幽
やっぱり愛は、怖いほど強い
「流さんは、平気ですかね?」
心配そうなエアーナに大量の書類に目を通しては、サインをしている較が答える。
「平気も何も、こっちで圧力掛けてブタ箱から出そうしても本人が余計に面倒が増えるって出てこないんだもんどうしようも無いよ」
「流さんもブタ箱に入ったままで良いなんて奇特だよね」
良美も不思議がる中、エアーナは、小さくため息を吐く。
「車の暴走運転で現行犯逮捕されてますけど、あれってやったのって?」
較が頷く。
「あちきだよ。だからこっちで裏工作をするって言ったんだけど、流さんは、下手に今回の件でそういう事をやると面倒だからって普通に捜査されてる」
「黙秘権だっけ、そういうの使ってるみたいだよ」
良美がいまいち理解してない言葉を使うとエアーナが難しい顔をする。
「でも、それじゃあ大変な事になるんじゃないんですか?」
較が肩をすくめる。
「捜査は、どん詰まりになるよ。だって、どんな実況検分をしても、流さんがやったって事にならないもん。適当に話をまとめようにも暴走車両は、二台。もう一台の犯人は、三葉が偽造した薬中で、流さんは、それを追いかけてたって事になるだけ。動機も語られず、踏み込んだ調査は、三葉がブロック。本人が否定したらそれまで。警察としては、自供を取りたいけど、流さんって頑固だからね」
「お前等に頑固と呼ばれる筋合いは、無いな」
そこに流がやって来た。
「お帰り。早かったね」
良美が適当に挨拶し、エアーナが驚く。
「どうしたんですか? さっき面会に行った時は、しばらくは、出てこれ無いって話だったじゃないですか?」
「希代子さんが来て、警察の強引な逮捕を糾弾して、釈放になった。実際問題、あの場で免許を持っていたのが俺だけだったから、俺が運転していただろうって常識で動いている警察の見解で何の物的証拠は、無いからな」
「オービスには、運転席にあちきの頭が写っていて、流さんは、助手席で必死に止めてる姿が写っていたみたいだよ」
較の解説にジト目をする流。
「運転していたのは、誰だって嫌になる程、問い詰められた。逆に警察ヘリが一台、暴走した挙句に海に沈んだ理由を問い掛けたら黙ったがな」
「なるほどね、あっちも自分達の汚点をばらしたくないんだ」
納得する良美にエアーナが顔を引きつらせる。
「って、あれもやったのもヤヤと良美でしょ?」
較があっさり頷く。
「そう、警察には、代わりのヘリの無償提供と事故処理費用を渡して、問題のパイロットには、大量のお見舞金を渡した。因みにそのパイロットって病気の妹さんが居てね、手術費用に困って居たから最高の病院にあちきのお金で入院させてあげたら、自分が犯人追跡で暴走しましたって供述してくれてるよ」
「こうやって事件が闇に葬り去られて来たんだな」
過去の自分の苦労を思い出しながら流が呟く中、小較がやってくる。
「ご飯出来たよ!」
「運ぶの手伝うね」
エアーナが立ち上がり、小較と一緒にご飯の用意を始める。
白風家で食事を終えた後、良美が不機嫌そうな顔で言う。
「それであの屑は、どうしてるの?」
「現状は、密かに護衛をつけて監視状態だ。希代子さんからの報告では、この数日の間も何度も殺されかけているらしい」
苦虫を噛んだ顔をする較。
「被害は、出続けているって事だね」
「どうにか不死の儀式を無効化できない?」
良美の言葉に流が沈痛な面持ちで言う。
「あの専門家にも再調査を依頼したが、現状の所、解決策は、無しだ。今出来るのは、三葉葵を警護して被害を増やさない様にするだけだ」
嫌な空気がその場に広がる中、小較が呟く。
「でもどうしてその人ってそんなに狙われているの?」
「それは、大財閥の後継者だもん、命を狙われる理由は、幾らもあるでしょうね」
エアーナが普通に口にし、流も頷く。
「その上、自身も暗殺をやらせていた以上、恨みや後継者権を狙った暗殺には、事欠かさないだろうからな」
その言葉に較が慌ててさっきまで見ていて資料を探り出す。
「どうしたの?」
良美が聞くと較が一つの資料を探し出した。
「三葉は、直系は、もう三葉葵しか残っていないよ」
提示された資料を見て流が驚く。
「確かに、度重なる暗殺騒動で、最後に残っているのは、三葉葵だけだ。その三葉葵も不死の儀式を行っていなければ、とっくの昔に死んでいたな」
較が真剣な顔をする。
「三葉葵の行動は、おかしい。いくら後継者権が必要だからってここまで激しい暗殺合戦をする必要は、無いはずだよ」
「そうなの? ほらテレビじゃよく連続殺人事件とか起こるじゃん」
良美の言葉に流が突っ込む。
「テレビの連続殺人事件より頻繁であからさまだ。こんな事をしてたら……」
その一言に較がハッとした顔になる。
「もしかしてそれが目的って事ない?」
流が眉を寄せる。
「幾らなんでもそれは、無いだろう。相手は、天下の三葉財閥だぞ。そう簡単に事は、運ばない。もしも本気でやろうとしたら消され……」
自分の言葉に流が話の辻褄があっていく事に気付く。
「不死の儀式が必要だった理由は、そういう事だった。しかし、動機が解らない」
「二人で何を納得しあってるの!」
不満そうな顔をする良美に小較が意地悪い顔をする。
「一緒に居たのにまるで解らないの?」
「小較だって解ってないでしょ!」
睨む良美に小較が料理を運んできたお盆を持ちながら言う。
「それは、あたしは、調査に参加してませんでしたし、今だって料理を作ってましたもん」
「言い訳は、みっともないぞ!」
突っ込む良美に反発する小較。
「言い訳じゃないもん! 単なる事実だよ!」
そんな二人を仲裁しながらエアーナが言う。
「二人が何を考えているのか、あたしにも解らないから説明して貰えますか?」
「それは……」
較が説明しようとした時、携帯が鳴り、較は、携帯に出て、報告を受ける。
「そうですか、了解しました」
「何の報告だ?」
流の問い掛けに較が後味が悪そうな顔をして言う。
「夜名愛の蘇生が可能か、知り合いの病院で診断して貰っていたんですが、その結果、意外な事実が解ったの」
「意外な事実?」
首を傾げる良美達であった。
三葉葵の屋敷。
「もう直ぐ目的が達成するよ……」
葵がシミジミと呟いているとそこに黒服達が駆け込んでくる。
「大変です! 三葉グループ関連企業の株が大暴落を始めています」
「始まったか……」
驚いた様子を見せない葵に黒服達が戸惑う。
「始まったかってどういうことですか?」
葵は、肩をすくめる。
「少し想像力があれば解ることだ。これだけ派手に後継者争いをすれば、魑魅魍魎が跋扈する政財界では、骨までしゃぶり尽くされるってな」
愕然とする黒服達を押しのけて較と良美が入ってきた。
「最初からそのつもりだったわけだ」
較の言葉に葵が苦笑する。
「どこを最初と言うか解りませんけどね」
「どうしてよ! どうしてそんな後ろ向きな事の為に大切な人間を犠牲にしたのよ!」
良美の絶叫に葵が暗い目で言う。
「愛は、この手で殺すことは、この計画を始める前から決まっていた事ですよ」
「理由を聞いて良い?」
較が静かに訊ねると葵が病んだ目で答える。
「当然でしょ。最愛の人間を自分が死んだ後に一人残すなんてありえない。だったらこの手で殺す事が最高の愛の証明でしょ?」
「ふざけている! 本当に愛しているんだったら相手の幸せな未来を望むべきよ!」
良美の糾弾を葵が鼻で笑う。
「そんな偽善、クソ喰らえだ。私は、私が愛した愛を他人に奪われる未来など絶対に許さない!」
まだ文句が言い足りない良美を抑えて較が言う。
「そっちの目的を手伝ってあげてるよ。もうすぐ三葉グループは、空中分解して、他の企業に喰らい尽くされる、それこそ骨すら残らずね」
歓喜の笑みを浮かべる葵。
「まさか、ここまで予想通りに事が進むとは、思いませんでした。感謝しています」
大きなため息を付く較。
「最後に一つだけ聞いて良い?」
「お礼に何でも答えますよ」
葵の言葉に較が質問する。
「あんな事件が無かったら、こんな結末に成らなかったのかな? 彼女と彼女の子供の幸せな未来を望んであげられた?」
葵が爆笑する。
「そんなのは、無駄な仮定ですよ! 過去は、変えられない。そして決まった寿命も。こうなるべくしてこうなった。私は、死後の世界で愛と幸せな生活をおくります」
「散々酷い事をしておいて天国にいけるつもり?」
良美の嫌味に葵が真面目な顔で答える。
「愛と一緒なら地獄でだって最高の幸せな生活になりますよ」
背を向ける較に引っ張られるように良美もその場を後にする。
「お前らも早く次の職場を探すんだな」
そっけない葵の言葉に黒服達は、ただ動揺するしか出来なかった。
数週間後の事後処理に追われる白風家。
「三葉グループが完全に無くなったぞ」
新聞を読んでいた流が告げると料理を作っていた較が興味無さげに言う。
「当然の結末だよ。後継者の一人である葵と愛し合っていたからってだけで愛さんを子供を産めなくなるまで徹底的に犯したんだから」
良美が夜名愛への三葉グループが行った暴虐の資料を見て嫌悪感を顕にする。
「ふざけている。こんな事をしている奴等がのうのうと偉そうにしてた方が異常なんだよ!」
「だが、これも現実の一つだ。今回の騒動で大きな利益を得た企業の中にも同じ様な事をしてる奴らは、いくらでも居るだろう」
流の大人の言葉に較が遠い目をする。
「因果応報って言葉の意味を知るのは、きっとずっと先なんだろうね」
そんな中、流が大きく扱われていた三葉グループ消滅の記事の隅に書かれた葵の病死に呟く。
「こんなに短い寿命がだったんだな」
較が頷く。
「下手に権力者だからそっちを調べる事が出来たのがこの悲劇を加速させた。半ば後継者争いから脱落して居たって言うのに愛さんと愛し合ってるからって子供が出来たら面倒になるかもって馬鹿な奴等が愛さんをあんな目に合わせた。そいつ等は、後継者争に紛れて葵さんに復讐された」
そんな話を横で聞いていた小較が覚えた顔をする。
「愛って怖いです」
較や流も何のフォローも出来なかったが、良美が断言する。
「馬鹿を言うな。こんな捻じ曲がった愛なんて愛じゃない。本当に愛は、皆を幸せにするんだよ」
「そうなの?」
小較の問い掛けに較が難しそうな顔をする。
「うーん、正直解らないな。でも、小較がそういう愛を実行するのは、良い事だと思うよ」
「うん。あたしは、皆を幸せにする愛を実行する」
微笑む小較を見て流がシミジミという。
「若いって良いね。さてそんな希望に満ちた明日を過ごす為に、この資料の山を片付けるぞ」
「明るい未来への前には、大きな壁があったよ」
積み上げられた問題の数に較が天を仰ぐのであった。




