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最後の王子  作者: 秋山らあれ
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4. 悲壮





 会議の場を後にし、暫し歩いた処でアムリアナは、アルディスに面と向き直った。

 「お願い、義母ははに会わせて頂戴、遺体は勿論あるのでしょう?」

 アムリアナの、囁くように低く落とした声の懇願に、アルディスは微塵も表情を動かしはしなかった。

 「昨日言った筈だが、俺には何の権限も無いと....。エドキスに頼むんだな」

 アルディスは素気すげ無く言うと、目の前に立ちはだかるアムリアナを避けてさっさと歩き出す。

 「あの男に頭を下げろって言うの?」

 「仕方が無い、お前は征服された側の人間だ」

 「それでも、誇りは失いたく無いわ」

 「誇り?」

 アルディスは溜息を吐くと、歩を止めて振り返った。

 「誇り....か?お前はそうやって俺に頼むが、俺とてクルトニア皇帝の血を引いている。ただ俺を産んだのが、何の後ろ盾も持たない女だったんでな、俺の立場は低い。だからといって、お前にとってそれがどう異なる?エドキスに物を頼むのと、俺に頼むのと?どっちにしろ、お前の誇りは傷付くんだろう?なら可能性の高い方に頼んだらどうだ」

 アムリアナは、核心を衝かれ内心戸惑った。自分でも何故だか分からなかった。アルディスの言う事は尤もである。彼は此度の夜襲で、このメインデルトを侵略したクルトニアの皇子であるのだ。それが分かっていながら、何故かアムリアナにはアルディスが違う様に思われた。違う...?だが一体何が違うというのであろう.......。アムリアナは自問した。この目の前に立って自分を見詰めている男を含め、クルトニアを激しく憎悪しているというのに....。アムリアナは、説明のつかないその考えを振り払おうと無意識のうちに軽く頭を振っていた。どうやらそれを、己の言った事に対する拒否と受け止めたらしい皇子は、不機嫌そうな表情を隠しもしなかった。

 「俺の個人的な意見としては、亡骸など見ない方が良いって事だがな。それ以上憎しみが増えたって、お前自身が苦しむだけだ」

 「いいわ、それでも....。憎しみが増える程、生きる気力が湧いて来るもの」

 静かでありながら激しいその言葉に、アルディスは内心衝撃を受けた。

 「強いんだな......」

 アルディスは呟き、アムリアナの蒼い瞳を暫し見詰めたが、やがて諦めたかの様な素振りと共に踵を返して歩き始めた。

 「来い、案内しよう」

 「殿下、恐れながら...」

 付き添いの兵が、驚いて口を挟んだ。

 「お前は黙ってろ。俺の一存でする事だ、お前を咎める者などいないさ。来たく無ければ、付いて来るな」

 それだけ言うと、アルディスはアムリアナを地下へと連れて行った。




 暗くひんやりと湿った地下室の祭壇の前に、被いの掛けられた三体の遺体が並んでいた。アルディスが、その内の一体の被いをはぐった。アムリアナは恐る恐る近付き、しょくの明かりに照らし出されたその白く冷たい顔にそっと触れた。父王の後妻であった王妃は、アムリアナにとっては母というよりもむしろ、姉の様な存在であった。アムリアナは唇を噛み締め、暫くの間、無言で王妃の死に顔を見詰めていたが、やがてその隣の台の掛け布に手を伸ばそうとした。その刹那、アルディスの手が、素早く彼女の手首を掴んでいた。

 「やめた方がいい」

 「何故?」

 アルディスは一瞬躊躇いつつも、次の瞬間には真実を告げる。

 「王と太子の首級は、すでに帝国へ送られた。そこにあるのは首の欠けた亡骸だ」

 アムリアナは息を飲んだ。当然、予想して然るべき事であった。メインデルトは、クルトニアに征服されたのだ。アムリアナは、暖を取ろうとでもするかの様に自らの両腕を抱え、王妃の亡骸の前に佇んだ。アルディスは口を閉ざし、ただじっとアムリアナの様子を見詰め、又、付き添って来た衛兵も、明かりを翳しながら静かに立っていた。

 アムリアナの手が、王妃の凍るような頬に今一度触れ、やがてその顔をそっと掛け布で隠した。そして王と兄王子の遺体へと目を向けたアムリアナは、瞳を潤ませながらも、そこに憎しみの色を強く宿していた。涙をこらえるのがこれ程苦しい事だと、彼女は初めて知った。


 アムリアナがふらりとその場を離れて、隣部屋へと進んで行こうとした時、アルディスは別段止めはしなかった。衛兵は慌てて明かりを翳しながら、アムリアナの後を追って行った。文目あやめもわかぬ真の暗闇に、衛兵の翳す明かりがぽっと浮かぶ。アルディスは、祭壇の燭台を手に取ると、後からその部屋へと踏み込んだ。

 血の匂いだ....と、アルディスは思った。黴臭さに混じっているのは血の匂い。明日になれば腐敗臭に変わって行くのだろう。そこには凡そ十余人が横たえられていた。そこに安置されているのは、それなりの身分の者達である筈だったが、アルディスはその事を、この王女に告げようとはしなかった。告げるまでも無い事であった。


 アムリアナは、男達に混じって横たわるドレス姿の女に気付いた。暗がりの中、その色は定かでは無かったものの、そのドレスの裾飾りには見覚えがあった。アムリアナは駆け寄ると、その傍らに屈み込んで、掛けられていた筵をはぐった。

 アムリアナとそう年もたがわぬその娘は、瞳を見開き、口元も何かを言いたげに半ば開いていた。あの夜、真っ先に危急を知らせにアムリアナの元に駆けつけて来た、彼女付きの侍女かしずきであった。アムリアナに付き添った為に命を落としたのであろう。それを思うと居たたまれず、アムリアナは咄嗟に目元を押さえた。そうでもしなければ、涙が吹きこぼれそうであったのだ。どれほどの間そうしていたであろう。アムリアナは気持ちを落ち着かせると、彼女の開いたままの瞼を閉じてやろうと、震える手を伸ばした。だが悲しい事に震える腕には力が入らず、瞼は巧く閉じてはくれない。気が付くと、侍女の亡骸を挟んだ向かい側にアルディスが跪き、彼女の瞼を閉じていた。

 「姫の侍女かしずきか?」

 アムリアナは力無く頷いた。

 「女子供には手をかけぬ様にと、兵達は命じられていたんだがな......」

 抑揚の無い彼の口調は、感情が読めない。

 「彼女はあの日、私に付き添ってさえいなかったら、命を落とす事も無かったかもしれない......」

 アムリアナは、ふらつきながら立ち上がった。覚束ないその足取りに、アルディスは彼女の腕を掴み、その身を支えてやる。アムリアナは、アルディスの腕を拒みはしなかった。素直に体を支えられながら、暗い石段を登った。

 「お礼を言います、アルディス皇子」

 アルディスから目を逸らしたまま、アムリアナは僅かに震える声で囁く様に言った。今にも倒れるのではと思わせる程に、蒼白な顔色をしていた。

 「生きる気力は湧いたのか?」

 アルディスの言葉に、アムリアナの肩がぴくりと震えた。それが彼女を支えていたアルディスの手に伝わる。

 「ええ...、湧いたわ...」

 アムリアナは、アルディスから顔をそらしたまま、呻く様に答えると、そのまま床にくずおれた。アルディスは咄嗟に力を失った体を抱え膝を付いた。碌に食事を摂っていなかったのだ、倒れたとしても無理は無い。驚く衛兵は、アルディスに医師を呼ぶ様指示されると、脱兎の如く走り去った。

 アルディスは、腕に抱えた亡国の王女の顔を改めて眺めた。顔の傷と腫れが痛々しい。閉じた瞼からは、涙が溢れていた。アルディスは、そっとその涙を拭ってやり、その金色の髪をくしゃりと撫でた。人前では見せない哀し気な瞳で、彼女の髪を幾度か撫でると、彼はやがてアムリアナを抱き上げ、この姫君を監禁する為の部屋へと静かに向かった。




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