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3.俺っちが召喚!

今回ですが、少々の官能的要素を含みます。

「会ってみないかって、こんなに美しい人がいるっていうの?」



 神霊改め悪魔と化したクロノスの誘いに困惑する。


 自分で言うのもなんだけど、この像ほどに美しい人がいるなんて思えない。

 一体、どんな取引をしようっていうんだ?


 だが、そんな僕の思いを軽々と裏切る答えが。

「ああ、いるぜ。でもまあ、人ではねえけどな」


「人じゃない……それってもしかして、神霊?!」


「おっ、案外物分かりがいいんだな。そう言うこった」


「そう言うこったって……そんなことができるの?!」

 クロノスの誘いに、今日一番の思考を巡らす。


 正直、この僕にとって憧れの美貌との謁見は何事に代えても成し遂げたいこと。

 クロノスは僕の思いを見透かしているつもりだろうけど、思っている以上の欲求が僕にはある。


 小さい頃から女っぽい顔をしていた僕は、大人びていて美しい、妖艶な女性への憧れを抱くようになった。

 力強く包容力のある女性を夢見て、粘土人形を作るようになったんだ。

 この像を作るのに費やしたのは3年だけど、作るために努力してきたのは十数年間に及ぶ。


 もし、僕の理想を体現した神がいるのなら取引は即成立。

 問題は本当にそんなことが実現可能かどうかだ。


 一瞬でその結論に至った僕に、クロノスははっきりと答えた。


「できる! 俺っちを誰だと思ってんだ! クロノ――」


「――おお! できるんだね! 流石はクロノス様! 大地と豊穣の神よ!! 」


「お、おう……一気に態度変わったな」

 じっとりとした目で睨むが、そんなことには構ってられない。


「そんなことないよ! 僕は最初からこうさ! それで、一体どんな神霊なんだい?」


「まあいいだろう……最初にこの像を見たときに思ったんだが、イシュタルに似てるんだ。この像」

「イシュタル?」


「ああ、美と豊穣の神ーーイシュタル。戦いの神でもあるがな」


「イシュタル……」

 僕がずっと憧れていた美しさを持つ女神の名。

 何度もその名を口ずさむと、その美貌への期待で、えも言われぬ焦燥感に駆られた。


「どうだ? 会って見たいか?」


「ああ! もちろん!」


「なら俺っちの頼みをーー」

「ーーいくらでも聞いてやるさ!」


「そ、そうか……じゃあ早速準備するな」

 ここまで上手くいくと思っていなかったのだろう、面食らったまま暫し硬直した。


「いやーー。それにしてもこんな日が来るなんてなあ……ねえ、クロノス」

「なんだー?」


「その……イシュタル様とお話しとかもできるの……かな?」


「できるぜー。これからここに召喚するんだからな。ってか、会う前からそんな赤くなってんじゃねえよ!」


「だ、だって仕方ないじゃないか! この十何年間も熱望してきたことなんだから……ああ、なんか緊張してきた」


「一応、俺っちもイシュタルと同じ神霊なんだけど……」

 どこか不機嫌そうに言いながらも、部屋の床を這いずり回って準備を進める。


「うわあ、どんどん緊張してきた……初対面で嫌われたりしないかな……あああ! どうしよう!」


「おいおいやめてくれよ、俺っちの前で変に体をくねらすの。気持ち悪いぞ」


「ええ"っ! イシュタル様に気持ち悪いなんて思われたら生きていけないよ!」

 両目から滝のように涙を流す。


「そこまでかよ……でも、安心しろ。お前、顔はいい方だからな。人間好きのイシュタルなら気に入ってくれるかもしれないぜ」


「ほ、ホントに!? この顔で?」


「本当だって……ただ、気に入られたらちょいと厄介だがな」


「ん? なんか言った??」


「いいや、何も……よしっ! 準備できたぜ」


 対面への緊張で気づいていなかったが、床一面には複雑な幾何学模様が描かれていた。

 概形はと言うと、大きな円と小さな円が線でつながれている。

 模様の所々が微かに光を放っていた。


「なんか凄いね……」


「ああ、なにせこれから行おうとしてるのは神霊の召喚だからな。召喚できる時間はせいぜい5分ってところだろうがな」


「もしかしてクロノスって凄い?」


「もしかしてじゃねえ、めちゃくちゃすげえっての」

 いつもならやかましい表情と共に自慢してくるところだ。

 しかし、神霊の召喚ともなると一筋縄ではいかないのだろう、真剣な表情をしている。


「そっか。ありがとう、クロノス」


「おう! この貸しはこれからたんまり返してもらうからな……それじゃあ行くぜ」

 一瞬、にんまりとした笑みを浮かべると直ぐに真面目な顔へと戻った。


 小さい円の中に進み、大きな瞳を閉じる。

 口をへの字に曲げて唸り声をあげると、綺麗な雫形の体がぶくぶくと泡立ち始めた。

 肥大しながら発泡。銀色の体は発光。


 その光は足元の円に伝えられ、魔法陣全体が輝き出す。

 すると、小屋を強烈な揺れが襲った。

 棚に並べた粘土人形たちが倒れ始める。


『我は大地の神――クロノスなり。己が御霊を糧に汝は現れん。スピリチュアルサモン』


 今までとは打って変わった重低音の声が、僕の鼓膜を打ち鳴らす。


 その詠唱と共に魔法陣内に光の柱が立たった。

 いや、立つのではなく降りてきたのだろうか。辺りに雷音が響いた。

 小屋の屋根を突き破る光は、紫の彩色。

 空間を満たす閃光に目を細める。



 最初強烈だった光は次第に弱まっていく。

 妖しげな光の中があらわになろうとしているのだ。


 つ、遂にこの時が! 落ち着け、取り乱すな。紳士を演じろ!


 過剰なまでの高揚感に胸が高鳴る。

 ただひたすらに目を凝らした。



 しかし、一向に姿は見えない。

 光は既に消えているというのにもやのようなものが邪魔をする。

 それでもただ目を凝らしていると、中から女神の問いかけ。


「何処の者ぞ、妾を召し出すなど」


 しっとりとした潤いのある声は、芯がありよく通る。

 その声が聞こえたと認識した瞬間、脊髄から悦びの地鳴りが押し寄せた。

 声の主が如何に魅惑的で危険か、本能が警告しているのだ。


 耳孔から這入る言葉は、脳に直接語りかけてくる。

 まさに美の女神、抗うことすら許さない魅了は脳を蕩けさせた。


 くぅッ……こ、これほどとは!


 僕が堪らず体を震わせる中、神の会話が始まる。

「俺っちだ。クロノスだぜ」


「なるほど、クロノスか。ようやく報われたようだのう」


「ああ、こいつのお陰でな。エスタってんだ」


「ほほう、このおの子がのう」


 まだ見ぬ女神の視線は凄まじい圧力で僕の体を硬直させる。


「突然呼び出してすまねえんだが、こいつに姿を見せてやってくれないか? ちょっとした取引でな」


「妾の姿で勝手に取引とな……気に入らぬが、お主に貸しを作っておくのも良かろう」


「恩に着るぜ! じゃあさっそく――」


「――ただ、エスタとやら……覚悟は良いか?」


「は、はい……?」

 思わぬ問いかけに、何とか応えるも声は震えていた。


「妾をその目に捉える覚悟は出来ておるのか、と問うておる。邪な思いで見てしまえばたちまち魔物へと姿を変えるぞ」


 その問いはイシュタルなりの配慮だったのだろう。

 美の神とされるイシュタルの姿。

 悪しき者がそれを見てしまえば、骨抜きにされて、人とは呼べぬものになってしまう。

 ひたすらに欲深い獣へと姿を変えるのだ。


「……はい。ぼ、僕は貴方を見ることが出来ればそれで……」


「……そうか、その覚悟や気に入った。妾の美貌、しかと目に焼き付けるがよい」


 そう言うと、靄が風に散らされてける。


 美と豊穣、戦いの神が佇んでいた。

 小麦色の肌は、まるで風呂上がりのように火照っていて潤いがある。

 妖艶な輝きを放っているため直視することをためらうほどだが、この魅惑を前に目を逸らすことなど可能である筈がない。


 その肌は大胆に露出してあり、豊かな胸の先と秘部を薄い布で隠しているだけだ。

 胸にかかるほどの紫がかった銀髪が、光に呼応し煌めいている。


 流石は戦いの神。

 引き締まった肉体は、一縷の迷いもない滑らかな曲線で描かれていた。


 ゆらゆらと誘う様に靡く腰布から、太腿が覗く。

 雄の欲情を駆り立てる張りを見せ、思わず吐息が洩れてしまった。


 また、豊穣の神と言うだけあって、女としての体つきも素晴らしい。

 豊かに実った乳房は、よく詰まった桃のようにずっしりとした重みを感じさせる。

 それでいて、神には重力が存在しないと思うほどの形。

 まさに神乳。


 底無しの谷間では、迷い込んだ光が何度も照り返し、ちらちらと誘惑の艶を演出している。

 深淵から漂う甘美な桃の香りが、部屋中を満たして僕の鼻先から脳を溶かした。


 そして最後に、美の神たらしめるその美貌。


 ぷっくりとした唇。紅を塗らずとも濃密な桜色をしていた。

 魅惑的なその花弁の隙間からは、色欲で人間を獣へと化けさせる吐息が放たれる。


 女神の顔の均衡を保つのはなんと言っても中心の鼻だ。

 眉間から口元にかけての鼻筋は真っ直ぐに通り、骨格の雰囲気と相まって妖艶でいて鋭い印象を与える。


 そして誘惑を象徴する目。

 長い睫毛まつげが瞬きをする毎に揺れ動き、注意を誘う。

 誘われるがままに見やれば一巻の終わり。

 神にしか所有を許されない煌びやかな蒼色の宝石を目にするからだ。


 表面上の輝きに見蕩れてしまえば、そのまま蒼い海へと引きずり込まれるような感覚に陥る。

 女神に引き込まれたいという欲求と、このまま俯瞰していたいという欲求とがせめぎ合った。


 僕は一刹那で魅了された。



 どれほどの時が経っただろう。

 数秒にも感じられるし、数時間にも感じられる。

 僕はその間、熱烈だが決して邪ではない無垢な想いで美を堪能していた。

 そんな不思議な時を過ごす僕に、女神は囁く。


「エスタとやら……妾は、そちのことが気に入ったぞ」

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