ペット捕獲大作戦
ツチノコは、この世界では、実在します。
「今回のミッションを説明するよ」
緊張した面持ちで較が話し始める。
「今日は、単なるペット探しって聞いているんだが?」
焔との家族手紙配送人、元殺し屋のツバサの質問に較が視線を逸らしながら質問で返す。
「貴方のお仕事もただの家族の手紙運びですよね?」
鎮痛の表情をする兄のツバサを妹のツバキが励ます。
「あたしも手伝うからきっと大丈夫だよ」
「ツバキは、安全な仕事に専念していてくれ」
ツバサが諦める中、ホワイトボードに幾つかの写真を張り出す。
「今回、霧流家から逃げ出したペットの総数は、百を越す。まあ、普通の人に頼んで構わないのも多く居て、そっちは、それが得意な探偵さんに任せる事になってる。問題なのは、この五匹」
較が五枚の写真を指す。
「凄い、恐竜なんてどこから見つけてきたの!」
目を輝かせる良美にツバサが頭を抱える。
「そんなのをどうやって捕まえるんだ!」
「見つければ捕まえるのは、簡単なんだけど、それよりも一般人に見つからない様にと見つかった時の誤魔化しの方が大変だったりする」
較の答えにツバサが苛立つ。
「記憶操作やった方が良いんじゃないのか?」
「すいません、うちの母親の方針で記憶操作は、しない方向で行く事になりました」
問題の原因、霧流八子の娘、七華の言葉の後、写真を見ていた小較が言う。
「ところでこの犬ってもしかして日本狼?」
言われた写真を見てツバサが呆れる。
「まあ、今更狼位驚かないぜ」
「因みに日本狼は、絶滅種だから間違っても詳しい人間にばれない様にね」
較の言葉にツバサが立ち上がる。
「どうしてそういう存在自体に問題があるペットが居るんだよ!」
「仕方ないでしょ、時空を司る極神、新名様の巫女だった八子さんに掛かったら、絶滅して様が幻の生き物だろうが関係なく可愛そうな捨てペットになるんだから!」
較が怒鳴る。
「ちなみに残り三匹は、ツチノコにユニコーンと人面魚だったりする」
七華の説明にツバサが切れた。
「もう少し、まともな生き物をペットにしてろ!」
「いくら文句を言った所で、八刃中でも発言力がある霧流の長の妻の命令じゃ、従うしかないんだけどな」
ツバサは、小較と七華を連れて探索を開始していた。
「すいませんね、うちの母親は、壊れた結界の修繕で手が離せないんですよ」
謝罪する七華に小較が首を傾げる。
「それにしても、八刃の中でも結界を得意とする間結の本家の次に強力な結界が張られている霧流の結界を一部といえ、壊れるなんて何があったのかな?」
ツバサが、疲れた表情で言う。
「何でも、霧流に襲撃した馬鹿が居たらしい。無論、そんな襲撃が成功する訳が無いんだが、ペットを育てていた辺りの結界の一部が壊れたらしい。本気で馬鹿な事をしてくれたよ」
「どうやって撃退したの?」
小較の質問に七華が平然と答える。
「お母さんがちょっと霧流ダンジョンのモンスターを召喚しただけだよ」
「地獄絵図が容易に想像できるんだがな」
ツバサが辟易していると目の前に一匹の犬に良く似た生物が現れた。
「もしかしてこれが問題の日本狼か?」
「はい、日本狼のにっちゃんです」
七華が答えるとツバサは、無造作に懐から麻酔銃を取り出し撃とうとした。
「キャー! ここに犬を撃とうとしている人が居ます!」
偶々目撃していた女性の言葉に視線が集まる。
「ヤバイ。事情を説明出来ないぞ」
「ツバサさん、ここは、お願いします」
小較が七華と一緒に日本狼と逃走を開始する。
「おい、待て、ここをお願いするって……」
「君、それは、何かね?」
怖い顔をした警官の質問にツバサが顔を引きつらせる。
「これは、ですね……」
「ここまでくれば大丈夫だよね」
小較が一息吐いていると、七華が日本狼と視線の高さを合わせて会話をしていた。
「にっちゃん、勝手に外出たら駄目だって言ってあったよね!」
「クゥゥゥン」
日本狼も落ち込んだ風な鳴き声をしていると、突然数人の人間がやってきた。
「遂に見つけたわ、幻の日本狼。やっぱり現存していたのよ!」
歓喜の声を上げていた女性が満面の笑みを浮かべて話しかける。
「お嬢ちゃん達、そのワンちゃんは、ちょっと特別だから、お姉さん達に任せてくれないかな?」
「えーとお姉さん達、何処の人?」
小較の問い掛けに女性が名刺を取り出す。
「東大で絶滅種の研究をしている橋台教授よ。まあ、お嬢ちゃん達には、難しいかしら」
小較と七華が名刺を見ながら呟く。
「かなりヤバイ相手に見つかっちゃったよ」
「ここは、お母さんの考えとは、違うけど記憶操作をやった方が……」
「そうかも、でも一度ヤヤお姉ちゃんに相談しよう」
小較が携帯を取り出し電話を掛けた。
「ヤヤお姉ちゃん、今いい?」
『ごめん、いま恐竜と格闘戦してる最中だから少し待って。暫くしたら掛け直す』
切れる電話に小較がため息を吐く。
「いま立て込んでるみたいだけどどうしよう?」
小較が首を傾げていると橋台教授が自分のゼミの学生を使って日本狼を捕獲しようとしていた。
「にっちゃんを連れて行ったら駄目!」
七華が日本狼にしがみ付く。
「お嬢ちゃん、その犬は、ちょっと危険だから離れましょうね」
橋台教授が作り笑顔で説得しながら、動作で学生達に続行を指示するが、その生徒達の前に小較が立ち塞がる。
「捕まえさせないんだから!」
「ガキ、それが本物の日本狼か解らないが、そいつを捕まえないと俺達が単位を取れないんだ、どけ!」
乱暴に退かそうとした男子学生だったが、小較が逆に投げ飛ばす。
「何、ガキと遊んでるんだよ!」
周りの男子学生も動くが、小較が撃術を使おうとする。
「小較、そこまでだ。そこの兄ちゃん達、その犬は、俺の知り合いの家の犬だから連れて行かれたら困るんだよ」
殺伐とした雰囲気のツバサの登場に一般人でしかない男子学生が怯む。
「何ですか、これは、どう見ても絶滅した筈の日本狼。この個体の事を発表すれば生物学上の大発見です!」
橋台教授の言葉にツバサが冷めた口調で言う。
「悪いことは、言わない。絶滅した筈の生き物を極秘に飼育している連中と関わりあう真似は、止めた方がいいぜ」
橋台教授が日本狼と七華を見る。
「この子の家が非合法組織だとでも言いたいの?」
馬鹿にした口調にツバサが苛立つ。
「あのな、これでも親切心で言ってやってるんだ。どうせ、こいつの事を発表しようとしても握りつぶされるのが落ちだからな」
「非合法組織の力なんかに負けたりしない! ペンは、剣より強し! その言葉を私が正面してあげる」
強情な橋台教授にツバサが拳銃を突きつけた。
「そのペンは、拳銃より強いのか?」
顔を引きつらせる橋台教授。
「冗談よね? 公衆で殺人なんてしないわよね?」
ツバサは、警察手帳(さっき警察に撮影と言って誤魔化すのに使った偽物)を見せる。
「あんまりしつこいから、さっき一人始末して来た所なんだが、もう一人増えたくらい問題ないよな」
脂汗を垂らす橋台教授。
「教授、危ないですよ。どう考えてもヤバイ組織ですよ」
生徒達が必死に止め様としているが、橋台教授は、膝を震わせながらも精一杯の矜持を張る。
「私にも学問に関わるものの埃があります!」
ツバサが舌打ちした時、ツバキがプラカードをもって現れた。
「ドッキリ大成功!」
いきなりの展開に瞬きを繰り返す橋台教授にツバキは、携帯を差し出す。
「はい、詳しい話は、大学の人から聞いてください」
電話に出た橋台教授が暫く電話相手と話していたが、途中から激昂する。
「ふざけるのも大概にしてください!」
そういって電話を切って背を向ける。
「大学に戻るわよ!」
怒気に怯みながらも学生達もついていく。
「どういう事?」
首を傾げる小較と七華を尻目にツバサが渋い顔をする。
「態々、お前がこんな茶番を演じる必要は、無かっただろう?」
ツバキが恥かしそうにしながら言う。
「良美さんが人面魚と口喧嘩を始めてこっちにこれなかったそうなんで、ヤヤさんが伝手を使って大学側を抱き込んでこんな茶番を偽装したみたいです」
「良美は、本当に役に立たないな」
小較が不満気に言う中、ツバサが頷く。
「騒動だけを大きくするな」
「それじゃ、家に帰るよにっちゃん」
七華に連れられて無事に霧流家に戻る日本狼であった。
「それで、ヤヤ達は、今何をやっているんだ?」
霧流家に日本狼を解放した後、ツバサが聞くと連絡をしていた小較が言う。
「ユニコーン用の罠を仕掛けて待機中らしいよ」
「確か、ユニコーンって処女の乙女の傍で寝るんですよね?」
ツバキのうろ覚えの知識に七華が眉を寄せる。
「うちのユニコーンは、熟女好きなんだよ。その上、知性派の人妻好きなの」
「夢も希望もねえ奴だな。それで、餌は、どうやってしたんだ?」
ツバサの疑問に小較が微笑む。
「何でもあの橋台教授って既婚者らしいよ」
哀れみの表情をするツバサ。
「八刃に関わると誰も彼も不幸になる」
「ところで、最後のツチノコって探さなくて良いの?」
ツバキがツチノコの写真を指差すとツバサが嫌そうな顔をする。
「ツチノコくらい逃がしても都市伝説で誤魔化せないか?」
「こんな風に?」
ツバキが携帯の画面を見せるとそこには、ツチノコの画像が出ていた。
「リアルタイム画像じゃないか! 急いで捕まえないと、また不幸な連中が増えるぞ!」
ツバサが慌てて発信元をチェックして、テーションを下げる。
「おいおい、何で東大の研究室のホームページなんだよ」
「とことんあの人もついてないよね」
ツバキの指摘にツバサも頷くのであった。
その後、流出したツチノコの映像から一騒動が起こるのだが、それは、また別の機会に。