第一章8 補助魔導機と展開武装②
俺はタクラマの忠告を全力で無視することになった。
それはこういう訳だ。
俺たちのクラスはまたも奇襲に遭った。
人からではない、なんと道端の外灯からだ。
外灯が傘の部分をブンブンと振り回して、ファイア・ボールを乱射してきたのだ。
屋外で頭上から攻撃に遭うこと事態がただでさえ希だというのに、その上まさか学校設備から攻撃されるなんて誰が想定したか。(していた奴は人生がループしてるに違いない)
当然、クラスメイトの幾人かは、なにも気づかないままやられた。
この時、舟山がなぜか転移をしなかったので、すっかり気が緩んでいた奴らも同じくやられた。
状況に対応できたのは残っていたうちの半分ほど。
砲火の直後、タクラマは即座に障壁の展開のために前へ出た。
俺はまゆりに目で合図を送る。まゆりは一度『考えるポーズ』に行きかけたが、そうなる前に得心がいってパンと手を合わせた。可愛い。
俺は足に力を込め、その場から駆け出した。そしてタクラマの横をすり抜けて、外灯へと突っ走った。彼が踵を打ち鳴らす音が響いたのは、その一瞬後だった。
きっとタクラマはなにが喚いていただろうが、障壁はご自慢の通りのパーペキな防音効果を発揮して、彼の愚痴の一つも通さなかった。
外灯は突っ切ろうとする俺を直ぐに照準し、炎の玉を吹き散らした。
思い切って射線から大きく進路を外すも、攻撃はかなり近いところまで追ってきて、僅か2,3歩後ろに続々と着弾した。
「ひゅーっ! 追尾してくるのかよ、あっぶねえ!」
遮蔽物もないのに追尾弾を相手にいちいち進路を取っているのは無意味だ。俺は照準精度が上がるのを覚悟して、外灯へ一直線に走った。
数発の攻撃が後方に流れた。しかし続く攻撃は一気に精度を増して、ほぼ直撃コースで放たれた。
「弾着修正はえーなおい!!」
受けるしかない。咄嗟の判断で顔の前に腕を交差させた。
しかしその時、舟山の言葉が過ぎった。
『それがあれば魔力のない君でも、魔法に対抗することができますよ』
瞬間、俺は交差した腕を解き、足を止め、大きく息を吸った。
そして眼前に迫った炎の玉を殴った。
まるでバスケットボールを叩くような手応えだった。
そして、拳に叩かれたファイア・ボールは飛球のように打ち上がって、ボシュッと音を立てて消滅した。
「本当に弾いたのか、魔法を…………っ!!」
俺は、開いた右手の中に目を落とした。
しかし、見つめているだけの猶予はなかった。
一発落とした側から、ファイア・ボールが矢継ぎ早に飛んでくる。
俺はそれを、を殴って殴って殴り飛ばした。
炎の玉が花火のように打ち上がり、抱いた期待は須臾に確信に変わった。怪しく見えていた籠手が、今はもう、すっかり頼もしい。
そのまま暫く一進一退の攻防が続いた。
弾雨が止んだのは、外灯がオーバーヒートで一時停止したからだった。
再び駆けた俺は外灯との距離を一気に詰め、その支柱を、拳の一撃でへし折った。
勢いよく折れた外灯は転瞬の間に傘のついた頭を地中へと埋めた。
タクラマの忠告をあっけなく無視した顛末はざっとこんなだ。
「魔法をぶっ飛ばして鉄柱を殴って折りやがった!? まゆっちなんかやったンか?!」
「えっとぉ、補助魔法を少々足したんですけど、でも燎ならあれくらいは全部自力でやっちゃうかも。ほんと、かけ損かけ損」
「は?! どんな体してんの燎祐?! ニンゲンって嘘だろあいつ!?」
「うっしゃあーー! どんなもんだい!」
拳を突き上げて二人の方へ方向転換。
晴れ晴れとした気分で戻ろうとしたら、タクラマとまゆりが、俄然として俺の後ろを指さした。
弾かれるように振り返ると、無数のファイア・ボールがすぐそこまで迫っていた。
「おかわりが自由とは知らなかった!」
身構えて即座に応戦する。
殴ってみると、気のせいか、さっきより手応えが軽い。
加えて、魔法に追尾性が無くなっている。
俺が避けなくても、攻撃がハナから明後日の方向に飛んでったりもしている。それに発射間隔も、結構まばら……。
「もしかして他クラスの連中か?」
その線が濃厚だ。さっきのに比べれば一発一発の当たりは軽い。
とはいえ、不規則かつカバー範囲が広い攻撃は、規則的に乱射されるよりも、対応が遙かに面倒くさかった。
それを交代制でやられたら、魔力切れやオーバーヒートを起こすかも怪しい。
攻勢に出るとすれば、この間隙を縫っていくほかにない。
「よぅし、だったら攻勢に出る!」
火の玉の飛んでくる方向は目で覚えた。
俺は、走り出す寸前の獣のように、脚を溜め、身を低くする。そして前傾した上体を保持し、前にのめりながら――――獣となって疾った。
勢いに乗り、瞬く間に攻撃の雨を突き抜ける。
敵陣に急接近した俺は、浴びせられるファイア・ボールなど意に介さず、目についた連中を片っ端からぶん殴った。
「シュ!!」
「ぐえっ」
「おい右に行ったぞ!!」
「いや、違うそっちじゃ――ぐおっ」
相手は同士討ちも顧みず魔法を放つが、その前に殴り倒した。かと思えば無謀にもデバイスで殴りかかってくるヤツもいた。
混乱した相手を狩るのは簡単だった。
俺は右へ左へ風を切り、それら一切合切を拳一つで叩き伏せた。
「カカカ、魔法に頭から突っ込んでくって、どういう神経してンだあいつ! クレイジーすぎるゼ! 実はすっげぇ特別な訓練してた国魔連のソルジャーじゃねーのォ?」
「え、え、あ、たぶん……ただの慣れ、かもです……。飛んでくるような魔法は、その日常的に、色々あって、そのぉ、かなり……見慣れてるんです……」
「ほォー、そンじゃあ相当実践的な訓練積んでンのかァ。ンで誰が稽古つけてやってんだ?」
「わ、私じゃないです!」
「まゆっちか」
俺の戦っている間に、向こうは向こうで楽しそうにやっているのが、なんとなく分かった。
けど、全員殴り倒して戻ってきたら、さっきとは打って変わって、タクラマの隣でまゆりが小さくなってた。
「あれ、まゆり、なにかあったか?」
「……燎っ!」
急に声なんて上げてどうしたと思ったら、小さな手が、さながら救いを求めるようにしがみついてきた。
「燎は私のせいで魔法が平気になっちゃったの!? 私がすぐに魔法使っちゃうから!?」
「う、うん!? 諸々の原因作ってるのは俺だろ? それにほら、俺の魔法慣れは師匠直々に鍛えられてるのもあるしさ……?」
「そうかも知れないけど! そうじゃなくて!!」
言いたい言葉がうまく出てこないまゆりは、俺をぐらぐらと揺すった。見上げる顔は半分涙目だった。もう可愛くてたまらん。
しかし泣きそうなまゆりを前に、俺は愛でまくりたい気分を必死に叩き伏せた。
まゆりのお陰で魔法慣れしているのは確かだが、俺の肝が据わってる一番の理由は、間違いなく師匠にある。
だって、あの人の恐ろしさは、拗ねたまゆりの比じゃない。
一応、普通にしている分には侠気にアツい人ではあるのだが。それがこと戦闘や修行ともなると、誰が相手だろうと容赦ってものを知らない。
人が死ぬほどのことを、眉一つ動かさずに平然とやってのけるくらい慈悲がない。
思うに、あの人は、たまたま現代に生まれちゃっただけで、本来は白亜紀あたりに生息している怪物の類いなんだろう。絶対に人類じゃない。
そんな師の元で何年も修行していると、色々と麻痺してしまうようで……。
つまり、俺の魔法に対する危機意の低さは、あの怪物染みた師匠の責任といえる。
だが他人に責をなすりつけたところで納得はしてくれないだろう。何と言っても、まゆりの恩人である師匠なのだから。
よってここは一つ、上手く言い包む必要がある。
「母さんがよく言ってるだろ『我慢するくらいならぶっ放しなさい』ってさ」
これ実際、母さんが言っていることだけど、改めて自分で言葉にしてみると、割とぶっ飛んでいると思った。
けど、まゆり、あまり納得した様子でない。
「うん……そうだけど……、でも……でもね」
「――だから今までがなんであれ、これからがどうであれ、まゆりはなにも気を咎める必要なんてないんだ」
そう言って、まゆりの両肩に手を添えた。
屈んで視線を重ねると、昏味のあったまゆりの瞳に、いつもの明るい色が戻った。
「うん、ありがと燎」
少しこわばっていた表情も綻んで、柔らかさが還ってきた。
「さて、お後がよろしいようなら――――――今すぐ抱っこさせてくれ、ほんと頼むっ!」
パンと手を合わせて懇願する。
その声に、鮮やかな笑みを浮かべたまゆり。
思いっきり両手を伸ばす俺。
直後、翡緑の雷に打たれた。
「あん――――ぎゃああああああああああああああああ!!!」
「もうっ!! 全っ然気に咎めたりしないですから! しないですからぁ!」
繰り返し穿つ落雷。
荒ぶる毛虫のようにのたうち回る俺。
驚愕の光景に、開いた口がふさがらないタクラマ。
言うのを忘れていたが、まゆりは子供扱いされると超瞬間沸騰する…………。
そう、こんな風に……。
ガクッ