ニンニク詰め合わせ
初めてのホラー。
上手くいかない部分がたくさんあると思いますが、そこは冷ややかな目で罵倒してくれれば幸いです。
「ヒタヒタって音を立てながら、床を這いつくばって追いかける男。その表情は蒼白で、目の奥の吸い込まれそうな程の闇で見つめていたんだ。そして男が追いつき、首にゆっくりと手をかけるんだ。そして……一言。[助けてくれ。」って。その言葉の後に男はまるでいなかったように消えたんだと。夢かなと思って鏡を見てみたら、首にはくっきりと真っ赤な手形が残っていた。」
「きゃぁあ!!もうやだぁ!!本当もうやだぁ!!怖い話やめろよまじでぇ!!」
俺は隣で今喋っていた宏美をクッションで叩きながら叫んでいた。
「うるっさいなぁ。お前男だろ、なんだその甲高い声は。気持ち悪いぞ。」
「うるせっ。いいか、俺はな、怖い話ってのが苦手なんだ。ホラーが大の苦手なんだ。わかる?すげー嫌いなの。椎茸しか入ってない鍋を食うか、ホラー物の小説を読むかどうかっていう究極の選択をされちゃったらな、そりゃぁ………ホラー物の小説読むな。」
「なんだよ。読めんじゃねーかよ。」
「違う!!違うんだ!!椎茸もある種のホラーというかだな………」
「まぁまぁ良いじゃない。次は狩虎の番だよ。怖い話を言ってくれよ。」
なんとだ、なんと俺達はだ、宏美の家で怖い話の言い合いっことかいう狂気の沙汰のようなことをしている。
部屋を真っ暗にし何も光がなく、ただ音が聞こえるだけの空間で、 唯一生き残った聴覚を恐怖で埋め尽くす………やはり狂ってるよな。
そんなに拒絶しているのになぜこの俺が怖い話に参加させられてるかって?………こいつらにはめられたのだ。
「ス○ブラ大会するから来て。」
って言うからさ、来たんだよ。それなのに何よこれ。ホラー?早く俺を場外に吹き飛ばしてくれよ。
「いやーーしかし遼鋭の話は面白かったよなぁ。なんだっけ、[怪人カルパスの調理日記]?」
「調理するのかされるのか非常に気になるね。………じゃなくて、[百面相黒板]だよ。暇だから作ったんだ。」
「なんだよ作り話なのかよ。」
「そりゃあねぇ?だって黒板に僅かに残る消し跡によって生き死にが決まるなんて、現実であったらたまったもんじゃないでしょ。」
「そもそも幽霊がいると思われている時点でたまったもんじゃないんだよなぁ。」
「おい、話を長引かせて逃げようとするな。腹くくれよ。」
俺と遼鋭が暗闇の中で楽しく会話していると、宏美がツッコミを入れる。
………ちくしょう。本当もう怖い話とかやなんすよ。
「………仕方ない。腹くくってやるか。」
俺は立ち上がり、部屋の電気のスイッチまで歩いた。
パチっ
そして電気をつけた。
長い間暗闇ににいると目が慣れるからな、一回の話ごとに点滅をして目をリセットするのさ。
「覚悟はいいか?俺はできてる。」
「嘘言え、絶対覚悟無いだろ。」
「覚悟あげようか?」
………もう知らない!!
俺は電気を消して、所定の位置に戻った。
「俺がこれから話すのは、親父の友達から聞いたものだ。その人はその、なんだ。怖い話……ってのが好きでな。好きすぎて曰く付きの場所とかにも突撃するような変人なんだ。」
「へぇ…………変人だね。」
「だろ。指も一本ないしな、変な人だよ。」
「…………マジ?」
「マジマジ。心霊スポットでなんかあったらしくて、指が切れちゃったんだと。まぁ、この話には関係ないから置いておくとして…………」
ふぅーー…………
俺は息を思いっきり吐いた。
「指を失った半年後、だったかな。その人は性懲りもせずにまた心霊スポットに行くことにしたんだ。道外の神社だ。」
「神社が心霊スポット?」
「そうだ。神聖なところだと言われているが、むしろ神聖だからこそ、それとは反対の力が集まるんだ。丑三つ時とか……あとは……………怪異の封印とかな。」
フッ
俺は軽く息を吐き出した。
「どうやらそこには千年も前から邪悪な怪異が封印されているらしいんだ。………封印されてるなら安心だろって?はっはっはっ、だったらこんな話などしないさ。……………どうやらここ数年その封印が弱まっているらしく、境内に入ったものだけじゃない。近づいたもの、さらには周辺住民が消えてしまっているんだ。噂だとその妖怪に喰われているだとか言われているんだが…………そんなの、怖いもの通にはたまらないだろ?だからわざわざ有給を使ってその場所に行くことにしたんだ。」
男のはしゃいでいる姿が目に浮かぶ。興奮と恐怖の板挟みにあい、快楽が生み出されるあの姿を。
長旅になるであろうから、下着は大目に持ってかなくちゃな。懐中電灯も、電池も、大量にだ。
ベッドの上に下着などを畳んで置いた。
お守りは………必要ないな、こんな胡散臭い物。数珠もいらないし、十字架もなしだ。にんにくは……良いんじゃない?美味いし。
十字架やら数珠を机の上に置き、ニンニクをリュックの中に入れた。
食料も多め。遭難しても大丈夫なように揃えないと。
俺は大きめのトランクケースに、思いつく限りのものを詰め込んでいく。今回の旅はきっと凄いことになるぞ。いままでみたいなただの作り話じゃない、本当の恐怖現象。………マニアにはたまらないなぁ。
ガチャっ
トランクケースを閉じ、ベッドの近くに置いた。そして明日に控えた出立を前に俺は、英気を養うために早めに寝ることにした。
………….しかし、本当に大丈夫だろうか。よく考えると肝試しに行く度に、
「これは凄いことになるぞ。」
とか言ってぬか喜びしていたような気がする。………大体、人が消えたとかならともかく近隣住民の消失だもんなぁ。流石に話を盛りすぎじゃないか?警察も出動するだろうし……………普通はニュースになるだろ。いまだ全国ネットでそれが報道されていないなんてありえるのだろうか………今回もまたガセだったらやだな。
そんなどうでも良いことを考えながら、俺は眠りについた。
「………………」
どこだか分からない場所で、俺は座っていた。首を回しても何も分からない。本当に真っ暗で、何も………
ただ、正面に真っ白な人影がいて、俺を見つめていた。目も鼻も口も、遠くすぎてわからない。ただ人影としか形容できないそれは、俺をずっと見つめていた。
………
…………
……………
朝、目が覚めた俺は急いで空港へと向かった。早く行動したいから早朝のチケットを買ったのだ。モタモタしていられない。
………あんな夢、初めて見たな。…………希望を持ちすぎて自分で勝手に怪異でも作っちゃったのかな?
鼻で笑いながら、身支度を整えた俺は菓子パンを齧りながらタクシーを捕まえた。
「お客さん、こんな早朝から出張ですか。」
「そんな顔に見えます?」
「………いや、楽しそうに弾んでますね。まるで裏山に探検に行く子供のようです。」
「あっはっはっ。そんなに無邪気ですか。」
「無邪気、というか期待の気持ちが多い感じですね。」
タクシーの運転手は話好きなのだろう。こんな早朝だと言うのに笑顔での対応だ。こういうのは心が和む。人の優しさってのを感じられるからな。
「でもまぁ、仕方ないですよ。彼女さんとの旅行だっていうんなら。」
…………ん?
「…………彼女なんていませんよ?」
「あれ?………あっ本当ですね。私としたことが見間違えたようです。本当に申し訳ありません。」
「良いですよ。全然、大丈夫です。独り身としてはそう思ってくれるだけで希望が持てます。」
運転手は笑いながら謝った。
………この人も歳だ、きっと見間違えたんだろう。
「………確かに乗車する時にはいたんだけどなぁ…………」
…………木でも見間違えたのだろう。
その後、これと言った事もなく空港に辿り着き、搭乗するために出発ロビーへと向かった。
ピィっ
しかし最近の機械は便利だよなぁ。チケットをさっとかざすだけでほとんど全て終わるんだから。
出てきた紙とシールを持って荷物を預けるためにカウンターへと向かう。
「はい、お子様と一緒ですね。お荷物はご一緒されているのでしょうか。もしされていないのであれば、チケットを別々に………」
「…………すいません、子供はいないです。」
「………………あ、すいません。どうやら後ろの方と勘違いしたようです。申し訳ございませんでした。」
俺は後ろを振り返って見てみると、子供連れの家族がいた。子供の方は興奮してカウンターの方に体を傾けている。………これと見間違えたのか。
「いや、良いですよ別に。大した事じゃないですから………」
受付の人の目が一瞬見開き、すぐに冷静な態度に戻った。何も茶化す気は無いらしいな。普通に勘違いしたらしい。
…………まぁ、こんな早朝から仕事をさせられているんだ。疲れているのも仕方がないさ。
俺は荷物を預け、そのまま飛行機に乗った。
…………早く寝たはずなんだが、なんか眠たいな。
上昇する飛行機の座席に身を預けながら、俺の瞼が落ちていく。
気圧が急変しているからか?…………まぁ、良いか。まだ寝たりないだけだろう。さっさと眠ろう。
俺はそっと目を閉じた。
また、あの真っ暗な世界にいた。しかし前回と違って少し周りの景色が見える。
ギシッ……
木造?柱があって、木の床だ。壁も木だな……
「……………」
そしてまた、あの人影だ。
ゆっくりと歩きながら、白い人影が近づいてくる。ぶつぶつと、やはり聞こえない声で呟きながら。
何を伝えたいんだ?この俺に、一体何を………
………
…………
……………
何事もなく飛行機は目的の県に到着し、俺はバスに乗って目的地へと向かう。
ゴトンゴトンと揺れる車体から観れる風景は自然と少しの舗装路だけ。………俺が行くのは都市から離れた山奥にある村だ。当然、人工物なんて全くなくて自然ぐらいしかない。
…………ふむ、なんも起きないな。
外の景色を見ながら、俺は人影とかを探していた。夢で見た白い人影と、運転手や受付嬢が見間違えた人影が同じであるならば、そろそろ見えると思ったのだ。こんなに目的地に近づいているんだ、その人影が怪異絡みなら確実に出てくるはずなんだ。………なのにでない。
………きっと偶然なのだろう。夢で人影を見たのも、勘違いしたのもきっと偶然なのだ。
怖い話を信じる者が最も恐れるのは[偶然によって混乱に陥ること]だ。偶然が重なれば、それは必然のように見え無駄に怯えてしまう。…………それじゃダメだ。真実が見えてこない。俺達は真偽を確認しに行くのだ、必要以上の怯えは目的を曇らせる。
少し、物足りない気持ちを抱えながら、バスに揺られ続けた。
「さて、腹ごしらえでもするか。」
家を出発してから既に10時間は経っていた。バスから降りた俺は腹を満たすために食堂を探し始めた。どうせこんな廃れた村だ、チェーン店なんてないだろう。食堂とかなら…………おっ、
バス停を降りてすぐのところに食堂があった。ここは宿もあるから、きっと観光客の為に建てたのだろう。
俺は食堂に入り、中にいた親父に焼きそばを注文した。
「はい、焼きそば一丁。」
………ほらやはり、人影のことなんて何も言ってこないじゃないか。そりゃそうさ、偶然なんだし、なによりも今は昼間。見間違えるなんてあり得ないのだから。
「………ん?これ、頼んでないんですけど。」
焼きそばと一緒についてきたのは10個の餃子だった。
「サービスだ、さあびす。俺達の村は代々、[客人はもてなさなくちゃならない]ってしきたりになっているんだ。たんと食ってくれ。」
…………良い村だなぁ。
俺は餃子と焼きそばを食べて店を出た。餃子はニンニクが効いてて旨かった。
こんな開放的で、親切で、美味しいものをご馳走してくれる所に妖怪が封印されているなんて思えないけどなぁ。
………まぁ、現場に行けば分かるだろ。宿を取っているからひとまずそこで腰を落ち着けてからね。
舗装されている細くまっすぐ伸びた道路を黙々と歩きながら、俺は予約していた宿へと向かった。道中には地蔵が数体並んでいた。どれもこれも綺麗に掃除されている。
………今時まだ地蔵なんて飾ってるのか。やっぱり田舎だよなぁ。
「ようこそお越しくださいました。」
宿にたどり着き、玄関を開けると女将が出迎えてくれた。
民宿であるここは安い、美味い、温泉がある!と三拍子が揃った良い場所だ。しかも噂の神社には30分で着くというのだから破格の条件だ。
俺は靴を脱いで招かれた部屋へと向かう。
ふむ………和室だな。結構広いぞ。綺麗に掃除されていて、和室特有のこの、草っぽい匂いというのか?いぐさ臭が心地よい。
「二日間の宿泊、どうもありがとうございます。どうかごゆるりとこの部屋でおくつろぎ下さい。」
女将はそう言うと頭を下げた。
さて、2日かけてあの神社の探索を行うんだ。朝と昼にがっつり寝たとは言え不安だ。少し仮眠でも取るか………ん?
俺は風呂に行こうとすると、女将がまだ部屋の入り口に座って俺の方を見ていることに気がついた。
「…………どうしました?」
「……………過ぎたこととは重々承知の上でお尋ねしたいのですが…………」
女将は頭を下げながら言った。
「夢で、真っ暗な木造の場所を見ませんでしたか?」
「……………」
女将からの予想外の一言で俺は固まった。
「あと、白色の人影などは………」
更に、その一言で俺は震えた。
なんで、そんな…………
心の中に冷たい空気が流れ込んだのを感じた。
「…………見ましたが?」
「そうですか………それは困りましたね。」
女将は、ただですら年でシワが寄っているというのに、更にシワを寄せて困った顔をした。
「………お客様はどうやら、この土地の神様に取り憑かれてしまったようです。」
……………
「もし、これから神社に行くというのなら、急いでここから立ち去るべきでございます。宿代は結構でございますので……」
「ちょ、ちょっと一体どういうことだよ。神様に憑かれたもなにも、俺はここに初めて来たんですよ?そんな………」
「…………私達の土地の神様は禍ツ神でございまして、1000年ほど前に封印されたわけでございますが、実はその禍ツ神は人の心にとりいることが得意なわけでございます。」
禍ツ神…………
「夜な夜な、気に入った相手の夢に入り込み、少しずつ侵食して行くのです。ゆっくりと、包み込むように近づいていき、心を奪います。つまり魅了するわけです。そして神社に勝手に足が向くように仕向け、入って来た人間を食べてしまうのです。」
「…………じゃあなんでここの住人は無事なんだ?こんなに近くにいるなら……言い方が悪いですが、絶好の獲物じゃないか。」
「魅了する相手は[神社に興味を持つ人間]でございます。全てを知っている私達は、それがどれほど危険かを伝え聞いているので[好奇心]など一切湧かないのです。」
……………
納得したが、それ故に心に暗雲が立ち込めた。
「すぐに立ち去るべきです。宿泊料は全て返金しますので………」
「………お気遣い嬉しく思いますが、あいにく俺は[本物を見る為]にここに来ました。ここにしばらく泊めてください。」
「………どうしてもですか?」
「どうしてもです。」
「………………分かりました。それでは、ここ周辺では眠らないように気をつけてください。眠ったが最後、夢遊病のように神社へと赴き無抵抗に食べられてしまいますから。」
そう言うと、女将は今度こそ去って行った。
………一時はひやっとしたが、なんだ、本当に出るのか。………楽しくなって来たじゃないか。しっかりと準備して探索してやるぞ。いやーーどんな姿してんのかなぁ。
「お客様。御夕飯でございます。」
夜7時となり、ご飯が運ばれて来た。
「ありがとうございます。………ん?ニンニクの臭いが強烈ですね。」
「はい、禍ツ神は臭いがキツイもの……特にニンニクを苦手とします。」
へぇーー………あ、あの食堂の店主が餃子をくれたのもこれが狙いだったのかな?………良い村じゃないか。
「……なんでこんな村に住み続けるんですか?禍ツ神がいるんですよね?どれほどの危険があるか…………」
「………ここは、何千年と先祖から受け継いで来た大切な土地でございます。それを手放すなど先祖様に顔向けできません。………それに千年間、私達は上手く共生して来たのです。………実際、禍ツ神自体が私達に害をなすことはあっても、他の災害を持ってくることはありませんでした。流行病が来たこともなければ、凶作になったこともありません。………ある意味では守り神でもあるのです。」
ふーん………悪い面だけじゃないのか。
「といっても、禍ツ神であることに変わりはありませんので、村のことは村人だけで解決したいのですが………お客様がそう言うのであれば仕方ありません。なるべく被害が出ないように尽力させてください。」
「………ありがとうございます。」
「当然のことをしたまでです。………冷めないうちに召し上がってください。お風呂もございますので、しっかりと気を落ち着けて下さいね。あ、勿論眠ってはいけませんよ。」
「分かっています。………本当に、ありがとうございます。」
女将は一礼すると、部屋から出ていった。
親切な人達だ………さて、2日間も起き続けていられる自信がないな。明日になったらすぐに帰ろうかな………
そんなことを思いながら、俺はご飯を食べ尽くした。
ニンニクが鼻にツーンときて涙が出た。
…………
……………
…………………
また、真っ暗な……いや、暗くない?周りに篝火や松明が置かれており、周辺を照らしていた。ハッキリと見える木造の建物……床と壁、天井が全て木でできている。かなり年季が入っていそうだ…………かなり由緒がありそうだ。…………神社か何か?
「ねぇ…………」
ゾワッ
声が聞こえた。ハッキリと。幼い子供のような、女のような………そこに関してだけはハッキリとしないが、ハッキリと、言葉が耳に届いた。
俺は声がした方にぎこちなく顔を向けた。
「ねぇ……ねぇ…………」
白い人影が、ゆっくり歩いてきていた。もう20メートルもないほど近づいてきていた。それなのに、ハッキリとした輪郭は見えない。不定形で、まるで現実のものではないかのようにグラグラと揺れている。しかし、その口の形だけは理解できた。
…………笑ってる。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……
かたびっこのようにゆっくりと、近づいてくる。
アハハハハハハハ!!!
と、甲高い笑い声をあげながら。
アハハハハハハハ
アハハハハハハハ
アハハハハハハハ
木造だというのに音を吸収しないのか、笑い声が反響する。
俺はそいつから離れようと、後ろに這った。
しかし、俺がいるのは壁際のようだ。これ以上後ろに行けない。
ヒタヒタヒタヒタヒタ!!!
俺が後ろに目を向けた瞬間、音が加速した!!!
………被る影。
はぁ………はぁ…………はぁ………
ダメだ……振り向けない。今ここで振り向いたら一体俺はどうなる?想像しただけで……
はぁ……はぁ……はぁ………
俺は影を見つめ続ける。
はぁはぁはぁはぁはぁ…………っ!!!
俺は意を決して振り向
「ネェ、アゾボウ?」
俺の目の前には醜く変形した子供の顔があった。口や目がまがりくねり、肥大化した何か。蛇のように体がくねり、俺の体に巻きついている。化け物………その言葉がピッタリだ。
「あああああああああ!!!」
………
……………
…………………
「うぁぁあああああ!!!!」
ダン!!!
「…………え?」
俺が叫びながら、勢いよく跳ね起きると、顔の横にある畳に包丁が突き刺さった。
………え?は?
前を向くと、
そこには、
「……………」
無言の女将が俺に跨り、包丁を突き立てていた。
……………………
グッ
そして左手に持っていた包丁を振りかぶり……
「うぁぁあああああ!!!!」
ドン!!!
俺は女将を突き飛ばすとすぐに走って逃げた!!!
なんだなんだなんだなんだ!!!どうなってんだ一体!!!と、とにかく警察呼ばないと
ドス!!!
部屋から出て階段に向かおうとした瞬間、壁に包丁が突き刺さる。………な、投げた!!!
俺は後ろを振り返らずにとにかく走った。
スマホはポケットに入れてる。大丈夫だ、走りながらでも大丈夫だ。110って押せば………
「うぉぉおおああああ!!!!」
ベチィン!!!
いきなり目の前から襲ってきた包丁を持った男に俺はスマホを投げつけ急いで走って逃げる!!!
なになになになに!!!
俺の頭は軽くパニック状態だ。もう何がなんだか………
「………………」
「………………」
旅館を出ると、ここの村人だろうか。複数の人間が包丁や鉈、鍬や鋤を持って無言でこっちを睨みつけていた。
その顔は………人間ができるのかどうか疑問に思ってしまうほどの形相だった。鬼の形相………いや、恐怖だけじゃない。どこか頭が狂っているかのような、ネジが外れた不可解さだ。
「はぁ……もうわけわかんねぇ!!!!」
俺はそいつらから離れるために、真っ暗な夜道だというのに、俺は裸足でひたすらに走り続ける。足がどれほど痛んでも関係ない。とにかくこいつらから逃げたら………
ザッザッザッザッ!!!
俺の後を一定のリズムで追随してくる足音。
俺の心を逼迫するように、ザッザッザッザッと音を出し続ける。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!!!
どれほど走ったのだろうか。分からない。けれど追跡を振りきれずにいるのだけは確かだ。
無言の足音がずっと離れてくれないのだ。
………嘘だろ。
いつの間にか俺は神社の前まで来ていた。……そんな、無我夢中とはいえこれは………引き寄せられたのか?
ヤバイヤバイ!!この神社の中の化け物に喰われるってあの女将が言ってたじゃないか!!いや、でもここを通らないと村の反対側には行けないし、襲われるし!!でも女将が…………
ザッザッザッザッ!!!!
着実に近づいてくる足音。
くわ、おそ………えーいままよ!!!
ダン!!!
振り下ろされた包丁をかわすように転がり、俺は神社の中に飛び込んだ。
タッタッタッタッ!!!
俺はひたすらに神社の中を走り続ける。
………あれ?足音が聞こえないぞ?
俺は後ろを振り向いた。
「……………」
そこには境内に入ってこないで無言で俺を見続けている群衆がいた。
………あれ?まさか、俺の選択は正しかった?
「アハハハハハハハ!!!そうだよぉ。」
後ろを振り返ると、そこには白い子供がいた。普通の、白い子供だ。
「ここにはね、村人は来れないの。だから安心して。」
「はぁ………はぁ…………」
た、助かったぁぁあ!!!
俺は心の中で安堵の咆哮を上げた。
なんだよ、ここの神様いいやつなんじゃねーかよ。あいつらが悪者にしてるってだけで………
「だからね、ボクのお腹の中でアゾボ?」
グワッッ
子供の体がいきなり奇形じみた、蛇のようなカバのような何かよく分からない生物となって、大口を開けた。
「わぁぁああああああ!!!!」
そこからはもう、ほとんど何も覚えてない。無我夢中で走り続けた。後ろなんて一切見ないで、とにかく前へ前へと全てを振り払うように。
何時間走ったのかなんて一切わからないけれど、朝方にどっかの公道に出て、早朝のトラックの運ちゃんに拾ってもらった。
自分では覚えてないけれど、とにかく震えて、ずっと「お化けが……」と呟いていたらしい。
その後意識を回復した俺は、トラックの運ちゃんからあの村について聞いた。
どうやらあそこはトラック仲間からすれば有名なところらしい。
なんでも、一千年前に禍ツ神を封印したこと自体は良かったのだが、それ以前からあの村人達は[神様に生贄を差し出す風習]があったらしい。自分達に危害が及ばないようにと、別の村から人を連れ去って捧げていたようだ。
しかし、ある時必要以上に生贄を連れ去ってしまい、それの処分に困った村人達はそれを食うことにしたそうだ。さしたら意外や意外、美味かったんだと。
それ以来、村人達は神に捧げる以上に人を攫うようになり、人肉を食うようになった。それは神様が封印されてからも風習となり……いや、封印されてからはさらに顕著に人攫いが横行したんだと。
「最初は神様が人をくらい、そして村人が人をくらい始めた。そしてこう、捜査技術が発展した現代になると、昔みたいに大規模な人攫いをしなくなったそうだが、お前みたいに興味本位で来るやつを狙って食べるようになったんだと。………神様含め、村ぐるみで人肉を漁ってるんだ。」
………たしかに、こんなマニアックな情報を得て突撃するような怖い物好きは独身が多いから、どこか危険な場所に行って死んでもそこまで騒ぎにならないもんな………だから情報を小出しにして俺みたいなのを誘っていたのか。
俺はトラックに揺られながら、空港にたどり着いた。あと1日滞在しなくちゃ行けないがな………もうあの村に行く気にはなれなかった。
「こうして、男は空港で夜を明かして飛行機で帰って来たそうな。夜を明かした時に、あの化け物はもう夢に出なかったそうだよ。そりゃそうさ、恐怖で興味なんてすっ飛んじまったんだからな。」
カチッ
俺は話を終えると、部屋の電気をつけた。
「………ニンニクってまさか……」
「肉の臭みを取るためだな。」
「うへーーまじかよぉ。明日からニンニク食わないようにしよ。」
宏美が苦笑いを浮かべながらボヤいた。
「つーかその村はどこにあんだよ。なるべく避けるようにしたいから教えろ。」
「へぇーー宏美も怖がることなんてあるんだな。」
「当たり前だろ?恐怖を知らない人間なんてこの世にはいねーんだからな。………で、どこにあるんだ?」
「さぁ?知らねーよ。俺は怖いのが苦手だから、詳細までは聞いちゃいねー。………ネットで調べてみたら?」
「…………夢に出てきたら困るからやめるわ。…………なぁ、今日一緒に寝てくれないか?なんか怖くて………」
「ああ?幽霊も怖がるような男が何言ってるんだよ。1人で寝ろよ。」
「えーー………なぁ頼むよ。な?一生のお願い!!」
「………何が嬉しくて野郎と一緒に寝なきゃ………分かったよ、寝ればいいんだろ。」
「うっす、サンキュー!!それじゃあ僕はシャワー浴びて来るわ。」
そう言うと宏美は部屋を出て行った。
「…………やっと脅かすことが出来たぜ。これでもう俺と怖い話は喋りたがらねーな。」
「…………やっぱあれ作り話?」
寝転がりながらマンガを読んでいると、遼鋭が聞いてきた。
「当たり前だろ?なんでトラック野郎が知ってるのに、その村に大規模ガサ入れが入んないんだって話だ。現代なめんなよ?」
「ふふっ、そうだね。それにしたって怖いもの嫌いの君がこんなことを作れるなんて驚きだよ。」
「作るのは怖くないんだぞ。自分の想像の域を出ないからな。………結局俺が怖いのは[理不尽]と[予想外]なのさ。」
「ふーん………残念だなぁ。その指がなくなったっていう知人を紹介してもらいたかったのに。」
「あ、その人はいるよ。いつか紹介してやるよ。」
「…………え?いるの?」
「いるよーー。今もバリバリ訳あり物件を物色中だ。」
「…………本当、君の話は聞いてて飽きないね。」
「嘘と同じさ。真実と虚偽を混ぜるから[リアリティ]が生まれる。俺が面白いわけじゃない、法則が勝手に面白いのを作り出すんだよ。」
「…………もっと自分を褒めればいいのに。」
「褒めたって良いことないだろ?無駄なことはしない主義なんだ。」
「……そういうものか。それじゃあス○ブラでもどうだい?」
「お、いいねぇ。徹夜で頑張っちゃう?」
俺達は笑いながら、機械に電源を入れた。
実はホラー大っ嫌いです。でも書くのは好きです。
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