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最後の王子  作者: 秋山らあれ
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7. 懸念





 夕餉が終わって後、エドキスとアルディスの兄弟とブラコフ候の三人は、炉に当たりながら酒を酌み交わしていた。

 「東の獅子王が、世継ぎの王子を人質として差し出して来たと?下の王子では無く....。」

 「下の王子の母親であるマレアナの王女は、王太子暗殺を企んだ廉で捕われ処刑されました。それが結局、東のロイドバルドとマレアナ戦役の発端となった。それ故、マレアナの血を引く王子では真心に欠けるであろうからというのがロイドバルドの言い分だとか....」

 「成る程な.....」

 楽な姿勢で長椅子に凭れていたエドキスは、そこで杯を傾ける。アルディスはと言えば、先程から二人の会話に加わるでも無く、ただその会話に耳を傾けつつ、酒を飲んでいた。

 

 ロイドバルドとは、大陸の極東に位置する王国であり、マレアナとは、それに隣接する王国であった。東のロイドバルドは、現国王アルフィデスの御代になるまで国交も余り無く、《魔道士の国》という代名詞で呼ばれる以外は内情の殆ど知られぬ国であった。だが現在では、過去の近隣国との戦の結果、決して軍事力の乏しい国では無いという事はすでに知られている。又、国王アルフィデスは、王でありながら軍の先頭を切るその奇抜な戦い方に、何時の頃からか獅子王との二つ名で呼ばれていた。そのロイドバルドの獅子王が、クルトニア帝国からの再三の要請により、とうとう重い腰を上げて同盟を結び、王太子を人質として差し出して来たという。そして、そのロイドバルドと隣国マレアナ両国間で戦が勃発したとの知らせがこの北国メインデルトまでもたらされたのである。


 「それで、お前は東の言い分を信じるのか?ブラコフ」

 その問いかけに、ブラコフ候は厳しい顔つきで息を吐いた。

 「東のロイドバルドは、殊にあの獅子王は油断出来ぬ人物です。あの王が世継ぎの王子を帝国へと差し出して来たのが、対マレアナ戦の為だとはとうてい信じられませんな。かと言って、あの王が本心から帝国の傘下に入ったとも、私には到底思えませんぞ」

 「ふむ..、何か裏があると言いたいわけだな?」

 「そう考えておいた方が得策かと...。あの国は不気味です。上辺だけを鵜呑みにすべきでは無いかと。いざ戦ともなれば、あの獅子王は尋常では無い戦いをします。私は、未だ良く憶えておりますぞ、あの王の戦の仕方を。あの王こそが高名な魔導師だという噂もあるくらいです」

そこでエドキスは笑う。暗く皮肉気な笑いである。

 「魔道の国、ロイドバルドか。確かに不気味だ。王太子の母親さえも魔女だったと専らの噂じゃないか?父上は、末の姫をその魔女の息子にめあわせようっていうのだからな。己の帝国では魔道を法度としておきながら。全く笑止な事だ。だが我々に何が出来る?所詮は帝国の、皇帝や皇太子の駒でしか無い我々に。せいぜいあの二人が、私が考える程愚かではない事を祈るだけだ」

 「殿下....」


 エドキスが実の父母である皇帝と皇后、そして唯一の同腹の兄である皇太子に対し、これっぽちの愛情も持ち合わせていなかった事を、彼の幼い頃より付き従って来たブラコフは知っていた。そんな皇子がどういうわけか昔から、亡国シルキアの王女の子であるアルディスだけは決して傍から離そうとしない。戦利の証として現皇帝の側室とされたシルキアの王女が、発狂し若くして身罷った時、エドキスは幼くして母を亡くした何の後ろ盾も持たぬこの弟皇子を、強引とも言える手段で己の加護下に置いたのだ。情などというものを持ち合わせている様には見えないこの皇子であるが、嘗てはアルディスの母であったシルキアの姫と懇意の仲にあった。実の母である皇后との仲は、幼い頃より冷えたものであったというのに......。

  

 「どうした?いつになくぼんやりしてるな、ユーリ坊や」

 エドキスがアルディスに目を向けていた。

 「よせよ、その呼び方」

 アルディスはエドキスを睨んだが、抗議の声には力が無かった。ブラコフは内心、おやと思う。アルディスの亡き母がその昔、アルディスをユーリの名で呼んでいたが、彼女が死没してからは、ついぞ彼をその名で呼ぶ者はいなかったのだ。何故エドキスが今になりアルディスの幼称を口にしたのか、ブラコフは訝しんだ。アルディスは長い両足を寝椅子の上に伸ばし、背もたれに凭れながら細身の短剣を弄んでいる。黒地に金細工の施された華奢な短剣であった。エドキスはその短剣を見ながら意味ありげに口角をつり上げている。

 「ブラコフ、式典について俺に話があるんだろう?」

 アルディスは、何かを言いたそうにしているエドキスを無視してブラコフに声をかけた。ブラコフは、首肯し簡単な説明を始める。アルディスは興味も無さそうな表情で、それでも時折短く相槌を打ちつつ聞いていた。話はやがてエドキスとアムリアナの婚儀の件へと移る。彼らの婚儀はメインデルトの最高司教が取り持つ事となっている。アムリアナの短剣を弄んでいたアルディスの手は止まっていた。彼の脳裏をアムリアナの涙に濡れた顔が過る。又、胸が痛んだ。


 ブラコフが初夜の立ち会いの件に触れた時、大人しく杯を傾けていたエドキスが口を挟んだ。

 「それは省いていいぞ、もうすませた。アルディスの立ち会いの元でな」

 「何ですと?殿下」

 「一度で充分だろう?惚れてもいない女など、そう幾度も抱きたく無いぞ。殊に、あんな雌猫は尚更だ」

 「お前でも女に惚れるのか?エドキス。女なら手当り次第のお前が?」

 エドキスに目も向けぬまま、アルディスが言った。

 「大した挨拶だな、私にだって好みはあるぞ。それがお前よりも広いだけだ。だが征服した女を愛でるなんて、父上の様な趣味は私には無いし、敵に媚びる様な女も嫌いだ」

 「王女は媚びたりしていない。その反対だろう?嫌がる彼女を、お前は無理矢理傷付けた」

 エドキスは色素の薄い瞳を細めて愉快そうに笑った。

 「まあな、酷い暴れようだったが味は良かった」

 「貴方という方は.....」

 ブラコフは困惑顔で溜息を吐いた。あの王女の顔の傷はそういった訳であったかと、改めて納得する。 

 アルディスの憎しみも露な瞳を、エドキスは真っ向から受け止め、からかうかの様に尋ねた。

 「何をそんなに怒っているんだ?」

 「別に怒ってなんかいない」

 目を逸らす弟を、エドキスは興味深気に観察しながら口をにやりと歪める。

 「成る程、あの王女に惚れたのか?」

 アルディスが軽く目を見張りエドキスを見返した。

 「ふざけるなよ、エドキス」

 押し殺した様なその声に、エドキスの笑みが消える。

 「まさか、図星か?アムリアナに惚れたのか?」

 「本気で怒るぞ」

 「なら婚儀の初夜はお前が務めろ。立ち会うのはメインデルトの坊主達だ、ばれやしないさ」

 アルディスは苛立たし気に立ち上がった。

 「お前をこの場で刺し殺してやりたいよ、エドキス」

 「そんな事は、今に始まった事じゃ無いだろう?」

 エドキスは、鼻を鳴らし皮肉を返す。

 「お前に父上と同じ趣味があったとはな、アルディス」

 アルディスは、鋭い一瞥をエドキスに残すと、足音も荒く出て行った。残されたエドキスは複雑な表情でその背を見送り、ブラコフは顳かみを押さえながら深々と溜息を吐いた。

 「どうやら貴方がアムリアナ殿下をお気に召す替わりに、アルディス殿下が彼女をお気に召された様ですな.....」

 「あの二人は、幼馴染みって奴なのさ」

 エドキスが無表情のまま答えた。

 「幼馴染み....?ですが、お二人は」

 「会っているのさ、ほんの子供ガキの頃にな」

 ブラコフは難しい表情で思案する。

 「殿下方の後見役を務めて参りましたが、私にはそんな記憶はございませんぞ。一体、何時どちらで....?」

 「エスニアが落ちる前だ。あいつが人質としてエスニアへ出向いていた頃、アムリアナもやはり人質としてエスニアにいたのさ。そして人目を忍んで仲良くなったらしい」

 「何と....」

 「ばかな奴だ....、全く.....」

 エドキスが普段の彼らしくも無い、心ここにあらずといった表情で呟いた。ブラコフは、そんなエドキスにも少なからず驚く。

 「だからって惚れてどうするつもりなんだ.....。女など腐る程いるものを...。よりによって自分の母親と同じ境遇に落ちた女に、自分のものにはならない女に惚れるとは...。自分の母親の不幸を目の当たりにしておりながら、自分の母親がどれ程自分の父を憎んでいたかを知っていながら、尚同じ境遇の女に惚れるとは.....。自分は所詮アムリアナのかたきだって事を嫌という程知っていながら....」

 エドキスは眉間に深々と皺を刻んだまま、杯を煽った。

 「アルディス殿下はまだお若い。恋に恋しておられるだけやもしれませんぞ。じきお忘れになりましょう、ご案じ召されるな、殿下」

 ブラコフの慰めに、エドキスは再びいつもの皮肉を帯びた笑みを見せた。

 「どうかな......?私はどうやら、お前以上にあれの事を良く理解している様だ。可能ならば、私はこの役をアルディスに譲っても良いのだがな」

 「それこそ小さなお子の様なお言葉ですぞ、殿下」

 「そうだな、お前の言う通りだ、ブラコフ」

 そして彼は、甚だ彼らしくも無い懸念顔で小さな溜息を吐いた。




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