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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第一章 A Study in Emerald
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第一章9  『封鎖区画』①

**1**


「ハハハ、いやあ驚きですねえ。まさか教室まで帰ってこれたのが三名だけだなんて。この感触ですと本級でも脱落者の第一波はかなり大勢になりそうです」


 教室に戻るなり、舟山は腰に手をやって愉快そうに口を開いた。

 学校案内と称した生存競争(サバイバル)の結果は舟山の言った通り、俺たちしか残らなかった。

 途中、まゆりの逆鱗に触れて落雷に遭ったが、俺が事故ったのはそれくらいで、後はクラスメイトがどこかへ消えた以外は、順調といえば順調だった。


 ところで体育館の裏手あたりに頭が妙にボンバーした黒焦げのヤツが倒れていたが、あれは一体なんだったんだろうか。

 大丈夫か、と起こしたら走って逃げていったし、本当に意味がわからなかった。


「さて、着席したら自己紹介、と行きたいところなんですが――――」


 舟山は教卓に手をついて、俺たち3人がのろのろと着席したのを見やるや、このメンバーなら自己紹介の必要ありませんねー、と言って背を向けた。

 それから黒板に「自由解散」と記すや、しれっと転移して消えた。


「見たかよ燎祐(りょうすけ)! あいつ真っ先に帰りやがったぜ!! 最後だろフツー!」


 既に居ない舟山を指さしながらタクラマが憤った。

 言いたいことはよく分かる……。

 丁度俺も、この学校における教師って一体なんなのだろうと思ったところだ……。

 それから数秒の後、ふと思い出したかのように、プリントが各机の上に音もなく転移してきた。


「おーおー、こりゃ配り忘れたクチだぜ! つか是が非でも戻ってこねえ気か!」

「すげっ、転移魔法ってこういう使い方もできるのか……いやぁ便利だなあ」

「おめえって意外と純朴よな」


「そうか?」


 そーだよ、とタクラマに目で言われた。

 やり場に困った俺は鼻で大きく息をついて、舞い降りたプリントを手にした。

 目を通したところ、どうやら明日以降の予定を纏めたもので、それによれば明日は朝一番から学校に関するガイダンスが実施されるようだ。



 ところで肝心のお題目は、



 ①転学のススメ ~そうだ転校しよう~

  東烽高校から出て行きたい生徒必見!


 ②始めよう(ビギン)登校拒否 ~本当は怖くない自主休学~

  クラスや学校が嫌になったらこうしよう!


 ③HOW TO 退学 ~きみが学校を辞めるまで~

  もう学校なんて行かなくても大丈夫!


 以上、三本立て。



 文言が酷すぎて、何にツッコめばいいのか、もう分からない。

 よーく見るとお題目の下には、小さな小さな米印がぶら下がっていて『上記ガイダンスが必要のない生徒の登校は自由です』と続いていた。

 出た、却って面倒くさいパターンだ。

 俺はこめかみの辺りをクシャクシャと掻いた。


「自由登校ってさあ、行ったら損した気分だし、行かなかったらズル休っぽくてさ、なんか妙に一日気が晴れないんだよな……。俺は一番困るわこういうの……」


「「わかる」」


 そんな『学生あるある』に、二人はうんうんと頷いた。

 それからは明日のことを相談して、とりあえず登校してみて、もし暇だったら帰ろうと決めて下校した。   



**2**



 帰り道。土手のあたりでタクラマと分かれた。

 そこから二人で歩いていると、今度は向かいから歩いてきた母さんとバッタリ出くわした。

 母さんは買い物に行く途中だったらしく、今日のお昼当番のまゆりも一緒に行くことになって、結局俺は一人で帰宅することになった。

 その場から二人を見送ろうと突っ立ってたら、まゆりが俺に向けて自分の手首をトントンと指さした。


(りょう)っ。左手」

「ん? ああっ、いつものか?」

「うん。燎は魔力がないからこういう保険は必要だもの」


 心配性だなあと思いながら左手を差し出すと、まゆりは自身の人差し指に翡緑(すいりょく)の光を点して、それを俺の手首にくるくると巻き付けていった。

 するとサイリュームのように発光する腕輪(ブレスレット)が出来上がった。

 これは魔法生成物で、俺がまゆりと別行動をするとき、いつも持たせられる使い切りの簡易結界(おまもり)だ。


「なあ、アレ付けるの、やっぱ?」

「付けます。だってその方が分かりやすいもの」


 そう言ってまゆりは、魔法で作り出した白い花を腕輪へ取り付けた。毎度これのおかげで女性モノにしか見えない……。

 この花弁は、魔力がない俺向けに、腕輪の魔力残量を視覚化したものだ。

 仕掛けは簡単で、腕輪の魔力残量に応じて花弁がひとひらずつ落ちていく。

 花弁は全部で五枚あるので、一枚あたり二十パーセントの計算になる。

 尚、飾り付けが花弁なのは、まゆりチョイスなのでそこは譲るしかない。


 一連の作業を手品のようにサクッと終えたまゆりは、『追わない、攻めない、関与しない』と『独りの時の三つの禁則』を俺に復唱させてから、母さんと買い物に発った。



**3**



 分れた後、俺は腕輪に備え付けられた花弁を摘まみながら、取れないかなーと引っ張っていた。

 しかしこれがどんな力で引っ張っても形が全く変わらないのである。

 見た目もさわり心地も本物と同じなのに不思議だなあと思いつつも、魔法の生成物だって認識があるから『そういうもんだ』と納得してしまった。

 でも、もしこれが魔法の生成物だって理解がない時代だったら、神秘としか考えられなかっただろう。

 それを陳腐化させてしまうのだから時間の流れとは残酷だなと思う。


 俺は摘まんでいた花弁から指を離して、右手のデジタル時計に目をやった。

 時刻は昼を半分過ぎたくらいだった。


「いま帰っても母さんたちが帰ってくるまで昼飯はないしなあ」


 俺は極めて自炊能力が低いので、家事全般は我が家の女性陣に頼りっきりだ。

 急に手持ち無沙汰になってしまった俺は、普段よりもずっと足を緩めて、土手の上をのんびりと歩いた。

 けど平日のまっ昼間からぶらつくのは、自分が背徳的なことをしている気分になるので、あんまり好きじゃない。きっと学生性分が感じさせるものだろう。


「ははっ……しょぼい板挟み(ジレンマ)だな…………はぁ」


 情けなさのあまり項垂れると、足下で(たわ)んでいる自分の陰が嘆息をついた。

 そりゃそうだ俺が投影されてんだから同じことをするさ。

 それにしても陰が長い。三歩くらい先までぬうっと伸びている。

 昼間の陰って潰れた饅頭みたいにペッタンコだったようなイメージを持っていたんだが、俺の覚え違いだったか。

 でも変だ。太陽の方向は――――――


「ん…………そうだ急がないと」


 なんとなく口走った。なんとなくの筈だ……。

 なのにそれを無自覚に繰り返した。

 その途端何かを感じた。

 頭の奥で、俺を無性に急がせる危険信号にも似た何かを。


 気づいた時には走っていた。

 それが自分の意思によってかは定かではないが、頭は妙な焦燥感に駆られていて、とにかく急ぐことを俺に強いた。


 一体どこへ。

 どこへだろう。

 分からない。

 でも急がなきゃいけない。

 それしか分からない。

 俺は夢中で走った。

 人の賑わいが急に遠ざかった。

 そして辺りに誰もいなくなった。


 静かになった。

 とても静かに。

 音を感じない。

 なにも。


 俺は無音の中、無限に続く土手を走っている。

 走り続けている。

 急がなければ――――と。


 それしか考えていなかった。

 頭の中はそれで一杯だった。



 パキッ……


 変な音がした。

 手首に痛みが走った。


 パキッ……


 また音がした。

 なんだこの音。

 手首がビリっとした。


 パキッ……


 まただ。

 せっかく静かになったのに、なにが鳴っているんだ。

 手首も痛いし、いったいどうなってんだ。


 パキンッ…………


 ウルサい……。

 ウルサい……!

 何度目だ!

 もういい加減にしろっ!

 なんなんだよこの痛みはっ!!


 俺は疼痛(とうつう)を発する左手を眼前に持ち上げ


「こ、これ……、腕輪……そうだ、さっき、まゆりがつけてくれたヤツで…………は…………花びらが、一枚しかない……? は……え、俺いま攻撃されてんのか!!」


 思い切り地面を踏みつけ、全力で急制動をかける。

 思考の整理なんてしてられない。

 肩に提げたスクールバックを振り回すように腕の前へやった。

 半開きのジップの奥から、金色の籠手を強引に引っ張り出し、直ぐに装着して戦闘態勢に移行。


 花弁が尽きたのはそれとほぼ同時だった。

 それをトリガーに最後の放電が起きた。

 感電の痛みで頭の中が驚くほどクリアになった。

 全ての魔力を失った腕輪は即座に霧散した。

 

「ありがとな、まゆりっ! ほんとに分かりやすかったぜ!」


 取り憑いていた焦燥がスッキリと晴れ、聞こえなくなっていた環境音もはっきりと耳に届くようになった。

 そして無限に続いて見えた幻覚の土手も、すっかり真実の姿を取り戻した。



 だがそこで、俺は一種の思考停止に陥った。

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