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ルシア・ラークス伝  作者: 川上ハルカ
1章 末の姫様
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 ジェイクからの荷物は一度家に持ち帰るのではなく、ボリーさんがリキゾにいるホランドの許へ送ってくれることになった。私たちはその荷物を後から追う形でリキゾへ向かうことにした。

 木箱と併せて送られてきた包みの中身は古い本だった。装丁がしっかりしておらず、本の右側に四つの穴を開けて紐を通しているだけの本で、ボリーさんが言うにはこの形態を「四つ目綴じ」といい、三百年前くらいに主流だった装丁の仕方だと教えてくれた。

 荷物の方は今からすぐに発送し、ホランドの許に着くのは明日の正午くらいだろうとボリーさんは言った。私たちは一度家に帰り、明日の朝、リキゾへ発つことにした。

 家に帰ると母は、

「せっかくお休みを頂いたんだからもうちょっとゆっくりしていけばいいのに」

 と、私に言った。

 私としてもそうしたいのはやまやまだったが、私自身もあの魔石らしきものの正体が気になったし、ルシアは私以上に好奇心をそそられているようだった。ホランドに聞けば何かわかるかもしれないという思いが強かった。


 王都からリキゾまでは、魔導車か魔導船を用いれば一日で行ける。どちらの手段で行くにしても結局タンパベイ山脈で乗り換える必要があるものの、山を越えればリキゾの首都、オカータの街に入れる。

 アルミオーネ大陸は東西に長い大陸である。大陸の西三分の二がアルミオーネ王国、残りの東三分の一がリキゾ国である。両国の国境となるのは南北に連なるタンパベイ山脈で、さほど高い山ではないが、大陸を貫き、アルミオーネ王国の中心を流れる川はタンパベイ山脈が源流となっている。アルミオーネ大陸自体は、その名からもわかる通り元々はアルミオーネ王国だけが支配していた土地である。しかし例の古文書が出来たのと同じ時代、今から三百年くらい前にアルミオーネから分離独立したのが今のリキゾである。

 現在世界の中心となっている国は「七大国」と呼ばれる七つの国である。アルミオーネの東に位置するリキゾ。アルミオーネとは海を挟んで西北にマランディア大陸に位置する国が、南から(アルミオーネに近い国から)ゴロネア、マランディア、ボレル。マランディア大陸北端のボレルから東北に(アルミオーネから見れば北に)位置する島国がノーロンタール。ノーロンタールの更に北にあるのがスナッチローズである。

 リキゾがアルミオーネから独立した三百年前の時代、世界の覇権を競っていたのは三つの大国、すなわちアルミオーネ、マランディア、ノーロンタールであった。これを俗に三国時代とも言うが、三大国時代と言ったほうが一般的であるかもしれない。

 三百年前、アルミオーネ・マランディア間で戦争が起きた。結果的に戦争に勝利したのはマランディア。アルミオーネは覇権をマランディアに譲ったのだった。しかしマランディアが覇を唱えた期間は短かった。戦争に勝利したとは言っても、受けたダメージは大きく国内の統治が難しくなっていた。

 非常に大きな土地を領有してきたマランディアである。結果的に南北二つの大都市が国家として独立した。北がボレル、南がゴロネアである。

 マランディアから二つの国家が独立した煽りをアルミオーネも受けた。タンパベイ山脈を境に、一種独特の伝統と文化を形成していたリキゾが独立した。直接的にマランディア・アルミオーネと戦を交えたわけではないノーロンタールからも、スナッチローズが独立した。それが大体三百年くらい前の話である。

 他にもいくつかの国はもちろん存在するが、結局のところ三大国の流れを汲む七大国に肩を並べられるほどの国力は有しておらずこの三百年間は七大国が主要な国として世界の均衡を保っていた。

 三百年前に栄華を誇ったアルミオーネは今や完全に失脚し、マランディアも一時のような勢いは無くなった。しかしマランディアの場合、同じ大陸内に位置するゴロネア・ボレルの勢力が盛んなせいだろうか、アルミオーネ程の失墜を経験せず、栄華を極めた超大国の意地を見せ、現在でも七大国をリードする大国であった。


 母はジェイクがマランディアにいることを特に驚かなかった。

「まあいろいろ都合があるんでしょうよ。たまたまマランディアに行っておもしろい物があったから送ってきたんじゃないの」

 と、あくまでも穏やかに言い、魔石らしき物を送ってきたことについても、

「おじいさんの研究の役に立つと思ったんじゃない?」

 と言うだけだった。

「それにしても、結局リキゾに行くのならエリカはファルナ様と一緒に行っておけばよかったのに」

「そうだよ。で、どうせだったら俺も連れて行ってくれれば楽だったのに」

「そんなの結果論じゃない」

 ファルナ様と一緒にリキゾに行くつもりが全く無かったわけではないが、今回はお休みを頂こうということは、日程が決まった時から決めていたことだった。それが結局ファルナ様と同じ場所に行くことになるのだから、やはり主従関係に留まらない浅からぬ縁があるのかもしれない。

 

 翌朝、私たちは母に見送られてアルミオーネを発った。船はボリーさんが手配してくれた魔導船で、川を上流に向かって行く。

 昨日ルシアが言っていた新型の魔導船とやらを充ててくれたらしく、燃費が良いばかりか古い型よりスピードも出るようだった。「こいつで行けば日が暮れる前にはリキゾに着くよ。入国審査さえ順調に行けばな」とボリーさんは言った。

 王都の東端から船に乗り込んだ。あくまでも運輸用の船だから荷物が多かったが、ボリーさんは私たち用に一室あてがってくれた。と言っても、ルシアは船員さんとのおしゃべりに夢中だし、私はほとんど甲板で過ごしたから部屋に居た時間は短かったのだけれど……。

 私はファルナ様に随行して王都を離れた経験が何度かあるが、ルシアはそう多くないはずだった。そのせいか、出発前にはいささか興奮した面持ちを見せるルシアにはまだ幼さが残っているように私には思えた。しかしいざ船に乗って、船員さんたちに混じってあれやこれやと手伝ったり、色々と話をしている姿を見ていると「ルシアも大人になったな」と思うのだから、随分勝手な姉である。

 空は快晴、風も無く穏やかな日であった。帆船で川を遡行するのはちょっと辛そうだな、と私は思ったが、行きかう船は上りも下りもほとんどが魔導船だった。王都を離れ街道沿いに東へ向かう。川からでは陸の様子ははっきり見えないけれども、街道沿いは賑わっているというわけでもなく、私の目に自然と飛び込んでくるのは光を抱いて輝く水面だった。船旅はあくまでも穏やかに過ぎていく。


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