第六話『月の光に照らされて』
「ごめんなさい。でも、一度死んだ人間がもう一度生きるなんて都合が良すぎるわ」
「そんなことない! お母さん、一緒にいようよ!」
縋るようにチカの瞳がニニアに向けられる。
オレだってできることなら協力してやりたいので援護する。
「気にすることないと思うけどな。チカちゃんもこう言ってるし」
ニニアは視線を月へとそらし、懐かしむような声音で語る。
「……ワタシ、死ぬまで一生懸命生きてたと思う。アナタと結婚して子供も産んで。何不自由なく生きてた」
ゴクリと喉がなる。
儚く、今にも消えてしまいそうな姿に……魅了されたと言ってもいい。
「生きて……いろんなものに出会って、いろんなものに触れて、いろんなものを手に入れた。後悔しないように生きた。だから、死んで悔いはなかったわ。……チカ、あなた以外は」
チカにニニアは視線を向けると、顔を撫でるように手を動かす。
もちろん触れることなどできるはずがないのだが。
「今日、あなたの元気な姿を見て私は今度こそ本当に死のうと思ったわ。でも、まさかもう一度話せる機会があるなんてね」
優しく微笑むと、再び月を見上げる。
その行為が消えようとしているように思えて、オレは声を再びかけた。
「公開がないから死んだままでいいだなんて……生き返られるんだぞ? 周りだってそれを望んでる」
チカは頷く。
その必死な二人の姿を見てかは知らないが、何がおかしいのか面白そうにニニアは笑う。
「だったら私だって、私のお母さん、お父さん、お婆ちゃんにお爺ちゃん。みーんな生き返ってほしいわよ」
冗談っぽくニニアが言う。
それだってできる! とオレが口を挟む前に続ける。
「また話したいし、また一緒に暮らしたい。でも、それって違わないかしら?」
「違う……のかな。でも、チカちゃんもオヤジさんも悲しむことになるんだぞ!」
「……しかたのないことよ。それは乗り越えなきゃいけないこと」
「乗り越えるだって? またみんなで一緒に生きられるのに? どうして辛い道を選ぶんだ!」
思い通りにいかない。
そんないら立ちから思わず声を荒げる。
オレ自身、ここまで来るまで死者本人に生き返りを拒否されると思っていなかったせいもある。
「……お母さん」
呟くようにチカが言う。
その言葉は諦めの入った、逆にせいせいしたとでも言わんばかりの声。
「チカ、あなたは強い子よ。だから、私の分まであなたが生きるの」
コクリ、と一つチカは頷くと初めて涙を浮かべる。
今まで我慢してきた分か、溢れるように出てくる涙にチカは俯いてしまう。
「冒険者さん? 人は生かされて生きているんじゃないわ。生きたいから生きる。でも、死んだら終わり。じゃなきゃ、生きている間にあがくのなんて無意味じゃない」
冒険者、オレのことだろう。
生かされる、それがどういう意味かなんとなくわかる気がした。
「頑固なんだな、あんた」
「ま、こういう考えの人間だっているってことよ。あなたが本当に死者を生き返らせられるなら、生き返りたい人間を生き返らせてあげなさい」
オレの頭を優しく撫でる。
触られていないはずなのに、なぜか気持ちがいい。
「……馬鹿言うな。オレだってちょっと考えが変わり始めたとこさ」
それが何となく悔しくて、飄々とした感じでいう。
しかし、内心はバレているのかまた笑われてしまう。
さて、と。
そういった感じでオヤジさんのほうを向き直るニニア。
オヤジさんも何か決心のついた表情をしている。
「あなた、チカのこと……よろしくね」
「ああ。わかってるさ。また、会えるかな?」
「もちろん、待ってるから……ゆっくり来て大丈夫だからね?」
それが最後のやり取りとなった。
月はちょうどオレたちの真上で光り、今まで以上に明るくなり……それと同時にニニアの姿が薄れていくのがわかる。
たった二日、関わった家族のことなのに……オレはなぜか泣いていた。
いや、理由なんてわかりきっている。
幻想的なその光景は月が傾き、オレたちに建物の影が迫るころ終わる。
ニニアは完全に成仏してしまったということだ。
肉体も、魂も現世にない。こうなったら『霊魂操作』でも蘇生させることはできない。
「さ、宿へ戻ろうか」
優しいオヤジさんの声は、今は頼もしく思えた。
~
翌日の朝、妙にすっきりした気分で起きると神水晶の力で着替えて宿の一階まで降りる。
朝ごはんを食べないと一日が始まったような気がしないのだ。
階段を下りる途中、オヤジさんと誰か……女性の声が聞こえてくる。
知らない声だ。
「部屋は一番奥以外は空いてるよ。どこがいい?」
「あらら、角部屋がよかったんですけど……じゃあ、一部屋あけたところでお願いします」
「はいよ。朝メシはどうする?」
「あー、食べることにするよ。荷物だけ先に部屋に置いてくるから作っておいて」
「とびっきりのを用意しとくよ!」
一日ぶりに商売人としてのオヤジさんの姿を見た気がする。
そんなことを思っていると、階段をその女性が上がってくる。ちょうど踊り場のようなところですれ違う。
その女性の最初のイメージは冒険者……そんな風だった。