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短編

お弁当ラプソディ

作者: 片桐ゆかり


最初はグー、から始まって私と祥吾は今日もまた、じゃんけんをする。

高校からの帰り道、並んで歩きながらするじゃんけんは、私たちが高校生になってからの日課になった。

私と祥吾は幼馴染だ。ついでに言えば、お父さんたちも幼馴染。それでお母さんたちも仲良くなって、隣ですんじゃえ!と隣同士になった、らしい。妊娠した時期も同じで、私と祥吾は誕生日も近い。どれだけ仲良しの両親たちなのだろう、と思うことなかれ。お父さんたちは職場も一緒だ。何の冗談かと思ったのは、私が小学生の時。でも慣れてしまったし、両親が4人いるという点で私は今の生活がとても気に入っている。それは、祥吾も一緒なんだろうなあ。

日課のじゃんけんは、今日は祥吾が勝ち取った。

このじゃんけんは、お昼ご飯当番をかけた勝負である。もちろん真剣勝負、手抜きは許されない。私たちは高校を入学するとともに両親から昼食は自分で作るように、と厳命されている。もちろん、ちゃんとしたものを作り、食べなさいというもの。冷凍食品は2品まで、昨日の残りばかり詰めるのはダメ、買って食べるのは自分のお小遣いで、というルールもついている。

――でも、たまには作らない日だって欲しいし、たまには自分以外の人が作ったものが食べたい。両親からはお弁当を作るのであれば金額は問わない、と言われているので、私たちは頭をひねって考えて、対策を出したのだ。

二人でじゃんけんをして、負けた方が二人分作るというルールを!

これで食べる相手ができるし、作らない日だってできる。現に、私たちは連勝というものをすることなく(しても2日連続が限度だった)、交互にお弁当を作っては食べている。


「俺の勝ちだな、明日は頼んだぞ比奈」

「明日は勝つんだからね!」

「俺、卵焼き入れてほしい」

「ん、じゃあ、チーズ入れたやつにするね」

「あと、ご飯は混ぜご飯にして」

「祥吾、注文多いよお」


元から料理の好きな私と、手先の器用な祥吾は、たまに失敗することはあるものの順調にお弁当生活を続けて2年目の春を迎えた。

2年生に進級して、私と祥吾はクラスが離れてしまったけれど、登下校は一緒だ。朝はお弁当を作った方が迎えに行って、帰るときは下駄箱で待っている。用事ができたら連絡をして、なるべく一緒に帰る。別に決めたわけではないけれど、習慣になってしまっていてそれがないと気持ちが悪い。

私と祥吾は明日のお弁当の話をしたり、クラスの話をしたりしながら帰る。明日は、何にしようかな。「美味しかった、ごちそうさま」そんな言葉と共に帰ってくる、いつも空っぽのお弁当箱が何よりも愛おしい。



***


私より一回り大きいお弁当箱。お弁当担当の日は少しだけ早く起きて作ることにしている。どうせなら、美味しいのを食べてほしいし、私だってちゃんとしたものを食べたい。

チーズを入れた卵焼きに、ほうれんそうのお浸し、鶏肉の焼いたの、プチトマトにきんぴらごぼうを詰める。きんぴらは昨日の残り物ですごめんね、と思いながら詰めた。ご飯には、おかかとゴマとお醤油を混ぜておかかの混ぜご飯にする。このシンプルなやつが、祥吾の好きな味だ。小さい時から一緒だったから好きなものはよく知ってるし、お休みの日の料理は私が担当していたから、どんな味が好きなのかも知ってる。

祥吾も、私が好きなものは知っているし、手先が器用だったから今ではすごくおいしいお弁当をいつも作ってくれるようになった。

こうして、食べる人の事を考えて作るのが楽しいし、幸せだ。ふわふわとしてきゅんと胸が掴まれた感じがする。美味しいって言ってもらえますように、と丁寧に包んだお弁当箱を撫でる。

同じものを、私とお父さんとお母さんの分と作れば完成だ。お父さんはもう食べ終わっていたのでお弁当を渡し、私もお母さんと手早く朝ごはんを済ませる。いつもおいしいお母さんのご飯だけれど、私が小学生になってから仕事を始めたお母さんも忙しい日々を送っているので、休日は私が担当しているのだ。

それに、今でも仲のいい私たちの両親は、休日に4人でWデートだといってよく出かけている。お熱いことで、と呆れていた祥吾を思い出して笑う。

朝ごはんを済ませて、私はお弁当を手に家を出る。そしてすぐ隣の家に。ベルを鳴らすと同時に、祥吾が出てきた。


「おはよう、祥吾」

「おはよ、比奈」

「今日のご飯はおかかの混ぜご飯にしたよ」

「いつもありがとな、いただきます」

「はい、どおぞ」


作ってもらったらちゃんとお礼を言う、というのは私たちの中で変わらないことだ。きっと、私と同じように祥吾も一生懸命作ってくれるのだから、お礼を言わないのは失礼だ。

若干嬉しそうな祥吾に、私も嬉しくなりながら二人で登校する。明日は作ってもらえるように、今日のじゃんけんには必ず勝たなければならない。


「それじゃ、比奈。またあとでな」

「うん」


私の教室の前で別れて、私は自分の席に、祥吾はクラスへ向かう。私は2組で祥吾は4組である。本当は、一緒のクラスが良かったけれど。来年に期待だ。私たちの学校は1年ごとにクラス替えがあるので。

席について準備をしながらもう来ていた友人たちと話す。昨日のテレビの話、彼氏の話とか。私と仲のいい子たちはみんな彼氏がいるので楽しそう。きゃあきゃあと盛り上がる話を聞いているだけで、ちょっと楽しい。


「比奈は麻生君がいるじゃない!」

「え、え、?!」

「あたしだってお弁当作ってほしい」

「ね、麻生君のお弁当美味しそうだし」

「――だ、だめ!祥吾のお弁当は、だめ」


は、としたときには遅い。友人たちがにやにやした顔で私を眺めている。しまった、やらかした。と思うった途端に、彼女たちは楽しそうに私をいじり始める。

友人たちは私と祥吾の事を詮索するのが玉に瑕、だ。なんだかそういう話題は恥ずかしくて、真っ赤になっているだろう顔を隠すように机に伏せた。熱い、と言えばどっと笑われた。だって、祥吾のお弁当は特別なんだもの。そういうの、子供じみた独占欲っていうんだろうか。私以外の人が食べる、祥吾のお弁当なんてなければいいのに。そうやって、芽生える厄介な感情のゴールを私は知っている。


「素直になりなよ、ひーなちゃん。麻生君、結構狙ってる子多いって噂だよお?」

「…飛鳥ちゃんのいじわる」

「幼馴染だからって安穏としてたらダメってことよ。いくならこう、わかられない程度にがつがつとね」


飛鳥ちゃん、は肉食女子だ。私とは高校生になって仲良くなった。彼女は狙った獲物は逃さない、というポリシーの元で積極的に行動している。今のターゲットは、バイト先の大学生だそうだ。

――きっと、私のこの感情は、恋だ。私は祥吾に恋をしている。

でも怖いのは。もしかしたらこの環境が壊れてしまうかもしれないということ。たぶん、私と祥吾は変わらないけれど、お弁当を作り合うというのはなくなってしまいそうだなあと思うのだ。長い付き合いだから、何となく、わかる。

それでも私は、私が他の男の子と一緒にいるところを想像できないししたくない。このままずっと、祥吾の傍に立っていたいと思うのは、私だけの我儘なんだろうか。




***


今日のじゃんけんは、私の勝ちだった。

よろしくね、という言葉とともに別れて、私は空っぽになったお弁当箱を手に家に入る。明日のご飯は何かな、楽しみにしてるね。そう思う私には、いつからだったかはっきりとはわからないけれど、一番特別に感じる幼馴染がいる。


「お母さんは、お父さんとどうして結婚しようと思ったの?」

「なあに、突然」


その夜、私とお母さんは二人でテレビを見ていた。なのでちょっと聞いてみることにしたのだ。親の恋バナ、ちょっと気になる。いまだに、名前で呼び合う両親はラブラブである。たまに胸焼けする。


「そうねえ…最初は友達だったのよ、真ちゃん」

「ふうん…?」

「でも、一緒にいるのが当然になってね。それに中学を卒業するくらいから好きでいてくれた人を無碍にできるわけ、ないじゃない?」

「え、ええええ!なにそれ!」

「お母さんも知らなかったの、聞いたのは成人してからで。いつも恋愛相談ばっかりしてたから悪いことしたなって思っちゃったわあ」

「お、お父さんすごい」

「それに、真ちゃんの笑顔が一番好きだったから。だから一緒に居たいなって思ったの。

口説き文句は、どんなとこを見てもお前の好きは消えなかったって言われた時に落ちたわね」


そう笑うお母さんは、昔の事を思い出しているようで、とても幸せそうだった。

ああいいなあ、と思った。私も、そんな風に言ってもらいたい。言ってほしい。

そんな気持ちを悟ったのか、お母さんが私の額を小突いて、恋煩い?とにやりと笑った。そのまさかです。


「だあれ?」

「な、ないしょ…」


とは言いつつも、知られている気がしてならない。母は強し、という言葉もあるように、我が家で一番強いのはお母さんだ。そして、勘も強い。

これ以上突っ込まれたらちょっと怖いので私は早々に退散する。入れ違いにリビングに入ってきたお父さんにお母さんがはしゃいだ声を上げていた。

そのあとばたん!という何かが倒れたような音がしたけれど、大丈夫だっただろうか。

――ちなみに、朝、お父さんはそわそわしていた。今日は私のお弁当じゃなくて愛妻弁当だったから、嬉しかったのかもしれない。



***


「祥吾、おはよう」

「おう、今日はコレな」

「わあ、ありがとう!中身はなあに?」

「サンドイッチにした。具はお愉しみな」


えへへ、とにやける顔を隠せない。

サンドイッチは私の大好きなものだ。昨日、好きなものを入れたからお返しにと入れてくれたのだろう。

嬉しくて眩暈がしそう。好きな人の手料理を食べれるなんて、私は恵まれているとしか言えないと思う。これ以上の贅沢は、罰が当たるかな。

すくすく育った祥吾は私を見下ろすように見てきた。首を傾げながら見上げれば、祥吾はおじさん譲りの茶色い髪の毛をかき上げながら言いよどむ。


「あー…、と。お前さ」

「え、なに?」

「…比奈、お前その、………気になってることがあるってホントか?」

「え、気になってること?お弁当のおかずとか、かな。祥吾の作るやつおいしいし」


もごつきながら言われた言葉に返せば、祥吾はう、と詰まった。

そして首を傾げれば、あああああ!としゃがみこむ。どうしたの、この人。


「祥吾?」

「…聞きたかったのはそれじゃなくて…、お前の一番は俺だろ?!」

「ええ!?…う、うん、一番特別は祥吾だけど…?」

「じゃあ、その特別、他のやつにやったら許さないからな」


そういうと真っ赤な顔をした祥吾が私の手を引いて歩きだす。

ねえ、それどういう意味?と聞けない私は、手をつないで歩くというイベント発生に浮かれながら手を引かれるままに歩きつつ、その言葉を噛みしめる。


「うん、あげる。あげるから、祥吾の特別も私にしてくれなきゃやだよ」

「………その言葉、覚えとけよ」


えへへ、と笑う私を振り返ることなく歩き続ける祥吾は、それでも私に合わせて歩いてくれてしかもまだ手をつないだまま。

――これは、自惚れてもいいんだよね?私にもちょっとは希望があるってことでいいのかな。

いつか、絶対に。私の方を振り向かせてあげるんだから、と思いながらつながれた手をそっとからめた。指と指が合わさるように握れば、祥吾が私を横目で見て、少し笑う。

大好き、という言葉を出す代わりに、ちょっとだけ近づいた。


そして、そんな私たちを見ながら、お母さんたちが歓声を上げていたことを私たちは知らなかった。私たちが生まれた時に、どうせなら、大人になったら結婚させましょうね!と二人が約束していたことも。









***

両片想いチックに。


比奈母が比奈父へ、娘に好きな男の子ができたと伝える

比奈父、幼馴染の祥吾父へ泣きつく

祥吾父、祥吾母に話す

祥吾母から祥吾へ行く

「ちょっと、どういうことなの?」


という詳細があったという、裏設定を…。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 喧嘩なんかした日には二家揃っての会議になるんだろうなぁ・・・・喧嘩の理由は「お弁当のおかずについて。レバニラかニラレバか」←結論:お弁当にニラもレバも厳しい。
[一言] はじめまして。 両片想いな幼なじみにキュンキュンしました! お弁当を作り合うってどんだけですかー可愛すぎです(*•ω•*人) そんな側から見れば丸わかりな2人なのに、比奈ちゃんの自覚がないあ…
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