思わぬ采配
大変お待たせいたしました。2000字ちょっとですが、次話更新です。
シュレイナアートの言葉を受け、優勝者が頭に被っていた鉄製の兜を脱ぎゆっくりと上を向く。そこから現れたのは、鮮やかな暁色の艶やかな長い髪と深い宵闇の色をした双眸、そして何よりその二つをより際立たせる美しい白い肌。正面から王子であるシュレイナアートと視線を交わすその瞳は、強い意思により輝き惹きつけられる力を放っていた。
そう。選抜騎士の優勝者は、女だったのだ。
トーナメント出場者やそれを見ていた騎士たちはもちろんそのことをわかっていたが、王子たちは城騎士たちがどんな者であるのか今の今まで知らなかった。知ろうともしなかった、というのが正しいだろう。そして騎士は男ばかりだと、そう思い込んでいた。存在するとはいえ、まだまだま少数の女騎士がまさか王族を護る城騎士にいるとは、なれるとは思ってもいなかった。
今更、女であるというだけで、専属騎士に任命する、という言葉を撤回はできない。
「我が名の下において許可をする。名を申せ」
「リサ、と申します」
初めて女騎士から発せられた声は女性特有の甲高い響きも、男性のような低く重い響きでもなかった。不思議な響きが鼓膜を違和感なく通り抜ける感覚が心地いいとさえ思ってしまった。
「見事優勝を勝ち得たそなたの戦いぶりは見事なものであった。これからは私の専属騎士としてその力をいかんなく発揮されることを期待している」
「護衛騎士の名に恥じぬよう、全身全霊をかけてお護りいたします」
優勝者であるリサへの儀礼的やり取りを終え、その後二位~五位までの四名を護衛騎士とすることにした。最強の護りで有名なスブラット家のシェルサー、片刃両手使いのトルナ、双頭竜の孫ララーム、そして最後はリサと同じく庶民出身のワゴット。以上の五名をシュレイナアートは己の護衛騎士として任命し、自身とその直属の配下のみ使用することができる刺繍を個々の希望通りの品に施し、翌々日正装とともに直接手渡しで与えた。
ちなみにリサがリボン、シェルサーがハンカチ、トルナが篭手、ララームが眼帯、ワゴットがスカーフを希望した。それぞれ紺地に銀糸で刺繍をした物を渡された。
何故紺地なのか。それは王族にはそれぞれの専用色があり、シュレイナアートの場合それが紺と銀であるためだ。王であるエクトフェスは、王を示す金と緑がその色だ。金が王、銀が王位継承権を持つ者専用と決まっている。王位継承権を返上、無くなった者は銀の代わりにそれぞれの色を決めることになっている。
予想外な結末であったトーナメントを終えたその日の夜。シュレイナアートは己の部屋に乳兄弟であるサビアとロットを呼び、今回のことについて話し合っていた。
「――明日、父上には私の方から護衛騎士について報告する」
重い空気の中、シュレイナアートはまずそう切り出した。
「父上は何も言わぬだろうが、周囲の者はそうではないだろう。王子の身近に『女』がいる、ただそれだけで下種な探りをいれる者もいるだろう。しかも、第一位王位継承権を持つ王子の傍に侍る女だ。いくら実力主義の城騎士に所属し、トーナメントを八百長ではなく実力で勝ち上がり優勝を勝ち取ったといえどそれを愚直に信じる者たちではないだろう」
「その通りかと思います」
「いらぬ勘ぐりをする者は多いかと」
シュレイナアートの懸念に、サビアとロットも同意する。
「私自身、女などが城騎士の中でも優秀な者しか選ばれることのないトーナメントにそもそも参加しているはずがない。そう先入観を持っていた。もちろん、女だと知っていればたとえ優勝者であってもとらなかった。とは言わない。あの戦いぶりに惚れこんだ、感心させられたのは事実だ。それを性別というそれただ一点のみで斬り捨てるほど愚かではない」
シュレイナアート自身、己の目が差別的なものではないと思っている。だが、それとは別にやはり「女」という点はあまり周囲にも己にも良い影響を与えないということも分かっている。
「だが、男の集まりの中に女が一人。という状況は、周囲にとって良いエサだろう。しかも私の婚約者については、水面下で色々とあるようだが私が成人の後正式に婚約者候補と顔見世の機会を作る。という名目で今までほどほどに放置してきたが、成人の儀を終え最初の仕事でもある専属騎士団の作成。そこに女が存在となれば、リサに取り入ろうとしたり蹴落とそうとしたり、堂々と娘や孫やらを押し付けてくるだろう」
「リサもそのことについてはわかってはいるでしょうが、やはり直接言葉をかけるべきかと」
「ですが、リサ一人だけ呼び寄せたのではいらぬ勘繰りを助長させるだけ。専属騎士団のメンバーに選ばれた者にも仲間のことですし、全員を招集した場で話すのがいいでしょう」
男の中に、女が一人。紅一点といえば聞こえはいいかもしれないが、いらぬ厄介事の種になってしまう状況でしかない。そこに実力があった結果だとしても、色眼鏡でみるのが人間というものであろう。貴族、それも渦中の人物が王族であれば恰好の餌食だ。金と暇と地位があり、腹の探り合いが趣味というか日常な貴族には垂涎の的だ。そんな連中に、こっちからさらに餌を落としてやる必要などない。
「そうだな。では、明後日正装と希望した品を渡すという名目で五名を集める。その時に今後のことなども含め、話す」
「かしこまりました」
明日、貴族の並ぶ前で王に今回の結果を話すのが今からストレスで壊れそうな程辛い。だが、しないわけにはいかない。
シュレイナアートは、己を鼓舞するように己の頬を叩いてカツをいれ早々にベッドにもぐりこんだ。明日の地獄に備え、少しでも体と精神を休ませるために。
次回は、シュレイナアートの胃が心配な結果報告です。