?」
「いンや、まだだゼ。つーか、それ以前の話でよォ、まだセンセー来てねーの。HRも始まってねーンだわ」
「へえ、そりゃまた変な話だな。だったら連絡放送くらいあってもいいのにな」
タクラマは「違げえねえ」と同意をするや、顔をこっちに向けたまま机に突っ伏した。
「はァ~~~、暇してたらなーンか眠気が来ちまったゼ。早起きなンざ、するモンじゃねーなァ。ちゅーわけで、俺様ァちと寝るわ。代返は頼ンだゼ相棒」
そう言って、タクラマはくるりと顔を戻した。
やっぱり便利すぎないかその身体。
というか何で早起きしてきたんだお前……。
にしても困った。出席すらまだとなると、果たして今が休憩時間なのか、待機時間なのかも分からない。
それはクラスメイト同じのようだった。確かに、これでは大手を振って席を立ってりも出来ない。
図太く席を離れている連中ですら、チキンレースみたいに廊下をチラチラと警戒しているくらいだ。
学生根性というのは、こういった判然としない時間が一番困る……。
丁度その時、教室のスピーカーから、ノイズと一緒に「あー、あー、テステス」と耳慣れない女性の肉声がした。
皆が音の方に耳を傾ける。
『えー本日、急遽、一年生は二限まで休校とします――』
取り急ぎなのか、特段理由らしい理由も述べぬまま、その短文を二度繰り返してマイクが切れた。非常に事務的に淡々とした放送だった。
聞き終えた瞬間クラスは「な~んだぁ~」と、お風呂上がりにも似た、ユルっとした空気に包まれた。
俺も気が抜けて、ズコッと突っ伏したものの、ゴチンと額を机にぶつけた。
「ちゅーかこれ、二限目までどーすりゃいーんだ……」
額を軽くさすりながら身を起こし、まゆりが早起き(?)してくれるのを期待して、隣に目をやった。
やっぱりというか、そこには普段通り、艶やかな銀色の髪を、腕枕の上に垂らして、すやすやとしているまゆり――――――の机に取り付いているグルグル眼鏡をかけた三体の坊ちゃん刈りが居た。
「!?」
しかも坊ちゃん刈りどもは、顔を紅潮させ、鼻息を荒げながら、まゆりの机にかじりついて、変態もかくやとばかりに涎を垂らしながら、ガン見していた。
「おまっ、まゆりに何してんだああああああああっ!!?」
坊ちゃん刈りたちの狂気に驚嘆の声をぶち上げ、そいつらの目から奪うように、まゆりを緊急抱っこして全力で保護した。
すると坊ちゃん刈り達は、ハッとした顔をこっちに向け、内股歩きで俺の前に立った。
「「「そ、その方、姫を抱っこしてどうするつもりだっ!」」」
驚くべきことに、坊ちゃん刈りは三体とも同じ顔、同じ声、同じ仕草をしていた。
「姫!? てか、見りゃ分かんだろ!! 嫌らしい目から守ってんだよ!!」
「「「異なことを! この目の何処が破廉恥と申すか!」」」
「リビドーたっぷりの内股キメて何言ってんだ?!」
俺の直球の避難に、坊ちゃん刈りは「び、尾籠な……っ!」と忌々しげに唇を返し、柳眉を逆立て、こちらに躙り寄って来た。内股で。
「つーか、何なんだよお前等は!?」
「「「痴れ者に名乗る名など持たぬわっ!!」
「女の子を覗き魔みたいにガン見しておいて、どっちが痴れ者だ、この変態どもがっ!!」
「なななっ!! 姫を抱っこするのみならず、神童たる我らを愚弄するとは不届き千万!! 万死に値するぞ!」」」
こいつらの一体どこが神童なのか。その自称といい、時代がかった口調といい、内股といい、完全に珍童としか思われない。
ところでこいつら、三体とも挙動が一致しすぎていて、分身なのか、それとも三つ子なのか判別がつかないんだが……。
その時、教室の中で誰かが叫んだ。
「あっ、あいつらはGTじゃないか!! なんでGTがうちの教室にっ!?」
え、何。
何だGTって。
その一声に、クラス中の視線が俺の方に向き、教室の面々は、驚きに眼を開き「GTだっ!」と零して固まった。
だがなるほど「あいつら」ということは分身ではないらしい。
にしても皆知ってるって、こいつら、そんなに名の通った不審者だったのか。
「おい、お前等の目的は何なんだ……」
「「「知れたこと! 姫と添い遂げることよ!」」」
GTは、股間を押さえながら、辿々しい動きで補助魔導機を突き出し、内股で俺に迫った。
「「「同じ時に生きる姫と我らは夫婦も同然っ! 出会うた時より、結ばれる運命! この上、阻むとあらば、容赦はせぬぞ……!!」」」
勇ましい口調だが、内股だ。
だがそれ以上に気がかりなことが出来た。
「ん? 出会ったって、いつの話しだ?」
まゆりは故あって単独行動はしないし、それに俺とはほぼ四六時中一緒にいるのに、出会っているなら顔を知らないはずがない。
しかしGT、構えて尊大な態度を崩さず言い放った。
「「「忘れもせぬ。我らが廊下を歩いていた時のことよ、うたた寝をしておる姫を目に入れて見初めたのだ。もう五分は経とう!」」」
「五分!?」
会った覚えもないはずだ……。まゆりを抱く手に変な力が籠もる。
俺とて、出会ってゼロ秒でプロポーズした身だが――――こいつらはたった五分で、出会ったとも言い難い、会話は疎か、目すら合わせていない相手と、脳内結婚を果たしているのか!?
おまけにリビドーが暴走して内股……、とんでもない妄想せし者だ……こいつらはハイレベル過ぎる!!
戦慄を禁じ得ない変態を前に、じりじりと後退していた俺は、まゆりを抱っこしたまま風の勢いで踵を返し、一目散に廊下へ飛び出した。
「「「ちょっ、その方、待たれい!! 神妙にいたせいっ……!」」」
GTは素っ頓狂な声を上げ、股間を押さえながら、エリマキトカゲみたいな走りで俺を追走しはじめた。
「げっ、追ってくんのかよ?! この学校、頭のおかしいヤツ充実しすぎだろ!?」
生徒もハチャメチャなら、校則もハチャメチャ。もうどこら辺が日本随一の魔法の学校か分からない。なんで俺、こんな学校に進学したんだろう……。
「まったく、来る日も来る日も、第二の魔法どころじゃないなっ」
俺は階段を一気に飛び降り、下階へと急ぐも、GTも珍妙なトガゲ・ダッシュで追随してくる。
だが不思議なことに、これだけ強烈な連中なのに、まるで錯覚にでも陥ったみたいに、背後にその気配を感じない。
足裏が立てる上履きの靴音と、心なしか汗ばんで聞こえる「ハァハァ……」と弾む鬱陶しい呼吸音さえ耳にしなければ、そこに誰が居るのかさえ分からない。
裏を返せば、それでしか連中を感覚的に捉えられない。存在感がこれっぽっちもない、というのが言い得て妙か。
それと思うと、教室の時もそうだった。まるで舟山の転移みたいに、あいつらは、突然そこに居た。
俺は嫌な予感がして、小さく後ろを振り返った。
三体いたGTが、二体になっている。
どれがどれだか分からないが、とにかく一体足りない。
「まさか先回りを……!」
その予感は直ぐに現実のものとなった。
一階へと続く階段を勢いよく飛び降りた瞬間、姿を消したGTの一体が、股間を押さえながら廊下の影からぬうっと姿を現した。
「ここで会うたが百年目、覚悟いたせいっ!」
時代劇よろしくGTがキザったらしく顔をこちらに向けた刹那、果たして滞空していた俺の足が、跳び蹴りとなってその顔面に突き刺さった。
「おっと失礼!」
一瞬、足の裏から「姫ぇ~」と蚊の鳴く声が聞こえたが、遠慮なく踏み潰し、足先に思い切り力を込めて方向転換した。
その様を目に入れた二体が、悲痛な叫びを上げた。
「三号ーっ」
「一号ーっ」
「……ち、違う、我は二号だ……」
「身内でも区別ついてないのかよ!?」
普通、身内ならどれだけ似ていても分かる、というセオリーを根底からへし折って、残る二体のGTが、股間を押さえながら、またもヘンテコなダッシュで追い迫ってきた。
「「二号の恨み、我が骨髄に達したぞ下郎っ!!」」
GTは追走がてら、自前の補助魔導機を構え、いよいよ呪文を唱え出す。
どうやら学校指定の補助魔導機でもなければ、登録済みの速攻魔法でもないようだ。
しかし不味い。今は両手が塞がっている上に、籠手もない。おまけに生身の俺は、魔法耐性がゼロ。分が悪いなんて話じゃない。
「くそっ、せめてまゆりだけでも安全なところに――――」
「カカカ、席に居ねえと思ったらァ、まァた随分と楽しそうにやってンじゃねーの燎祐。暇だから俺様も混ぜろよ」
「え、タクラマ? どこに居る?」
「足下だゼ。おめー影に取り付いてンだ。つーか燎祐、何でGTなンぞに目ぇ付けられてンだ?」
「ストーカー紛いの変態から、まゆり守ってるだけだっつの!」
ほぉ、と一様の納得をするタクラマ。それにしても、お前もご存知なのかGT……。
俺は廊下を走りながら、疑問をぶつけてみた。その間、後方から飛んでくる魔法は、灰色の障壁が阻んでくれた。
「なあ、あいつら何なんだ」
「グラス・トリオって言やア、この界隈っじゃアそこそこ有名だゼ? いわゆるデザイナーズ・チャイルドってヤツだからなァ」
「デザイナーズ!? 完全にデザイン失敗してるだろ!? デザイン料は全額返金対象だろ!?」
「天は二物を与えねえってコトだろーゼ。連中は遺伝子を弄られて生み出された、ポスト・ヒューマンに近けぇ存在だからよォ。並の術者たア、ケタが違げーゾ」
「股間を押さえながら、エリマキトカゲみたいにダッシュしてるあいつらが、新人類を目指した結果だっていうのか?! 一体何の遺伝子を弄ったらあんな変態になるんだ?!」
人間の遺伝子は、実に六十パーセントがバナナとハエと同じらしいが、アレは完全にそっち系じゃないか!?
やはり神は、人が人を形作ることを禁忌としたのではないかとしか思えない。
俺たちは廊下を走り抜け、いよいよ下駄箱から校舎外へ飛び出して、連中を巻くつもりで体育館の方に走っていく。
その間も尚、俺の背後では、灰色の障壁に次々に魔法が着弾していく。
「「姫ぇ~~、直ぐに我らがお助け致しまする~~!」」
意外にも、GTとの距離は保たれたまま、付かず離れず追ってきている。
「向こうサン、結構その気みてーだゼ燎祐、おめーはどーするよォ」
「まゆりの安全が第一だろ。あと、連中と戦うには籠手も必要だ。一旦どこかに身を隠さないとな」
「おォおォ勇ましいじゃねーのォ。ンじゃ、まゆっちは俺様が影で預かっからよォ、おめーはこの籠手使って遊んで来いや」
転瞬、足下の影が黒い噴水のように立ち上がり、俺の腕からまゆりを攫って沈んでいった。代わりに、俺の手には金の籠手が装着されていた。
「サンキュー相棒」
「その礼は今日学食で返してくンな相棒」
「良い方向に検討しとくぜっ」
右足を軸にコンパスの如く反転し、逃走から一転して反攻に出る。
しかし腐っていてもデザイナーズ・チャイルド。GTは並々ならぬ反応速度で障壁を展開。
構わず壊しに掛かるが、打った拳が弾かれた。
「か、堅てえっ!」
「「我らが障壁、それくらいの打撃で破れると思うてかっ」」
障壁を瞬間的に解き、その刹那に、牽制の魔弾を放つGT。
しかし魔弾は、当てずっぽうに撃ったとは思えない正確さで、俺の真芯に飛び込んできた。
咄嗟に籠手で弾くも、触れた魔弾の重さに、ゾワッとするものを感じ思わず距離を取った。
こいつら外見も内面もふざけているが、魔法の実力関しては、その辺の奴らとは一線を画している。内股だが、間違いなく強い。
その時、また足下の影から声がした。
「仕方ねえなア、ちぃと手ェ貸してやらァ」
「むっ、何やつ!?」
姿なき声の出所を探し、左右を見回すGT。
それも束の間、いつの間にか俺の周りに無数に滞空していた魔法の槍を見つけ、目を見張った。
瞬間、その槍が散弾の如く打ち出され、GTの障壁を貫いた。破壊された障壁は、ガラス細工のように破片をばら撒きながら飛び散った。
「「なぬうっ!! 障壁貫通魔法となっ!!」」
障壁の再展開も忘れ、素っ頓狂な声を上げて瞠目するGT。
その隙を逃さず、特攻を仕掛ける。
だが、俺の攻撃が届きかけた刹那、まるで空気が粘性か弾力を持ったような――目に見えざる力が衝突を阻まんと、緩やかな抵抗をみせた。
「ふんっ! 甘いわ! 我には風の加護が――――ぶへあッ」
しかし、あえなく金色の籠手がGT(二体目)の頬に炸裂。そんなもので止まる俺の拳ではなかった。
ぶん殴られたGT(二体目)は、高速で錐揉みながら素っ飛んでいき、ちょっと離れたところに落ちたのだが、どうしてなのか頭から地面に突き刺さっていた――内股で。
「ふ、二号ーっ!!」
「…………モゴ……ゴ……(我は三号なり……)」
何が聞こえているわけじゃないが、何をやっているかは、察しが付いた。
GT(二体目)は、そこで意識が途切れたのか、股間を押さえていた左手がガクッと落ちて、手の甲が儚げに土を打った。
GT(三体目)は、剣呑味のある声を立て、劇画的な渋い顔で俺を睨んだ。
「おのれえええっ!! 二号たちをよくもぉっ!!」
豪と哮るGT。ぐるぐるした眼鏡の奥からは、炯々と光る視線が、サーチライトとなって飛び出している。
「や、野郎ォっ、俺様の専売特許をっ」
「既視感あると思ったらお前だったか」
「うぬらっ、まとめて手討ちにしてくれるぞ!!」
怒れるGT(三体目)は、生け花の如く股に補助魔導機を挟み込み、早口言葉以上の早口で詠唱を完了。そして、ビシッと俺を指さした。
「見晒せ我が魔法の一撃っ!! セィント・キャノン!!」
GTが、バッと腰を突き出した瞬間、股間の補助魔導機が目映く光り、そこから真っ白な光弾が勢いよく飛び出した。
「なんて最低な魔法だ!!」
轟々と迫る白い光弾。打ち払う以外に手立てがない俺自身が恨めしい!
一方、術の動でか、GT(三体目)は、体をくの字に降りながら、ものすごい勢いで吹っ飛んでいた。
「くそっ、触りたくもないが仕方ない!!」
俺はしたくもない覚悟を籠手に乗せ、悲鳴に近い叫びを上げながら、変態魔法に向かって全力の拳を叩き込んだ。
「う、うおおおおおお~~っ!」
籠手の先端からバチバチと、火花が散った。
そして一瞬の拮抗を経て、強引に打ち返すことに成功。
だがその途端に、魔法の輪郭から、白い何かが、ドバーっと弾けた。
「ひぃぃぃ気色悪いんじゃあああああああーーー!!」
「そいつァ、子弾だ!! 避けろ燎祐っ!!」
言われるまでもなく全力の回避。
子弾は、通り過ぎていった先で、傍にあった細い植木に接触し爆散。巻き込まれた植木は、上半分を吹き飛ばされ、風に飛ばされた花びらのように枝葉を散らしていた。
「なんて威力だっ、こんなものを連続して撃たれては一溜まりもないぞ!」
皆がGTを恐れるのも、それとなく分かってきた。
もし避けきれずに食らっていたら、学校結界のお陰で死なないとはいえ、どれだけ無残なことになっていたろう。
俺は、三体目の飛んだ方向に向かって走った。一秒でも早く決着を付けるために。
しかしてその時、俺の前方で、キノコ雲が立つほどの大爆発が起きた。
凄まじい衝撃波に足を浮かされ、猛烈な突風に体が流されかけるも、唐突に灰色の障壁が俺の周囲に展開され、爆発の余波を遮断した。
「サンキュー、タクラマ! メシにソフトドリンクも付けとくぜい!」
「そこア、デザートで頼むゼ」
ひょこりと、足下の影から白い頭部を出すタクラマ。くるりと頭を回して、晴れていく爆煙の方を見やった。
だが、待てど暮らせど、誰の影も立たない。
タクラマと俺は、変だなという風に顔を見合わせて、行ってみることにした。
歩いているうちに、その謎は解けた。
「これじゃァ、出て来ねえハズだァな」
地面に突き刺さっているGTが二体に増えていた。
どうやら打ち返した魔法が直撃したらしい。
内股になって横並ぶそれは、残念な感性によって導かれた現代アートそのものだった。
そんな空しい墓標に背を向けたとき、顔面に靴痕を残したGT(一体目)が内股で走ってきた。
「一号、三号ーーっ!!」
その末路を、我が身に起きた不幸のように大音響で叫び、俺の横を通り過ぎ、二人に駆け寄るGT(一体目)。
「我らの恨みぃ……晴らさでおくべきかぁぁぁっ……!!」
立ち上がり、振り返ったGT(一体目)の股間には、補助魔導機が挟まっており、その先端には血のように赤い魔力の光が灯っていた。
「また変態仕様かよ!」
「気ィ付けろ燎祐、ありゃァ、さっきよか威力高けぇゾ」
「撃たせなきゃいいだけだ!」
GTとの距離は然程ない。間合いを埋めれば一撃で終わる。
だが、こちらが一歩踏み出すや否や、GT(一体目)との距離が一気に十メートルほど遠のいた。
「な、何だ?! 転移か!?」
「違げえな。野郎っ、空間をスリップさせやがったンだ」
影の中から僅かに頭を出すタクラマ。
何かを探すように周囲に視線を彷徨わせ、俺に手早く指示を出した。
「ヤツァ、おめえの打撃を警戒して、補助魔導機の真正面から、扇状に空間スリップの魔法を展開してやがる。範囲は二メートルそこらだ。近づくンならァ側面からだゼ」
「はいよっ!」
一歩毎に速度を上げ、大外から回り込む。GTも側面からの接近を予測して、何としても俺に股間を向けようとする。
それを躱すように、右へ左へ切り返し、反応を振り切りながら前進する。
「ちょこまかしおって、この下郎めっ!!」
二進も三進もいかない状況に堪えきれず、GTは溜めていた大技を解除し、補助魔導機に登録済みの速攻魔法を、無数に放った。
「堪え性がないなっ! っと、わっ!?」
何の気なしに籠手で弾いた瞬間、手元で魔法が炸裂した。思わず手を引っ込め、その場から飛び退く。
五月雨の如く飛来したのは、線形をした炎の魔法――火炎の矢。
前に魔法座学でやったが、炎の玉と比べ貫通力に優れる分、面制圧に弱く、しかし魔法の輪郭が線形のため迎撃が難しいという。
「おめーさんが魔法を弾くってのォ、勘づいてやがンなありゃア。折角の籠手が活きねンじゃ、近づけねーゼ」
「弾く難易度がハネ上がっただけだ、触れられないわけじゃない」
ここで引いてしまっては、俺は今後、線形タイプの魔法を相手取ったとき、「出来ない」「弾けない」そういう逃げ口上が顔をもたげてくるようになるだろう。
だったら機会は今、この時しかない。
出来ないことを克服する機会は。
俺は、影から叫ぶタクラマの制止も聞かず、GTに向かって駆けた。
「よっしゃ、どんどん撃ってこい! 全部叩き落としてやるっ!」
「ふん、所詮は引かれ者の小唄よっ!」
こちらの気勢を、高楊枝と括って嗤うGT。
その時、ヤツの股に挟まれた補助魔導機がピカっと赤く発光し、何十もの火炎の矢がGTの魔力制圧圏内から一斉射された。
俺は息を止め、迫り来る火炎の矢に向かって、拳を開き、掌を走らせた。
そして、上から、下から、左右から、火炎の矢の腹を払った。軌道を変えられた魔法は、俺を通り過ぎたところで自ずから爆ぜた。
「ぬうっ! こやつ!」
線形の輪郭を、拳という「点」ではなく、掌という「面」で受け流せばいい。少なくとも今の俺の練度では、そうするのがベターだ。
とは言っても、タイミングを誤ってしまえば元も子もない。
今のも数発は手元で爆発したし、軌道を巧く制御できなかったヤツが近くで弾けもした。やっぱり容易くはない。
「どうした! もう打ち止めか!」
「愚弄しおってえっー!」
煽られ、顔を真っ赤にしたGTは、さっきの倍以上の火炎の矢を展開し、正確な狙いを付けて撃ってきた。
しかし却ってその方が軌道が読みやすく、受け流しの手応え、その経験値は確実に俺の中に蓄積していった。
そして、その内の一本を掴み取りGTに投げ返した。
まさか自分の魔法が、そっくりそのまま跳ね返ってくるとは思ってなかったか、それとも背景と化した魔法に紛れ見えてなかったか、GTの眉間に投げ返した火炎の矢が炸裂した。
「うぼああ!」
爆煙と火欠を巻き上げ、後ろへ流れていくGTの顔。
そこへ颶風の如く身を躍らせ、プスプスと煙を上げるGTの眉間に、思い切り拳を打ち下ろした。
一瞬「姫っ」と聞こえた気がしたが、構わず拳を振り抜いた。
直後、地面の土が間欠泉みたいに打ち上がった。
土のにわか雨が通り過ぎると、そこにはGTが、頭から地面に突き刺さっていた。否、内股が地面から生えていた。
「はあ……色んな意味で手強い奴らだったな……。一斉に仕掛けてきてたら、負けてたかもわからん」
「そン時ァ、流石に手ぇ貸すっての。ン……、おっ、まゆっち起きそーだわ。おめーさんトコ戻すゼー」
「ま、待て待て、今の俺、すげー土まみれだから、やだちょっと待ってお兄さん――――」
そんな声など些かも聞かず、足下の影が水柱のように立ち上がって、俺の腕の中に、まゆりを預けて消えていった。
それと同時、タクラマの気配も消えた。
「んぅ…………りょ~、おはよぅ~」
欠伸をかみ殺したような、ふにゃりとした可愛い声がした。
まゆりは、おんぶされていると思っているのか、俺の首に手を回して、頬をスリスリと寄せてきた。
「ん~、りょー、つちの、にほいが、しゅるぅ~……んぅ~……すぅ……」
本日のまゆり、完全に寝ぼけていらっしゃる。まだ頭の八割くらいは寝てそうな感じだ。それにしてもだ、
「あーあー、いきなり顔汚しちゃって……」
まゆりの白い肌に、焦げ茶色の土が、ファンデーションのように色を付けていた。
都合良く、近くに水飲み場があったので、まゆりを抱えてそちらに向かう。
水でハンカチを濡らして、優しく拭き取ってやると、何だか気持ちよさそうな顔をしていた。
しているちに、瞼が緩やかに動き出して、くりっとしたエメラルドの瞳がこんにちわした。
「燎おはよう? どうしたの土っぽい匂いさせて?」
「さっき変なの戦ってたんだよ。あー、まだその辺に生えてるけど、まゆりは見ない方が良い」
「え、なんで?」
不思議そうに、ぱちくりと瞬きをする。
しかしダメとか見るなと言われると、却って気になるのが人間のサガ。まゆりもそこは同じで、チラチラと周りを伺いだした。
そして、何かを見つけ、表情が固まった。
その方向には、地面から生えた内股が三体連なっていた。
見る見るうちに、まゆりの顔が蒼白になっていく。
その時、三つの内股がビクンビクンと脈打って跳ねた。
「いやあああぁぁぁぁぁーーー内股オバケーーーーーーーー!!!」
裂帛の叫びを上げ、意識を手放すまゆり。
ガクッと首が折れ、体中から力が抜けてしまっている。
どうやら失神してしまったようだ。
実はまゆり、オバケが大変苦手なのだ。
「だから言ったのに」
この後、まゆりをおんぶして教室までダッシュした。