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英雄は石に眠り、時の流れと共に世界を駆ける
英雄は伝説となり、記録として時の流れを知る
英雄は永遠となり、人の記憶の中で存在を得る
影の英雄に、心からの愛情を込めて
エリカ・オリウス著『ルシア・ラークス伝』献辞より
一章 末の姫様
水面は常に波が立っている。商人たちの小舟の往来が絶えないためである。陽光は波間を照らし、船影は揺らめく。
アルミオーネに暮す人々にとって、それは日常の風景であった。彼らは遥か昔から、大きな堀に囲まれたアルミオーネ城を中心にして、水の都で暮してきた。この街は歴史上名前を付けられたことがなく、国民にとっては「王都」であり、国外からは「アルミオーネ王都」と呼ばれてきた。国王が居住するアルミオーネ城を中心にして円形に都市が広がっているが、城が建っている土地は周りを堀に囲まれていて離れ小島になっている。しかし、「堀」というにはあまりに大きい堀であった。元々は軍事的な意味合いとして設けられたものであったのだろうが、時の流れと共に徐々に拡張され、現在は立派な「川」であった。
アルミオーネの東方にリキゾという国がある。両国の国境となるのがタンパベイ山脈であるが、タンパベイ山脈から湧き出した水がほぼ一直線に王都に流れ込み、王都においてアルミオーネ城を迂回しつつ、王都の中心部を貫いて西の海へ流れていくのである。もちろんそれは自然な流れではなく、長い時間をかけてアルミオーネの国民が流れを変えていったのである。つまり、アルミオーネ国民は長い時間をかけ、自ら望んで街中を川が横断する水の都を形成し、川を愛したのである。
元々が堀であったせいなのか、川は二重になっている。つまり、中心に城があり、その周りを本流が流れ、本流の外に陸があるが、その陸の外にもまだ支流が円形に流れているのである。内側の陸地は決して大きな土地ではないが、行政区画として管理され、外側の陸地が商業区画と居住区画である。よって、王都はドーナツ状の、世界にも類を見ない「丸い」都市として発達していった。
ルシア・ラークスという男も、水を愛する民の子孫として、アルミオーネ王都に産まれたのであった。多くの都民がそうであるように、ルシアも物心つく前から側には川があり、船があった。だから、将来は自分も王都の川に船を浮かべて商売をするんだ、という想いが強かったのは当然であった。今年やっと十五になったルシアは、幼い頃から思い描いていた夢が実現する日がそう遠くないことを確信していた。
それと同時に、彼は陸地から眺めるアルミオーネの景色が好きだった。王都は丸い都市だから、円の外側を通って端から端へ向うのは一苦労である。自然と橋が多く架けられ、特に商業・居住区画から行政区画方面への支流に架かる橋は多かったが、彼が好んだのはその更に内側の、本流に架かるアルミオーネ城への六本の橋上だった。
その日のルシアは、第一ブリッジの欄干にもたれて、眼下を通る様々な船を眺めていた。アルミオーネ城を中心に伸びる六本の橋は等間隔に架けられ、城の正門向って右側から第一ブリッジ、第二ブリッジ……第六ブリッジと呼ばれている。しかし正門の正面に位置する場所は、ちょうど一本分場所が空いており橋は架かっていない。第七ブリッジがあって然るべき場所に橋は無く、架けられた形跡もないのである。これもドーナツ状の川と同じで、軍事的な、防衛上の問題によるものなのだろうが、ルシアは第一ブリッジから第六ブリッジ、あるいはその逆からの眺めを最も好んだ。
とにかく水運の発達した都市だから、ルシアの眼下を通る船は最新の船が多かった。世界的には魔導空挺が十分に普及し、陸路も魔力を用いた車がチラホラと見られるようになっていたが、アルミオーネに限っては船が発達し、魔石を動力とした船がその中心であった。
「ルシア!」
と、私が声をかけると、彼は振り返って「おつかれさま」と言った。
「見てよエリカ、あれがボリーさんが導入した最新型の魔導船だよ」
私もルシアの隣に立って、欄干から身を乗り出してルシアの指差す先を見る。そこには中型の船が一艘、私たちの方へ近づいてきていた。
「うーん、たしかに綺麗だし新しい感じはするけど最新型なの?」
「燃費が段違いなんだって。従来と同じ魔力で航続距離が倍以上出せるらしい」
ルシアは嬉々として最新型の魔導船について語っていたが、私には正直興味の無い話だった。