第一章13 舟山部とノロイ ②
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俺はまゆりと二人掛けのソファに座った。
舟山とタクラマは深く座れて肘掛けのある一人用にそれぞれ着いて、テーブルを囲った。
「燎はアールグレイで良かった?」
「俺はコーヒーじゃなきゃ何でもいいよ。まゆりが好きなの淹れて」
テーブルの上、注がれた琥珀色の水色がティーカップの中で揺らいでいる。
茶葉はポッドの中で充分に蒸らされていて、そこから蘭のような香りがした。
カップに口を付けると、柔らかな甘みが口いっぱいに広がった。これはスコーンが欲しくなる。
この感想には舟山も概ね同意だったのか、突として、お茶請のワッフルが全員に振る舞われた。
「十分な数ありますから好きに突いて下さいね~」
「おォ、気が利くじゃねーか先生よォ」
「わっふるわっふる~」
といってもワッフルは直接持参したものではなく、そのものをドコからか転移させてきたので、製造元や賞味期限などの情報は一切不明である。
そんな正体不明のワッフルを「ほォ……こりゃあ、あの店のだなァ」と知った風に味わっているタクラマ。お前スイーツ好きだったのか。
しかし、いつも思うんだが、あの口を通った食べ物は一体どこへ運ばれていくんだろうか。
知れば知るほど謎が深い……。
皆が一息ついたところで、舟山がパンっと手を叩いて、場の空気を一旦引き絞めた。
「お待たせいたしまた。それでは活動の説明に入りましょう。本活動の目的は先ほど私の収入額の向上と申しましたが、建前ではなく事実です。楽して稼ぎたいのは人として真っ当である証拠です! ですが部活動というもの、なんからの活動報告を出さなければ認められません。白紙で出せば顧問は疎か部活動とも認められません。延いては給料にも……。そこで考えました、すべて捏造しようと」
「先生正直すぎてタチが悪いわ!!」
憤慨する俺を、まあまあ、と宥めて舟山は続けた。
「捏造するのは活動報告ですよ。報告書には載せられそうにない内容になりそうなので」
その意味有り気な言い口に乗せられ、つい俺は、続きを促す役を買わされてしまった。
「と言うと?」
「実は私、君のことを湊くんから頼まれましてね、彼しばらく忙しいそうなので、自分に代わって稽古をつけて欲しいと持ちかけられたんですよ。なにぶん古い教え子の頼みでしたし、聞けば国魔連から特別報酬が出るそうなので、快諾しました」
「ここで金の話をするんじゃねえっ!!」
「あ、久瀬さんこのソファーいただいてもいいですか。とても気に入ったので」
「おいいいいい!! 俺と話をしろおおおおっっ!! なんで師匠が出てくんだこらああ!!」
俺は続きを吐かせようと舟山の前へ立ち、力任せにの襟首を掴みあげてガックンガックンと揺さぶったが、するりと転移で脱出された。
「ふぅ、常陸くんは乱暴ですねえ。直ぐに人に手を出すのはいけないと思いますよ?」
再び着席している舟山は、すると挑発的にほくそ笑むので、もっかい掴みあげて怒り任せに何度もやってやったが結果は同じだった。
これは軟体動物がベリーイージーな生き物に思えるほど手強い。
分かっちゃいるけどなんかムカく。
俺は盛大なため息と共にまゆりの隣へ戻った。
「そうそう久瀬さんも湊くんのお知り合いだったんですねえ。私驚きましたよー。これもなにかの縁です。ソファください」
しれっとソファに話題を絡め、バンバンとソファを叩いて、子供じみた催促をする舟山。強引にもほどがある。
しかし、まゆりはどうぞどうぞとあっさり譲った。
曰わく、減るものでもないからと。
それで脱線した話が戻ってくればよかったが、今度は舟山が家具について語り出したので、
アー、ゴホンゴン――――
俺は咳払いをして話を引き戻そうとしたら、まゆりに「風邪なの?」と、不安のこもった目で心配された。
そのまま俺が何も言えないでいたら、まゆりはますます心配して「熱があるの?」と、おでこをくっつけてきた。
「あの……まゆり……?」
「ん~、平熱より少し高い、かも? 顔もちょっと赤いんですけど?」
そう言って今度は、俺の顔をぺたぺたと触り始めた。
ああもう可愛い!!
でも違う、そうじゃないんだ!
けど無碍にできない!!
もっとやってくれ!!
その純真さに俺がノックアウトされている間に、タクラマが話を繋ぎ止めにかかってくれた。
「センセーよぉ、なんでわざわざ部室なんぞ用意したんでえ。活動場所は別に教室だってよかったろうによ。燎祐だけに用があンなら尚更じゃねえのか。それとも、他所に見つかっちゃ不味いことでもあンのかい」
流石は我が悪友、ナイスフォローでクリティカルに話を抉ってくれた。
舟山はいよいよ観念してか、ふぅむと唸って、ソファに深く腰を落ち着けた。
「今日はあくまで入部だけと思っていましたが……、これはもともとお話しするつもりでしたし、この際いいでしょう」
そうしてようやく、舟山は、初めてまともに俺たちと取り合った。
まず舟山はテーブルの上にカードを転移させ、絶対に触れないこと、釘を刺した上で、それを俺たちに見るようにいった。
言われたとおり見てはみたが、白い名刺サイズのカードには、定型文の挨拶が一行あるのみで、差出人が無いこと以外は変哲もなかった。
これがどうしたのかと問おうとしたら、舟山は急にまじめな顔を作って、俺を見据えて言った。
「在校生から送られたメッセージカードの一枚です。このカードはどうも強力な術が施されているようでして、教室で配布すると、必ず君のいる席へ届くようになっています」
必ず、というところに引っかかりを感じたが、今は舟山の話を聞く方が先かと思って、口を差し挟むのを控えた。
そして舟山はカードが来た日のことを静かに語り始めるのだった――――――。
舟山の話は、入学三日目まで遡った。
その日の放課後、翌朝のサプライズとして舟山がメッセージカードの配布を始めようとしていた時。
頃合いを見計らったように、とある女子生徒が教室を訪ねてきた。
女子生徒は半ば登校拒否状態にある子で、学校に来ること自体が相当珍しいのだが、突然ふらりと現れたかと思ったら、出し抜けに一枚のカードを舟山に押しつけて「忘れていた提出物だ」と言ったそうだ。
それを舟山は不審に思ったらしかった。
彼女は殆ど学校に来ていないのだから、忘れる以前にこんなプチ行事があることなどそもそも知りもしないずなのに「何故?」と、そんな不思議が内心に沸き起こったそうだ。
だが、心ばかりのものを蔑ろにするわけにはいくまいと考えた舟山は、それをカード山の中に含めることにした。
用を終えた女子生徒は、舟山に「また来る」と言い残し、薄笑いを浮かべ立ち去ったそうだ。
独り教室に残った舟山は、その時、手の中で一番上にあったこのカードを最初の机に置いた。
しかしどうしたことか、机の上に置いた途端、別のカードになってしまった。
ハッとして手の中を見ると、配ったはずのカードが戻っている。
これは妙なことだと思った舟山は、もう一度配布を試みたが、結果は同じ。
「結局カードを置くことができたのは君の席だけだったんです。ですから、私は配布を延期にし、一方このカードが君と席のどちらに引きつけられているのかを観察することにしました。
それで私は、事ある毎に君と他人の席を入れ替えてみたんです。在不在も合わせてね。転移させたカードはどうなったと思いますか。
存時は君のところへ、不在時は次に君が着く席へカードが飛びました。どちらの場合も必中です。それでハッキリしました、君が標的なのだと。
今までいろんな人を見てきましたが、こんな重たい歓迎はそうそう見かけません。君は案外呪われているのかも分かりませんね」
締めの句で背筋が凍った。
「呪われている……か……」
言い知れぬ不安が心中を過った。