激動の夏
天道編のラスト、終わりは、かなりシリアスです
「八刃の仕業じゃないの!」
秋香を連れて戻って来た較に春香が詰め寄る。
「下らない言い争いをしてる暇ないよ! 八子さんは、どうしてる?」
連絡要因として待機していた小較が困惑気味に伝えてくる。
「夏香ちゃんが暴走した事を聞いた他の家と話をしている。でもあまり旗色良くないの……」
較が眉を寄せる。
「当然って言えば当然だけど、どうにかしないと……」
「何時もみたいにヤヤが自分でどうするって宣言すればどうにかならない?」
良美の言葉に較が力なく首を横に振る。
「無理。敵対組織、それも危険な襲撃者を擁護する程の発言力なんて無い。霧流の長の妻、実質霧流の最高権力者だから、抗議者も話を聞いているんだよ」
「あらあら、八刃にも随分と優しい人が居るのね?」
あからさまな秋香の言葉に良美が睨む。
「あんたの妹の命が懸かっているんだよ!」
秋香が高笑いをあげる。
「暴走した夏香を止めるには、八刃もそれ相当の被害が出る筈。それがあれば天道、いえ私達の功績が認められるわ」
春香が詰め寄る。
「秋香姉さん、何を言っているんですか! 夏香が死ぬかもしれないのですよ!」
秋香が微笑む。
「最初の襲撃で八刃に被害を与えられなかったのだから仕方ないわね。貴女も冬香も八刃の注意を逸らす大役ご苦労様」
冬香が辛そうに告げる。
「全部、秋香姉さんの計画だったみたい……」
春香が秋香を殴りつける。
「私達は、血を分けた姉妹なのよ!」
秋香が較の方を向く。
「白風の次期長、約束したんでしょ? 私の安全を護って頂戴」
「ふざけないで!」
更に殴りかかろうとする春香を較が止める。
「そんなの殴っても拳が汚れるだけだよ。それより、暴走を止める方法に心当たりない?」
春香が秋香を横目で睨んでから長考するが悔しそうに告げる。
「以前に暴走した時は、お父さんが、止めていたけど、もうお父さんは……」
較が秋香を見る。
「そこなんだけど、貴方達の父親、栄源は、本当に死んだの? 影武者を用意していたって事は、無いの?」
秋香が無表情に即答する。
「私は、知らないわ」
較が少し考えてから告げる。
「詰まり、影武者が居るけど、どのタイミングで入れ替わって、いま何処に居るか解らないって事だね」
冬香が驚く。
「どうしてそうなるんですか?」
較が横目で秋香を見ながら答える。
「居ないじゃなくて、知らないと即答した。詰まり、影武者自体は、居たけど拷問とかを想定して、敢えて詳細を聞かなかったって所だよ」
何の反応も見せない秋香の胸倉を春香が捻り上げる。
「今の話は、本当なのですか!」
「あらあら、私より八刃の人間の言葉を信じるの?」
軽すぎる秋香の言葉に春香が苛立ち、拳を震わせる。
「秋香姉さんを信じてきた自分が馬鹿だったわ!」
「問題は、どうやって探すかだけど、手がかりが少なすぎる」
較の呟きに冬香が悲壮な覚悟を決めた。
「天道には、血を使って縁がある人間を見つける術があります」
「馬鹿、新鮮な血液を必要とするあれは、ある程度の絞込みが出来てからやる術。何の手がかりの無い状態で使ったら、血が幾らあっても足らない」
春香の言葉に秋香が楽しそうに言う。
「その顔では、自分の命に代えても探して見せるって顔ね。さてさて、見つかるまで命が保つかしら?」
「大丈夫、死ぬ前には、他の人に代わって貰うから『白き風は、我が操りの糸なり、操糸白風』」
較が秋香の体を操る。
「秋香さんの間に見つかると良いね」
「馬鹿を言わないで! 私は、そんな無益な真似は、しなわよ!」
必死に抵抗しようとするが、較の術は、完璧で首から下の自由は、戻らない。
「冬香より先に私の血を使う。それでは、術を始める」
春香が儀式用のナイフで自由に動けない秋香の血管を切り裂く。
「いやーーー!」
泣き叫ぶ秋香に同情する物は、誰一人居なかった。
「そろそろあたしが代わります」
ヘリで移動する中、冬香が自らの血で儀式を行っていた春香に声を掛ける。
「まだ大丈夫よ」
儀式で大量の血を消費し、青褪めた顔をしながらも春香は、儀式を続けていた。
「こっちももう少ししたらもう一度使えそうだしね」
較は、八刃の特殊技術で高速造血させている秋香を指差す。
「完全にゾンビみたいになってるけど大丈夫なの?」
良美の指摘に春香が冷たく言い放つ。
「姉妹でなければ、死ぬまで血を抜いてる」
「でもその必要は、無いみたい。あのビルの地下に居るよ」
較が指差したのは、竜夢区に隣接した埋立地のビル。
緊張した面持ちになる春香と冬香に較が告げる。
「父親と戦う必要なんか無い。ここは、あちきに任せて。ちゃんと夏香ちゃんの暴走を止める方法を聞きだして、心臓が動いている状態で連れてくる」
「それって、命以外は、諦めろって言ってない?」
良美の突っ込みに較は、敢えて何も言わない。
「あたしも行きます。他人任せにする訳には、いきません」
冬香が決意をこめて立ち上がる。
「今度こそ、私が行……」
立ち上がろうとした春香だったが、立ち眩みを起こしてしまう。
「無理しない。あんだけ血を使えば、まともに動けないよ。それより、本気? あちきは、貴女達父親を容赦なく、叩きのめすし、情報を聞き出すために死んだ方がましな目にあわせるつもりだよ」
較の脅しにも冬香は、怯まなかった。
「それでも父親で、あたし達は、娘なんです」
「ついてきなよ」
良美が微笑み、較も諦めて、二人を抱える。
「時間が無いから一気に地上まで降りるよ」
較は、なんの躊躇もなく、飛び降りていった。
「無茶な真似を」
春香がため息を吐きながら秋香を見ると、その顔には、笑みが浮かんでいた。
「まだ何か企んでるみたいですね。でも、秋香姉さん、いえ私達全員が八刃を、ホワイトハンドオブフィニッシュを甘く見ていたんですよ。どんな狡猾な罠も彼女なら噛み砕きます」
確信を篭めてそう告げる春香であった。
地上に降りた較達を待っていたのは、ゾンビの群れだった。
「ヤヤ、バイオハザードってゲームした事ある?」
良美の感想に較が肩をすくめる。
「あちきの趣味じゃないからやってない。でもリアルなら少しは、楽しめるかもね。『フェニックスウイング』」
較の両手から放たれた炎がゾンビの群れを焼き焦がしていく。
「これだけの死体を父は、何処から手に入れたのでしょうか?」
冬香の疑問に較がビルを指差す。
「ビルの中に生きた人間の気配が無いよ。死体の鮮度から考えて、あちき達が来るのをしって、毒ガスか何かで皆殺しにして用意したんだろうね」
較の言うとおり、ゾンビの殆どがちゃんとした服を着ていて、その服の大半がサラリーマンやOLが着るスーツだった。
拳を握り締める冬香を見ながら良美が言う。
「救えないんだよね?」
較が頷く。
「もう魂が完全に抜けてるから無理。ここにあるのは、単なる死骸を利用したゾンビの群れだよ」
較が上着を脱ぐとぐるぐると回すと、解け布が散らばっていく。
『イーフリートドレス』
散らばった布が次々と爆炎と変化してゾンビを燃やし尽くしていく。
「派手だね。どんな仕掛け?」
較が布の一枚を見せて言う。
「燃えやすい布に火薬を仕込んであったの。こういった時に役立つから何着か仕立てておいたのを着てきてたの」
「白風流戦闘撃術って無手でも変わらない戦闘力が売りじゃなかったけ?」
良美の問い掛けに較が笑顔で答える。
「そんなお父さんが決めたルールに拘ってても仕方ないから、色々と備えておくことにしてるんだよ。護らないといけない者を全力で護れるようにね」
焼け残ったゾンビを蹴散らして較達は、ビルに突入する。
数階降りた所で、階段は、終わっていた。
「ここが最下層?」
良美の疑問に較が手を横に振る。
「まだまだ下があって、そこには、隠し階段を探しだす必要があるんだろうけど、そんな物を探すつもりは、まったく無い」
「だよね」
良美も納得する。
『タイタンプレス』
較の踏み込みで床が抜けて更なる地下に降りていく。
「もう少し穏便な方法は、無かったんですか?」
眉を顰める冬香に較が即答する。
「無い」
絶句する冬香に良美が言う。
「ここで時間を食えば食うほど、夏香ちゃんが殺される可能性が跳ね上がるんだよ」
「そうでした。手段や方法を選んでいる時間が無かったんですよね」
冬香も納得し、後に続き、較達は、遂に最下層に到着する。
「裏切りだな!」
怒鳴る栄源を睨み返し、動じない冬香。
「そんな事より、夏香ちゃんの暴走を止める方法を言って。そうすれば比較的苦しまないで済む」
較の通告に栄源が高笑いをあげる。
「そんな方法は、無い! もはや、八刃は、滅びるしか道が残っていないのだ!」
「もしそうだとして、あんたがその結果を理解出来るまま生き残れる可能性は、皆無だって解っている?」
較の視線が果てしなく冷たくなる。
「私が何の準備もなくここに居ると思ったか! これを見よ!」
栄源が身に着けたローブの前を開くとそこには、無数の人の顔が浮かび上がっていた。
「上のゾンビは、それを造るための副産物って所だね」
較が蔑みきった目で栄源を見て、冬香は、食いしばった口から血が零れ落ちる。
「あれ、不気味だけどなんなの?」
「俗に『死霊の鎧』って呼ばれる外法。魂を死ぬ時の絶望で縛りつけ、全ての呪術を相殺させる厄介な防御だよ」
較の説明に良美も怒鳴る。
「それじゃあいつは、自分の身を護る為だけにビルに居た人間を皆殺しにしたのかよ!」
「数百の人の絶望、例え人外の八刃とて、どうしようも無い! 私の勝ちだ!」
勝ち誇る栄源を見て冬香が搾り出すように言う。
「較さん、夏香の事は、もういいです。だから、あれを殺して下さい」
較が複雑な表情をする。
「確かに殺すだけなら可能だけど、本当にそれで良いの?」
「夏香を一人で逝かせません。あたしも春香姉さんも父が犯した罪の贖罪の為に、この命を捧げます」
冬香の目から止め処なく涙が零れ落ちていく。
良美がハンカチを差し出しながら言う。
「ヤヤ、あいつに思い知らせてやってよ」
較が強く頷く。
「そうだね。自業自得って言葉の意味を思い知らせてやるよ」
「何でもしてくるが良い。どんな攻撃も私には、通じないぞ!」
余裕たっぷりな態度をとり続ける栄源に向かって較が手首を切り、血を振り掛ける。
『白い風と共に在らん我が血を媒介に死者を蘇らせたまえ。白蘇生風』
較の呪文に応え、栄源の死霊の鎧を構成していた死霊が更に蠢く。
『嫌だ! 死にたくない!』
『俺は、社長になるんだ!』
『家には、妻や子供が!』
「どんな攻撃も通じない筈だ! 何をしたんだ!」
死霊の鎧の変化に狼狽する栄源に較が告げる。
「攻撃じゃないよ。あちきがやったのは、死者蘇生の術。まあ、肉体も無く、ちゃんとした準備も無しだから生前の執念だけが復活しただけ。その強烈な思念にあんたの精神が何処まで保つかしらね?」
そんな説明の間にも百を超える死霊の生前からの執念、絶望の呻きが栄源を包囲する。
「五月蝿い! 貴様等は、もう死んだのだ! 黙れ!」
必死に耳を塞ぐ栄源だったが、自らを完璧に守護する死霊の鎧からの呻きは、体を通じ直に苛むのであった。
「外れろ! 外れるんだ!」
栄源は、死霊の鎧を解除しようとするが無駄だった。
「死霊の鎧は、完璧な防御。その引き換えに解除にもそれ相応の準備が時間が必要なのを忘れたの?」
冷徹に言い放つ較に栄源が縋りつく。
「お前等なら、外法を極めた八刃なら、これを解除する方法を知っている筈だ、教えろ!」
「夏香ちゃんの暴走を止める方法と引き換えだったら良いよ」
較の答えに栄源が夏香の名が刻まれた護符を取り出す。
「これだ! これが夏香を暴走させている護符だ。これさえ無くなれば夏香の暴走は、止まる!」
較は、それを受け取り、簡単な確認後、護符を握りつぶす。
「約束を守ったぞ! 早く、解除方法を教えてくれ!」
鬼気迫る栄源の言葉に較が面倒そうに告げる。
「死霊の鎧を繋ぎ止めている、シンボルを自分の血で消せば、死霊が解放されるよ」
「そうか、その手があったか!」
栄源が即座に実行に移すと繋ぎ止められていた死霊が解放される。
「やった! 助かった!」
歓喜の表情を浮かべる栄源を見て較が苦笑する。
「死霊の鎧の使用にあのシンボルが必須で、それを消して解除する方法が伝わっていない理由を考える余裕も無かったみたいだね」
「……どういう意味だ?」
顔を引きつらせる栄源だったが、その意味は、直ぐに明らかになる。
解放された死霊が一斉に栄源に襲い掛かった。
「少し考えれば解ると思うけど、自分達を殺し、利用した人間を死霊が見逃すわけないでしょうが」
較は、死霊に直接的に苛まれる栄源を無視して携帯で、状況を確認する。
「夏香ちゃんの暴走は、治まったよ」
「そうですか……」
目的を達成したのに嬉しそうで無かった冬香は、ゆっくりと栄源に近づくと身に着けていた短刀を振り上げた。
「天道の誇りを奪った貴方だけは、ここで死になさい!」
しかし、その腕を良美が掴む。
「さっきも言った。こいつには、自分が犯した罪を償わせなきゃ駄目」
「それでも、それでも、この人は、あたし達の父親で……」
良美の胸の中で泣きじゃくる冬香。
あの事件から数日後の精神病棟。
「嫌だ! もう止めてくれ!」
「もう、いい加減にして! 死霊は、とっくの昔に浄化されたわよ!」
病室でのた打ち回る栄源とその世話を強制される秋香をガラス越しに見ながら冬香が言う。
「父さんは、死ぬまで死霊の幻影に悩まされ続けるんですよね?」
「脳みそを弄って、何もかも忘れさせるって方法は、あるけど試す?」
較の言葉に春香が首を横に振る。
「あれは、何百人の命を保身の為に奪った父の罰ですから仕方ありません」
「これからどうするの?」
良美の問い掛けに冬香がリストを見せる。
「父に利用されて死んだ人のリストです。直接的に謝罪をする事は、八刃は、もちろん、政府からも禁じられていますが、どうにかして償いをしていくつもりです」
「父親がやった事、貴女達が無理に償う必要は、無いと思うよ」
較がフォローをするが春香が寂しげな笑顔をする。
「あんな父親でも家族なんです。重すぎる罪を少しでも肩代わりするのが家族なんだと思います」
冬香も小さく頷く。
「夏香の事は、よろしくお願いします」
「八子さんの力が及ぶ場所で普通に生活させる事を約束するよ」
較の答えに頭を下げて春香と冬香は、父親の贖罪の為に歩き出すのであった。
「家族か、色々と重いよな」
白風家でしみじみと良美が呟くと較が書いていた手紙を封筒に入れながら言う。
「暫くヨシの家に泊まらせて貰っても良い?」
「うちは、構わないけどなんでだ?」
良美の答えに較が苦笑する。
「普通の家族って奴に触れたいだけ。うちじゃちょっと無理そうだから」
そういいながら、ただ手紙を出すだけで大変な自分の家族を頭に浮かべる較であった。