影の経典
謎の古本屋、そしてダークバトラー再び
「おじゃまします」
良美が挨拶しながら古本屋の中に入る。
「中は、普通の古本屋みたいだけどね」
良美が周りを見回す中、マッキーも恐る恐る入っていく。
較が入ろうとした所で店主の声が響く。
『白風の小娘、あんたが普通に出入りしたら結界が壊れちまう。ちょっと待ってな』
暫くすると空中に輪が浮き出てくる。
『そこを通りな』
「はいはい」
較が輪を器用に潜り、店内に入る。
「……随分とたくさんの本がありますね」
戸惑うマッキーに普通に探索する良美。
「ワンピースやこち亀もおいてあるぞ」
そんな中、較が一冊の本を取り出して言う。
「『青竹の魔王』の原書なんて、まだ現存してたんだ」
「それも闇の経典の様な本なのですか?」
マッキーの言葉に較が首を横に振る。
「そんなレベルじゃないよ。これ一冊で小さい国一つくらい壊滅させられる魔王を呼び出せる。危険度が高すぎて、全部回収、焚書されたって聞いてたけどな」
マッキーの顔が引きつる中、店主があっさり答える。
『うちには、回収役の連中も来なかっただけさ』
較が本を戻しながら言う。
「でしょうね。誰が好き好んで見るだけで自我崩壊する本が点在する古本屋に来ませんよね」
「見るだけって冗談ですよね?」
マッキーの希望を込めた問い掛けに較がマッキーの手を載せている本を指差して言う。
「それね、魔女にすら本当の魔女と恐れられた人が書いた本で、見ているだけで精神が支配された挙句、読み終えたら世紀の猟奇札犯罪者になるって話だよ」
「うっそー!」(英語)
飛びのいたマッキーが背後の本棚にぶつかり数冊の本が落下し、その一冊が開き、その中から、人の内臓を思わせる禍々しい化け物が飛び出してくる。
「神よ!」(英語)
マッキーが目を瞑り神に祈りを捧げる。
『コカトリス』
較が化け物に掌打と共に放った破壊の衝撃波で化け物は、崩壊する。
『店内で騒ぐんじゃないよ!』
店主の小言に較が本を片しながら答える。
「はーい。マッキーも気をつけなよ」
「ここは、人外魔境ですか!」
マッキーが大声を出す。
『騒ぐんだったら店をおん出すよ!』
店主が怒るので較が口を押さえて告げる。
「とりあえず、あちきの傍に居れば大丈夫だから騒がない」
涙目になりながらも頷くしか無かった。
暫くの探索の後、較が目的の本、『影の経典』を見つけた。
「意外と楽に見つかったね」
較の発言にマッキーがジト目をする。
「意外と楽ですか?」
較が強く頷く。
「途中、天使との交戦と悪魔の謎解きがあっただけじゃん」
「どういう予測をしていたのかを聞くのは、止めておきます」
マッキーが懸命な判断をする中、良美がコミックの前から動かない。
「後、もう少しで読み終わるから待ってて」
較がそのコミックもまとめてレジに持っていく。
「全部まとめて下さい」
『六千円だよ』
店主の提示した金額を台に置くと消えていく。
「さて、帰りますか」
本を持って出て行く較達。
「この本ってそんなに安いんですか?」
不安そうな顔をするマッキーに較が苦笑する。
「振り返ってみなよ」
マッキーが言われた様に振り返るとさっきまであった筈の店が無くなっていた。
「どういうことですか?」
「神田の七不思議。行き場の無い本が集まり、そしてその本と縁がある読み手の前だけに現れる古本屋。今回は、闇の経典があちき達をあの本屋に導いてくれたんだよ思うよ」
較の説明にマッキーが闇の経典を見る。
「この本が……」
「そんな所にどうしてワンピースやこち亀があるの?」
良美の突っ込みに較が良美の両手に下げられた紙袋を指差して言う。
「続きすぎて置き場が無くなったんでしょ」
「なるほど。まあ、ヤヤの家に置いておくから良いけどね」
納得する良美に較がため息を吐く。
「この頃、家にあちきの物より良美の物が多い気がするのは、気のせい?」
「気のせい!」
良美が断言するのであった。
「さて、影の経典も見つかったけど、これからどうするの?」
近くのファミレスで食事をしながら今後の事を話す較にマッキーが困った顔をする。
「私は、てっきり、揃えれば自然に力を失うと思っていたんだけど……」
「あたしは、揃えた瞬間、『漆黒の館』が召喚されると思った」
オージービーフフェアの目玉のステーキーを食べながら良美が言うとマッキーが苦笑する。
「まさか、そんな事がある訳ないじゃないですよー」
較が二冊を飛ばし読みしながら言う。
「多分、ヨシのよみがあってる。この経典を揃えると『漆黒の館』が復活する様になってるよ」
「冗談は、止めて下さい!」
思わず立ち上がるマッキーに較が紅茶を飲みながら答える。
「この経典は、ある種の儀式魔法装置で、『漆黒の館』を召喚する儀式を常に行っているのと同じ意味を持っているの。揃える事で、儀式が成立するんだと思う」
「だったらどうして、まだその『漆黒の館』が現れていないんですか?」
マッキーの指摘に較が答えようとした時、一人の美形が現れた。
「マッキーさん!」
マッキーが声の方を向き、歓声を上げる。
「クッダさん、生きていたんですか!」
駆け寄るマッキーに良美が眉を寄せる。
「誰だ?」
「多分、マッキーを護って死んだと思われていた人じゃない?」
較の答えに良美が神妙な顔をする。
「マッキーって意外と面食いって事か」
「違います! それより、本当に生きていてくれて良かったです」
マッキーが良美に釘を刺してからクッダの方を向く。
「心配掛けてすまなかったね。あの後、仲間の手で間一髪の所を命を救われた。そして、君が影の経典を探しに神田に来たと聞いて、僕も追ってきたんだ。さあ、影の経典を探し出し、闇の経典の力を失わせよう」
「それなんですけど、もう影の経典は、見つかったんですが……」
マッキーが今までの経緯を話すと難しい顔をするクッダ。
「うーん、何か我々の知らない秘密があるという事なのか?」
「このまま、闇の経典と影の経典を持っていても奴等に襲われるだけです。どうしたら?」
マッキーが弱気な事を言うとクッダが真剣な顔をして言う。
「虫のいい話かもしれないが、その二冊を僕達貸してくれないか? 詳しく調べてみる。上手く行けばなぞが解け、無力化できるかもしれない。大丈夫、直ぐに返す事を約束するよ」
マッキーが悩んでいると較が問い掛ける。
「直ぐに返すというのは、最後の一冊が貴方達の手の内にあるって事ですか?」
クッダの顔が強張る。
「どういう意味ですか?」
マッキーの質問に較が二冊の本を指差して言う。
「さっき説明の続き。その本は、三冊あって初めて儀式が成立するの。そして、謎が解けるかどうか解らないのに直ぐ返すなんて約束するって事は、既に謎が解けていて、その為の手段、最後の一冊を持っている事だよ」
「何を言っているのそれじゃ、クッダさんが『漆黒の館』を蘇らせようとしているみたいじゃない!」
立ち上がるマッキーに較が頷く。
「そうですよね、クッダいえ、ダークバトラーさん?」
マッキーが振り返るとクッダは、肩をすくめる。
「やっぱり騙しきれませんでしたか。しかし、どこで解りました? やはり二冊の本を貸してくださいって言ったのが不味かったですか?」
較が手を横に振る。
「そんな話じゃない。普通に考えて、マッキーが神田まで逃げられた時点でおかしいんだよ。対抗組織の人間が殺された状態で素人の逃亡が上手く行く訳無いもん。影の経典を安全に手に入れる為の工作でしょ?」
「そんな、でも私は、神田に来てからも襲われました!」
信じられない様子のマッキーに良美が言う。
「それって、単なる脅しだろう。ついでに誘導する為じゃない? 大体、神田に来るまで襲われなかった時点で変だって気付くよ」
クッダは、何処からともなくローブを出して羽織ると苦笑する。
「あの古本屋にある事は、解ったのは、良いんですが、容易に手を出せる所では、無かったのです。そして闇の経典自体も幾つかの組織が目を光らせて、正式の所有者の手から奪い取ったら最後、奪い合いになるのは、目に見えていました。それでこんな茶番を演じた次第ですよ」
マッキーが睨む。
「騙したのね!」
「はい」
平然と笑顔で答える、クッダ、ダークバトラー。
「こんな簡単に騙される貴女が悪いのです。さっきもその二人が言った様に、少し考えれば利用されているくらい解る物ですよ」
明らかな挑発にマッキーが平手打ちをしようとしたが、良美が止める。
「止めないで!」
「殴るのは、止める気が無いが。こいつの行動は、怪しいよ」
確信を籠めた良美の言葉に問題の二冊の本をガード出来る位置に居る較が言う。
「こいつの狙いは、マッキーを人質に一瞬でもいいからこの二冊を手に入れる事じゃないかな? 最後の一冊は、自分で持ってるってオチかもね」
「ご名答です。最後の一冊『暗の経典』は、これです」
おもむろに最後の一冊、暗の経典を取り出すダークバトラー。
流石の較も顔を引きつらせる。
「もう少し場所を選ぶ気が無かったの!」
「『ホワイトハンドオブフィニッシュ』を相手に正攻法なんて真似は、出来なかったのです」
ダークバトラーの言葉に較が慌てて二冊の本を抱え距離をとろうとしたが、弾かれた。
三冊の本、『闇の経典』『影の経典』『暗の経典』が空中でトライアングルを描き、共鳴を開始したのだ。
較は、咄嗟に良美とマッキーを抱えてファミレスの窓から外に飛び出す。
「ヤヤ、上!」
良美の大声に較も嫌々ながら上空を見るとそこには、闇が広がっていた。
「まさか、あれが『漆黒の館』?」
マッキーの呟きにファミレスのドアから悠然と現れたダークバトラーが『闇の経典』と『影の経典』を投げ返してきた。
「そう、あれこそが我等が主が居る館。暗黒が支配する素晴らしき時代がやってくるのです」
歓喜の声を上げ、ダークバトラーは、上空の闇に吸い込まれていくのであった。
「なんてこと……」
愕然とするマッキーだったが、良美は、平然としていた。
「ヤヤ、直ぐに突入するの?」
「少し準備してからだよ。あちきだって何の準備もなしに邪神のテリトリーに入ったりしませんよ」
較が携帯を取り出し、電話をかけだす。
「突入ってまさか、あそこに行くつもりですか?」
驚いた顔をするマッキーを不思議そうな顔で見る良美。
「当然。何か不自然な事がある?」
「だって、邪神の館ですよ!」
叫ぶマッキーに良美が言う。
「よくある事、よくある事。後のことは、あたし達がなんとかするからマッキーは、ついて来なくても良いよ」
「そんな……」
マッキーは、言葉に詰る。
マッキー自身は、邪神の館に対する恐怖もあったが、ここまで関わった以上、最後まで付き合うべきだと思っていたのだ。
電話を終えた較が言う。
「責任を感じる必要は、無い。『影の経典』が無ければこんな事にならなかった以上、一番の責任は、あちきとヨシにあるんだからね。全部きっちり片付けて、その結果を後で報告するから安心して、そこの二人と一緒に待っていて」
較が指差した先には、八刃の少女、谷走右鏡と左鏡が居た。
「あたし達と一緒に居れば大抵の事は、大丈夫です」
「そうそう、邪神だって、白風の次期長達がきっとなんとかしてくれる」
おずおずと二人の下に行くマッキー。
数分後、七華が荷物を運んできた。
「頑張って。二時間して戻ってこなかった場合は、応援が行く予定になってるよ」
荷物を受け取り較がため息を吐く。
「了解。二時間は、生き延びるように努力するよ。いくよヨシ!」
「二時間以内に終わらせるの!」
良美が答えて二人が『漆黒の館』に向かおうとした時、マッキーが駆け寄る。
「私も一緒に行きます!」
「邪神の館では、マッキーを護りきる自信は、無いよ」
較が冷たい言葉を放つがマッキーは、真剣な眼差しで告げる。
「それでも関わった以上、最後まで見届けたいんです!」
較は、眉を寄せるが良美が笑顔で言う。
「袖振り合うも多少の縁だよ。本当に後悔しないよね?」
強く頷くマッキーに較も諦める。
「了解。それじゃあ、『漆黒の館』に突入するよ!」
こうして較、良美、マッキーの三人は、『漆黒の館』に突入するのであった。




