キャットファイト
キャットファイトだ、良美!
「キャットファイトって何?」
良美の突然の質問に較が怪訝そうな顔をする。
「何で、そんな単語がヨシの口から出てくるの?」
良美が一通の封筒を見せる。
「キャットファイトへのお誘いね。なるほど、ある程度格闘技に関係する人間でお金が無さそうな人達をターゲットに絨毯爆撃してるって感じだね」
納得する較を良美が促す。
「見せたんだから教えてよ」
較がその封筒をゴミ箱に放り投げて言う。
「一応、女子同士で一対一でやりあうのを指す言葉だけど、実際は、エロオヤジどもが女子同士が組んでほぐれずする姿を見て楽しむ下品な大会だよ。まあ、そんな大会だから金だけは、良いみたいだけど」
「へーそうなんだ」
良美の返事を聞いて較もその話は、終わったものだと思っていた。
「それで、どうして出る事になってるのか聞きたいんだけど?」
キャットファイトの会場の控え室で良美の付き人をやらされている較の言葉に良美が正拳突きをしながら言う。
「異なる格闘技との戦いを体験したくなって」
冷めた目をする較。
「本音は?」
「良華の余計な事を告げ口で、お小遣いが減らされてピンチなんだよ」
較が頭痛を堪える表情をする。
「まともなバイトとか考えないの?」
「そんな事をしたらヤヤと一緒に行動できないじゃない」
良美が真摯そうな目を較に向けた時、較の携帯にメールが着信する。
そのメールを見て較が呆れた顔をする。
「あちきが八刃の会議とかしてる時に面接に行って落ちてたんだ」
舌打ちする良美。
「右鏡と左鏡だな。後で痛い目見せてやる」
「とにかく、こんな大会を出るのは、止めてよ。バイトの件は、あちきの方で何とかするから」
較の言葉に良美が契約書を見せた。
それを読んだ較が肩を振るわせる。
「『負けたり、棄権した場合、リング上で生着替えをします』ってどうしてこんな契約したの!」
怒鳴る較に良美が頬をかく。
「そっちの方がギャラが良かったの。どうせ勝つつもりだったしね」
疲れ果てた顔をする較だったが、気を取り直す。
「契約破棄の手続きしてくる」
そういって部屋を出ようとした時、数人の女子が囲い込む。
「さっきから聞いていたが、ここまで来て怖気ついたみたいだね」
男と見間違うような巨漢の女性が見下す。
「仕方ないわよ。たかが中学の全国空手出場経験くらいじゃね」
失笑するやたら手足が長いロングヘアーの少女。
「覚悟が無い半端者!」
眉が太い柔道着の少女が怒鳴る。
「契約破棄は、あまり勧められない。ここは、ヤクザがバックに居るからね。一回戦で負けたら、比較的まともな衣装への着替えで済むからそれで我慢しといた方が良いわ」
哀れみを見せる全身タイツの美少女。
較が無視して出て行こうとするが、良美が肩を掴む。
「あそこまで言われて引き下がれると思う?」
思いっきり嫌そうな顔をする較。
「……無理だね」
こうして良美がキャットファイトの大会に出る事になってしまった。
一回戦の相手は、巨漢の熊崎明美。
中央で悠然と立つ熊崎明美をにらみ返しながら良美がリングに上がる。
「逃げ出さなかった事は、褒めてあげる。しかし、ここで負ける」
熊崎明美の言葉に良美が不敵な笑みで返す。
「あんたがね」
両者が火花を散らす中、ゴングが鳴った。
『一回戦の始まりです。総合格闘技の熊崎明美は、この大会の常連。その巨漢を利用して対戦相手を圧倒する。対戦相手に辱める事で人気の選手です』
アナウンサーの説明に較がぼやく。
「それって詰り、本人自身は、この大会での需要が無いって事だよね」
『対する初参戦の大門良美は、空手の大会で全国経験がある猛者だが、キャットファイトでその実力をみせられるのか!』
アナウンサーが絶叫する中、熊崎明美が突進する。
「死ねー!」
『これは、熊崎明美得意のベアータックルだ! これまで何人の選手がこれで破れていったことか! 大門良美は、避けられるのか!』
興奮するアナウンサーの言葉と裏腹に良美は、動かず、タックルを喰らい、後方に飛んだ。
会場の誰もがダウンからの熊崎明美の寝技による良美の痴態を期待した。
しかし、タックルを喰らった良美は、平然と後方で着地し、逆にタックルを放った筈の熊崎明美がリングに突っ伏したまま動かない。
『どうしたんだ! 何が起こったというのか!』
アナウンサーが困惑していると良美を囲んでいたうちの一人、全身タイツの美少女、蛇塚玲子がマイクをとり解説する。
『大門良美は、タックルを喰らう直前に後方に跳び、タックルの威力を殺した上、膝をタックルを狙って低くなった熊崎明美の顎に入れていたのよ。完全にカウンターを取られた以上、立てないわ』
解説通り熊崎明美は、立てず、良美の勝利が告げられた。
会場全体からブーイングが起こる中、嫌そうにアナウンサーが告げる。
『これより、熊崎明美によるスクール水着への生着替えです』
会場も一部を除いてテーションが下がる中、悔しげな顔をする熊崎明美が服を脱ぎ、スクール水着を着る。
そのサイズが合わないため、ピチピチのスクール水着姿に会場から爆笑が起こる。
『これは、我々が期待していた物とは、違いますが楽しいものが観れました!』
アナウンサーの下品な言い方に良美が苛立つ。
「ある程度は、予想してたけど見ていて面白いもんじゃないな」
「当たり前じゃない」
作り笑顔の較を見て良美が軽く引く。
二回戦、良美の相手は、スパッツをはいた手足の長いロングヘアーの少女、鹿原裕香。
『二回戦、最初の試合は、本場タイにも留学経験がある鹿原裕香。ムエタイが立ち技最強を証明するのか!』
余裕たっぷりの表情を見せる鹿原裕香。
「パワー馬鹿の熊崎明美に勝ったからっていい気にならない事ね。所詮、空手なんて立ち技では、ムエタイの前では、格下だって事を教えてあげるわ!」
「自分の流派の自慢する奴ほど、弱いんだよ!」
良美も答え、両者が構える中、ゴングが鳴った。
直ぐに動いたのは、鹿原裕香。
足を止める為のローキックを放つが良美は、それを受けても平然としている。
「空手を舐めないでよね。その程度の蹴りは、何十発喰らっても平気よ」
「多少は、鍛えてるみたいね。だけど、これは、どうかしら」
更に接近して肘を放つ鹿原裕香。
『これは、キツイ。組み合いが無い空手では、至近距離からの肘には、対応出来ないか!』
アナウンサーががなるが、良美は、相手の肘に自分の肘を合わせた。
「流派に拘るから、意外と思うんだよ」
良美は、全身を捩じりこみ、ほぼゼロ距離から拳を撃ち込んだ。
『これは、かなり無理がある体勢からのパンチです。これでは、有効なダメージは、与えられないと……』
アナウンサーの言葉の途中で鹿原裕香が倒れた。
『どうしたのでしょうか! あんな力が入っていないパンチで何故、打たれ強いムエタイ使いの鹿原裕香がKOされたのでしょうか!』
興奮するだけでまともな実況も出来ていないアナウンサーの代りに蛇塚玲子が解説する。
『捩じりこみをつかって、足から破壊力を手に伝えたのよ。さっきの肘といい、純粋な空手家とは、違うみたいね』
驚きが冷め切らぬ内に、鹿原裕香の生着替えが始まる。
「生足最高!」
「その下着売ってくれ!」
顔を真っ赤にしながらも服を脱ぎ、穴だらけのブルマと体操服に着替え、そのままリング上を歩かされる鹿原裕香。
フラッシュが焚かれ、俯きながらも鹿原裕香は、屈辱に耐え切り、リングを後にした。
悔し涙を堪えながら去っていく鹿原裕香を見送りながら良美が頭をかく。
「勝ったのに、すっきりしない」
「……当たり前だよ」
無表情の較の言葉に良美が、嫌な予感を覚え始める。
準決勝、良美の相手は、柔道着を来た太眉少女、犬山弥生。
『遂に準決勝、世界柔道大会に出た事もある犬山弥生。病気の母親と沢山の妹と弟の為、死んでも勝つ気迫でここまで勝つ抜いてきました。その気迫にお小遣い目的の大門良美が勝てるのでしょうか?』
アナウンサーの悪意テンコ盛りの実況の中、犬山弥生が断言する。
「家族の為に、僕は、絶対に勝つ!」
そんな犬山弥生を見て良美が複雑な顔をする。
「家族の為って大切な柔道を穢してるって顔だよ。残念だけど、そんな相手には、あたしは、負けないよ」
開始のゴングと同時に特攻してくる犬山弥生。
良美の正拳が何発も決まるが犬山弥生は、怯まず、組み付いた。
「これでおしまいです!」
一気に一本背負いを決める犬山弥生だったが、投げられた良美は、その状態から犬山弥生を引きずり倒し、一気に絞め技に入る。
「こんな技に負けません!」
必死に堪える犬山弥生だったが、良美が更に力を入れるとおちてしまった。
『これは、どうした事だ! 柔道の犬山弥生が絞め技でおとされてしまったぞ!』
予想外の展開にアナウンサーが驚き、恒例になりつつある蛇塚玲子の解説が始まる。
『オチ癖がついていたの。犬山弥生は、練習で何度も絞め技を喰らっている内に、体が勝手に気絶する様になっていたのよ』
そして、水をかけられ意識を取り戻した犬山弥生にも当然、生着替えが待っていた。
柔道着とアンダーシャツを脱いで下着姿になった犬山弥生は、先ほど水をかけられた所為で、下着が肌に吸い付き、体に密着し会場を沸かせる。
『これは、まだ童顔の犬山弥生の股間のラインがくっきり浮き出ています!』
望遠レンズが犬山弥生の股間に集中する中、犬山弥生が躊躇していたが、一気に下着を脱いで、用意されていたハイレグの水着をサポーター無しで着る。
体が濡れてる事もあり、大切な所がほぼまるだしの状態であった。
裸と変わらない状態にも関わらず犬山弥生は、胸を張ってリングを回って、リングを後にした。
「えーと彼女を援助した方が良いと思う」
良美が様子を伺う様に較を見る。
「……」
何も言わない較に良美の中でレッドランプが鳴り始める。
決勝戦、解説もやっていた蛇塚玲子が良美の前に立っていた。
『今宵のイベントもこれが最後! 前回チャンピオン蛇塚玲子に挑戦するのは、突如現れた新星大門良美! さあ、勝利の栄冠は、どちらの手に!』
アナウンサーのボルテージも最高に高まる中、会場も盛り上がる。
「やっぱりチャンピオンが勝つだろう」
「いやいや、挑戦者も強い。それに蛇塚玲子の生着替えも見てみたいぜ」
「あっちの生意気な大門良美って奴が始めての生着替えで泣く様が楽しみだぜ」
良美は、リングサイドで高まる殺気に冷や汗を垂らしていると蛇塚玲子が声を掛ける。
「ようやく、ここの緊張が解ってきたみたいね。でも、遅かったわね。決勝で負けたらトップレスで褌。褌の締め方なんて解らない貴女じゃ、途中で緩むかもしれないわよ」
良美が背後の殺気に緊張しながら言う。
「そんな事より早く始めよう。少しでも早く終わらせないと爆発しかねない」
高笑いをあげる蛇塚玲子。
「緊張の糸が切れそうなのね。良いわよ。直ぐに終わらせてあげる」
最後のゴングが鳴り、蛇塚玲子が無造作に近づく。
良美のハイキックがまともに入ったが、蛇塚玲子は、変わらない様子で接近してくる。
「今の感触、受け流したって訳だ。まともな技は、効き辛いって所?」
良美の問い掛けに妖艶な笑みを浮かべる蛇塚玲子。
「気付いたのは、貴女が始めてよ。今までの戦いといい、貴女は、実戦を知っているわね?」
蛇の様な撓る手刀をかわしながら良美が言う。
「色々あってね。そういう貴女は、どこの流派って訳でも無い見たいね」
あっさり頷く蛇塚玲子。
「そう、私の師匠は、バトルに参加していたA級闘士。まあ、素人の貴女に言っても解らないでしょうけどね」
苦笑する蛇塚玲子に良美が軽く驚く。
「A級闘士ね。そいつに習っていたんだとしたら、普通じゃない技もありそうだね」
「知ってるの?」
意外そうな顔をする蛇塚玲子に良美が頷く。
「バトルの闘士だったら、知り合いに何人も居るからね」
「なるほど、強い訳ね。だったら、手加減は、不要ね」
蛇塚玲子の動きが変わる。
先程まで悠然とした動きから良美より高い背丈を這う様な低姿勢にしてにじり寄る。
その様は、まさに蛇の様だった。
ゆっくりとした動きから射程に入った刹那、加速し、一気に噛み付くような手刀が放たれる。
良美の頬から血が吹き出る。
「首を狙ったのに、いい勘しているわ。でも次は、どうかしらね?」
獲物を狙う蛇の様に腕を左右に振り、タイミングを取らせない蛇塚玲子。
良美が、深い深呼吸をして目を瞑った。
『おーと、大門良美、頬を切られて、戦意を喪失したか!』
アナウンサーの見当違いの解説と違い蛇塚玲子が冷静に告げる
「余計の感覚を遮断して、攻撃の気配を掴むつもりでしょうけど上手く行くかしら?」
蛇塚玲子は、その後、音を立てずに後ろに回りこみ、必殺の一撃を放った。
しかし、その一撃は空を切った。
飛び上がった良美の落下しながら放った踵落しが蛇塚玲子の脳天に決まった。
「流石に上からの打撃は、受け流せないでしょ?」
リングに倒れた蛇塚玲子が悔しそうに言う。
「攻撃の気配は、完全に消した筈よ。どうやってタイミングを悟ったの?」
良美が極々当然の様に答える。
「どうやってて、観客の歓声が変わった瞬間だよ」
苦笑する蛇塚玲子。
「あたしが馬鹿だった様ね。目の前の相手しか見ず、観客の事を忘れた時点で敗北が決まっていたわ」
よろけながら立ち上がる蛇塚玲子は、恥かしがる事無く、裸になり、褌を締めてリングを周回する。
観客が喜ぶが、唯一リングに残っていた良美は、その様子に天を仰いだ。
「そろそろ限界かもね」
そんな中、数人のヤクザ風の男達が参加選手を着替えさせたままの格好のまま連れてきた。
『これからがメインイベントです。先程まで戦っていた美少女達の今宵の対戦相手を決めるオークションの開始です』
それを聞いて参加選手達もざわめき、蛇塚玲子が詰問する。
「どういうこと? そんな話は、聞いていないわよ!」
ヤクザ風の男が卑しい笑みを浮かべて答える。
「いままでよりお互いに儲かる方法を考えただけさ。安心しろよ。ちゃんと売り上げ金額の一部は、お前達にくれてやるからよ」
「ふざけないで! 私達は、自分の誇りを懸けて戦ったのよ。負けて屈辱を受けるのは、受け入れてもお金で体を売る様な真似は、しないわ!」
蛇塚玲子の言葉に多くの選手が同意する中、ヤクザ風の男達が馬鹿笑いをする。
「そんな褌姿で大見得きっても、お笑いなだけだ!」
そんな中、ヤクザの一人がリングサイドに居た較に近づく。
「ついでだ。お嬢ちゃんもオークションに参加するか?」
それがリミットだった。
『バハムートブレス』
較に話しかけた男が壁にめり込んでいた。
リングに残っていた良美が精一杯の作り笑顔で言う。
「ヤヤ、あんまり派手な事をすると希代子さんに怒られるよ」
「……関係ないよ」
殺伐とした空気を纏った較に誰もが一歩後退し、良美が諦める。
「皆、リングに上がった方が安全だよ」
「安全って、あの子、何をするつもりなの?」
蛇塚玲子が戸惑いながらの質問に良美がため息を吐きながら言う。
「久しぶりにノンデッドクラッシャーの本領発揮って所だろうね」
その一言に蛇塚玲子が叫ぶ。
「皆、早くリングにあがりなさい!」
促されてリングに上がる参加選手達にヤクザ風の男達が首を傾げる中、較が凄惨な笑顔で告げる。
「契約にならない事をヨシにやらせようなんてしたんだから覚悟は、出来てるよね?」
較が腕を振り上げる。
『フェニックスウイング』
炎がヤクザ風の男達を焼きあげ、その余波は、容赦なく観客を巻き込む。
『なんだこの炎は!』
アナウンサーが叫ぶ中、近くに落ちていたマイクを拾い、良美が説明する。
『あたしのセコンドに居た子の名前は、白風較、オーガプリンセスヤヤって別名もある。賭け試合の世界では、ノンデッドクラッシャーって呼ばれる程の壊しや。命だけは、助かるけど、それ以外は、諦めて』
観客の一部が悲鳴を上げて逃げ出す中、ヤクザ風の男達は、拳銃やドスを取り出して応戦しようとするが、弾丸もドスも較の肌に弾かれる。
『バジリスク』
全身の骨を砕かれ、人と思えない悲鳴を上げて人として終わっていくヤクザ風の男を客席に投げつけ被害を広げながら次のターゲットに歩み寄る較。
「来るな!」
ヤクザ風の男達は、拳銃を乱射するが、直ぐに弾も切れる。
「死にたくねえ!」
逃げ出そうとする数名。
『ヘルコンドル』
較が生み出したカマイタチが逃げ出そうとした男の足を切り裂き、逃亡を防ぐ。
「殺されてたまるか!」
ドスを構え決死の突込みを試みる男も居たがその刃は、較に突き刺さる事無く砕け散る。
無造作に掴まれた男が観客席まで投げ飛ばされる。
「やっぱ、観客にも怒っていたみたい」
良美が顔を引きつらせる中、熊崎明美が言う。
「何なんだあの化け物は!」
「ノンデッドクラッシャー。そういう通り名を持つ、私の師匠と同じ元バトルのA級闘士。その名の謂れは、相手を殺さず破壊する事から来てる。破壊するというのは、人間として終わらせるって意味だって聞いていたけど、その意味がようやく理解できたわ」
蛇塚玲子が戦慄しながら答えると鹿原裕香が半狂乱の男達の最後の抵抗、ドスでの滅多切りを喰らっている較を指差して叫ぶ。
「非常識よ! 何処の世界に刃物で切られて平気な人間がいるのよ!」
良美が遠い目をして言う。
「あれって、内気孔の一種で、気を収束して皮膚の防御力を高めてるらしいよ。実際、そんな事が可能なレベルの気の使い手ってそう居ないらしいけど」
『インドラ』
雷撃がヤクザ風の男達に直撃し、行動不能に貶める。
「今、電気放ってたよ」
犬山弥生が呆然と呟くと蛇塚玲子が信じたくないって表情で告げる。
「バトルのA級闘士は、ああいう魔法じみた技を身につけている人が殆どらしいですよ。私の師匠は、もってなかったですけどね」
「確かに鼠を自由に操ったり、樹木を操るとか色々居たね」
良美が目の前の現実から目を逸らして過去を思い出す。
『シヴァ』『イーフリート』『ラムウ』『タイタン』
氷の塊、炎の乱舞、雷の閃光、地震の衝撃が会場を蹂躙していく。
阿鼻叫喚の様子にリング上に避難していた選手達も震え上がる中、良美がヤクザ達の落し物から携帯を探し出して電話をかける。
「希代子さんですか。ヤヤがぶち切れちゃったんで、フォローをお願いします」
『何があったの?』
電話相手、希代子の問いに良美が少し悩んだ後答える。
「あたしがキャットファイトに参加したんですけど、そこの連中が敗者に生着替えをさせたあげく、最終的に売春をやらせようとしたんです」
『うちのヤヤがそっちの方面で切れ易いの知ってるでしょう! お願いだから余計な仕事を増やさせないで!』
希代子の切実な訴えに見えてないのに頭を下げる良美。
「以後、気をつけます。そろそろ止めるんで切ります」
小言の予感に素早く電話を切って良美が増援を観客席に砲弾のように投げつけ続ける較を見る。
「止めるって、あれを?」
信じられないって顔をする蛇塚玲子に良美が頷く。
「いい加減にしておかないと死人が出そうだからね」
無造作に較に近づく良美が近づくとライオンや歴戦の軍人すら逃げ出させる闘気を駄々漏れさせる較が振りかえる。
「ヤヤ、そろそろ切り上げ時だよ」
暫く良美が待っていると、凄く不満気に舌打ちして較が拳を下ろす。
『ケットシードレス』
溢れ出していた闘気を覆い隠す較。
「後始末をどうしてくれようか。いっそ、このまま会場ごと亡き者にするのも良い手かも」
「死人は、不味いでしょう。それに被害者も居る事だし、穏便な方法ですまそうよ」
良美の口ぞえで会場の男達の命だけは、救われた。
リングに戻ってきた良美に蛇塚玲子が告げる。
「あんな化け物とさしで話せる人間を相手に勝とうなんて私達も馬鹿だったわ」
他の選手も一斉に頷くのであった。
契約違反の賠償金を含めて参加選手には、経営会社が破綻する程の支払いが行われた。
会場に来ていた観客もその事実が、身内や会社に知らされて、今後の人生に大きく影響を与えられてしまった。
そんな中、優勝した良美にも大金が渡される支払われたが、希代子から母親の鶴美に報告され、数時間におよび説教の後、全額没収の憂目にあうのであった。