1.俺っち爆誕!
「おーーい、エスタくん! そろそろ終いでいいぞ!」
照りつける日差し。
心地よい風。
虫のなく声。
そして、辺りを包む土の香り。
「はーーい、マスター!」
僕は、守護霊召喚の次の日から農業を始めた。
かれこれ十二年程だろうか?
毎日毎日、農業に励み、土を触って暮らしてきた。
そういった努力もあって、今では農業ギルドの中でもBランクの地位についている。
この年でBランクというのは、なかなかに優秀な方だ。
「いやぁ、この調子なら将来が楽しみだな! 大金持ち間違いなしだ! ははは!」
「いえいえ、僕は好きでやってるだけなので」
「そうだったな、すまんすまん。でも中央輸出の件、考えといてくれな」
「はい、色々と準備しておきます。今日はお疲れ様でした」
「はいよ! おつかれー!」
このおじさんは、ここら一帯を統括する民営農業ギルドのマスターだ。
ギルドには冒険者ギルドを始め、魔法ギルド、農業ギルド、鍛冶ギルド、運搬ギルドなど様々なものがある。
そして、ギルドの中でも国営のものと民営のものが存在するのだ。
仕事を終えた僕は、駆け足で裏山へと向かう。
今日の仕事は案外早く切り上げられたからな。
やっとこさ、アレを仕上げられる!
裏山の麓。
そこには質素な小屋が佇んでいる。
僕が趣味のためだけに、こっそり建てた小屋だ。
建ててからだいぶ経っているので、屋根には穴が空き、壁はガタついている。
ここもそろそろ作り直さなきゃな。
まあとりあえずは、アレを仕上げてからだ。
ぎしぎしと悲鳴をあげる扉を開き、中へと入る。
中では、今までに作り上げてきた粘土人形たちが主人の帰りを待っていた。
手のひらサイズのものから、自分より大きなもの。色は赤茶のものから黒、白のものまで様々だ。
部屋の中央には大きな木机が置かれ、作業をするための刷毛や彫刻刀、鑢などの道具が並べてある。
やっぱり僕の居場所はここだな!
土とか粘土、砂に泥、色んなものが混じったこの匂い! たまらん!
鼻をひくつかせ暫し、享楽の時を堪能する。
人形たちが並んだ棚から、布が被せられたものを取り出す。
少しへばり付いた布を慎重に剥がすと、中から美しい少女が現れた。
と言っても、もちろん本物ではない。
だが、首から上だけのその顔はとても精巧である。
今にも瞬きをして話しかけてくるのではないかと言うほどに。
さてと、やっと完成させられるからな。もう少しの辛抱だぞ……
もう外形は出来上がってるから、この砂を表面に散らして……
こういった作品は仕上げが命。
額に汗をにじませながら、指先に全神経を集中させる。
目に瞳孔を描く時には、呼吸すら忘れてしまうほどであった。
それから、仕上げの作業を小一時間行った。
あとはこの保護液を表面に塗るだけ! これでいつまでも潤ったお肌を手に入れられるぞ……
「よっし! できた!」
艶々とした光沢を放つその像は、まさに女神。
鼻筋は寸分の狂いもなく美しい線形を描き、瞳は比喩などでなく輝きを発する。
肌は触れてみたくなる艶をもっている。
唇の膨らみはどこか妖艶で、吸い込まれるような感覚を抱かせる。
エスタにとって、憧れの女性像であった。
自分の作った像に見惚れながら、感嘆の声を出す。
「それにしても、良くできたな〜。今までで最高傑作だ! あぁ、誰かにこの美しさを見せてやりたい気もするけど、独り占めしたい気もするな〜……もういっそ、このままずうっっと二人きりでいたい気分!」
「確かにべっぴんさんだな。見惚れちまうぜ。イシュタルに似てるかも……」
「そうだろう? なんて言ったって……っへ!?」
突然の声かけに思わず素っ頓狂な声をあげる。
慌てて振り向くも、そこには誰もいない。
「……な、なんだ。空耳か」
「空耳? なんだそれ、どんな耳だ」
「ああ。この美しさは、幻覚が聞こえるほどに人を狂わしてしまうんだね!」
「幻覚? 俺っちならここにいるぞ!」
「……え?」
もう一度振り向くがやはり誰もいない。
「上だよ。うえ!」
「うえ……?」
上と言っても、ここは部屋の中だ。作品たちを並べている棚に目をやる。
「う、うわあ!」
そこにいたのはスライムだった。
銀色に輝くスライムは、ぐにぐにと体の形を変えている。
「な、何でこんなところにスライムが! えっと、武器武器!」
「そんなに驚くことないじゃねえか」
「す、スライムが喋った!?」
「俺っちはスライムじゃねえ!」
「え? どっからどう見てもスライムじゃ……」
まん丸い目、雫のような形、大きな口。
その姿はただのスライム。
「スライムといえば、スライムなのかもしれないけどただのスライムじゃねえんだ。かと言ってスライムってわけじゃねえんだぜ? スライムって何回言わせる気だ!」
「いやいや、勝手に言ってるんじゃないか! にしても、スライムじゃないならなんなのさ」
「ふふん、聞いて驚くなよ……俺っちは、お前の守護霊だ!」
「え……守護霊? いや、僕の守護霊は泥団子のはずなんだけど」
目の前のスライムの言っていることがイマイチ理解できない。
だが、ここであることに気づく。
そのスライムがいる場所は、守護霊の泥団子を置いておいた場所だ。
「ま、まさか。本当に僕の守護霊?」
「そうに決まってんだろ! なんだ? そんなアホ面晒して」
「い、いやだってそりゃそうだろ。今まで十数年間も泥団子のままだったんだから」
「それには色々と訳があるんだよなーこれが! 十数年の時を経て、俺っち爆誕!」
「お、おう……そうだ! 守護霊だって言うんだったら何の霊なんだ? スライムなんて聞いたことがないんだけど」
「だからスライムじゃねえって! なんだ? 俺っちのことが気になるのか?」
目を薄い楕円に、口を横に大きく開くと絵に書いたような悪者の笑みを浮かべる。
「ま、まあね。守護霊だって言うんだったら何かあるんだろ?」
「何かあるなんてもんじゃねえ! 俺っちは偉大な神霊だぜ!」
「っへ??………え、え"ぇええ!」