第二章59 月のない夜②
舟山の気分が落ち着いたあと、燎祐は、頭骨一点の、完全不羈にったタクラマを連れて部屋中を探索したが、彼の身体は一片も見つからなかった。
また、分離した身体の感覚がまったくないことから、既に消失した可能性が浮上した。
その後、頭骨だけのタクラマは、鳥を介した転移魔法によって舟山の元に飛んだ。
「お前の友達ちゃんと見つけたぞ、レナン」
『あはははは、これでイルルミさんの墓前で報告できますね!』
「死んでねえから――」
『ってアッチィィイ!! え、うそ、なにこの炎!? どっから出火したんですか?! は! その外套、まさか遠隔で精を?! そんな細かい芸を仕込んでいたなんて、どんだけ執念深いんですかあの子! 陰惨陰険ここに極まれりってうぉおおアッチィィィ!!!』
レナンの外套は舟山の暴言に対する機能を備えていたらしい。
左腕でひとりでに暴れ狂うキモバードから目を離し、燎祐はこの空間の出口を目指した。
外に出るころには舟山のお仕置き燃焼も終わったようで、キモバードも静かになった。
稲木出のデバイスから音声がし、転送術式が完了すると、燎祐は一年次の校舎であるA棟の屋上にいた。
「あれ、駐車場じゃないぞ」
『転送場所を変えているんでしょう。同じ場所から出入りしていては人目に付きますから』
「それでも学校結界の監視網に引っかかるはずだろ? なんでバレなかったんだ?」
『ベースとなる結界の老朽化が最たる原因でしょう。なので、さらに強力なものを今年度中に張り直す予定だったのですが、これは専女様に頼んで、急いで貰わなくてはいけませんね』
「学校は当面お休みか」
『そうですね。ただ応急処置程度なら私でもできます。相羽は結界の要石である堅磐を引っこ抜いているはずです。それが無事なら代用の補助結界を起動できるんですが……』
「壊されている可能性が高いと?」
『いいえ。相羽のことですから取引の材料として大事にしていることでしょう』
「ちなみに、どんなのだ? 特徴は?」
『注連縄がしてある大きな岩です』
「ほう。もしかして、ちょっとおむすびっぽい感じで、ど真ん中に『結術』って書いてある感じか?」
『そうそう、そんなです! って、あれええええ、なんで堅磐のカタチ知ってるんですかぁああ!? 普段は秘匿術で隠されていて絶対に見えないはずなんですけど、もしかして見えてましたか!?』
「浮いてんだそこに」
『流石はうんこ魔法教師、モノの扱いが雑ですね!! きっとコレの価値が分かってないんでしょう! 愚かですね!』
「さっき大事に取ってるとかいってなかったか」
『言ってません! 断じて言ってません!』
燎祐は、時々、舟山のことを無性に信用できない時があると思っていたが、そのワケがいま分かった気がした。
と、その時であった。
屋上にびゅうと強い風が吹いた。
校舎の下では、風に煽られた庭の木々が大きく揺れている。
木の葉の、ざあざあっとしたざわめきが聞こえてくる。
風がまた一段と強くなり、その音が、大きくなっていく。
カラン……カラカラ……カラァン
どこかで空き缶が転がっていく甲高い音がした。
叩き付けるような風が校舎の窓枠を一斉にガタガタと揺らし、隙間風が警笛のようにピューピューと鳴る。
燎祐は目を瞑り、風の中で耳を澄ませていた。
一方の鳥は、実体らしい実体がないかのように風に煽られることなく燎祐の左腕にとまったままでいたが、何かを察知して肩の方に移動した。
ジャリ、と乾いた音がした。
革靴を踏みしめるような音だった。
次いで、気配を感じた。
「まさか貴様がここまで追ってこようとはな」
燎祐が薄目を開けると、堅磐のすぐ前に相羽が立っていた。
手には、見たことがないほど大きな、棒状の何かを持っている。
そのカタチは世界の禁忌、見ることを許されないもの、存在することを許されないもの。
故に、燎祐には、別のカタチに変換されて見えていた。
「相羽……、そ、それは」
「これがナニか貴様も知っていよう。クククク……恐ろしくて声も出まい」
「どう見てもうんこじゃないか! モザイク付きの!」
「うんこ!?」
「うんこ!」
ギョッとする相羽に向かって燎祐はビシッと指さした。
誠に残念なことに、世界の禁忌は、燎祐には、モザイクのかかった超巨大なストロング排泄物にしか見えなかった。
その途端、もの凄い速さで舟山が反応した。
『え!? うんこ持ってるんですか相羽は?! 流石はクソ魔法使い! 噂に違わぬうんこ野郎ですね!!』
「こ、これはうんこなどではない!! 真朱の魔女がもつ最強の魔杖【火葬杖】、その模造品だ――――」
『――!? 火葬杖の模造品ですって?! いったいどこから持ち出したっていうんです?! アレを模造して本当の禁忌に到達できたのは、後にも先にも、ただ一本だけ!! ダラハ老が作った模造品だけのはず!!』
「その通りだ舟山!! これこそ真の禁忌に到達した、完成されしもう一振りの火葬杖!! 【破滅】だ!!」
「模造品の火葬杖……。じゃあ、あれが、メイさんの言っていた――」
『常陸くん撤退ですッ! アレが相羽の手にある以上、我々に勝ち目はありませんッ! アレはそういう代物です! 絶対に戦ってはいけません! いますぐ逃げて下さい!』
「うんこ杖が問題なら、あいつから取り上げちゃえばいいだろ!」
『ダメです! 相羽はうんこ野郎でも、あの魔杖は違います! アレと戦うのは、全力の久瀬さんと対峙するくらいの無謀です!』
「全力のまゆりだって!? 可愛い以外のコメントが出来ないぜ!」
『今だけは別の方向に目を向けてくれませんか?!』
「大丈夫だ先生! 相羽が全力のまゆりと同等なら、出会い頭に瞬殺だ! 俺はとっくに殺されている! けど、ひとつも魔法を行使してこないってことは、あの杖を使えない理由があるってことさ!」
燎祐のそれは、言葉こそ舟山に対するものだったが、その内容は相羽に向かって放たれていた。
一瞬、相羽が、苦虫を噛みつぶしたような色を、能面のような面の上に滲ませた。
燎祐はその瞬間を見逃さなかった。
そして確信を得た。相羽は、この杖を持て余していると。
燎祐がそう思ったのは理由があった。
ひとつはメイのことだ。
舟山が危険と豪語するほどの強大な力をもつ魔杖を所有していながら、メイは自分で使いもせずに保管していた。
他人にひけらかすタイプでないにしても、それほど重要なモノを、なぜ目の届くところに置いていなかったかだ。
その答えは、相羽の行動が大まかにだが証明している。
相羽はレナンとの戦いに魔杖を持ち出さなかった。それどころか戦いから逃げだ。
そして先ほども、稲木出との戦いに顕れた際も魔杖をもっていなかった。
もし魔杖が無条件に使えるものなら出し惜しみの必要はない。
だが、魔杖は持ち出されなかった。
なぜだろうか?
その答えを、燎祐は自ら導き出していた。
――考えてみれば簡単なことだ
魔杖は存在自体が世界の禁忌に抵触している。
その魔杖に触れることは、世界の禁忌に触れることと同じ。
つまり、世界の禁忌と一体となる。
世界は、必ず、なんからのカタチで禁忌を修正する。
禁忌の抵触が所有者にどれほどの影響を与えるのかは分からないが、メイにせよ、相羽にせよ、魔杖を常時持ち歩いていなかったことから、使用に伴う代償は生半可でないと推測できる。
――だったら何としても相羽に魔杖を使わせる! これが最善手! 撤退すれば思うつぼだ!
相羽の狙いは、魔杖の威を借り妨害する者を退かせることだと燎祐は考えた。舟山とは真逆の思考である。
「私が火葬杖を扱えないとでもいいたいのか!! 馬鹿にするなよ小僧!!」
苛立たしげな声音で相羽が哮る。
哮るが、燎祐の目にはモザイクのかかったうんこにしか見えない魔杖を握る手が、ブルブルと震えだした。
そして燎祐の目から見た魔杖のモザイクがかったフォルムが、柄を握る相羽の手を侵食しはじめた。
「どうした相羽、腕にモザイクがかかっているぜ。そいつが全身にまわったらどうなるんだろうな」
「ぐぬぅっ……結界を破るのにいささか力を使いすぎたかあッ……! これ以上、直接握っているのは不味い……!」
モザイク越しに見える相羽の手が、先端から魔杖の色と同化していく。
瞬間、相羽は血相を変え、杖を握っている方の腕を、ブンブンと大きく振った。
だが、手から魔杖が離れていかない。完全に固着している。
否、触れてしまった禁忌に侵され、染められている。
「どういうことだ!! 前は、皮膚を持って行かれただけで、これほどではなかったぞ!!」
そう口走っている間に、モザイクは肘まで進行していた。
どうやら同化――否、侵食されているらしい。
相羽は、禁忌に侵されつつある腕を、千切れんばかりに横へ突っ張った。
「う、おぉおお、おおおおお、おおお!!」
額に、頬に、腕に、指先にボコボコと血管が浮かび上がった。
色味が反転した相羽の目が、片側だけ、ぐわっと見開いた。能面だった顔が、引き攣ったように歪みだし、見慣れた怒り顔に戻っていく。
そして、禁忌の侵食が腕全体に達しようかという寸前。
モザイクの塊が、ズルリと転げ落ちた。
腕を、自らの魔法で切断したのである。
床の上に、カラーンと魔杖が跳ねた直後、
ブシュゥ!
相羽の腕の切断面から、血が、シャワーのように噴射した。
たちまち相羽の足下に血だまりができあがった。
この絶好の機会に、燎祐の足は固まっていた。
血だまりに目を取られていたのである。
その色は、洗礼者の体液と同じ黒色。赤は一滴も混じっていない。
燎祐は、真っ黒い血だまりに向けていた視線を、おもむろに持ち上げ、相羽を見る。
「相羽、お前、なんなんだその色の血は……」
「はぁ……あ、はぁ……、この身体、ここまでのようだな」
相羽は、全力疾走のあとのように肩で息をしている。
禁忌の侵食に抵抗するために相当の力を消費したのであろう、燎祐の言葉などまるで耳に届いていない様子である。
『どうしたんです常陸くん、なにが――』
「――魔杖の禁忌から逃れるために相羽が腕を自切した!」
『はあぁぁあああ?! 相羽は禁忌に抵抗する手段もなしに【破滅】に手を出してたってことですかぁぁあああ!?』
「知らんよ?! ってえぇ!? 今度は屋上の床がモザイク化しはじめたぞ?! なんだよこれ?!」
『【破滅】は文字通り、なんでも破滅させるんです! それこそがダラハ老が到達した禁忌! ちなみに出荷時のパッケージには禁忌に耐えるクソダッセェ手袋の作成方法の指南書が同梱されていたはずなんですがね!?』
「なに禁忌出荷してんの!? なんで売ったの!? ねえ?!」
『販売は抽選だったらしいんですけど、ある一名の方がダラハ老を探して直に応募してきたそうです。それが黒髪が綺麗な大層美人なお姉さん且つ、超が付くほどいい値段を提示してくれていたとかで即決に……』
「何が抽選だよ!? 完全に作為に塗れてんじゃねーか!?」
『女体変化には自信あるんで、生まれていたら私も応募したんですけどねー残念です。でもまあ、安全手袋の材料が普通じゃ手に入らないものばっかりですから、所有したところでって感じなんですけども。ダラハ老も換えの手袋の材料が間に合わないから売り払ったようなもんですし』
「え、っちょ、生まれてたらって、どんだけ前の話だそれ……?」
『私も正確な時期は知りませんが【破滅】が売り渡されたのは二世紀ほど前です』
「二世紀前だって!?」
燎祐はそこで押し黙った。
脳裏に浮かんでいるのは、綺麗な黒髪を風になびかせ、眼鏡の奥に不敵な笑みを浮かべるメイの姿。
むろん【破滅】を購入した人物がメイ本人かは分からない。
けれど、メイ本人だったとしても不思議とは言い切れない。
――メイさんは……あの人は、いったい何なんだ
と、その時である。
相羽の身体がぐらりと揺れ、ガクンと両膝を床に付いた。
ゴッ!、と鈍い音がし、相羽が前のめりに倒れた。
相羽の切り離した腕が、真っ黒な血の上でボコボコと泡だっている。
倒れた相羽の肩口からも、同じような気泡が噴き出しはじめた。
相羽の身体が、上半身が持ち上がるほど、ビクンビクンと大きく跳ねた。
そして、三度目に跳ね上がったときである。
床に落ちていた【破滅】が半ば一人で宙空に飛び上がった。
【破滅】は紫電の如く一直線に宙を疾り、最初に結界の堅磐を突き破り、次に相羽の胸を貫通し、屋上の上に突き立った。
相羽の身体が一瞬エビのようにビクっと仰け反って、ほどなく、くたっとなった。
「自滅した……いや、相羽がそんなことをするわけがない。今度は何をするつもりだ」
『どうしたんです常陸くん。音声だけなので、いまひとつ状況を把握しきれないんですが』
「杖がひとりでに飛翔して、堅磐を壊したあとに相羽に刺さった。たぶんもう死んでいる。そいつは」
『堅磐をエサに取引するつもりは毛頭ないってことですか……。いえ、それよりも、そいつはって……どういう意味なんです?』
「前に相羽は自分の片腕を落としている。なのに今回も落とした。そんで死んだ。それだけじゃない、俺はある場所で相羽と同じ顔の屍体を見た」
『では少なくとも二度、相羽は君の前で死んでいる、ということですか……?』
「これが一人の人間なんだとしたら、おかしいことだらけだよ。でも、もし相羽が複製人間なら、変なことはひとつもない」
『であれば、相羽は、記憶を他の複製と共有しているはず……!!』
「そうさ。だからあいつはここから仕掛けてくる! 自分を捨て駒にしてな!!」
耳を疑うような言葉に、舟山は息を詰まらせた。
その直後、さらに息を詰まらせた。
「ほぅ。まさか無能の貴様が一番に気づくとはなぁ」
突き立つ【破滅】の上で黒い影が踊った。
相羽である。
声質も、外見も、差という差はない。相羽は相羽である。
だが燎祐は不思議にも「知っているのに見たことがない」と感じた。
白昼夢で知った顔を覚醒の直後に目にしたような、デジヴュ一歩手前の既視感。
「お前が、本当の相羽久か」
「貴様が知る相羽より上位の個体だが、結局のところ、どれも私だ。偽物も本物もない」
相羽は【破滅】の上に立ち、燎祐を見下ろした。
相羽の足は火葬杖のモザイク侵食を受けず、それどころか、火葬杖に張っていたモザイクがだんだんと外れ、周囲にばら撒かれていた禁忌の侵食が退いていく。
「【破滅】の侵食を抑えるのに少々手を焼いたが、今やこの通り。私は禁忌を掌握した」
『状況は見えませんが――相羽が【破滅】を使える状態になったんですね……! だったらすることは一つだけです! 撤退ですよ常陸くん! たとえ学校結界があった状況だったとしても、火葬場で魔法を撃たれたら即死です!』
「残念だが舟山、その小僧っ子はこの私と戦る気のようだぞ」
『んな!? なぜ!?』
「ククク、差し詰めメイに言い含められたのだろう。我々カリスが時間遡行の力を使って歴史をやり直すと。ゆえに、【破滅】を奪ってこいと。そうすれば『久瀬の秘密』を教えると。さもなければ、この状況で私から逃げ出さずにいるものか」
「…………」
『常陸くん、君は何を知って……、いえ、そんな取引を誰と』
舟山の問いに燎祐は答えない。
たとえ答えるつもりがあったとしても、メイの魔法によって答えられはしなかっただろうが、燎祐は何一つ口走らなかった。
『常陸くん、とにかく今は逃げて下さい! 相羽が探している時間遡行の技術なんて存在しません! 戦り合うだけ無駄です!』
「完全に先生の言うとおりならケツ捲って逃げんだけどさっ……!」
「なるほど。貴様そんなに知りたいか。久瀬のことが。ともすると、時間遡行のことより大事と見える。イルルミに加担しておるのも、そのためか。その意気、健気というよりも哀れだな。まるで呪縛そのものではないか」
「はん! 呪いに縛られてんのはそっちだろうが! やっちまった過去のことばっか振り返りやがって! それを帳消しにしたいが為に、こんだけのことをしでかして!」
「案ずるな、再構築する歴史にこの出来事は存在しない。今日討たれた者は誰も死にはしない。もっとも、その歴史とは、時間遡行の目的である歴史修正と、我々カリスを陥れた悉くを粛正した上でのものだが」
「結局やりたい放題したいだけじゃねえか」
「ククク。だが、そう簡単な話でもない。時間遡行で重要なのは誰が時を超えるかだ。歴史上の一点を改変した程度で歴史は変わらない。数十年の歴史を改変するには、それ相応の知識と記憶、加えて変化した状況に対応する能力が必要だ。それをまかなえる人間は数が知れている。前任者の記録によれば、数年前までは貴様もその候補にあったが、いまは記憶力を喪失しているらしいのでな」
「……カリスに目をつけられていたってのか、俺が」
「久瀬の調査をしている間に、偶然見つけた情報だったそうだ。貴様の記憶能力は常人の域を超えていると報告にあった。まあ、どちらにせよ重要なのは久瀬のほうだがな」
「!? お前たちはなんで久瀬のことを嗅ぎ回っている!?」
「久瀬家がつくりあげた|【号の魔女に対抗する存在】《カウンター・ウィッチ》、その確証を得るためだ。
もし、あの惨禍を生き抜いた個体に号の魔女と戦う力が備わっているならば、真朱の座を簒奪せんとする我々の計画の妨げになる。その確証は終ぞ得られなかったが、万に一つを期し、久瀬にはこの街から退場してもらった。今は遙か東の海の上だ」
「な! それじゃあ防衛省絡みの件ってのは!!」
「我々が画策し、我々が実行し、我々が陥れたのだ。鋼鉄の亡骸が沈む海に『接触禁止世界』とを繋ぐ地獄の門を開いてな」
『接触禁止世界と!!? なんて恐ろしいことを!! 時間遡行前提で、この世界を破壊しつくすつもりなんですかあなたは!!』
「先生、なんなんだその接触禁止世界ってのは!?」
『こちらの世界の原理、法則とがあまりに異なりすぎているため、接触を禁じられている別の地平のことです……!! ほんの僅かな物質が流出するだけで、こちらの世界に、一方的に壊滅的な被害や現象を起こすんですよ!! カリスが、よもやそんなものまで利用していたとは……!!』
「おい、じゃあ、まゆりが行かされたのは……!」
「クククク、無論その対処だ。とはいえ加減はしたぞ。時間遡行の前に世界を破壊し尽くしては意味がないのでな。それに、久瀬にすぐ死なれては困る。それでは雪白の号をもつ白狐が即座に動いてしまうからな。時間は稼げるだけ稼がねばならん」
『久瀬さんほどを向かわせる驚異……、接触禁止世界から、いったいなにを呼び出したって言うんですか!』
「【憑依型瘴気生命】――貴様なら名前くらいは知っていよう舟山」
『呪術災害の時にも出現した正体不明の怪物……!! あれの存在する世界を特定したんですか!!』
「ククク、それだけではない。我々が連中を使役している。そして、連中に、大の好物を与えたのだ。水底に堆積した怨念というな!! そして、かの大戦で没した戦闘艦を取り込み、できあがったものこそ【鉄屑の艦隊】である!! 我らカリスは御業をもってこれを御し、ことを運んできたのだ。今日この日のためにな」
『そんな手引きを誰が!?』
「カリスの恩寵を給わった者はどこにでもいる。それこそ国魔連の中にも、政府の中にもだ。我々の根の深さを甘く見るなよ。たとえ世界最高位の魔法使いだろうと、雪白の魔女だろうと、計画のためならいかなる手段を講じてでも排除してみせる!!」
「……お前が、お前らが、まゆりに、あんな決断をさせたのかあッッ!! お前らがぁあぁ!! まゆりを泣かせたのかあぁあああ!!」
雷鳴のような咆哮だった。
燎祐の全身に凄まじいほどの力が撓み、一瞬、燎祐の両眼がエメラルドの色に光った。
その光は直ぐに失せ、しかし今度は、紅蓮に染まった。
そして、全身から紅蓮の燐光が立ち上りはじめた。
外套に宿るレナンの精が、貔貅を通じ魔力特性として発揮されているのである。
燎祐の、力のままに握り込んだ拳から赤い鮮血が滲む。獲物を喰らった黄金の獅子が口端から血を垂れているようであった。
直後、燎祐の姿が相葉の視界から消え、一拍おいて地面が爆ぜた。
「むぅ?!」
瞠目する相羽。
燎祐が移動した突風に吹き飛ばされる紅い鳥。
攻撃の予兆を感じ、障壁を全面に展開する相羽。
だが、燎祐の攻撃が一瞬早かった。
補足不能の速度で飛び上がった燎祐は、猛烈な蹴撃で宙を蹴って移動し、攻撃の瞬間、相羽の頭上で思い切り足を振り上げていた。
そして、咆哮とともに燃えさかる蹴撃が、相羽の脳天を直撃した。
「うぅぅらぁぁああぁああぁあああああああああああああああ!!」
「が、ぁ!!!」
相羽の目玉が眼窩から飛び出した。
あまりの衝撃で頭骨が半分まで縮んだように見えた。
そして燎祐が脳天に落とした踵を全力で振り抜いた瞬間、足場にしていた【破滅】の先端が、勢いよく相羽の足の甲を貫き、そのまま顎下を通って頭頂部から突き出した。
相羽の身体は、【破滅】に貫かれた形で停止した。
さながら、もずの早にえのようであった。
だが、そんな相羽を前にしても、燎祐の闘志は些かも衰えなかった。
「とぼけたことしてんじゃねえよ。まだ死んでなんかないだろ。さっさと立ちやがれ!!」
「クク、ク、イルルミのように、油断を、しないか……。お前の、考えている……、通りだ。私は、この程度では、ぐ……、死な、ん……。この程度、ではなあ……!」
相羽は、足と頭部を貫通する【破滅】を握り込み、自身の身体を引き千切って、強引に引き抜いた。
地に降り立った相羽は、足先と顔が中心からパックリと割れていた。
鼻にいたっては無くなっており、裂けた唇の向こうに見える歯も不揃いであった。
それでも相羽は、苦痛などないように振る舞う。
「クク、凄まじい爆発力だ。無能といったのは訂正しよう。しかしな小僧、どれほどの力があろうが、相手を仕留めきれなければただの遊戯。欺し、化かし、陥れ、抜かりなく息の根を止める。殺しとはそうあるものだ」
相羽の傷が見る見ると塞がっていく。
淡々と語り終わったあと、相羽はフンと溜め息をつき、右手で軽く顔を拭った。
相羽の損傷がすべて消えた。傷ついた衣服もすっかり元通りで、その姿は、ここに現れたときと何一つ変わらない。完全に回復している。
「そんだけピンピンしてんなら、まだ吐けるよな。全部聞かせて貰うぞ久瀬家のことを!」
「貴様が我々に与するのなら考えてやらんでもないが、その気はないと見える。ならば為すべきはきまっていよう。当然、貴様もその覚悟があって口をひらいているのであろうなッ!」
「上等だ!!」
『ちょ、なにが上等なもんですか!! 相羽は【破滅】持ってるんですよ!? 戦わないで下さいって!?』
舟山の声が校舎の壁面あたりから響いたが、燎祐の耳にはよくある雑音にしか聞こえていなかった。
それだけ相羽に集中し、それ以外のことを除外しているのだ。
相羽が、いよいよ【破滅】を手にする。床に突き刺さった柄が持ち上がり、再び地面を打った。
コォォォン……
金属質な音が、波紋のように広がる。
屋上に漂う空気の潮目が変わった。
風が止み、虫も鳴きやんだ。空の雲が止まって見える。空気だけでなく、時間が、世界が凍り付いたようであった。
「ククク、ゆくぞ小僧」
鬨の声がした瞬間、燎祐は風の如く相羽の左側面に回り込んだ。
直後、相羽の真正面にあったものがすべて、消えて無くなっていた。
それは相羽が得意とする不可視の斬撃によるものだった。
それは一瞬で原子サイズにまで切り刻まれたがために、地面が消失したようにしか見えなかったのである。
冷やりとした汗が燎祐の頬を伝う。
「とんでもねえ攻撃しやがる……!」
「次は外さぬぞ」
相羽は杖の先端を燎祐に向け、一瞬だけ魔力を込めた。
刹那、大砲のごとき砲声が轟き、黒いバスケットボール大の魔弾が、ライフル並みの超高速で射出された。
魔力を直接相手にぶつけるそれは、本来ならば微々たる威力しか持たないが、相羽が何気なく放った魔弾は、平常時の久瀬まゆりがフルパワーで放つ魔弾に匹敵していた。つまり喰らえば即死、一撃確殺である。
相羽はそれを、連射した。
超高速かつ、近距離で放たれるそれを全て回避する余裕は、燎祐にない。
また、それだけ高出力の魔法を丸ごと貔貅に喰わせることもできない。
「避けらんねえなら迎え撃つ!! ぶっ壊れてくれるなよ貔貅!!」
燎祐は息を止め、感覚を限界まで研ぎ澄ませる。
そして音よりも速く迫り来る魔弾を、右に、左に、上に捌く。
捌ききれないものは、魔弾の核をぶん殴って強引に軌道を外した。
燎祐が受け流した魔弾の殆どは、宙空で派手に爆散したが、そのうちの三発が二年生の入るB棟に続けて着弾した。
建物全体が揺れるほどの爆発が連続したあと、五階建てだったB棟は二階建てになっていた。今の三発で上部構造の半分以上が吹っ飛んだのである。魔法に対し高い耐久力をもつ魔生構材が、このザマだった。
無論、相羽は本気ではない。せいぜい試し打ちをしている程度だ。
魔弾の連射を凌ぎきった頃、燎祐は、異様ともいえるほど汗を流し、息つくたびに肩を大きく上下させていた。
だが、攻撃の手は緩まない。
「そぉら! 大きいのを行くぞ!」
「ッ!」
燎祐は、相羽が放った一際大きい魔弾を、片腕で捌けないと瞬時に判断。
即座に体の前で腕を交差し、魔弾を真上に弾き上げんとする。
だが重たい。この一撃がとてつもなく重たい。遙か彼方まで吹き飛ばされそうなほどの圧力だ。
「ぐッ! さっきまでのと段違いじゃねえか……ッ!!」
「クククク、いつまで耐えられるか見物だな」
相羽は、顔の上に目一杯の企みを浮かべ、魔弾を放つ。
追突事故さながらに、ドンッ、と腕にかかる圧が一気に増し、強靱な霊装に守られた腕が軋みを上げる。
「んぎぎぎぎ!!!」
止まらんと堪える足裏が床をガリガリと抉って、銃創のような跡を引く。
その時、足がもつれ、燎祐の上体が僅かに左後方に落ちる。
均衡を失い、押しとどめていた魔弾が、腕を押しのけ一気に鼻先まで迫る。
産毛が静電気で逆立っているようなチリチリとした感触が顔中に伝う。
瞬間、燎祐は、ぐんっ、と体を仰け反らせ、魔弾の下に潜り込んだ。
そして、思い切り腕を振り上げ、魔弾の軌道を斜め後ろの上空へ逸らした。
相羽がパチンとフィンガースナップを鳴らした途端、魔弾は空中で爆発を起こした。
倒れかけていた燎祐を起こすほどの強烈な突風が屋上に吹き付けた。
燎祐は、額にドッと噴き出してきた汗を拭う。
「はぁ……はぁ……。あんなのが顔の前で弾けてたら、さすがに何にも残らねえな……!」
「これを凌ぐか。イルルミが貴様を連れ回しているのも得心がいったぞ。しかし解せんな」
「はぁはぁ……、何がだよ」
「貴様がそれほど体を張る意味がだ。久瀬のことを知りたがっているようだが、それだけのためとは思えん。何に固執している?」
「杖のこともあるが、一番は時間遡行さ。本当に過去に戻れるのかは知らんよ。けどな、そのせいで、まゆりに会えない世界になったらどうすんだこの野郎!!」
「は? 貴様なにをいって――」
「いいかこの野郎!! 十五年前までの宇宙の歴史ってのはな、まゆりが生まれて我が家で暮らすまでの下準備で!! 今が絶賛本編中なんだよ!! それが全部帳消しになってみろ!! あの世の果てまでぶっ殺すぞ!! だから歴史修正なんぞ俺が絶対にさせん!! 塗りつぶしなんかさせるかってんだよ!!」
燎祐の全身全霊の気合いが、ビッと相羽に突きつけた拳に乗る。
空色の瞳の奥に、激しい闘志が燃えている。
「クククク。つくづくおかしなヤツよ。だが貴様では私を止められん。我々は間もなく過去へ還る。そして、益体もないクズを皆殺す。社会に守られた無能を皆殺す。不心得者を皆殺す。使えぬものを皆殺す。ゴミカスどもを皆殺す。取り払われるべき不要物を我々の手で淘汰する。粛正する。世界には必要な人間だけが有ればいい。我々が目指す理想郷、真の人類史はそこから創まるのだ。それと比べれば、貴様のそれなど理由と呼ぶのもおこがましい。塵芥以下ではないか」
「はん!! アンタにとって俺の理由がどんだけ軽く小さく見えようが、俺には超デッカくて超重たいんだよ!!」
「もう少し利口かと思ったが、やはり貴様のことはまったく理解できん」
相羽は、燎祐の怒声に嘲って返し、手にした【破滅】をくるくると回す。
その先端が燎祐に向いた瞬間、得意の不可視の斬撃が飛んだ。
こめられた魔力は今し方の魔弾以上。
予想される威力は尋常ではない。
だが、その高い威力が仇になった。
不可視の斬撃が発生する瞬間、攻撃範囲に強烈な圧がかかり、空間が、上から押し潰されたように、ぐにゃりとたわんだ。
肌で脅威を感じた燎祐は、瞬時に領域から脱する。
一瞬のあと、圧の掛かっていた範囲が、さながら消去キーを押したみたいに、消えた。
塵一つ残さずなくなった。
屋上にぽっかりと空いた穴からは等間隔に並んだ学習机がのぞけている。綺麗すぎる断面が撮影用の作り物のようだ。
――反応が遅れたら死んでいた……! 威力が段違いだ……! でも――
常人ならば腰を抜かす状況だろうが、燎祐は、未だ光明を探し続ける。諦めていない。
燎祐が獣の如く横に飛ぶ。立っていたところの床がスパッと円形にくり抜けて落ちる。着地と同時、さらに飛ぶ。そのあとを追うように次々に床が落ちる。
魔法の威力は一つ前より下がっているが、発射間隔が短い。それを見た燎祐は確信した。
相羽の攻撃は精密さと威力がトレードオフであることを。
とはいえ、威力を抑えてなお、一撃で燎祐をミンチにする程の威力。もはや機関砲をぶっ放されているのと変わりない。
だが燎祐は、そのことに、さほど危機感を覚えていなかった。
どこかのタイミングで、必ず、攻撃の間隔が開くことに気づいたからだ。
「……そういやいつだったか、まゆりが言ってたな。体内の魔力循環能力を超えて魔法を連続行使すると、ブラックアウトやハンガーノックが起こるって。つまり相羽が馬鹿みたいに魔法を乱発できないのは、魔法の肺活量不足ってわけだ。なるほど安心したぜ」
「ブツブツとなにを言っている」
「独り言に決まってるだろ。それとも話しかけているように聞こえたか?」
「くだらん強がりを!!」
言い放った瞬間、相羽の足下から邪悪なオーラが溢れ出す。
杖の先端に黒く禍々しい力が凝集し、その周囲に赤い稲光が絡む。
魔弾ではない、それよりも遙かに高い威力を持った超出力の魔力砲が燎祐を照準する。
瞬間、相羽の目の奥が赤黒く光った。
「この一撃で貴様の鼻を明かしてやろう……!! 受けて見よ、【魔力収斂砲】!!」
大気がズンと震えた。
腹の底まで響いたそれが魔法の砲声と気づいた時、夜の中に於いてなお黒い力の奔流が、矢のように燎祐に向かっていた。
――回避できない!
燎祐は瞬時に悟った。
魔法の射速が燎祐の駿足を上回っていたからではない。
魔法の威力が桁違いすぎて、掠めただけで蒸発しかねないのだ。
その影響範囲は燎祐の回避圏どころか、屋上の広さを上回っている。
魔法の射線上から待避しても、直後に死ぬ。
――だったら受けるっきゃねえだろォっ!!
燎祐は両腕が赤く光ったのは、その直後のこと。
「――魔力装填ッ!! 絶招【赫天吼】ッッ!!」
【赫天吼】は、現在の魔力ストックで放てる最速の奥義――
【威光】の力を全身の加速と打撃に回し、一瞬のうちに超連撃を叩き込む――
その所作は超速のあまり一挙動にしか見えず、打ち鳴らされる音はたった一つ――
急迫する漆黒を、燎祐は、最速の奥義【赫天吼】で迎え撃つ。
むろん、燎祐がこの技を使ったことは一度もない。やり方を知っているといっても感覚でだ。試したこともない。
しかし、貔貅を通し、脳内に流れ込んだ技のイメージは、淀みなく、完全に再現される。
瞬間、燎祐の、影すら追いつかぬ超連撃と、相羽の【魔力収斂砲】が激突した。
その時、【魔力収斂砲】の射線上にあった屋上の床面が、思い出したように捲れ上がって、熔け出した。
あまりの暴力的な威力に、現象が、現実に追いついていないかのようであった。
追いついていないのはそれだけではなかった。
連撃を打ち終えたままの燎祐が、拳を突き出したまま止まっている。既に両腕の貔貅に【威光】の光はない。
だが、【魔力収斂砲】は燎祐に届いていない。
燎祐の突き出した拳の向こう側で、一時停止でもしたように、こちらもピタリと静止している。
直後、【魔力収斂砲】と、貔貅との間で、赤い雷光がバリバリと弾ける。
一拍遅れて、巨砲を撃ったような音が轟き、爆発的な風圧が突き抜けた。
瞬間、黒い粒子を撒き散らしながら、【魔力収斂砲】が上空に跳ね上がった。
その様を、どこか他人事のように、ほおぅ、と溢す相羽。
「【悪食】だ貔貅!! 飛び散った魔力の残滓を喰え!!」
燎祐は直ちに貔貅に号令を下した。
激突で飛び散った膨大な魔力が瞬時に一点に凝集され、それを貔貅が、ばくんと一口に喰らう。
燎祐は、感覚で、籠手の中に見えない力が大量に流れ込んでくるのが分かった。
「ん……な?! 消費した分を通り越して回復した……!? 嘘だろ!?」
おこぼれを喰っただけとは思えない魔力の充填量だった。
単に魔法の威力が凄いのではなく、魔法の質が、魔法そのものの次元が、普通とは違うのだと理解した。
驚きを隠せない燎祐は、ようやく火葬杖【破滅】の恐ろしさを肌で知った。
「クククク……。鼻を明かされたのはこの私だったか。魔力がない貴様に、まさか霊装が扱えるとはな。なかなかどうして面白い」
相羽は忌々しそうな顔を作るどころか、呆れ半分といった具合で燎祐を睨んだ。
その視線は、キッと垂直に下降し、貔貅に向く。
「貴様のそれはイルルミと同じく瑞獣を象った霊装だな。よくそこまでの力を引き出せたものだ。よほど相性が良いと見える。さもなければ、いまの一撃で痕跡すら残さずに消し飛んでいたぞ」
「褒められてんのに、沸くどころか却っておっかねえ気分になっちまったよ。アンタがまだ全然本気じゃないって分かってよ」
「ククク、力量の差が理解できるくらいの頭はあるようだな。ではこれも分かっていよう」
「?」
「貴様の全霊をこの場からの離脱に回せば、私から逃げ果せることもかなうと」
「そりゃあそうだろう。アンタはこの場所を離れられないからな。今のままじゃあな」
「ククククク、あくまでそのつもりか。少し利口になったかと思えば、無能はやはり無能であったか。よかろう、この【破滅】で全力の貴様を粉砕し、引導を渡してくれる!!」
「望むところだ!!」
『臨まないところですって!!!』
「冥府に行くにも土産が欲しかろう!!! いいぞ、 撃たせてやる!! 貴様の最大級の奥義をもって挑むがよい!!」
そう言って相羽は、【破滅】を握ったまま悠然と腕組みをし、上半身をふんぞり返らせた。
その位置から、これでもかと燎祐を見下ろし、右側の口端を持ち上げる。絶対的強者にのみ許される傲慢な笑みである。
燎祐は相羽から目を離さず、全力の攻撃態勢に移る。
――撃たせてくれるというなら全力全開でやるだけだ!
だが頭に過る。
もしもこれで相羽が倒れなかったら。
全力の奥義が相羽に効かなかったら。
燎祐に打つ手はない。
その先の未来は、殺される以外にない。
だったらどうすべきか。
なにが最善なのか。
分からない。
思いつかない。
考える余地がない。
燎祐は、何もかもがこれで終わってしまうような、悟りの笑みを心の中で浮かべかけていた。
あとは、デタラメに大声を張り上げながらヤケクソで突っ込むしかないと、そう思いかけていた。
その時、ふと、右手に目が行った。
籠手の上から指輪の形が見えた気がした。
――そうだ。俺には、これがあった
燎祐の腹は決まった。