暗の経典
漆黒の館、そこで待つ邪神とは?
「それでどうやって入るの?」
良美の問い掛けに較は、『影の経典』を取り出す。
「これを使えば簡単なんだけど、そういう手段を使わない人達もいるみたいだね」
較が指差す方向に何機かのヘリがあり、そのヘリから何人もの人が突入を開始した。
「多分、ダークバトラーが言っていた、浮世の義理、今回の件に関わっていた組織の人達だと思う。抜け駆けされたと思って慌てて突入してるんじゃないかな?」
較の説明に良美が眉を寄せる。
「結局、どういう関係なのよ?」
較が『影の経典』を弄りながら答える。
「これの情報を流したのがあいつらなんでしょ。その見返りに『漆黒の館』に関する山分けを提案してたって所だろうけど、ものの見事に出し抜かれたみたいだけどね」
「そもそもどうして『影の経典』が神田にあったんでしょうか?」
マッキーの当然の疑問に較が難しい顔をする。
「あの古本屋の出入り口は、イギリスにもあったって可能性があるくらいしか思いつかないけど」
「だったら、マッキーもイギリスの入り口から入れば良かったんじゃないの?」
良美の指摘に較が手を横に振る。
「それは、多分無理。あの店は、空間座標的には、神田にあるの。他の場所から出入りした記録は、何度かあるけど、神田みたいに頻繁に入り口が繋がらないみたいだよ」
「ふーん、色々と面倒。それより、さっさと入ろうよ」
良美の言葉に較が頷き、『影の経典』を天に、闇の塊に突き出すと、較達は、闇に吸い込まれていった。
「ここが『漆黒の館』、どっかの西洋館みたいだね」
良美の感想にマッキーも頷く。
「嫌な気配は、いっぱいあるけどね」
較が周囲を警戒する中、奥から悲鳴が聞こえる。
「止めてくれ!」
銃撃の音が響いた後、更に悲鳴があがる。
「喰われたかな?」
較が物騒な事を言うとマッキーが青褪める。
「やっぱり化け物が居るんですか?」
較があっさり頷く。
「そうだね。俗に闇の眷属って呼ばれる化け物の気配がそこら中から感じる。だから『闇の経典』を確り持っていてね」
較がそう言いながら『影の経典』を良美に渡す。
「これが何になるんですか?」
マッキーが『闇の経典』を見ながら尋ねると較が答える。
「正式な招待客とされ、攻撃されない筈だよ。中にそう書かれていた。だからダークバトラーは、『暗の経典』を持って中に入った。逆を言えば、最初から、他の奴らには、何も渡す気が無かったって事だね」
「なるほどね。本を持っていない限り、化け物に襲われるだけだもんな」
「それじゃあ貴女が危険なんじゃ!」
マッキーが慌てるが、迫り来る闇の眷属に手刀を振るう較。
『オーディーン』
「ヤヤが危険な訳無いじゃん」
良美の一言にそのまま進むことになった。
暫く進む内に較が眉を寄せて訝しむ。
「おかしい。何かが変だよ」
「何がおかしいですか?」
マッキーの問い掛けに較が首を横に振る。
「解らない。でも、何か予測と違うんだよ。敢えて言うならすんなり進みすぎてる」
「すんなりって……」
マッキーは、背後の闇の眷属の死骸を見る。
「あれって障害じゃないって意味だよね?」
良美の言葉に較が苦笑する。
「そういう訳じゃない。さっきからあちき以外が襲われていない。詰り『闇の経典』か『影の経典』を持っていれば安全に進めるって事。なのにどうしてダークバトラーは、態々返したのか。納得いかないよ」
「律儀な性格してるんじゃないの?」
良美の答えにマッキーが嫌そうな顔をする。
「そんな訳、無いですよ。でも、そうだとしたら、本当に何があるんでしょうか?」
「それが解らないから、困ってるの。このまま進むのは、危険かも」
躊躇する較の背中を良美が叩く。
「気にしない。危険は、承知の上。サクッと終わらせようよ」
微笑する較。
「本当にいつも単純なんだから。とにかく進むけどマッキーも気をつけてね。それと『闇の経典』に固執しないで。下手をするとそれ自体が罠の可能性があるから。いざとなったらあちきが護るからそれを捨てて」
「解りました」
マッキーは、緊張した面持ちで頷く。
そして、較達は、館の一番奥の部屋に到達した。
ドアを開けるとそこには、ダークバトラーが居た。
「これは、これは、もうご到着ですか。しかし、もう手遅れです。既に我等が崇める神は、復活なされる」
ダークバトラーの背後の蝋燭が一斉に火が燈る。
闇を無数の蝋燭の灯りが照らす中、一つの人影がその中心から現れた。
『我は、この『漆黒の館』の主、漆黒蝋なり』
それは、言語を超えた強烈なテレパシーだった。
「ヤバイ、かなり高位だ」
較が冷や汗をかく。
「漆黒蝋様、そのお力でこの世界を暗黒の世界にしてください!」
歓喜の声をあげるダークバトラー。
「相手が強くっても諦めないよね?」
良美の言葉に較が頷き、直ぐにでも攻撃できる様に気を高め始めた。
『御免なさい。我には、その様な力は、ありません』
漆黒蝋の答えにその場の空気が固まった。
長い沈黙の後、顔を引きつらせたダークバトラーが問う。
「まさか、貴女のお力でも世界を暗黒に包むことは、出来ないというのですか?」
『力の大小の問題じゃないの。元々、我の力は、闇を照らす光の力なのよ』
そういって漆黒蝋は、手の上に光を生み出し、温和そうな女性の顔を見せた。
「どういうこと?」
困惑するマッキーの一言に較が疲れた顔をする。
「なるほどね、名前やその眷属で勘違いされてたけど、この人の属性は、光なんだよ」
「でも、『漆黒の館』の主でしょ。それに闇の眷属だっていっぱいいたじゃん」
良美の指摘に較が答える。
「主の名前の一部がある館なんだから間違いないし、闇の眷属って言うか、さっきの奴ら影の眷属だったんだよ。近いから勘違いしていた」
「どう違うの?」
マッキーの突っ込みに較が補足する。
「簡単に言えば、闇の眷属は、闇に住み、その範囲を広げようとするけど、影の眷属は、光がある事が前提だから光の属性の漆黒蝋に従っていたんだよ」
「そんな馬鹿な話があるか! 私は、この日の為に全てを犠牲にしてきたのだ! 全ての者に等しき闇を与える為に!」
ダークバトラーの叫びを聞き、漆黒蝋が哀れみの表情を浮かべる。
『心の闇に支配された可愛そうな人。そんな貴方を我は、救います』
ダークバトラーの胸に漆黒蝋が手を当てると次の瞬間、ダークバトラーが笑顔になった。
「あれ、僕は、何で世界を闇に満たそうとしてたんだろう。やっぱり世界は、明るくなきゃいけないよね」
その様子をみた較が目を見開いた。
「凄い変わりよう。神様の力って凄いんだ」
感心するマッキーを尻目に較は、ダッシュしてダークバトラーの『暗の経典』を奪い、駆け戻る。
「ヨシ、マッキー。本を出して!」
「いきなり、どうしたんですか?」
マッキーが戸惑っていたが、良美は、直ぐに答え『影の経典』を取り出してマッキーに近寄る。
較は、マッキーから『闇の経典』を奪い重ね合わせる。
「『闇の経典』、『影の経典』、『暗の経典』よ、その暗黒の力を持ちて、『漆黒蝋』の光を封じろ!」
『あらあら、その様子では、まだ八百刃達の天下の様ね。それじゃ、もう暫く、この『漆黒の館』でゆっくりしていましょうか』
背後にあった蝋燭の火が闇に包まれて漆黒蝋が、消えていった。
「いきなりどうしたの?」
状況が把握できないマッキーと良美を抱えて較が駆け出す。
「詳しい事情は、後で、いまは、再び封印されるここから脱出するのが先!」
こうして帰り道にも現れた影の眷属を蹴散らし較達が脱出するとほぼ同時に『漆黒の館』は、消えていった。
八刃の施設の一つ、そこで待たされていたマッキーと良美のところに較が戻ってきた。
「本の解読結果が出たよ。あの三冊は、封印解除の為の本じゃなかった。『漆黒蝋』の封印を行っていたの。マッキーの家にあった伝承は、封印の力を失うって意味だったんだよ」
「結局の所、ヤヤさんが誤読してたんですよね?」
荷物の回収に来ていた七華の言葉に較が渋々頷く。
「揃えると蘇るって感じに書かれてたからてっきり封印解除の本だと思ってた。あわせる事で封印し、離れる事でその暗黒の力を均等に放ち続けて封印をし続けるって封印の本だったの。ダークバトラーが『闇の経典』と『影の経典』を残して行ったのは、合わせると再び封印される事を知っていたからだろうね」
そこまで説明した所で良美が手を上げる。
「根本的な質問なんだが、どうして『漆黒蝋』は、封印されていたの?」
較が眉を寄せる。
「精神操作。人間同士でも嫌われるこの力だけど、今、権力を持つ神々の中では、直接的な精神操作は、禁じられているの」
「そうなんですか?」
神々の話になって目を白黒させるマッキーに較が頷く。
「神々から人間への精神操作を行えば、それは、単なる操り人形と同じになってしまう。それでは、人間の進化が行われないって全面的に禁止なの。まあ、間接的な物は、ある程度は、認められてるらしいけど、『漆黒蝋』がやったみたいな、性格が一変するような精神操作なんて論外なんだよ」
「つまり、あの本が揃えて『漆黒蝋』に会いにいくって事は、『漆黒蝋』が精神操作をやらない様に反省したか確認しに行くって意味だったんだ」
良美のまとめに七華が頷く。
「そうそう、だから三人が個別に持つことを前提にされてたの。あのやり方は、万が一、確認しに行った誰かが精神操作でおかしくなっても直ぐに再封印出来るようにだよ」
「でも、人を明るくする神様だったら邪神じゃない気がしますけど」
マッキーの言葉に較が部屋にあったテレビをつけてニュースを映す。
『本日、競馬等の賭博施設で、損失を出していた人間が突如、全財産を賭け、失うと言う状況が多発しています。周囲に居た人間の話では、損失に落ち込み、帰ろうとしていた所、突然明るくなり、次のレースで取り戻せば問題ないと言って全財産を賭けはじめた様です。しかし、偶にある状況だと思われますが、先生どう判断しますか?』
『一部の人間がこの様な行動を起こす事は、良くあることです。しかし、今日の事態は、異常です。多くの人間が負ける事を考慮せずに勝つという希望的観測のみに従い行動を起こしたのですから。件数が件数だけに特殊な薬が撒かれた可能性も考えられます』
較が補足する。
「これがあったのが、『漆黒蝋』が封印から解放されていた時。あの短時間で、神田を中心とした数十キロで、ギャンブルに負けたとか、恋人にふられたとか負の感情をもった人達が一気に明るくなった。良い方向に向かう人も居ただろうけど、落ち込むべき時に落ち込まないで行動するってろくな事が起こらない筈だよ」
そこに右鏡が来た。
「現状の一時調査結果ですけど、ギャンブル関係で破産した人が数千人。勘違い男のレイプ事件が数十件、犯罪行為に及んだ人が数百人。多分、まだまだ増えると思われます」
「こっちの被害も酷い。多分、上手く行くだろうと危険な実験を断行して、研究所を爆破した博士も居るみたいですよ」
続けざまの左鏡の報告に較が頭を抱える。
「おもいっきり判断ミスした。まさか、精神操作系の能力を持つ邪神が封印されているんだったら、結界を優先すべきだったよ」
マッキーも顔を引きつらせる。
「あのーやっぱり私にも責任が……」
較が遠い目をして言う。
「気にするなって言えないけど、個人で背負えるレベルの被害じゃないよ」
言葉に詰るマッキーの背中を良美が叩く。
「悪い風に考えるな。あたし達が行動したから、被害が小さくすんだと思えば良いだろう」
「そうですかね?」
戸惑うマッキーに較が眉を寄せながら言う。
「まあ、そういう判断も出来るよ。あちき達が関わらなくても奴等は、『漆黒蝋』の封印解除をしてただろうからね」
悩むマッキーに較は、『闇の経典』を差し出して言う。
「責任を感じているんだったら、この本をお願い。この本が貴女の家にずっとあったのは、貴女の家の人間が『漆黒蝋』の見極め役に選ばれたんだろうから。これからは、ちゃんと言い伝えていってね。また百年後、同じ事件が起こったらそれこそ目も当てられないから」
マッキーが『闇の経典』を受け取る。
「解りました。子々孫々、この事実を伝えていきます」
マッキーがイギリスに帰り、八刃の必死な隠蔽工作で『漆黒蝋』の事件は、終わった。
その痕跡は、何処にも残ってないように見えた。
数週間後の白風家の夕食後。
「ヤヤ、テレビを観てみろよ」
良美に言われて洗い物をしていた較がやってくる。
「どうしたの?」
「テレビに面白い奴が出てるぞ」
良美に言われてテレビを観る較。
『はーいダークバトラーのバトちゃんでーす。今夜も世界中の人を明るくしちゃうぞー!』
そこには、無節操な明るさを振りまくダークバトラー(芸名)の姿があった。
較は、画面から目を逸らして立ち上がる。
「さて洗い物の続きをしないと」
「おーい、現実を直視しろ!」
良美の突っ込みをひたすら無視する較であった。