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ルシア・ラークス伝  作者: 川上ハルカ
1章 末の姫様
4/5

1-4

行政区画を通り抜け、支流沿いに出ると、人々の喧騒は一層騒がしくなる。船の往来も本流より激しい。支流に架かる橋を渡ると、そこは商業・居住区画である。ある意味ではアルミオーネの中心部は城ではなくこちらと言ってもいい。

 商業区画に入れば賑わいは一層増す。しかし今はその喧騒が心地よく感じられる。街の人々に笑顔で「おかえり」と言われているような気がするのだ。

 ルシアは人混みの中をスイスイと通り抜けて行く。

 するとある店の軒先で声をかけられた。

「おいルシア、ちょうど良かった。お、エリカも一緒か」

「ボリーさんこんにちは。お久しぶりですね」

「お城の仕事はいいのかい」

「ええ、二週間くらいお休みをもらってます」

「そうかそうか。じゃあルシアが喜ぶじゃねえか。二週間もお姉ちゃんと一緒にいられるなら」

「俺はいつまでも子どもじゃねえよ。それでボリーさん、何か用なの?」

「ジェイクから荷物が届いてるんだ。まあ入れよ」

 ボリーさんに促され私たちは店内に入る。

 ボリーさんはジェイクと同年代の男性だ。ジェイクは正真正銘の(という言い方も変だけど)商人だが、ボリーさんの仕事は運送業と言ったほうが適当だろう。七大国の主要都市には大抵支店が置かれ、荷物を捌いている。中心になるのはあくまでもアルミオーネとその他六国を結ぶラインだが、他国間の荷物の流通も生業としている。

「今朝のマランディアからの便で届いたんだ」

 そう言ってボリーさんは木箱と包みを一つずつ持ってきた。

「マランディアから?」

「そう、マランディアなんだよ。あいつ今はノーロンタールにいるんじゃないのか?」

「そのはずですけど」

 ジェイクはここ数年、仕事の拠点を北方のノーロンタールに移している。

「まあ仕事の都合でマランディアにでも行ったのかもしれんな」

 ボリーさんが持ってきた木箱は三十センチ四方くらいのサイズで、妙に重そうである。包みの方はそう大きくない。手紙でも入っているのだろう。

「開けてみていいですか?」

 と、ルシアが言った。

「うーん、構わんとは思うけど……これ。伝票の宛名見てみろよ」

 私とルシアは共にボリーさんの手元を覗き込む。

「あれ? お爺ちゃん宛てだね」

「本当だ」

「マランディアからの荷物ってのはまだ良いとしてもなんでホランド爺さん宛の荷物をアルミオーネに送ってきたのかよくわからねえんだよな。前にもジェイクから爺さん宛の手紙なんかを請け負ったことはあるけどその時はリキゾの住所宛になってたんだがな」

「お父さん疲れてるのかしら」と、父を心配するのは私。

「外国に行ってボケたんじゃねえの」と、ルシア。

「ジェイクのことはなんでもいいんだけどよ、どうするルシア。住所はお前の家になってるからお前が持って帰ってもいいし、爺さんの所に再送してやってもいいけど」

「ん、一応持って帰ろうかな。もしかしたらお母さん宛の荷物も混じっているかもしれないし」

 そう言って木箱の方に手をかけたルシアだったが、

「重っ!」

 と言ってすぐに手を放した。

「ボリーさん何これ。何が入ってるの?」

「伝票には、貴重品在中と書いてある」

「こんな重い貴重品って一体どんな貴重品だよ。ええい、開けてしまえ」

 ルシアは梱包用の縄を解き蓋を開ける。

「随分丁寧な梱包だな」

 蓋を開けてもすぐに中身が見えたわけではなかった。二重だか三重だかに、布で荷物を巻いている。

 ルシアが布も解こうとした時だった。

「ルシア、止めろ!」

「えっ?」

 ボリーさんが突然叫んで、箱から離れる。ルシアだけでなく私も何事かと驚いたが、私はすぐにその理由に気付いた。魔力だ。

「ルシア、それ中身魔石じゃない? あなたは魔力が強い方だから気付かないだろうけど絶対魔石よ。私も少しやられそうだもの」

 魔石自体は決して珍しいものではない。一歩家を出て、十秒探せば見つかるだろう。しかしそのような魔石は魔力の含有量が非常に少なく、抽出不可能な程度の魔力しか持たない。要するに魔石としての価値がほとんどないのである。

 ルシアは慌てて蓋を閉めた。ボリーさんは少し気分が悪そうである。

「ジェイクの馬鹿野郎。なんで魔石を普通の荷物で送ってくるんだ」

 魔力への適応能力は人それぞれである。魔力の強い人間は、魔石が持つ魔力に対抗することができるが、ボリーさんのように魔力の弱い人間は魔石の魔力を一方的に浴びるだけであり、強い拒絶反応を示す。

 人間の魔力は生まれついてのもので、基本的に遺伝せず一代限りの能力とされる。二代三代と続けて魔力の強い人間を産み出す家系があるが、これは全くの偶然で、兄弟のどちらかは魔力が強いけれどどちらかは弱い、なんてことはよくある話である。ただし魔力が強いからと言ってそれが生活になにか役立つかと言えばそうではない。ごく一部の魔力関係の技術者には魔力は必須の能力であるが、普通に生活している上では魔力があろうがなかろうが関係ないのである。何故ならば、人の魔力は人間だけの力で発揮できるものではなく、魔力の発揮には必ず魔石が必要であり、魔石はほとんどが軍の主導で採掘されているのだから、一般人は魔石を手にする機会すら稀だからだ。逆に、魔石が持つ魔力の大小に関わらず、魔石が持つ魔力を本来の魔力にまで引き上げるには人間の手で魔石を「覚醒」させてやる必要があるからだ。魔石が採掘され魔力を抽出するまでには必ず「覚醒」という作業工程が含まれる。覚醒されていない魔石でも微量の魔力は放出しているから魔力の弱い人間が触れることはできないが、魔石を覚醒させるのとさせないのとでは魔力が段違いと言っていい。そして覚醒させきった魔石から、魔力を「抽出」するのである。

 大昔には魔石の採掘及び魔石からの魔力の抽出には魔力の強い人間が不可欠とされていたらしいが、少なくともここ十数年は採掘も抽出も機械化されており、魔力の弱い人間でさえも作業に携わることができる(もちろん作業者の安全を考えれば魔力の強い人間を動員するに越したことはない)。

 また、いささか信憑性に欠ける話だけれども、魔力は、遺伝はしないが地域によって魔力の強い弱いに傾向がある、という見方もある。そしてこのアルミオーネは一般に比較的魔力の強い人間が産まれやすい土地とも言われるが、ボリーさんに至っては皆無と言っていいし、私とルシアの母も強い人間ではない。私の知る限りではルシアが最も強いのは、今目の前でルシアが魔石の魔力と抵抗した(拒絶反応が出なかった)ことからもわかる。

「ルシア、悪いが家に持って帰ってから開けてくれや」

「ごめんボリーさん。大丈夫?」

「ああ、まさか魔石が入ってるとは思わなかったから……というかルシアが開けるまで少しも気づかなかったんだが……。まあとにかくそれは持って帰ってくれ。台車貸してやるから乗せていけよ」

 わかった、と言ってルシアは台車を取りに倉庫へ向かった。

「ボリーさん本当に大丈夫?」

 と、私は声をかけた。

「大丈夫だが……なあエリカ。今のは明らかに魔力だったよな?」

「他に考えられないわ」

「だとしたらいろいろおかしくないか。中身は間違いなく魔石だろう。だがジェイクが変哲もない木箱に魔石を入れて送ってくるとは思えない」

 この世界には、魔力の弱い人間も相当数いるわけで、魔石の運搬には魔力を遮断する専用の箱が用いられている。

「それに、だ。ルシアが蓋を開けるまで魔力は感じなかった。魔力を感じなかったのは俺だけじゃない。マランディアからここまであの箱の運搬に携わった人間の中にも魔力が弱い奴はいたはずなのに、中身が魔石である可能性に気づいた人間はいなかった」

「ジェイクだってそんなに魔力の強い人間ではないですよね?」

「さすがに俺なんかよりは強いだろうが……たしかに、さっきの魔力だったらジェイクだってそう楽ではないはずだ。たとえ覚醒前の魔石だったとしても、後に放出された魔力のことを考えると覚醒前の時点で俺みたいに魔力の弱い人間は触れられなかったと思う」

「ボリーさん、それって……」

「うむ……おそらくジェイクは荷物の中身を魔石だとは気づかずに送ったんだろうな。そうじゃなければあんな木箱に入れて送ってきたことの説明が付かない。事実ルシアが蓋を開ける寸前まで、あの魔石は魔石ではなかったのだろう」

「ただの石だったということですか?」

「そういうわけではないと思う。中身を検めなくてはわからないがただの石をわざわざ送ってこないだろう。ジェイクにしてみれば何かしら意味のある石だったはずだ。それが実は魔石だったっていうだけの話で」

「ということはルシアは……」

 ボリーさんは目を細めてうなずいた。

「あいつ、魔石を覚醒させやがったんだ。そんなに魔力の強い人間だとは知らなかった」

 現在の技術においては、魔石の覚醒さえも機械化されている。魔石の持つ魔力と人間の持つ魔力はお互いが一対となって初めてシンクロすると考えられているが、覚醒(及び抽出)の現場では人間の魔力に近い擬似魔力を魔石に当てて作業を行っている。前時代には魔力の強い人間の手で行われていたというが、それも相当に魔力の強い人間でなければできることではない。それをルシアが行ったと言うのか……?

「ううん、ボリーさん。それはおかしいわ。もし今ルシアが魔石の覚醒を行ったとするなら、今もあの箱の中の魔石から魔力が放出されてなくてはいけない。けれどルシアが手を離し、箱を閉じた瞬間に魔力は途切れたわ。覚醒させたんじゃない。共鳴させただけよ」

「共鳴だけであんなにも一気に魔力が放出されるだろうか?」

 それはたしかに微妙なところだった。「共鳴」とは人の魔力と魔石の魔力がシンクロする段階のことである。「共鳴」の段階から、人から石に、石から人に魔力を与えることによって「覚醒」の段階に進むのであって、普通は「共鳴」させただけでは魔石はそれほどの魔力を放出しない。

 うーむ……、と言ってボリーさんは木箱を睨む。

「なあエリカ、よくわからんが、あの箱の中身は得体が知れない。今の状態では魔力は放出されてないよな? 早い内に、ホランド爺さんに見てもらった方がいいかもしれない。なんてったて爺さん宛の荷物だから。気軽に開けて構わんなんて言わない方が良かったな。なんとなく嫌な予感がする」

 ボリーさんは箱を睨んだままそう言った。

「そうします」

 と、私が言ったときにルシアが戻ってきた。

 リキゾに持っていかなくては、と私は思った。


 今にして思えば、ルシアが木箱を開けた瞬間が、ルシアと私の、アルミオーネの、そして世界の運命が変わった瞬間だった。ボリーさんの店から家に帰るために踏み出した一歩は、七大国を巻き込んだ争乱への一歩であったのかもしれない。


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